12話 出来損ない獣人の日常-12
赤銅色のプロメテウスカード。ランクによって、色が違ったりするのだろうか。
銀、金……。銅って漢字は、金と同じと書くらしいけど――
「レアンよ、お前は魔に魅入られてしまったのか?」
白狼の獣人――シャインが鉄格子の向こう側から話しかけてくる。
カビ臭い、すえた匂いがする。
「――シャイン様、俺は……」
「何も言わずともよい。お前が歪んでしまったのは、私のせいでもある――」
星座の魔王は、霊落し、その誇りをその願いを人に奪われた……。
忌むべき咎人は魔の神――魔神となった。魔神のあり様に人は惹かれてしまう。
獣人は十ニ神将の加護の下に生活をしている……奉じる神を貶めることなど許されない。
故に……。
「其方がウルフビームで虐げられているのは知っていた。愛するべき我が眷属にそのような思いをさせたことは妾の責任だ」
纏う雰囲気が一変した。
巫女。神をその身に宿すもの、または神にその身を捧げる者。
悪寒がする。
『生贄とか』『三下がすることですタイ』
『ワシは生肉より』『チョコのほうが嬉しい』
「いてぇ」
一瞬、こめかみに激痛が走った。
「もはや、猶予もないか。その穢れを手放せ、妾の可愛い御子よ」
従いたい。目の前にいる神の化身に全てを捧げたい。そんな衝動に駆られる。
「さぁ、妾の手をとれ」
「……」
鉄格子の網目から白い手が伸びてくる。指先と指先が触れ合う瞬間、バチッと火花がとび散った。
「いてぇーーーー!?」
指先が吹き飛んでしまったかのような痛み。蹲って、歯を食いしばる。
「忌々しい魔神風情が!」
金色の瞳が、俺を見降ろしている。まるで汚物でも見ているかのような冷たい目つき。
あぁ、たぶんこの獣神は俺のことなんてなんとも思っていないのだろう。
俺は知っている。本物の絆を。その絆は俺が禁忌をおかしたとしても揺らぐことはないだろう。
ウェイ姉さん……? 違うもっと別の、良くは思い出せない。都合の良い妄想かもしれない。
それでも、この危機的状況で縋るものはほかにない。
『ワシは、忠犬だからねっ!』
屈託なく笑う、人外。
「……十二神将も魔神もクソくらえだ」
懐から取り出したプロメテウスカードをぐしゃりと握り潰す。
心臓が握り潰されるような錯覚。全身の力が抜ける。それでも、視線はそらさない。
「よく聞こえなかったぞ。何んと申したわっぱ」
圧が半端ない。指先の痛みなんてただの児戯だった。
「はあっ、はぁつ、だから。……クソだって言っているだろうが!」
ぐしゃぐしゃに丸まったプロメテウスカードを投げつけてやった。
無論、当たりはせず不格好に地面を転がるだけだけども。
「死ね」
純白の御手が、雑草を摘み取るような手つきで伸ばされる。
もうやせ我慢も限界だ。もう指一本動かせない。魔手から逃れることはできないだろう。
首元をズブリとやられるのだろうか。それとも胸部か。場所は、このさい関係ないか。
それより、俺が一番案じなければいけないのは……。
「……シャインさん」
爪先が眼前で止まった。
「……レアン、うっ」
シャインさんの意識はまだ残っている。まだ、助けられるはずだ。
シャインさんが鉄格子にもたれかかる。爪先が前髪を掠めて、髪の毛が宙を舞う。
『ウェー、神殺しはむずい』
『その後の処理とかめんどい』
あの時は、結局どうなったんだっけ……。あの時?
「はあっ、はあっ、うぐっ……レアン、私の……ことはいい。次はこうはいかない」
異変をさっしたのか、数名の獣人が階段を駆け下りてくる。
罵声も、怒号も耳をすり抜けていく。薄れていく意識の中で、罪悪感だけが鮮明に俺を苛んでいく。
俺を庇ったせいで、シャインさんはどれだけ寿命を縮めてしまったのだろう。
『ワシは×××を見捨てたりしない』『――例え、世界をかち割っても』
真顔で恐いことを言う。
誰かが言った『お前はただの消耗品だと』。連綿と続く風習を回すための歯車。そこから転がり落ちた。俺に帰る場所なんてなかったんだ。あの時まで……。




