9話 出来損ない獣人の日常-9
「なぁ、レアン君。一つ聞いてもええか」
「なんですか」
「どうして、僕らはこんな悪路を進んでいるんや。あのまま道沿い行けば、ウルフビームに到着したんやろう」
「ロボ氏族の縄張りを通らないといけないんです。見つかると色々と面倒だし――」
周り込むようにして、森林を通れば、ラクーン農園からウルフビームに入ることができる。無論、遠回りだが。
「――アラヤさんを危険な目にはあわせたくないですから」
「そのロボ三兄弟ちゅうのは、血の気が多い連中やな」
さすがにアラヤさんに危害を加えることはないと思うが、無様な姿を見せたくはない。
「もう少しで家に着きますから」
こっそりと農園の敷地を横切って、家を目指す。ここまでくれば一息だ。
日が落ちかけている。煙はでていないし。料理の香もしない。静まり帰っている我が家。
もしかしたらウェイ姉さんは留守にしているのかもしれない。
おそるおそり扉に手をかける。
「ただい―」
「レアン……今までどこに行っていたの?」
ガタンと音をたてて椅子が倒れた。構うことなくつかつかとこちらに歩みよってくる。そして、
「少し気分転――」
パシッと乾いた音がした。痛みは驚くほど小さい。ウェイ姉さんが崩れ落ちるように、縋りついてきた。
「心配したんだから……」
「姉さん……」
ウェイ姉さんの身体は華奢で、いつの間にか俺の方が大きくなっていた。
いつまでも心配をかけられないな。優しくウェイ姉さんを抱きしめる。
「お取込み中、ごっつ、もうしわけあらへんけど」
アラヤさんが人差し指で、左頬をかいている。
「そうだ姉さん、紹介したい人がいるんだ。こちら、吟遊詩人のアラヤさん」
「ご無沙汰しとります、レアン君のお姉さん」
「……アナタは」
どうしてか、ウェイ姉さんの声は強張っている。
アラヤさんが、帽子を脱いで、会釈した。赤銅色の髪色。黒い瞳と宝石のような赤い瞳のオッドアイ。
「レアン、さがって!?」
半ば強引に後ろ手で庇われた。
「姉さん?」
「はははっ、さすがの僕でもその反応は傷つくで」
アラヤさんがお道化るように肩をすくめた。軽薄そうな薄ら笑いを顔に貼り付けている。
「姉さん。アラヤさんは吟遊詩人で、悪い人なんかじゃない」
「おおっ、こわいこわい。今にもとって食われそうや。レアン君、僕は退散するわ。ほな、さいなら」
次の瞬間には、アラヤさんの姿は消えていた。何か夢でもみていたような感覚だ。
しばらくの間、警戒体勢を解かなかった姉さんがおもむろに口を開いた。
「……レアン、どこに行っていたの? アル君も心配していたわよ」
「キエトだよ。別に、問題ないだろう」
無意識に、語気が強くなってしまう。
「レアン、私達は獣人なのよ。必要以上に人と関わるのは……」
ウェイ姉さんが言い淀んだ。この反応は想定済みだ。サク族でキエトに出向くのは、ラクーン農園関係者くらいだ。
格安で買い物だってできるのに……。結局、姉さんも他の連中と同じだ。
「俺は間違っていない。おかしいのは姉さんたちのほうだ!」
「レアン、よく聞いて、私は――」
獣人とか人とかそんな線引き意味がない。アラヤさんもそう言っていた。俺は正しい。
勢いよく家を飛び出した。夜の匂いがする。もう少しで日が沈む。黄昏時、昼と夜の間。どっちつかずの曖昧な時間。
まるで俺みたいだ。




