72話 姉と弟-2
「――心配しないでください。もう平気ですから。だって、私はレアンのお姉ちゃんなんです。あの子からたくさんのものを貰いました。まだ、何も返せていないですけど……」
不思議な感じがする。ウェイさんは頼れる年長者だった。俺の――レアンのこと常に優先して……。まだ、二十年そこそこしか生きていないはずなのに。
尊敬する。俺なんて(四捨五入して)三十年生きてきたって自分のことすらままならない。
「す、すみません。愚痴ぽくなっちゃって、私、なんか未練がましいですよね。こんなだから、レアンは家を出ていってしまったのかもしれません」
やっぱりそうなるよな。この人は置かれた状況や他者に責任を押し付けない。
やっぱりすごいよウェイ姉さんは……。
「それは違います。俺……レアンは、お姉さんに感謝していました。ウェイさんのその優しさに救われていたんですから」
どちらもお互いを想っていた。
些細なすれ違いが原因で、悲劇がおきた。一個人の苦しみなんて超越者――十二神将と魔神やそれ以上の存在にとっては些末なことなのかもしれないけど。
俺はそれを全力で否定したい。
反面教師? 同族嫌悪? どちらでも構わないけど。人の世で生きていくならその遊び心は大切にしないといけない。
とり得る選択肢はいくつかある。どのルートが一番最良なのだろう。
レアンのふりをし続けるか。ウェイさんの寿命がくるまで続ければ、少なくても彼女は救われる。
でも、俺――レアンが救われない。
ほんの一時だけど、俺はレアンだった。彼が経験した事柄や趣味嗜好まで手に取るようにわかる。
依怙贔屓するには十分すぎる理由だ。
あぁーっ、どれが最良の道だよ。
「……あのう、アオトさん」
「チッ」
あのポンコツ魔法少女め。個人情報を勝手に流布するんじゃありません。
「すみません。不躾にお呼びしてしまって」
萎縮するウェイさん。アスカは一体全体何を吹き込んだんだか。
「大丈夫ですよ。名前で呼ばれることがあまりないので、戸惑ってしまいまして。ははっ、全然怒ってないですよ。逆に嬉しいというか――」
それらしい言い訳も思いつかないので、口数で勝負することにした。
他愛もない話を続けていると、ウェィさんの表情が少しずつ柔らかくなった。
再擬態はとりあえず選択肢から除外しないといけない。完全に違う人間として認識されてしまった以上、欺くのは難しい。
となると、レアンのことをどう伝えるかだ。
死んだことにするか。事実を伝るか。
目を細めて、釣り上げる。
「弟さん、そんな目をしているんですか?」
「そうなんすよ。地元界隈では、弟の目付きの悪さは有名で。俺とは似ても似つかないんす」
誇張し過ぎだけど嘘はついてない。誰に似たのか、口の悪さと擦れ具合はたまに心配になるレベルだ。
こんな生産性のない世間話はブラフだ。
『未来視』なんて上等なものじゃないけれど。ある程度の魔眼や神眼を模して、簡易的なタイムテレビ(青狸製品)を再現してみる。
『そんなに死にたいのか?』
『……誰かがやらなければいけない。そうでしょう、ファング君? ……あなたはこんな所で死ぬべき人ではない』
死肉が転がる荒野。プスプスと立ち昇る黒い煙。
野営地のような場所で、ウェイさんと黒狼の獣人――ファングが言い合いをしている。
どんな状況だ?
『ウェイ、俺は――』
「私と違ってアナタには守るべきものがあるでしょう?」
あの堅物の豪傑でもこんな表情をするんだな。レアンは考えないようにしていたみたいだけど、ファングは絶対的にウェイさんに惚れている。
でも、この映像はそんな遠い未来ではないはずだ。この場所からは戦の匂い――死の概念を色濃く感じる。少しでも多く情報を集めたほうが良さそうだ。
頭をトントンと叩く。映りが悪いテレビを叩くのは定石ですからね。




