02 柳橋美湖 著 扇子 『北ノ町の物語』
【あらすじ】
東京のOL鈴木クロエは、母を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが実は祖父がいた。手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきて、北ノ町に住むファミリーとの交流が始まった。お爺様の住む北ノ町。夜行列車で行くとそこは不思議な世界で、行くたびに催される一風変わったイベントが……。最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上で魅力をもった弁護士の瀬名さんと、イケメンでピアノの上手なIT会社経営者の従兄・浩さん、二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ。さらには魔界の貴紳・白鳥さんまで花婿に立候補してきた。
他方、お爺様の取引先であるカラス画廊のマダムに気に入られ、秘書に転職し、マダムと北ノ町へ来る列車の中で、神隠しの少女が連れ去れて行くのを目撃。そして北ノ町のファミリーとマダム、それに白鳥さんを加えて、少女救出作戦が始まる。一行は、北ノ町一宮神社から軽便鉄道列車に乗り、ターミナルから鉄道連絡船で、大陸にたどりついた。
――そんなオムニバス・シリーズ。
挿絵/Ⓒ奄美剣星「マダム」
51 扇子
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クロエです。終点・龍の墓場の直前、虹色燕ジョナさんの列車が、竜骨トンネルに爆弾が仕掛けられたという連絡通信を受けて、緊急停車しました。その前に、神隠しの少女をさらった死神さんが現れ、お爺様は後を追い駆けて行っちゃいましたし……。
◇
――異常なし。
緊急停車から三十分後、路線管区の保線員さんたちが、手漕ぎ式のトロッコで駆けつけてきて点検しましたが、けっきょく爆弾はありませんでした。監督さんのお話によると、誰かの悪戯で、鉄道会社に嘘の手紙が届けられたらしいというお話です。
そういうわけで列車がまた走り始めました。
死神さんと神隠しの少女が乗った馬を追い駆けて行ったお爺様はまだ戻っては来ません。運転士さんによると、終点の停車場まで、そう遠くはないので、徒歩でもやって来れるだろうというお話です。
竜骨トンネル。
数千万年もの間、炎竜一族が墓場としていたため、折り重なった遺体が数十メートルもく積もった竜の墓場台地。竜骨トンネルは、全長十キロ。竜の墓場台地の地下をくぐらせたもので、それは、竜骨の中でも、とりわけ大きな神祖炎竜と呼ばれる、全身骨格をそのまま支柱に転用し、内部に線路を敷設したものです。車窓から、リング状になった肋骨の連なりが、長く続いているのが見えました。
トンネルの中ほどにきたそのとき、ドンと爆発音が鳴り響きました。
――やっぱり、爆弾がしかけられていたんだ。
しかし、列車の車体やレールには直接のダメージはありません。
肋骨の天井から、グールが、バサバサ降ってきました。列車の屋根に飛び降り、逆さになった格好で張り付いて、車窓越しにこちらをのぞきこんでいます。ヘルメットに作業着姿……。
――わあ、ひどい悪臭。腐ったお肉の匂いだあ。
「ほう、グールか……。竜の墓場で、悪しき魔導士ネクロマンサーが、坑夫の遺体を盗んで奴隷化しているという噂を聞いたことがある」
白いスーツの白鳥さんが、物珍しそうに、車窓越しの人影を見てコメントしました。
「グールって、ゾンビというか、人食い鬼というか……」
瀬名さんと浩さんが顔を見合わせていましたが、白鳥さん同様に、そんなに慌てている様子ではありません。
――あのお、皆さん、ゆゆしき問題があります……。無敵のお爺様がこの列車に乗車していないじゃありませんか。私たちだけで切り抜けられるかしら。
「装甲気動車に配置された放水砲塔の放水ジェットは、前方の線路を塞いでいるグールたちを弾き飛ばしながら進むのが手一杯だ。窓を割って侵入してこようとする、グールたちまでは駆除できないから、お客様方のご協力をお願いします」
運転士のジョナさんがアナウンスしました。
グールたちが、ガラス窓をガンガン叩いて、何枚かが割れてしまいました。腐った死体たちが中に飛び込んできます。
鈴木家バトル・フォーメーション!
マダムと私を囲んで、男衆三人組が守り、その三人組の間には、幼児姿の護法童子くん、お髭の電脳執事さん、一つ目蝙蝠の使い魔さんが入って円陣を組んでいます。
魔法少女OBのマダムが、魔法をつかうときは、少女姿になります。女子中学生くらにまで若返ったマダムが、私に言いました。
「クロエ、手伝って。みんな、ちょっと目をつぶって」
私は、マダムの手に、自分の手を乗せました。
バシッとヒューズが飛ぶよう感覚があり、閉じた瞼を透かし、閃光が走るのを見ました。
「オホホホホ……ごめんあそばせ、炎天下の砂漠に飛ばしちゃった。――グールやめて、ミイラ男におなりなさいな」
マダムが、鳥の羽の扇子を広げて意地悪く高笑いしたときは、いつもマダムに戻っていました。
化石の台地を抉ったトンネルを抜けると、全長四キロ、幅一キロの谷間の先端に出ます。そこに竜の墓場駅もありました。
そうして、ようやく、停車場に列車が入線したわけですが、招かれざる客ならぬ、呼びたくもないお“出迎え”がありました。
――黒装束。……死神さん? 違う。
「あれが、ネクロマンサーだ」
白鳥さんが言いました。
フードを被った青白い顔のネクロマンサーは、よくも可愛い下僕たちを手に掛けたな……と言わんばかりです。
――あ、ドアが開いた。もう、ジョナさんったらあ!
◇
それでは皆様、また。
by Kuroe
【シリーズ主要登場人物】
●鈴木クロエ/東京暮らしのOL。ゼネコン会社事務員から画廊マダムの秘書に転職。母は故ミドリ、父は公安庁所属の寺崎明。大陸に棲む炎竜ピイちゃんをペット化する。
●鈴木三郎/御爺様。富豪にして彫刻家。北ノ町の洋館で暮らしている。妻は紅子。女学校卒業後、三郎に嫁ぐ。紅子亡き後はお屋敷の近くに住む小母様をアルバイトで雇い、身の回りの世話をしてもらっている。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住みクロエに好意を寄せる。式神のような、電脳執事メフィストを従えている。ピアノはプロ級。
●瀬名武史/鈴木家顧問弁護士。クロエに好意を寄せる。守護天使・護法童子くんを従えている。
●烏八重/カラス画廊のマダム。お爺様の旧友で魔法少女OB。魔法を使う瞬間、老女から少女に若返る。
●白鳥玲央/美男の吸血鬼。クロエに求婚している。一つ目コウモリの使い魔ちゃんを従えている。
●神隠しの少女/昔、行方不明になった一ノ宮神社宮司夫妻の娘らしい。死神にさらわれているのがわかった。
●ジョナさん/虹色燕。同名の港町で、連絡船アテンダントをしていた、脚のある人魚族・由香から案内役を引き継いだ。軽便鉄道・装甲気動車の運転士。
●ネクロマンサー/竜骨トンネルで、グールたちを操り、クロエたちを襲撃した。