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犬話 異世界転生撲滅キャンペーン-1

 茶髪――頭頂部から前髪にかけて白髪が混じっている――ごくごく普通の少年が、落ち着かない様子で周辺の状況を窺っている。

 年端は十歳そこら、年季の入ったランドセルを背負っていることを考えると小学生と考えるのが妥当だろうか。


 時は黄昏時、場所は体育館の裏手。少年――小龍シャオロンは、決意を固めて格子を外した。

 小窓の下に、設置された格子の向こうには暗闇が広がっている。子供が身を屈めて、ようやく通り抜けることができる入口。


 言いようのない恐怖が小龍シャオロンの足を竦ませる。それでも、引き返すことはできない。

 

「よし」

 狭い通路に身体を潜り込ませ、ゆっくり着実に歩を進める。



 暗闇に目が慣れ始めた頃、急に空間が広がりを見せた。突然の変化に困惑するも、歩きやすくなったことでスピードは格段に上がった。



「うっ」

 突然の光に、小龍シャオロンは目を細めた。


「扉……」

 引き戸――見慣れた教室の入口。いつだって、日常をそこから始まった。

 大切な時間を、大切なモノを、守るために小龍シャオロンは扉を開け放つ。



「――おせぇぞ」

 突然避難の声が上がった。教室の席はほぼ満席だ。空いているのは教壇と窓際、一番後方の席だけ。

 声の主は、特徴的な外見をしていた。年のころは十代半ば釣り目に、くすんだ灰色の髪、何より目を引くのは――


『人間だ!?』

『人間だって!?』


『嘘だよ、だってあんな髪色の小学生みたことないもん』

『誰か、探ってこいよ』


「うっせぞ、お前たち。俺だって人間に化けているだろうが!」


『だって、あの子には耳がないよ』

『それにヤタロウと違って、獣臭がしないよ』


「誰が臭いって? もう一辺いってみろ、この牙なしの愛玩動物ども!」

『ヤタロウは、いくじなしの玉なしだろう』


『『たまなしヤタロウ♪』』


「よっぽど痛い目にあいたいみてぇだな」


『『『よし乱闘だ』』』



 喧騒を意に返さず、小龍シャオロンは窓際の席に着席した。

 頬杖をついて、ぼんやりと騒ぎを眺める。



 目付きの悪い少年――八太郎に複数の小型犬が群がっている。

 甘噛み、甘引っ掻き、甘体当たり……どう考えてもじゃれているようにしかみえない。

 


 ――予鈴がなった。


 前方の扉が勢いよく開き、長身の女性が入ってきた。

 長い手足、アスリートのように引き締まった身体つき。黒色の軍服も相まって、とっつきにくい印象を受ける。何より印象的なのは、頭上でまっすぐ伸びる立耳。



「おまえ達、さっさと席につけ」

「……おまえだれだよ」

 モフモフじゃれ合い会を中断した八太郎が、質問する。

 他の犬たちはキョトンとした様子で状況を見守っている。


「上官に対してその口の聞き方はいただけんな。一度は許すが、二度目はないと思え」

「答えになって――」

 パコンと刻みのいい音がなった。散弾したチョークの一部が小龍シャオロンの足元に転がった。



「よくも、よくも父上にだって――」

「二度目はないといったはずだか」

 軍服美女が八太郎を片手で押し倒した。 


「げほっ、俺は大口真神だぞ! こんなことをしてただで」

 苦しそうに呻く八太郎を冷たく見下ろす軍服美女。

 今まさにマウンティングが行われている。


「よく知っているさ。お前の祖父や父は敬服すべき立派な御仁だ。しかし、今の貴様はどうだ。血統に胡坐をかいて、この体たらく。自分が一族の恥さらしだとは思わないか?」

「……俺は」

 鼻水を啜る音。八太郎は完全に折かかっている。


『『『ヤタロウをいじめるな!!!』』』

 キャンキャンと抗議の鳴き声が上がった。

 

「何だ、お前たちはもう少し利口だとおもったのだがな」

 尻尾を丸めて、後ずさる小型犬ズ。



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