雇われ最終兵器の日常
どこまでも広がる青空。雲一つない快晴。たぶん、チクチクと肌を刺すような日光。
ふと、小学生の時に耳にした歌の1フレーズを思い出した。
蝋で固めた偽りの羽。たしか、最後は墜落してしまうんだよな。
「フギャッ!」
変な呻き声が聴こえた。両の手で掴む細い足首? どうやらエネルギー切れのようだ。
ジェットコースターに乗っているような浮遊感。ヒモなしバンジージャンプの上位互換――紐なしスカイダイビン! 生存率は如何ほどか。
雲が目前に迫る。直接的に触れてみると、全然モフモフしていない。
ガクンと身体が揺れた。どうやら、また上昇を始めるようだ。
また、青空を堪能できる。いや、人生捨てたもんじゃないよな。
バタバタと羽ばたく音が耳朶を叩く。自慢のお耳は本来の用途を無視して酷使され続けている。今にも千切れてフライアウェイしてしまいそうだ。
「――ランチパッド」
「何?」
そんな名前のアヒルのキャラクターがいたな。彼の特技は墜落だったはずだ。
モフモフと心中か。悪くない最期だ。
「発射!」
再びの浮遊感。重力に縛られる喜びを噛みしめようではないか。
紫電が荒狂う雲海。光と音のハーモニー。少し姦しいので視覚と聴覚を遮断する。
こんな暗闇――無の世界で、やることなんて自分語り以外ありえんだろう……。
押忍オラの名前は、透明アオト……。ダメだ、ダメだ。どうしても照れが出てしまう。通常バージョンで行こう。
俺の名前は、透明アオト。少年期に犬に拾われ、今に至る人畜無害な人外だ。
犬に育てられた青年? ……アラサーが青年かオジさんかはひとまず置いておいて、話を進めさせてもらう。
それは真冬の夜だった。天涯孤独の身の上、寒空の下でマッチを売りさばいて日銭を稼いでいた俺の前に、奴は現れた。
『やっと見つけた』
『喋った!?』
『一緒に暮らそうワン』
『……』
最初に思ったのは、「語尾が嘘クセーな」だった。不遇な境遇では、メルヘン脳が育つわけがない。俺だったら、迷わず身ぐるみをはぐな。
『怯えないでワン――』
君の家系には恩があるとかもっともらしいことで懐柔してこようとする中型犬。
普通だったら裏があるって勘ぐるだろう。涎を垂らしながら「ぐへへっ、実は肝が大好物です」って言われたほうが、まだ現実味がする。本当は怖い童話みたいなジャンルに仕立てたほうがまだましだった。
在庫本が大量に送られた時は、やはりなと思った。悪ノリで話を練り上げておいて、その責任を俺達におっかぶせるとかさ、人権いや犬権はどうしたよ。
日頃から思うんだけど、俺達の扱いって酷過ぎない?
今回だってそうだ。風呂上り、リビングでくつろいでいた。なんか、テレビの中では富士山が噴火したとか騒いでいたけど、そんなのは蚊帳の外おいやって、発泡酒か虎の子ビールどちらを飲もうかと考えあぐねていた。
そんな最中、電話が鳴った。
十分後
俺とお犬様は、作戦本部に連行された。
『よく来てくれた』
老獪な雰囲気を纏う大型犬――セントバーナードは、白衣のコスプレをしていた。
『ガハハッ、なーに、心配はしておらんさ』
笑い方が好きになれそうになかった。
作戦内容は至ってシンプル。
【最大戦力投下にて迎撃にあたる。敵は富士山麓で蠢く大火龍】
あとは、急転直下。ロンには激レアのプリンを一ダース。
俺にはカワイイ子犬達とのキャッキャッウフフなワンナイト。
奴さん俺達の従え方をよく理解されてらっしゃる。
寝不足気味に欠伸を噛み殺していた俺と、卑しくもプリンの空きビンをペロペロと舐めていたロンは、突如、上空に放り出された。
それは強制的な転移だった――。
そろそろ雲海を抜ける。
トンネルを抜けるとそこは、灰色の地獄だった。
吹雪のように降りすさぶ火山灰。霊峰富士に絡みつく、巨体。
直観的に生物よりエネルギー体に近いのだと悟った。
つまりは、自然発生による存在ではなく、それは人の作りし偽者。
であれば元凶を叩けば自体は収束するだろう。
けれど、目下の課題は墜落をどう避けるかだ。
『まさか!?』
長大な火球が放たれた。確実に俺を狙っている。
必死に手をクロールしてみるけど、ちーとも進まない。
こうなれば、根性論で凌ぐしかあるまい。ボールはお友達だ。
見様見真似で障壁を展開してみる。サランラップみたいな透明度だけど、強度は如何ほどか。
目を閉じた。
あれあれ? 痛みがやってこない。痛すぎて痛覚がマヒしてしまったのだろうか。
シュンと風を切る音。浮遊感が消えている。柔らかい何かを踏みしめている。
「むささび?」
「モモンガ」
唐草模様の風呂敷を駆使して滑空するロン。その上に俺は立っている。
まるでリフボードだ。トラパーとか見えるきさえする。先週、世界系アニメの金字塔を一気見したからなイメトレは万全だ。それにしても、金があるのだから、銀字塔もあるのかな。金閣、銀閣みたいな感じでさ。閑話休題。
放たれる火球を寸前のところで避けて行く。徐々に山麓に近づいている。
「ん、あれは……」
火龍の頭上に、豆粒大の人影を捉えた。
二十代の女。身体中に走る黒い紋様。ナルトに出てくる呪印みたいなフォルムだけど、あれの正式名称は「邪炎紋」だ。
邪炎紋は、持たざる者の証。血統も才能もない人間の末路――ご乱心。
女の顔は笑っているようにも泣いているようにもみえる。引き返したくても引き返せないところまで来てしまえば、あとは進むしかない。
「キルオアハーレム?」
拙い喋り方。見てくれが外国犬のくせにカタカナとか弱いんだよな、ロンさんはさ。
俺はどこぞの魔王かよ。「死にたくなければ俺の子を孕め」って、完全にヒールの思考だろう。
「彼の縁戚かもしれないし、とりあえず助ける方向で」
「了解」
でもよかった。最初に出張ったのが猫義賊や女神神託だったら件の彼女は処分されていただろう。
世界の守護は、綺麗ごとだけでは全うできないからな。
その後は、いつもの場当たり的な戦法つまりは突貫で、ミサイル弾頭――俺をロンが発射してクロスチョップで火龍の首を切り落とした。無論、すぐに再生されたけど。
あとは、紆余曲折的なやりとりがあって、火龍は爆風を伴って消失した。