13話 出来損ない獣人の日常-13
うすぼんやりとした意識の中で誰かが話しかけてきた。
「――早く罪を償うことだ。サク族は同胞を見捨てたりしない」
聞き覚えのある声だ。この堂々とした低重音はファング? いや、彼のリーダー様が俺のことをきにかけるわけがない。
あいつは、俺を――レアンのことを憎んでいるんだ。
目をこらして真実を確かめようとしても、鉛のように重い身体が言うことを聞かない。
「――レアン。……死んだりしなよね」
泣いているのか、この声は、プレザ。あざといプレザのことだ、何か企んでいるに違いない。
ロボ氏族の連中は、権力を振りかざす諸悪の根源だ。
「アルさんも来たがってたんだけど……今、農園のほうが手が離せないらしくて……」
アル。俺の親友……。そうだオバさんが死んで、農園も焼け落ちて……。
俺のせい……違う。元を正せば、みんな周りの連中の……。
「大丈夫。あれだけの大惨事だけど、誰も死んでいないんだもん。僕はレアンの味方だから!」
調子の良い奴だ。本当にあざとい。嘘をついたところで当事者の俺には意味がない。俺なんかの機嫌をとってどうするつもりんなんだ。
「――本当にアホだなおまえは」
この神経質そうな声はナーブか。いつにもましてご機嫌ななめのようだ。
「チッ、クソ魔神が。ひと様の身内にちょかいかけやがって」
? よく言葉の意味が分からない。俺は、このウルフビームのいやサク族……獣人族に忌み嫌われているんだ。
『カンカンカン』と遠方から音がきこえてくる。誰かが見張り台から警報を伝えているらしい。
どうして遠吠えを使わない? ……見張り台に鐘が備え付けられている理由は……。
「襲撃か。大方、契約を一方的に破棄したお前を殺しにきたんだろう」
アラヤが来たのだろうか。また、誰かが殺される。それを俺は許容できない。嫌いな連中だって目前でころされたら目覚めが悪い。
「いや、でも正直見直したよ、レアン。魔神の面子をつぶすなんて普通できないぞ」
ナーブの声は心なしか弾んで聴こえる。
時間の感覚がひどく曖昧だし、そもそも一連のロボ兄弟のデレが夢か現か判別できない。
そろそろ倦怠感にもなれてきた。ゆっくりと起き上がって――
破砕音とともに衝撃が身体に飛び込んできた。
「いててててッ、生身だったら絶対死んでいたわ」
生暖かい感触が腹部を圧迫している。
「……重い」
「……ッ!?。アンタ、やっと見つけたわよ!」
遠慮なく、身体を揺さぶってくる。獣人並みの腕力だ。それに揺れる谷間から目を離せないせいで目が回る。
白目をむきかけてやっと解放された。
「……あのう、痴女さん」
「はあっ!? アンタ、もう一回昇天させるわよ」
「だだって、サイズがあってない奇抜な服装はところどころ破けているし、……ちなみにパンチラしているぞ」
「みんな、変態!」
慌ててスカートを押さえているあたり、一応は、恥じらいとい感性をの残しているようだ。
それにしても、禁忌を身に纏う人間か……。赤色は、血を連想させるし、燃え盛る炎は生活を焼失させる。
「君は、魔神……プロメテウスの手先なのか?」
だとすれば矮小な俺なんか瞬殺されてしまうだろう。
「あんた、バカー、本当にアホねぇ。一遍死んどきなさい」
何だこの言葉攻めコンボ。ツンツンしているだけで、全く好意を感じられない。
「そこきょどるな! まぁ、しょうがないか。コホン、今回だけだからねっ。私は――」
ビシッと指先が俺を捉え、首を傾げた瞬間、ツンアカが跳ねとんだ。
石壁に叩きつけられ、完全に意識を失っているようだ。
衝撃の元は手を緩めることをしない。屈強な巨体から繰り出される手刀――斬撃は確実に急所をねらっている。
思わず目を閉じてしまった。
「……堅いな」
ファングが驚きの声を上げた。その声はどこか嬉しそうだ。黒狼の獣人――ファングの戦場での字名は黒い暴風というらしい。
暴風は、目前の矮小な命を摘み取れずに荒れ狂っている。
明滅する赤色。リボンで装飾された胸元に鎮座する赤い宝石。放つ光は、刻々と弱まっている。
赤みがかった長髪。赤と白を基調とするコスチューム。安っぽいコスプレとわわけが違う。ん?
一見、すると魔法少女みたいな格好だけれど、機能性と耐久性はかなりのものだ。超絶科学でも使われているのだろうか。ん?
前世の記憶――ただの知識が洪水のようになだれ込んでくる。
「がはっ」
自然と嗚咽がもれた。頭が割れるように痛い。
ファングが攻撃の手を止めて、こちらに近づいてくる。その瞳は、確実に俺の安否を気遣っている。
そして、世界は暗転した。




