21話 獣人モドキとオーバーエイジな魔法少女-8
「ガウ」
「ミャ~」
「シロネは留守番よ。もし、私達が殺――負けてしまったら。キエトに行って、バステトの瞳を探しなさい。そうすれば、道は開ける」
「ミャー、ミャー」
シロネが抗議の声を上げた。
「別に死ぬ気なんてないわよ。生き残るために、シロネに待機してもらうんだから。だからね」
アスカがシロネの頭を撫でた。
「大丈夫だ、シロネ。もし、アスカが死んでも、俺が生き返らせる」
「レアン君に言われると 冗談に聞こえないのね。いやよ、逸脱者になるのは」
シロネは澄んだ青い瞳で、アスカを見つめている。その眼差しからは高い知性を感じる。
「さあっ、行きましょう。トライチ、お願いね」
「ガウ」
「イチ、二のさん」
アスカが物陰から飛び出した。一瞬遅れた。トライチはぐんぐんとスピード上げて、アスカを追い抜て行く。
遅れをとった俺は、隣接する家屋の屋根によじ登り、屋根伝いに突き進む。
奇襲は無理だ。だったら、違う方向からせめて隙を無理やりにこじ開ける。
アスカは、物理法則を無視して、低空飛行を実現している。地面すれすれではあるけれど。
アスカがトライチを追い抜いて、アラヤに肉薄する。
後先考えない体当たり。赤い流星が尾をひいてアラヤに衝突する。
戦場に旋律がこだました。アラヤがアスカの頭を掴んで地面にたたきつけた。
あれだけのスピードだ。相当な衝撃があったに違いない。それなのに
「どりゃ!」
アスカが体勢を立て直して、足払いをこころみる。人間離れした動きだ。まるで、ジェットエンジンでも搭載しているような機動力。
しかし、アラヤの足元まで届かない。不可視の壁があるかのように弾かれて、空回りする。
「こんなもんかいな、スメラギの羽衣乙女は。ホンマ、がっかりやわ」
背後から迫った手刀を最小限の動きで交わすアラヤ。振り向いたアラヤの眼差しはどこまで冷たい。
「よけろネーちゃん!!!」
屋根を足場に跳躍。炎を纏った刀身をアラヤめがけて振り下ろす。
旋律、後、一瞬拮抗。気づいた時には、建物の壁に激突していた。肺の空気が漏れ出る。熱くて鉄臭い液体が口一杯に広がる。
「レ、レアン!」
「よそみなんてしてるばいちゃうで。さすがに、僕もあきてきたわ」
また、弦楽器の音。
「私を無視してんじゃないわよ。このエセ関西弁」
アスカの正拳突きが宙で止まった。
「A・Tフィールド? ははっ、心の壁ありまくりそうだもんね、こ・の・根暗野郎が」
「それで挑発しているつもりなんか」
「さぁ~」
回し蹴り、エルボー、ラリアット。アスカがありったけの肉弾スキルを惜しみなく披露し続ける。
壁に激突するたびに、鈍い音が骨が、軋む音がする。
「――レアンしっかりして」
ウェイ姉さんの匂いだ。すごく落ち着く。
「レアン逃げよう。お姉ちゃんはレアンさえいればそれで」
「――アスカを助けないと」
「アラヤの狙いはレアンなのよ。だから、レアンがここから離れれば……」
皆殺しにされるだけ。アラヤは良心の呵責に苛まれたりしないだろう。
そんなラインはとうの昔に踏み越えているはずだ。
「お姉ちゃんは二度とレアンを失いたくない。だから、だからね……お願いだから」
ウェィ姉さんが泣いているところなんて俺は知らない。いや、レアンがいなくなったあとこの人はずっと泣いてた。
「俺は――」
ん? 最初の攪乱の後、離脱するように言われていたはずなのに……。
トライチが、アラヤの背後から飛び掛かった。
「はぁ~~」
鋭い爪は不可視の壁に難なく受け止められた。
「羽虫がうるさくてかなわんな」
身動きを封じられ、空中浮遊するトライチの巨体。その様は、糸で雁字搦めにされたマリオネットのようだ。




