11話 出来損ない獣人の日常-11
「はあっ!?」
ふと我に返ると、再びの熱気が身体を蝕む。
「……なぁ、お前は一体?」
返答はない。そのかわりに作業場の残骸を押しつぶして、のろりのろりと移動し始めた。
追いかけたい衝動に駆られる。このまま、行かせるのは得策ではない。直観でそう思う。
「深追いすれば、早死にするで、レアン君」
「……アラヤさん」
焼け落ちる母屋を背景に、アラヤさんが近づいてくる。深紅の左目、赤銅色の髪。
嫌でも、後方で燃え盛る炎との関係を連想させる。
「おっと、無駄な押し問答をするきはないで。見た通りや、僕がこの惨劇の元凶や」
「……どうして、だってアラヤさんは俺と同じ転生者で」
「転生者……そんな世迷言本気で言うてんのちゃうよな」
アラヤさんが語気を強めて、俺を値踏みするように目を細めた。
俺は騙されていたのか……後悔の念がこみ上げてくるが、今はもっと優先させることがある。
「ラクーン農園のみんなはどうした?」
「ほんまに、あきれるわ。獣人なんやさかい、わかるやろう……チッ、ほんまに苛立つわ。ようさんするやろう、血の匂いが」
――後先考えずに母屋めがけて駆けだす。
「別に、止めはせんけど。誰もおらんで、あるのは物言わぬ肉塊だけや」
「……信じない」
戦士でないにしても、複数の獣人相手が一人の人間に虐殺されるなんて想像できない。
きっとみんな逃げているはずだ。
――弦楽器の音が響いた。
ドサリと何かが行く先を塞ぐかのように落ちてきた。
「これくらい何の障害にも……」
赤く染まったエプロン。思考が停止した。
理解するな、認識するな。できないなら、さっさと目を瞑って、耳を塞げ。
吐き気がこみ上げる。
アラヤが弦楽器――シタールをひきながら言葉を紡ぐ。
「薄情やな、レアン君は、まだ生きとるで。少し、耳を削いで、目を潰して、両手足を折り曲げただけや」
「……オバサン」
アルの母親――ラクーン夫人がまだ生きている。ウルフビームでは難しいかもしれい。でも、キエトの診療所に連れていければまだ助けられる。
「おっと、手が滑った――」
短い低音が響く。
ゴキュ、鈍い不協和音の後、ラクーン夫人の首があらぬほうに曲がった。
「ああああっっ」
「レアン君のせいやで、情けない声をだすさかい」
声が上手く出せない。言いようのない感情が、どこからともなく湧き上がってくる。
「……どうして殺した?」
「別に理由なかあらへん。己の欲望のために生きるのが人間ってもんやろう――ククッ」
アラヤが、突然、口元を歪めた。
「何がおかしい」
涙で視界が歪む。この喪失感は、一体どこからくるのだろう。
「僕はとうの昔に人間やめてるんやったなって思ってな。レアン君、先輩として一つアドバイスしといてやるわ。最後の最後まで、欲望を離すなや」
ああっ、こいつの言っていることはきっと正しい。全ては己の欲望のために。
日常が壊れるそれを許容できない。ならどうする。要因を精査して、原因を排除すればいい。
何、難しいことなどなにもない。ただ、とある規則を適用すればいい……。
その後の歪みも、そこから派生する見知らぬ誰かの不幸も幸福も……。
全ては些末なものだ……。そう、ただの児戯……。
【アヌビス……】
無意識に口ずさんでいた。それが何をもたらす言葉か理解はしていない。けれど、渦巻く黒い砂荒らし
が事の重大さを思い知らせてくれる。
きっと、これは禁忌だ。そうわかっても俺にはもはや止めることはできない。




