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自作小説倶楽部 第17冊/2018年下半期(第97-102集)  作者: 自作小説倶楽部
第101集(2018年11月)/「冠雪」&「魔法」
20/27

02 紅之蘭 著  魔法 『ハンニバル戦争・終章2』

【あらすじ】

 紀元前二一九年、カルタゴのハンニバル麾下の軍勢は、アルプス山脈を越えてイタリアに侵攻。ローマ迎撃軍を撃破しつつ、アドリア海に沿って南進し、南部のカンナエで、ローマの大軍を壊滅させた。そして……ハンニバルの挙兵から十六年の歳月が流れた。十六年の間にローマのスキピオが将器を拡げ、イベリア戦線の総指揮官となった。スキピオは、ハンニバルの次弟ハシュルドゥルパルを撃破。いよいよ北アフリカにあるカルタゴ本土攻略の命がローマ元老院から発せられた。この動きに、カルタゴ元老院は慌てふためき、イタリア半島南部を支配していたハンニバルを呼び戻した。そして、紀元前二〇二年秋、ついにザマ会戦が勃発。若いローマのスキピオが、カルタゴのハンニバルに圧勝したのだった。

挿絵(By みてみん)

 挿図/Ⓒ 奄美剣星 「隠者」




 ハンニバル戦争後におけるカルタゴ経済復興はさながら魔法のようであったと歴史家たちは口をそろえて言う。

.

 アトラス山脈は、現在のモロッコからチュニジアにかけて縦断している。チュニジア中部にあるシャンビ山は海抜一五五四メートルで、古代カルタゴの町付近では最も高かった。山肌を覆う植生は松で、冬場になると雪が積もる。

「私も年を取りました。私の頭もあのシャンビ山同様に真っ白になってしまいました……。そろそろ故郷に帰りとうございます」

 ギリシャ人軍師シレヌスが、カルタゴの総帥ハンニバルと連れ立って、ピュルサの丘の頂に立っていた。

 ピュルサの丘からは、南にシャンビ山が望める。そして東に振り返ると、地中海とそこに臨んだカルタゴ港が一望できた。

「ハンニバル様、内港は見事なまでにすっからかんになってしまいましたな」

 カルタゴの港は外港と内港の二重構造になっている。地中海から入ってすぐのところにある外港は商港で、その商港のさらに奥にいったところにある内港は軍港として使われていた。

 軍船は冬場にメンテナンスをする。第一次ポエニ戦争時、冬場の軍港は二百隻からなる艦船がドック入りして補修をしたものだが、ローマとの講和条約により、現在は十隻のみが納まっているのみだ。他の艦船はすべてローマに接収されてしまった。

 とはいえ、地中海海賊に対する備えは、カルタゴ海軍から制海権を奪取したローマの役割になった。とはいえ、これまでの取引先に加えてローマとの交易も盛んになった。ポエニ戦争以前とまではいかないまでも、商港は第二次ポエニ戦争の戦時中よりははるかに商船が往来している。

 シレヌスは続けた。

「艦船を失った代わりに、カルタゴの国土はとても潤っている。これは一重にハンニバル様のご尽力の賜物です」

 ハンニバルは将軍としても有能だったが、政治化としても辣腕を振るった。彼は、既得権益層を対象にした増税を行うとともに構造改革を行うという、劇的な改革を行った。そこから得られた莫大な税収を財源として、地中海北アフリカ沿岸に残されたカルタゴ本土を灌漑・開墾して、一大穀倉地帯に変えた。そして、収穫された穀物をローマの支配各地に輸出し、疲弊した祖国の国庫を瞬く間に満たしてしまった。

 このため、ローマとの賠償金を、先方が予想していたよりもはるかに早く完済してしまったのである。

 春。

 シレヌスの帰国に際して、ハンニバルは、長年自分を支えてくれた友情に報い、貴重な軍艦・三層櫂船一隻を手配して、ギリシャへ送ってやった。

 シレヌスの見送りの際に、ハンニバルと姉たちが内港まで赴いたが、ハンニバルの妻イミリケが来ていなかった。シレヌスは事情を察した。イミリケは半年前から体調を崩して病床に臥していたのだ。

 船が出航したのと入れ違いで、ローマ海軍に護衛されたカルタゴの商船団が内港に戻って来た。甲板で手を振っているのは、青年たちだった。ローマの言葉ではなく、カルタゴの言葉を使っていた。

 甲板にいた船長がシレヌスに言った。

「ローマに送られていた人質の青少年たちが帰国したんですよ。交代の人質が送られます」

 定期的にカルタゴからローマに送られる人質は、将来、カルタゴの指導者層になるような元老院議員といった貴族階級の子弟たちだ。青少年たちは、牢獄ではなく、ローマの上層市民たちの家庭に預けられ養育される。

 それはローマの属国に対する間接統治システムの一環だ。やがて青少年が成長すると、親ローマ派指導者層となっていくわけである。

すれ違う商船を見て、シレヌスは胸騒ぎを覚えた。

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 シレヌスは故郷のギリシャに帰国すると、屋敷を買い求め、ハンニバルの伝記を執筆し始めた。そして、まだ筆を置くに至らぬ数年後のこと、ハンニバルの妻イミリケが病没したことを、入港してきたカルタゴ商船の船乗りから聞いた。

(イミリケ様はたぶん、お幸せに逝かれたのだろう)

シレヌスは書斎の窓を開けてオリンポス山を眺望した。

 ギリシャのオリンポス山は海抜二九一七メートルある。もともとは緑豊かな山だったのだが、ローマがギリシャを制圧する時代になると禿山になっていた。ギリシャ人たちは乱伐をやり過ぎた上に、羊を放牧した。羊は再生しようとする山の植物の芽までも食べ尽くしてしまったのだ。

 そんな惨めになった〝神々の山〟オリンポス山だが、冬場になると山頂に雪が積もって、だいぶましに見えた。

(終章2了/次回完結)

【登場人物】

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《カルタゴ》

ハンニバル……名門バルカ家当主。新カルタゴ総督。若き天才将軍。次弟はハシュルドゥルパル、末弟はマゴーネ。それぞれカルタゴの将軍としてローマと戦い討死した。妻はイミリケで、スペイン諸部族の一つから王女として嫁いできた。

シレヌス……ギリシャ人副官。軍師。ハンニバルの元家庭教師。

ハンノ、ハスドルバル……ハンニバル麾下の猛将。

ジスコーネ……イベリアにおけるカルタゴ三軍の一つを率いていた将軍。イベリア撤退後、カルタゴで総大将を務めるのだがスキピオに大敗。元老院で徹底抗戦を主張するがハンニバルに排斥される。

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《ローマ》

スキピオ(大スキピオ)……プブリウス・コルネリウス・スキピオ・アフリカヌス・マイヨル。大スキピオと呼ばれ、ハンニバルの宿敵に成長するローマの将軍。父親コルネリウス(父スキピオ)、兄アシアティクス(兄スキピオ)、叔父グネウス。これらの人々はいずれもローマの将軍としてカルタゴと戦った。

ヴァロス……執政官の一人。スキピオの舅。小スキピオの実の祖父。娘のアエミリア・ヴァロス(パウッラ)はスキピオに嫁ぐ。

レリウス……本来はスキピオの目付役だったが、スキピオの人となりに惚れ込んで実質的な副将になった。

ファビウス……慎重な執政官。元老院議長となり、「ローマの盾」と呼ばれる。部下の猛将クラウディウスは「ローマの剣」の異名がある。

グラックス……前執政官。解放奴隷による軍団編成を行った。甥はスキピオの娘を嫁に迎え、ヴァロス家とともにスキピオ家との絆を深めることになる。

ワロ(ウァロ)……執政官の一人。カンナエの戦いでの総指揮官。

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《ヌミディア》

シファチエ王……東ヌミディア王。西ヌミディアを滅ぼしヌミディアを統一したが、同盟国カルタゴに加担したため、スキピオ麾下のローマ軍に大敗し捕虜に。王妃はマシニッサの元婚約者ソフォニズバ王妃。

マシニッサ……西ヌミディアの王族、盟友スキピオの協力でシファチエ王を倒し統一ヌミディアの王になる。

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