弟話 ある日の食卓
とある鉄火場。
透明アオトは、世界を憎んでいる。だから、正直、常人の勝った負けたなんかには興味がない。
「心臓がバクバクする。これで5枚目、ハアッハッ、ごくん。大丈夫、奇跡は必ず起こる――」
残り1プッシュ。
「うっ、キター、赤保留、イヤイヤ、ん? ……金カットインキターーーーーー……」
その日の夕飯時。
「あのさ、あのさ」「ワシのブタさん知らない?」
「ブタさんは、草原に帰ったんだ。ははっ」
「死んだ魚――リヴァイアサンみたいな目をしているワン」
「そんな神々の最終兵器と同列に扱ってくれるなよ、マイ愛犬よ」
「情緒不安定? お医者さんに相談だ♪」
「このテレビっ子め。リアルタイムで視聴できるブルジョア犬め」
アオトは目を細めた。自分が世界で一番可哀想病が発生した模様。
「空腹は不安の種。そろそろご飯にするワン。今日のおかずは醤油だワン――。ごはんだよ~」
エセビーグル犬もといロンは、、ドアを前足で器用に叩いした。
ギーーと音がして、静かに扉は開かれた。
「いらねぇ」
ブラック組織で、心身ともに摩り下ろしている弟――七銅リョクが眼下にこびりついた隈をこすりながら、扉をしめようとした。
反射的にロンが扉の隙間に身体を滑り込ませた。
「一緒に、食べようワン」
リョクにすがりついて、瞳を潤ませる中型犬。よく言えば愛らしさと凛々しさをかね備える存在。悪く言えば、中途半場。
「疲れているんだよ」
「ボキュたち家族」
「……俺達、ほんとうに家族なんだよな?」
「異論はないワン」
「モグッ、おい、全部食べちまうぞ」
「一緒に、食べようワン」
「そうだな……て、おい! あれはなんだ、あれは!」
リョクが食卓を指さした。
「醤油ご飯だワン」
「そっちじゃない。兄貴がぱくついている無駄に光っているあれだよ」
「ウェー、友達に貰った、ただの桃だワン」
「あれ蟠桃じゃないよな?」
「ソレナニ?」
「西遊記にでてくる……ああっ、もう、食べたら不死になっちまう桃だよ」
「そんな高級品が食卓に並ぶわけがないだろう。なんたって、内の家計は火車なんだから」
「ゲゲゲの幽霊族に退治してもらおうワン」
「やべぇ、頭痛がしてきた」
「だったら、なおさら蟠桃をおあがりよ。ビタンリポCより効くぞ」
「黙れ、この人外野郎」
「やめろ~ワシの取り合いは……」「まぁ、ワシ、カワイイからねっ!」
「紛うことなきなき駄犬だろうが」
「しゅん」
ロンは俯いて、フローリングの床をカリカリと引っ掻きだす。
「真に受けるなよ、ロン。リョクは遅れてやってきた反抗期をエンジョイしているんだ」
「上から目線はやめろ、同い歳だろうが!」
「まじ卍」
唐突にアオトが食卓に突っ伏した。
「……何だよ、この俺が全部悪いみたいな空気。……別に、嫌っているわけじゃねぇよ」
ボソッとリョクがつぶやいた。
「――男のツンデレとか需要ないワン」
「まじ卍ーー」
アオトは、壊れたレコードのように、同じ単語を繰返している。
「ウゼェ、もう寝るから」
こうして、ある日の食卓は終焉を向かえた。
翌日、早朝。
「おい、そろそろ起きないと――」
アオトとロンの姿はどこにもない。
リョクは、伽藍としたリビングダイニングでコーヒーを啜る。
いい歳をしてコーヒーを飲めない兄と小さなカップでカプチーノを嗜む犬。
「やっぱり、異常だよな、この家。……まぁ、嫌いじゃないけど」
こうして今日も、七銅リョクの贖罪の一日が静かに幕を開けた。




