8話 出来損ない獣人の日常-8
がむしゃらに走った。キエトを出て、街道にでる。このまま真っすぐ行けば、いずれは王都リブラにたどり着く。
右手のボコボコの土道を進めば、ウルフビームに帰れる。
「――おい、キミ」
振り返ると、そこにはあの吟遊詩人の姿があった。両手を膝におき、肩を上下させている。
どうやら、走ってきたようだ。
「……キミ、速すぎるで」
「俺に何か用ですか」
自己嫌悪。この人は別に何も悪くないのに。
「そりゃ、気になるやろう。あんな青ざめた顔で、走り去られれば」
「なんか、すいません。ご心配をかけたみたいで。でも、俺がどうなろうとアラヤさんには関係ないでしょう」
「僕らは同胞やろう」
「えっ!?」
「どないした?」
「だって、俺は転生者だなんて一言も」
アラヤさんがやれやれと首を竦めた。
「キミ――。レアン君、吟遊詩人を侮りすぎやで、僕らの情報取集能力をなめていると痛い目にあうで」
「でも、俺はきっと偽物で――」
会って間もない他人にべらべらと思いを吐き出してしまった。夢の中で見る前世の記憶のこと。自分が出来損ないの獣人であること。
「誰もが、通る道やな。僕はそういう同胞の力になりたくて吟遊詩人なんて浮草職業に身を奴しているわけやけど」
「アラヤさんもそうだったんですか?」
「せやな。僕も一丁前にあれこれと悩んでたわ」
「でも、俺は……」
「せや。レアン君、手っ取り早く転生者かどうかわかる方法があるで」
アラヤさんはそう言って、懐から一枚の紙切れを取り出した。正方形で、裏面には赤銅色の箔がおしてある。
「プロメテウスカードや。平たく言えば、能力値が書いてあるんやけど――そないな顔するんやない、出し方教えてやるさかい――」
「カセイノシュヨ、我が願いを聞きたまえ」
目を閉じて、深呼吸。自分の心の奥底を覗きこむ。
『お前は何者で、約定を誰と結ぶ。我か、彼の王か』
『俺は……――』
そして、開眼。
「……成功したのか?」
宙に一枚の紙切れ――プロメテウスカードが浮いている。
おそるおそる手にとる。
名称: 半忘のレアン
種 : 半獣人
職 : 農夫見習い
特性: 虚弱
Rank: C
スキル:脆弱な命綱
「同期すれば、詳細なパラメーターがわかるようになるさかい」
「これって、あんまり強くないんじゃ」
「どれどれ――まずますやないか。僕なんて最初、ランクFとかやったもん」
アラヤさんが自分のプロメテウスカード差し出してきた。
名称: 強弦のアラヤ
種 : 人
職 : 上級吟遊詩人
特性: ―
Rank: B+
スキル:甘誘の旋律
:誘引の声色
:捕縛の音色
「これが転生者の特権ですか」
「たしかに、モチベーションを保つ上では一役買うかもしれへん。せやけど、僕らにはこれ以上の恩恵は与えられておらへんのや」
例え、特別なスキルを与えられなくても、前世の記憶があるのは大きい。
今は、転生者だとわかっただけで、高揚感を抑えられない。
「レアン君、ニンマリしているところ悪いんやけど、慢心は命取りやで」
「わかっています」
今まで抑圧されていた分、自分が特別だと思ってしまう。考えるだけなら、問題ないとも思うけれど。
「レアン君はほんまにポーカーフェイスが苦手みたいやな。気持ちはわからんでもないけども。せや、レアン君、僕はウルフビームに行ってみたいんやけど、ええか?」
「何もありませんよ。観光地も、名産もないですし」
本当にあそこには何もない。あるのは、部族の掟と古臭い価値観だけだ。
「なぁ、レアン君。僕はな、常日頃から種族による区別なんて必要ないと考えているんや。孤高の竜人族とか、実体もよくわからない魔族なんかは時間がかかるかもしれへんけど、人と獣人はいったら隣人みたいなもんやろう」
アラヤさんは、すごい。曲がりなりにも獣人の社会で暮らす俺にしてみれば、絵空事のように聞こえる。
でも、それは俺があきらめていただけかもしれない。完璧な獣人になりたい。そればかりを考えてきたから。
「……行っても歓迎はされないと思います。それでも、いいなら」
「おおきに、レアン君。迷惑はかけへんから」
断る理由はない。通いなれた道を進んで行く。アラヤさんのおかげで帰る口実ができた。ウェイ姉さんにはどう説明しようか。




