7話 出来損ない獣人の日常-7
人込みに紛れていると落ち着く。キエトはウルフビームに比べれば近代的だ。
宿屋や酒場だってある。それでも、普段は人混みなんてできやしない。今日は、特別な日なのだ。
なんたって吟遊詩人がくるのだから。
俺のほかにも余所者臭を纏っているやつをちらほら見かける。ウサギ耳のキリク族や牛角を生やしたバン族。どちらも、サク族と同じで細々ではあるが人と交流を持っている。特段、変装をしている風ではない。
逆の立場――仮にウルフビームの中を素知らぬ顔で、人が闊歩していたら大騒ぎになるに違いない。
人とのこういう度量を見習うべきだと俺は思う。
石造りの広場の中央に即席の壇上――木箱を並べただけの簡素なステージではあるけれど、数少ない娯楽だ。誰もが目を輝かせている。現代日本だったら、幼稚園のお遊戯会だってもっと上等な場所でやるに違いない。
とにかく今は、嫌なこと、柵を忘れて楽しもう。そう悲観的に考えることはないだろう。
世界は広いんだ。人の街でなら、蔑まれることもない。それに、俺には前世の記憶があるんだ。
きっとなにもかも上手くいく。
弦楽器の音が響いた。久方ぶりに聞く近代的な音色。
飾り羽付きの帽子、緑色の外套に革製のブーツ。あの弦楽器の名前は何というのだろう。
「ようさん集まってくれて、おおきに。吟遊詩人のアラヤちゅう者んや」
鍔が広い帽子を目深にかぶっているので、顔がよくわからないけど、二十代といったところだろうか。
「ようさん話したいことがあるんやけど、時間も限られてん。要望があったら言うてほしい」
「それなら、あの話をしてくれよ、あの話。王都よりも高い建物が立ち並ぶ街の話――」
賛同の声が複数上がった。
「ええけど、前と同じ話になんで、オッチャン――。よっしゃ、そこまで言うなら、始めよう思う。これは、僕が生まれかわる前に経験した話や―……」
吟遊詩人が始めた自分語りは、俺の前世の記憶そのものだった。
コンクリートジャングル東京。車や電車。食べ物や、文化。
短い言葉なのに、光景が目に浮かんでいく。それは、単に語り部の話術がなせる技だ。その証拠に、誰もがその未知の話に酔いしれている。
「――以上で終わりや。どうやった、おもろかったか」
歓声が上がる。拍手喝采。ガラガラと何かが崩れるような錯覚。
「そうだ、兄ちゃんよ。前話していた食べ物を試作してみたんだ」
香ばしい匂いと共に運ばれてきたのは……。
「おっ、それは夢にまでみた――」
吟遊詩人が歓喜の声を上げた。
「ははっ」
ただ、笑うしかない。揚げたジャガイモ――フライドポテト。
記憶の捏造。笑えない冗談だ。
俺は、転生者じゃないのか。もし、そうなら俺には何も残らない。
ただの出来損ないで、ウェイ姉さんを不幸にするだけの害悪……。
居ても立っても居られない。




