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ご近所の女神

「ぶはーっ」

 屋根を突き破って、着水した。暖かいお湯がなんとも心地良い。


 隣では、ロンさんがカピパラみたいな弛緩した表情で、湯浴みを満喫している。


「ほっこり」

「ああ、仕事のあとのひとっプロは最高だよな」

 でも服を着たままでは気持ちが悪い。衣服は焼け落ちて、原型を留めるのはパンツのみ。

 秒で脱げるな。


「「「――きゃつ!?」」」

「……えっと、この状況は?」

 湯気で見えていなかった。迫りくる女体。なんとも肌が水々しい。


 ロンが仙人みたいに落ち着いた顔で、ほくそ笑んだ。曰く、「ワシにまかせんしゃい」


 ロンがお湯から這い出て、乙女達の前に立った。どうやら見目麗しい三姉妹のようだ。


「これ、イヌか?」

「ええっ、違うよ~。あんまし可愛くないよ。おっきいし」

「大型犬も素晴らしいですわ。凛々しい眼が、あらこの子はあまりその……」

 そうなんだよな。中型犬ってあんまり需要がないんだよな。


 ロンがバタバタと耳を羽ばたかせ、そして、テイクオフ。

「ロンさん! 逃亡はズリーよ」


「あれ飛んだ?」

「〇ンボ?」


「うわっ、えっと、そのあれはロボットなんだ。ドローンの亜種というか」

 しどろもどろの弁明。


「ていうか、お兄さん、これ犯罪だよね」

「警察呼ぶか?」


「えっ、でも結構格好良くない」

「趣味悪いわね。お姉ちゃん、メデューサの将来が心配だわ」

 隙ができた。今のうち、こっそり逃げて。


「どこ行くんだ?」

「タダ視?」

「変態」


「ううっ、警察を呼んで下さい」

 メンタルが持たない。


「一回味見しとくか?」

「どんな声で鳴くのかしら」

「私が最初」

 なんか雲行きが怪しい。逃げるが勝ちだ。


「ジュワッチ」

 瞬時に立ち上がりノーモーションで、跳躍。


 あれ?何かが足に絡まって。ボチャンと再びの墜落。


「逃がさないわよ」

 蛇みたいな髪? それとも髪みたいな蛇? わからんぜよ。



「観念して下さいね。透明アオトさん」


「どうして俺の名前を知っているの?」


「だって有名人じゃないですか」

 乙女たちが微笑んだ。その様はどこか彫刻なような印象で。


「その悪名はギリシャ界隈でも有名ですもの」

「ギリシャ?」


「もーうとぼけないでくだいよ。アフロディーテ様からお話は伺っております」

 ギリシャ神話群の間者だろうか。またか。

 こんなことを説明するのも癪だけど……。


「俺の力は、先天性のものではないんだ」

「そんなことは知っていますわ。ギリシャ界隈にも犬はおりますからね」


「……だったら」

「子供には力が受け継がれないことを危惧されているのですね? そんなことは些末なことでありましょうや」


「それは俺個人に興味があるってこと?」

 だったら好意を無下にはできない。丁重にお断りをしなければ。

 三姉妹が同じ表情を浮かべた。氷のように冷たい微笑。寒気がする。


「――噂通りの御仁で助かりますわ、ふふっ」

「何がおかしい?」


「あなたの子は、立派に役目を全うするでしょう」

「役目?」


「あなたは、決して家族を見捨てられない。生まれた忌児は大事に、大事に鳥籠の中で育てますわ」

「要は人質か? 歪んでんな」


「あなたに言われたくはありませんわ。主神すら滅ぼしうる可能性を秘めた人間など世界にとっての毒でしかありませんもの」


「これは、恩情だ。拒むなら自害しな」

「お姉ちゃん方、そもそもこれって人間なんですか~っ?」

 精神がグラグラする。常に精神攻撃されていると考えたほうがいいか。


 人間を守護する神々にそう思われている……俺はこの世界に存在してはいけない。

 立っているのも億劫だ

 

ジャボッと音がした。飛び跳ねる水飛沫。天井に穿たれた穴から何が飛来したようだ。


「ショウワルビッチハイネェガ」

 ポンポンと後ろから頭を撫でられた。

 

「誰?」

 蓑と赤い鬼の仮面――なまはげ?

 手にはどぎつい釘バット。どうにも詰めが甘いと感じてしまう。


「誰です?」

返答の代わりに釘バットが振り下ろされた。


「痛てぇな。てめぇ何しやがる!」

 次女が片腕でバットを受け止めている。

「ちっ」

 舌打ち、後、パージ。


 白い特攻服。背中には「夜露四苦」の四文字。 極彩色の髪がふんわりと舞い上がった。


「フローゼ?」

「助けにきたわよ、ダーリン」

 十代半ばの少女――フローゼは、スタイルもいいから何を着ても似合ってしまう。


「なになに、お前らやっぱりできてんの? 死、死、死、人外とドブスのカップルとか死に晒せよ」

 次女が声を荒げた。

「欲情した雌ヘビが、よく喋ること。負け惜しみかしら? 誘惑なんてムダムダ。ダーリンは、私じゃないと抜けないんだから。きゃはっ、嫁冥利につきるわ」

「いや、別にほかのものでも――ゲフッ」

 バットの柄で鳩尾をどつかれた。普通に痛い。


「ははっ、お前みたいな継ぎ接ぎ人形に欲情する輩はいねぇわな」

 心にドス黒い感情がこみ上げる。この感情の正体は?


「……こーのーブス! ブス、ブス、ブス――」

「お前の方がブスだろう! ブス、ブス、ブス――」

 不毛な争いが繰り広げられている。客観的にみると美女同士のマウンディングだ。レベルは小学生のそれだけど。


 チラリと長女に視線を移す。浮かない顔をしている。三女にいたっては目をキョロキョロさせてあからさまに怯えている。そう、フローゼが現れた時点で、勝負はついている。


 プライベートにしても、一神話群の一個体がフローゼを滅することなどかなわない。もし、公務での行動なら三姉妹の未来は明るくはない。


「――てか、こいつのどこがいいんだよ。犬に飼われている時点で、甲斐性なしだろう?」

「私が稼ぐからいいんだもんね――」

 雲行が怪しい。


「そんな外見だってよくないだろう?」

「あんたんとこの好色の主神様に比べれば見劣りするかもしんないけど、ダーリンはパンピーにわからない味があんのよ。そう例えるなら、スルメよ。噛めば噛むほど味がでるイカ男なのよ」


「イカ臭いとか不潔ですーっ」

 三女が身悶えている。


「ムッツリ生娘はだまっていなさい!」

 三女がビクリと震えて膝から崩れ落ちた。


「おい、何を――」

「名残惜しいけれど、お遊びの時間は終いよ。退くの? それとも死ぬの?」

声色は一ミリも変化していないのに、込められた圧は計り知れない。


「チッ」

 次女は渋々ながら退くつもりはあるようだ。三女は失神している……問題は途中からだんまりを決め込んでいる長女だ。


 下唇を噛みしめてわなわなと震えている。


「フローゼ」

「何? ……ちょっと!?」


 今度は、邪魔はなかった。恐れ慄いてより、取り逃がした。そのほうが幾分かましだろう。


「悪い芽は摘んでおかないと――」

 薔薇のように赤い唇に人差し指を押し当てた。


「今回はこちらにも非があったわけだから」

 張り巡らされた蜘蛛の糸に飛び込んだ獲物。完全なる被害者とは言えないだろう。


「お優しいこと。ダーリンって美女には甘いよね」

 フローゼが頬を膨らませた。

「……いや、フローゼのほうが普通に可愛いと思うぞ」


「ん、あっ……えっ!?」

「ある一定以上いけばあとは、個人の好みだろうけどさ」

裸体を視られてもどうじない三姉妹より、肌の露出を極端に嫌うフローゼ。

外海の見ず知らずの美女よりも、性格の酸いも甘いも知るご近所美人のほうが、ポイントは高い。


「ダーリン、今日は寝かさないかんね」

「まあ、寝る暇はないわな」

 今は無一文だ。とりあえず服を調達して、最悪は徒歩で帰宅しなければならない。


「ねぇ、ダーリン」

 フローゼが上空を指さした。


「すげぇ、満月か」

 厚く垂れ込めた悪雲は霧散した。世界の、誰かの日常を守れた。自己満足かもしれないけど、多少は自分を肯定しても良い気分になる。この瞬間を味わうために、俺は苛烈なミッションに身を投じているのかもしれない。


「きれい」

 ポツリと年相応のあどけない表情で、そんなことを言われたら


「よく捕まっていろよ」

 年甲斐もなくはしゃぎたくなる。


 屋根板を踏みつぶして跳躍。たかだか数十メートルだけど、満月が俺達に近づく。


「ねぇ、――君」

「ん?」

 風の音でよく聞こえなかった。

 考える暇もなく、フローゼが俺を強く抱きしめた。


 実は、高い所が苦手なのかもしれない。だって、少し震えているように感じるから。

 この時間が少しでも長く続けばいいと思う。


 この感情の正体なんなのだろう。




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