23話 獣人モドキとオーバーエイジな魔法少女-10
「異邦の神と通じし罪人よ。妾の領域から脱せるとは思うなよ」
寒気がする。先刻まで俺を包んでいた冷気とは似ても似つかない。
顔を上げるので精一杯だ。身体が上手く動かせない。
「レアン」
キツネの獣人――ウェイ姉さんが右から身体を支えてくれた。
「レアン君、大丈夫?」
アスカが肩を貸してくれた。二人に支えられながら、なんとか立ち上がれた。
「ウェイよ、その罪人から離れよ」
「……バサラ様、この子はレアンです。私の大事な弟です。もう何があっても離れません」
「愛おしい妾の御子よ。それは悪しき存在、忌むべき存在。どうして妾に逆らおうとする」
圧がすごい。白狼の姿をした獣神は憐れむような表情をこちらに向けている。
「レアン君、ちょっとこれピンチじゃない」
アスカは笑った。どうやら緊張の糸が切れてしまったらしい。抗うこと気持ちすら起きない絶対的な力。
ウエィ姉さんは決して視線を反らそうとはしない。瞬きすら隙になると思っているようだ。
どうにかして二人を逃がせないものか。頭をフル回転させて状況を俯瞰する。
十二神将が一柱。獣人サク族の守神、バサラ神。その力は、如何ほどのものか。
ファングの十倍……そもそも図り得る物差を俺は持っていないみたいだ。
……? どうして、バサラ神は攻撃してこない。一瞬で、俺の命など刈り取れるはずだ。
降伏することを待っている? ウェイ姉さんを傷つけたくないから? そんな感情を保有しているなら話し合いだって……。
ボロンと弦楽器の音が響いた。静寂を静かに破り存在を主張するアラヤ。
「お初にお目にかかります。僕は、魔神プロメテウスの配下、アラヤと申します。以後お見知りおきを」
「ほう、忌々しき宿敵殿の眷属が妾にあいさつとは、ククッ、よほど死にたいとみたが――」
表情を一ミリも変えずに、バサラ神が右手を払う。発生した衝撃波が建物を吹き飛ばした。
突風が上空に向けて吹きすさぶ。
「手加減しているとはいえ、あれをいなすとは。おもしろい、名を申してみよ」
「ほんま獣神様は御強い。僕はアラヤといいます。それにしても、どういうおつもりで?」
「意味がわからぬな」
「……バサラ様」
ウエィ姉さんが震える声で、つぶやいた。
「どうしたウェィよ」
「もし、そこの彼が受け止めなければ、大勢が死んでいました」
「何を申しておるのだ。あれくらいで妾の可愛い御子が死ぬものかよ」
「まったく、どこでも同じね、超越存在ていうのは」
アスカがやれやれと首をふった。
「ねぇ、××××、私と一緒に死んでくれない? 逃げるのは無理だし、だったらせめてあの不遜な神様を一発ぶん殴りたいのよ」
不思議だ。こんな状況なのに、心が躍る。
極限の状況で、頭の回路がショートしてしまったのだろうか。
「アスカが、そう望むなら」
誰かが俺を――俺の存在を認めてくれるなら、神にだって牙を突き立ててみせる。




