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自作小説倶楽部 第17冊/2018年下半期(第97-102集)  作者: 自作小説倶楽部
第101集(2018年11月)/「冠雪」&「魔法」
19/27

01 奄美剣星 著  魔法 『プラム・ゲートの魔法』

挿絵(By みてみん)

 挿図/Ⓒ奄美剣星 「画学生」




 魔法について問われたとき、僕はあの瞬間を思い出した。

          *

 宝珠のついた赤い欄干の橋を渡って数百メートル行った突き当りに、古い仏堂がある。参道は舗装された県道だ。だが僕は、橋を渡ってすぐ右手にある土手道沿いを歩いてみた。

 僕は川の流れに目を向けた。

 すると、浅瀬で長い脚をした大鷺がゆっくりと歩いたり水面をつついたりしていた。餌が競合しないためかオオサギは、カモの番いと親しく、三羽そろって移動していた。

 その横から笛のようなさえずりがした。瑠璃色の羽をしたカワセミだ。長い嘴をしたそれは、水面すれすれに飛び、ときおり水中に潜って小魚を捕えていた。

 カワセミの行く手でやはり潜ったり顔を出したりしているのはカワウ。さらにオシドリもいた。

 寺域の野鳥たちはあまり人を恐れない。路傍の植え込みでは朱に染めた綿毛ような腹をしたアトリやキビタキが僕を観ていた。

 土手道は未舗装で、桜や梅の並木になっていた。少し歩いて行くと、左手が畑になっていた。畑の手前で左に折れる小路があり、そこからまた、仏堂に向かっている。

 僕は左に折れた小路を歩いてみた。すると、梅の木並木の終わりに、一本だけ植えられたプラムの木にたどりついた。

 プラムの木は、樹齢五十年というところだろうか。くすんだ樹皮のそれは、未舗装の小路に覆いかぶさって、人の丈ほどの高さのアーチをこしらえていた。アーチの向こう側を覗き込むと、寄棟屋根になった古い仏堂があり、境内を蓮池が取り囲んでいた。

 そのあたりでは、梅の木の花は二月に咲き、桜は四月に咲く。プラムは三月で、白く愛らしい花だ。

 子供のときにデッサンの手ほどきを受けた絵の師匠は、夏の樹木は葉が茂幹や枝の観察がしづらい。だから冬のうちに裸木をスケッチしておくといいとおっしゃっていた。

 上京して進学したのは美大ではなく文系の四大だ。僕はそこで美術サークルに入った。そして一年生の冬休みに、東北の郷里へ帰り、例のプラムの木をスケッチした。

 スケッチブックの大きさはいろいろあるが、僕は、F5サイズのものを好んでいた。F5は三五×二七センチだ。

 そこは、東北といっても太平洋側で、滅多に雪が降らない地方だった。駅から一キロ離れたところにあり、季節折々に様々な野鳥が飛んでくる楽園だった。

 ちょうど、白鳥がやってくる立冬のころ。

 僕は、プラムの木の前で、イーゼルの脚を拡げ、立て掛けたスケッチブックに、B4鉛筆で描きだした。

 樹木の絵のコツは、幹と根っこ、太い枝をしっかり描き込むことだ。小枝に関しては、水彩画のときに、たっぷりと水を含ませた平筆を使いサッと塗る要領で、鉛筆を斜め横にして、ぼんやりした暗がりを作ってやればよい。

          *

 実を言うと僕は、夏休みのサークル合宿で、仲間の女の子と親しくなっていた。

 ペンション近くの湖畔で二人は、イーゼルを並べ、先日三億円で落札されたイギリスのチャーチルや、三千万円で落札されたドイツのヒットラーといった第二次大戦指導者が描いた油絵の画風は、印象派であったといったマニアックな話もした。

 もともとヒットラーは画家志望だったのに対して、チャーチルは完全な趣味だった。

 チャーチルが四十代のころ政界から干されてしまい、著作の印税や祖母の遺産で建てたカントリー・ハウスに引き籠って、憂さ晴らしをしていた。このとき、息子の絵具を借りて水彩画を描いた。案外と上手く描けた。そこで絵を嗜んでいた弟嫁に師事し基礎を学び、やがて油絵に転向した。

 チャーチルはよくパーティーを開いた。招待客たちは各界の名士たちで、その中にはウォルター・リチャード・シッカートという印象派の画家もいた。この画家がチャーチルに、技術的なアドバイスをよくしたと言われている。――そのため、チャーチル嫌いの画家ピカソをして、彼は職業画家としても十分に食べていけると言わしめさせるほどに上達した。

 チャーチルが描いたのは風景画だ。人物画を描かなかったのは、ポーズをとり続けて半べそをかくモデルを励まさねばならなかったからだ。そういう煩わしさは風景画にはない。出来上がると、親しい友人たちに、気前よくプレゼントした。

「シッカートってさあ、あの〝切り裂きジャック事件〟の犯人じゃないかって言われている画家よね」

 そんな話をして盛り上がった。

 彼女は目は大きく長い睫毛が特徴的だった。栗毛の長い髪、深縁の白い帽子と水色のワンピースがよく似合う。絵画史上もっとも美しい少女像、あの、ルノワールの「可愛いイレーヌ」をも彷彿とさせた。

 新学期になると、僕らは週末にデートをするようになった。

 ところが冬休み直前のデートのとき僕はすっぽかしてしまった。アルバイトで疲れて待ち合わせ合わせ時間を寝過ごしてしまったのだ。当然、彼女はカンカンだ。――待ちくたびれさせられた挙句に風邪をひいてしまった。――何度謝っても許してもらえなかった。

 ――たぶん、もう駄目なのだろう――

 チャーチルが言うように絵はいい気晴らしになった。

 蓮池に囲まれた仏堂は、さる姫神が建立したという伝説があった。そこから白鳥の鳴き声が聞こえてくる、くすんだプラム・ゲートの向こうの小路の陽だまりは、額縁に収まった印象派の絵のように見えた。

 午後二時、太陽が西の山稜に隠れて夕方のような光量になったので、その時間でスケッチを切り上げた僕は、画材をバッグに収めて駅に戻った。

          *

 帰り路、次に出す展覧会作品のインスピレーションが降りて来た。――プラム・ゲートの向こう側は妖精たちがすまう異世界で、アーチをくぐった陽だまりに姫神が微笑んでいる図だ。――これは悪くない。

 だが問題が一つある。

 ――姫神のモデルが必要だ――

 胸がドキドキしている。

 相対式プラット・ホームに上り列車が入線してくるまでには、まだ間があったので、僕は、喧嘩中の彼女に携帯電話をかけた。

 プラム・ゲートの魔法よ、飛んで来い!

          ノート20181124

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