00 フィナーレ/奄美剣星 著 『百年戦争英雄譚 エドワード三世』
紳士淑女の皆様、当一座の劇場へようこそ。今宵語ります百年戦争の英雄は、この戦争を始めましたエドワード三世陛下(1312.11.13 - 1377.06.21)のお話。かの百年戦争が起こりました経緯と申しますのは、フランス国王カペー家の直系男子が絶えたとき、王室典範サリカ法によって、家督が親戚であるヴァロワ家に移ったことによります。これには、母君がカペー家王女であらせられる陛下がお怒りとなるのもごもっとも、いざ、出陣――という前に、少しばかり、陛下の人となりを述べておきましょう。
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フランス・カペー家の国王陛下(*1)には見目麗しい王女様(*2)がおられました。この王女が先代イギリス・プランタジネット家の国王陛下(*3)に嫁ぎ、一三一二年にお世継ぎを儲けられました。それが陛下でございます。
ところが、母君は毒婦というか運命の女というか、佞臣マーチ伯爵(*4)といい仲になり、先君から王位を剥奪・幽閉した上で殺害してしまいます。母后とマーチ伯爵の傀儡として十五歳で即位させられたエドワード三世陛下は、悪逆非道の限りを尽くすこの二人を宮廷から除こうと時を待ちました。そして十七歳のとき、叔父君(*5)が佞臣マーチ伯爵に処刑されると、心ある者たちを集って、一気に宮廷を占拠して逆賊を捕えて処刑し、母后は生涯搭上に幽閉なさったのでありました。
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エドワード三世陛下が、ヴァロワ家のフランス国王陛下(*6)と対峙なされましたのは、いくつかありますが、ここでは一三四六年八月二十六日に勃発しました、クレーシー会戦を挙げることといたしましょう。
戦場のクレーシーは、英仏海峡を臨むカレーの港の南方にございます。
「倅よ、見ておけ。我らが手塩にかけた長弓兵の威力というものをな」
陛下が初陣なさったご子息におっしゃった長弓兵というのは、国策として教会の礼拝の後に、平民たちに長弓を持たせて訓練を施し、戦争になると日当六ペンスの高給で、長弓兵として雇った者たちのことです。
両軍は西と東に布陣します。西はイギリス一万二千、東はフランス三万。両者とも南北に横列陣形をいたしました。ここでイギリスは、V字隊形をとり、中央に乗馬・下馬の騎士七百及び矛槍歩兵、両脇に長弓隊二千を配置して主力とし、このうち乗馬した騎兵を率いておられましたのが、十六歳のエドワード王太子殿下、後に人のいう常勝将軍〈黒太子〉でございます。国王陛下はと申しますと、騎士隊のさらに背後の風車小屋に陣取り総指揮をお執りあそばしました。そしてのまた背後の森には、弓矢や食料を積んだ輜重車を隠してあります。
戦いの始まりは軽歩兵による弓矢の応酬です。
午前六時、わがイギリス軍が自慢の長弓兵を前に出しますと、フランスは対抗して傭兵のジェノヴァ弩兵を前に出しました。イギリス長弓兵は射程距離二百七十ヤード(二百五十メートル)を一分毎十発射いたしましたが、ジェノヴァ弩兵は三百八十ヤード(三百五十メートル)毎分一発を発射いたしました。雨あられと降り注ぐイギリス長弓兵の餌食となり、堪らず、戦線離脱。
フランス国王陛下は檄を飛ばします。
「弓兵は平民だ。甲冑を装着した騎士なら、その矢は刺さるまい」
小高い丘の上に布陣していたフランス軍騎士はここから一気に坂を下って、イギリス軍主力部隊に中央突破を仕掛けます。その波状攻撃をしかけますところ十五回、イギリス長弓隊が放った矢を受け落馬した騎士たちに、ウェールズ兵が襲い掛かって仕留めます。そして十五度目の突撃に失敗したフランス軍はようやく諦めて撤退を開始いたします。――もちろん追撃に出た黒太子殿下の餌食となったわけでありますが……。
このクレーシー会戦で、フランス騎士隊は王族十一を含む騎士千二百と兵士一万という戦死者を出します。
しかし勝者であらせられるはずの陛下はなぜか不機嫌でございました。というのも麾下のウェールズ兵が、長弓の矢が自身や馬に刺さって落馬したフランス騎士を、片っ端から短剣で襲って皆殺しにしたからにほかなりません。実はこれ命令違反。
――なんとういことを、騎士を捕虜にすれば家族から身代金が入るのに! ――
戦争は人命も損なわれますが、膨大な戦費もかかります。資金回収に失敗した陛下は頭をお抱えあおばしたとのこと。
それでは紳士淑女の皆様、当劇場へまたのお越しのほどを。
ノート20190128
注釈
*1 フィリップ四世
*2 イザベラ
*3 エドワード二世
*4 ロージャー・モーティマー
*5 ケント伯爵エドモンド
*6 フィリップ六世




