25話 ロンギアスの槍
『――何で俺を助けたんだよ?』
『ウェー、ワシ、今忙しい』
黒ブチのメガネをかけて、悪戦苦闘しながら分厚い医学書を読み込む中型犬。
『……とぼけんな』
『戸棚にドラ焼きが入っているアン』
『ウゼェッ』
これは走馬燈というやつだろうか。この後、色々あって大変だったな。秘密結社に拉致されるとか黒歴史過ぎる。子供の我儘に正当性なんてない。ただ自分の意見を一方的にぶつけるだけ……。
どうしてあの時の俺は、イラついていたんだろう……。
そうだ、たしか……。髪型についてあれこれ語る同級生。体育の時間に伸びすぎた爪を注意されたクラスメイト。極めつけは、健康診断を受けられなかったこと。
そう他人の当たり前が、俺には眩しくて、妬ましくて……。
『ワシがいなくなるまでには、必ず――』
そんなこと望んでいない。それが俺の願望なんて一言も口にしたことはない。
普通になりたいって葛藤は、未だに抱えている。
だけど、どれだけ悩んだって結論はかわらない。
「……俺は……」
【よし、掴んだ。おい、聞こえるか、、、、て、何するつもりだ!?】
「ちょっと、透明アオト、アナタ何をする気?」
遠坂アスカが、怯えた目をしている。バサラよりも俺のことを恐れているようだ。
「さっさと終わらせる。そして、家族――ロンを迎えにいく」
派手にこの世界を傷つければ、ロンは俺に気づくはずだ。その余波で、周りの生命は損なわれるかもしれない。
でも、今なら、アヌビスの力を行使できる。口は悪いが、人間に好意をもっている御仁だ。文句は言わないだろう。
【止めはしねぇよ】
「冥界死風」
物理法則を無視して、黒風が巻き上がる。今は、まだつむじ風といった規模だが、あと数分もすれば勢力が拡大して竜巻になるだろう。
「……ククッ、おもしろい」
バサラが舌なめずりして様子を窺っている。強者の余裕がどこまで持つかみものだな。
「アスカ様、はやくこちらに!」
「透明アオト、それは人の身に余る力よ。そんなこと素人の私にだってわかるわ。普通に……人に戻れなくなってもいいの?」
【行けよ、己の我欲のために】
遠慮とかしなくていいんだ。好き放題壊して、良しとするものだけ復元すれば……。
どうしてかニヤケてしまう。
《ようやく復讐できる》
復讐?
『アオ、流されるな!』
ロンの声がしたような気がした。冷え切った身体が熱を帯びる。
背中から下腹に鋭い痛み――身を切り刻まれるような痛みがする。
「……神殺槍!?」
アスカが目を見開いている。
「ん?」
目線を下す。足元に棒――おそらく槍が突き刺さっている。どうやら俺の身体を貫通して、地面に突き刺さっているようだ。
【悪ぃ、俺様としたことが少しあてられてたみたいだ】
「これは……ロンギアスか」
家族愛は時として、耐えがたい苦痛を与えてくれる。
――生命活動停止、そして暗転




