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自作小説倶楽部 第17冊/2018年下半期(第97-102集)  作者: 自作小説倶楽部
第101集(2018年11月)/「冠雪」&「魔法」
22/27

04 らてぃあ 著  冠雪 『幻の娘』

挿絵(By みてみん)

 挿絵/Ⓒ奄美剣星「童女」




「瞳子はどうしただろう」

 最初の恐慌が去ると秋子の頭はそのことで一杯になった。

 自分の身に恐ろしい事件が降りかかったとはいえ、娘のことを忘れるなんて何という駄目な母親だろう。自己嫌悪で気分が悪くなった。しばらく狭くて暗いクローゼットの中で身を丸めていたが、こんなことをしている場合ではないと気付く。

「君は瞳子の母親だろう」

 亡き夫の声が耳の奥によみがえる。

 しっかりしなきゃ。

 秋子は身をよじる。身体を縛る紐が腕に食い込んで痛い。しかし秋子はひるまなかった。

 クローゼットの扉の裏に顔を押し付けて耳を澄ます。何かが割れた音がした。大きなものが割れたようだ。しかし瞳子の声はしない。秋子をクローゼットに押し込めた二人組の話し声がとぎれとぎれに聞こえるだけだ。

 瞳子はまだ野原で遊んでいるのだろう。

 秋子は安堵するとともに不安になる。村からも離れたこの家を訪れる者は少ない。朝の散歩で定期的に通りかかるのは村はずれの山岸老人だけだ。親しい姪の陽子も三月に一度来るくらい。瞳子もひとり遊びしていることが多い。遊び疲れてお腹がすいたら帰って来る。

 先週山に初冠雪があり、寒くなっているというのに、いつもなら叱っているが今は帰ってこないでほしい。

 それまでに自分が何とかしなくてはならない。

 か弱い女にはほどけまいと思ったのだろう。男たちが秋子を縛るのに使ったのは台所の隅にあったビニール紐だ。こま結びなのは厄介だが、両腕を封じて安心したのだろう。手は自由に動かせた。男たちは凶悪そうな面構えだったが頭は悪いのだろう。

 そういえば駐在所のお巡りさんが幼稚な計画で失敗した強盗未遂犯が逃走中だと言っていた。彼らがその間抜けな犯人に違いない。

 秋子はクローゼットの隅に手を這わせ、落ちていたプラスチック製のハンガーを掴む。身体を浮かせ尻の下にハンガーの端を差し込むと、そっと体重を掛けてそれを折った。

 節々が痛み、息も詰まりそうになりながらハンガーの欠片を手に取りビニール紐に切り込みを入れていく。

 お巡りさんが偶然来ることは期待できない。郵便配達は昼に来た。今は何時だろう。必死に考えて思いつく。山岸老人から早朝に高校の山岳部が山に登って行ったと話していた。高校生の下山は午後の4時で秋子の家の側を通る。その時ならば逃げられる。叫んで助けを求めるのだ。未成年でも鍛えた彼らは頼りになるだろう。

 長い努力の末、秋子はクローゼットから這い出た。少し日が傾いたのだろう。部屋が薄暗い。目を凝らして時計を見ると午後の3時後半になっていた。もう時間はない。

 耳を澄ますと男たちは居間でラジオを聞いているのだろう。硬質な声がニュースを伝えている。

 窓に目を向けて秋子は息を呑む。

 瞳子が窓の外から首を出して室内を覗き込んでいた。黒い瞳が秋子を見つめている。

 秋子は叫びたいのをこらえて首を振り、人差し指を唇に当てた。

 どうやら瞳子は家の異変を感じ様子を伺っているらしい。小声で瞳子に助けを呼びに行くように言おうか。

 いいえ。秋子は首を振って立ち上がる。母親である自分が娘を助けなくてはならない。

 瞳子の影が移動する。裏口のほうだ。

 そうだ。男たちは居間でくつろいでいる。裏口から逃げだせばいい。

 注意して裏の扉を開け、踏み出す。冷たく湿った土で靴下が濡れる。脱ごうとしてバランスをくずし、秋子は尻餅をついた。半開きの扉が派手な音を立てて閉まった。

「誰だ!」「おい、婆さんが逃げたぞ」

 男たちはたちまちへたり込んでいる秋子を発見してしまった。

「逃げて」

 秋子は叫んだ。もはや瞳子だけでも逃がさねばならない。

「誰かいるのか?」

 一人が道に飛び出し左右を見る。秋子は自分を羽交い絞めにした男を渾身の力で突きとばした。秋子はさらに叫び声を上げた。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

 中年の女は泣きながら周囲に頭を下げた。集まった警官はもちろん、近所の住民にも姪でしかない女が年老いた叔母を一人住まいさせていたことを責める者はいなかったが女はしくしくと泣き続けていた。

 女の叔母、御影秋子の家に逃亡中の強盗未遂事件の犯人が逃げ込み、偶然通りかかった高校生たちが秋子の叫び声に気が付いて駆けつけ、事件は解決することになった。しかし老婆の動揺はひどく親類の女が呼び出された。

「叔母さんが何か言っているようですね。トウコがどうとか。あなたは何を言っているのかわかりますか」

「トウコちゃんは叔母さんの亡くなった娘さんです」

 刑事の問いに女はしゃっくりを上げながら話した。

「少し前からおかしいと思ってはいたんです。瞳子ちゃんは叔母さんの娘で、もう30年前に亡くなりました。まだ小学生で、叔母は、あまりそのことを話しませんでしたがやはり平気ではなかったようです。痴ほうが始まったのか、瞳子ちゃんが生きているような言動をするようになったんです」

          了

自作小説倶楽部 11月号はここまで。

次回12月号は1月初旬の更新予定です。

ご高覧ありがとうございました。

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