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自作小説倶楽部 第17冊/2018年下半期(第97-102集)  作者: 自作小説倶楽部
第97集(2018年7月)/「天ノ川(銀河)」&「爆弾」
3/27

02 奄美剣星 著  爆弾 『鬼撃ちの兼好』

挿絵(By みてみん)

 Ⓒ奄美剣星 「夜叉姫」



 ポンポン船が、若狭湾に浮かぶ、施餓鬼島にやってきたのは夏の終わり……。大正時代のことだ。

 白地に花柄で統一された帽子とワンピース姿の令夫人が、隣にいる書生風の青年に声をかけ、小島を指さした。

「ねえ、兼好君。将星島には、君のお爺様が建てた将星堂があったのよね」

 潮風がその人の長い髪をゆらしている。

 兼好と呼ばれた青年は見とれていたとき、令夫人に声をかけられて、不覚にも顔を赤らめた。

 さらに……。

 風の悪戯だ。ワンピースの裾がめくれあがって、両脚の付け根まで見えた。

 ――あれが噂の舶来品・パンティーなる下着か。ドロワーズとはケタ違いの露出度だ。

 兼好、鼻血ブッ……。

 塩路家の一家は、夏になると、若狭湾に浮かぶ島々の一つにある別荘に、使用人たちを引き連れて静養にやってくる。

 塩路財閥の先代当主は数年前に亡くなっていた。跡継ぎはいたのだがまだ七歳と幼い。先代が亡くなる少し前に、三十歳若い麻亜子が、親戚筋から嫁いできたのだが、幼い義理の息子・恋太郎を後見する形で、会長職に就任。財閥傘下の会社十余を取り仕切っていた。富豪塩路家の令室・麻亜子は、十五歳にして同姓である親戚の後妻に入った。現在は二十一歳になる。

 さてここで、吉田兼好青年と塩路家との関係を述べておこう。兼好は、麻亜子の亡夫先妻の甥で、つまりは彼女の義理の甥にあたる。

 吉田兼好。

 言わずと知れた、かの随筆家の末裔で、先祖の名を拝領。國學院で神道を学び、熊野神社で修行を積み、今は東北の秘境にある白水神社宮司をしている。現在、二十三歳。義理の叔母・麻亜子よりも二歳年上だ。

 服装は、烏帽子に狩衣、はかま、白足袋に草履を身に着けている。

 海水浴場に隣接した、入り江の波止場に船が停泊すると、一行は、早速別荘に入った。

 坊ちゃん刈りにした幼い恋太郎は、白の学生帽に、ワイシャツ、釣り紐の半ズボン姿だ。麻亜子や兼好によく懐き、二人が並んだ間に挟まって、手をつないで歩いたものだった。

 波止場付近には集落があり、高台の別荘に向かう小路の並びには汚い雑貨屋があった。施餓鬼島に渡るとき、麻亜子が煙草のマッチを湿らせて仕えなくしてしまったので、従僕に買いにいかせた。

 店主は赤目の老人だった。赤銅色に焼けた肌、骨ばかりとなった細い腕、餓鬼のように出っ張った腹。しかも禿げている。

「塩路家の令夫人・麻亜子様。――微笑すれば花のようだが、とりすませば、天女のように見える。いつご尊顔を仰いでもお美しい。儂がもう少し若ければ、さらって逃げたのに、惜しいのお……」

 麻亜子は、下品な言葉を隠そうともしない赤目の店主の声を聞いて、悪寒を感じた。動揺を抑えるため、今、従僕に買わせたマッチでシガレットに火をつけた。

 マッチは硫黄と燐でできている。鼻にツンとくるはずなのに、乳香のようなクリーミーな匂いが漂いだす。令夫人が吐き出した煙の向こうで、赤目の店主が、卑猥な笑みを浮かべていた。

 麻亜子は恍惚とした目になる。

 ――麻薬?

 神職にある兼好が、彼女の微妙な変化に気付かぬわけはない。しかし、顕著な怪異は、翌日の晩に生じた。

 皆既月食の晩、なんと、麻亜子が別荘から姿を消したというのだ。

 最初に気づいたのは、令夫人付のメイドが、手洗いに行った帰りのことだ。女主人の寝室ドアが半開きとなっていた。気になったメイドが中を覗く。すると、そこから禿げた餓鬼が、眠ったままの麻亜子を肩に乗せ、出て来たではないか。

 このとき兼好は、従弟の恋太郎少年と同じ蚊帳の内で、布団を並べて寝ていたのだが、物音に気付き廊下に飛び出して来た。

 メイドは、驚きのあまり、腰を抜かし、口から泡を吹いていた。また、やはり廊下に出て来た老従僕は、オロオロするばかりでどうにもならない。

 ――おい、式神、裏切ったら銀弾で蜂の巣だ。

 ――イヤ~ン、ご主人様のいけずう。

 兼好が五字を切り、懐中のヒトガタを宙に放つ。ヒトガタは梟となって、令夫人をさらっ手逃げる餓鬼の後を追った。

 式神は調伏した鬼だ。より霊力の強い術者に従う習性がある。兼好は、自分の式神が敵の術者にお寝返りそうになると、S&W拳銃の銀弾で式神をためらわず撃つ。

 懐中電灯を持った従僕の先導で、向かったのは、波止場だ。そこからポンポン船が出て行こうとしていた。

「赤目の餓鬼は将星島に向かう気だな。叔母様を手籠めにしてから、食う気か」

 桟橋の上を舞っていた式神が、梟から海豚に変化した。

 兼好は、すっかり仰天している従僕から懐中電灯を借り受けると、彼を桟橋に残し、海豚の背に乗り、後を追った。

 将星島に兼好が着いたとき、赤目の餓鬼は、波打ち際に打ち寄せられた小舟の上で、寝間着の裾をめくり、麻亜子の身体を汚そうとしていた。

 兼好の手には、銀弾五発を装填した、S&W拳銃があった。

 赤目の餓鬼は、半ば眠っている麻亜子を盾にして、小島の中央にある祠堂まで後ずさる。

 ――大人しく俺を汽船に乗せろ。さもないと……。

「さもないと何だ?」したりと笑った青年が、「急々如律令」と呪を口ずさむ。

 ポンと、何かが炸裂する音がした。それは、鉄砲よりは重く、大砲よりは軽い音だ。しかし火薬の匂いはしない。

 赤目の餓鬼は腹を貫かれていた。――祠堂に収まった将星像が手にした筒から、イタチのような小動物が発射されたのだ。

 倒れた赤目の餓鬼が霧散してゆく。

「赤目餓鬼のオッサンよ、筒狐って知っているかい? ――筒に呪をかけたイタチを棲まわせておいて、小砲のように撃つ道具だ。――まっ、外道の陰陽師がつかう技だけどね」

 兼好の祖父は、格式の高い神社の宮司であると同時に、陰陽師の実力者だった。日本全国に将星像を祀った祠堂を建立し、一門がつかう筒狐を密かに棲まわせていたのだ。

 皆既月食が終わり、夜が白々と明けてきた。

 麻亜子が目を覚ますと、兼好の胸にしがみついた。

「兼好君、私を助けてくれたのね」

 いいムードだ。令夫人は、潤んだ瞳で、兼好の唇を求めている。

 若い陰陽師は考えた。

 ――叔母と言っても血はつながっていない。いっそ婿に入って、従弟の恋太郎が跡目を継ぐまで、つなぎをやるのも、やぶさかではない。

 しかしそのときだ。

 一艘の和式小型帆船・菱垣廻船が、将星島の波止場に横付けしてきた。それが停泊する前に、甲板を飛び出し、駆けつけてきて、今にも口づけを交わそうとする兼好と麻亜子の間に割って入ったのは、童女だった。

「お嬢ちゃんは何者?」麻亜子が目を丸くした。

 猫耳、ゴスロリ服、パンプス……。スカートがめくれたとき、ドロワーズがちらりとみえた。

「兼好の幼な妻、夜叉姫で~す♡ 兼好は浮気者だから追いかけてきちゃった」

 べーっと舌を出す少女は、年齢不詳だが、外見上は十歳そこらにしか見えない。両手両脚を兼好に絡ませるようにして抱き着く。

 麻亜子が引きつった顔をした。

 ――うっ、童女趣味者だったのね、兼好君。好青年のふりをして幼な妻がいたとは……このド変態!

 平手打ちの音が朝もやの小島に鳴り響く。

 兼好の野望は、かくも儚くついえた。

          ノート20180730

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