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自作小説倶楽部 第17冊/2018年下半期(第97-102集)  作者: 自作小説倶楽部
第99集(2018年9月)/「変身」&「四元素(風水火土)」
15/27

04 らてぃあ 著  変身 『セイギの味方』

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ奄美剣星「白木さん」



「わたしはアイドルになりたかったわ」

「へえ、意外。白木さんは大人しそうなのに」

「歌って踊りたかったのじゃないわ。フリルの付いたドレスを着てみたかった。そう言うスタイルのアイドルがいたのよ。童話のお姫様みたいに可愛い彼女がうらやましかった」

「格好から入るのかな。あこがれって」

「正義だの夢だの。子供は考えないわね」

 俺は作業の手を止めたまま経理課の先輩の白木さんと話していた。今日は課長が不在だ。二人だけになると白木さんはおしゃべりだった。課長の不在を白木さんが『静かねえ』とつぶやいたのをきっかけに俺は最近、自宅周辺で男の子の声がうるさいことを話した。男の子は正義の味方ごっこをしているらしく。「××マンは負けないぞ!」だの「必殺!」と叫んでは走り回っている。それが今の会話のきっかけだ。子供は何を考えているかわからない。しかし呆れる俺自身が本気で正義の味方になるつもりの子供だった。

 俺が帰宅する時間に決まってドタバタと走り回る音がし、歓声が続く。暗くなるまで遊びまわって家に急いで戻ろうとしているのだろう。外を探しても男の子の姿は無い。不思議なことに同居している母は声を聞いていない。息子との会話に不審な点は無いので痴ほうや難聴ではないはずだ。

 フリルのドレスか。白木さんでも女の子の時代があったんだな。

 今の彼女からは想像できない。髪をバレッタで留めるだけ、毎日白いブラウスに黒っぽいスカートだ。アパート暮らしで贅沢もせず会社と自宅を往復している。同期の鮎川徹によれば彼女は残念な美人だそうだ。10年近く前に社長の次男に一方的にアタックされ婚約寸前までいったという昔の話を掘り返してきた。破局しても一般社員で彼女に近づく猛者はいなくなった。彼女にも意地と事情があったのだろう。会社を辞めることもなくいまだに独身だ。

 社長の次男は遠目で見たことがあるだけだが、派手なブランドスーツを着て何の実績も無いのに専務という地位を親に与えられている。さらにはバツ2で理由はいずれも金使いの荒さと女癖の悪さだという。現在独身だが家族に財布の管理をされているという社長の息子という肩書が無ければ社会のゴミのような奴だ。結婚しなかっただけでも白木さんは幸運だったかもしれない。

 頭の中で歌番組で見た若い歌手の衣装を白木さんに着せてみる。結構似合うかもしれない。今着ているブラウスは味気ないが細い脚や豊かな胸は隠しようもない。もう少し口紅も赤いやつで、と想像しているうちに手元の領収書の束のことは脳内から消し飛んでいた。

 あたふたと見直していると白木さんが隣から覗き込んできた。

「あまり慌ててやらなくてもいいのよ」

「でも、経理課に配属になって最初の仕事なんで」

 それに何か引っ掛かっている。白木さんの優しさはうれしいがそれに甘えていては男が廃る。

「ねえ。牧村君、今日は金曜日だし飲みに行きましょう。わたしがおごるわ。歓迎会もやっていないでしょう」

 残業して領収書と格闘しようと考えていると白木さんは有無をいわさぬ笑顔で言った。


 いい気分で家に帰ると母はすでに眠っていて俺は台所で湯呑に水を入れて飲んだ。

 その時、声がした。

「変身! 悪はジャスマンが許さない!」

 まさか。

 時計を見る。夜中の11時だ。こんな時間に子供が遊びまわっているはずはない。窓から通りを眺めたが街路灯が点滅するだけだ。

「お仕事大変なの?」

 気配を察したのだろう。母がねぼけまなこで起きて来た。

「友達と飲みに行って来たんだよ。ねえ、母さん。ジャスマンっていう名前のヒーローを知っている?」

「知っているわよ」

 何気なく口にした疑問には母あっさり応じた。

「あんたが考えた正義の味方の名前でしょ」

 俺は湯呑を取り落としかけた。


「出て来いよ」

 薄暗い部屋でつぶやく。仕事で疲れていたのに頭が冴えて一睡もしていない。明け方になって俺はやっと覚悟を決めた。

 白いものが浮かび上がる。人の顔じゃない。アニメで見た銀色の超人の顔だ。お面を被っているのは子供だ。見覚えのある赤いTシャツを着て古い風呂敷をマントの代わりに首で結ぶ。

 なつかしい姿だが感慨は無かった。それはその子供が20年前の俺自身だからだ。「ジャスマン」という名前は従兄に正義は英語で「ジャスティス」というのだと教えられた俺が「ジャスティスマン」と叫ぶには舌が足らず、「ジャスマン」と名乗ったのが始まりだ。

 幼い〈俺〉は両腕をぐるぐる回して顔の前で交差させて停止すると「変身!」と叫んだ。

「やめてくれ。黒歴史だ。親父も母さんも、周囲の人間はお前を笑っていたんだぞ。猫を助けようとして木から落ちてみんなに迷惑を掛けただろう」

「かまわないよ。だって僕は正義の味方だもの。どんなコンナンにもクジけない」

「テレビで覚えただけで意味なんて知らないくせに」

「それでも困っている人を助けるんだ。さあ、悪者からお姫様を助けるんだ」

「正義の味方なんてダサいんだよ。大人の社会に絶対の正義なんて無い。他人を傷つければ自分も傷つくんだ」

 俺は苛立った。「お姫様」という言葉にドレスを着た白木さんを思い出す。

「自分が傷つけなければ、その人は幸せだと本気で思っている?」

〈俺〉は仮面を取り、俺をまっすぐ見詰めていた。

「もうわかっているだろう。悪を滅ぼせ。きっと彼女を救える。信じるんだ」

 子供の遊びだ。そうは思っても声を上げることすらできない。

「変身だ!」

 俺は息を吐く。経理課に異動になってからの日々がコマ送りで脳の中に再生される。

「わかったよ。でも相手を殴るわけにもいかない。確実に悪者を倒すんだ」

 携帯電話のアドレスを確認する。最初は情報通の鮎川だ。


 白木さんが辞表を出したのは3か月後のことだった。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と課長に頭を下げ、俺の隣の自分のデスクに来ると無言で荷物を片づけ始める。うつむいた顔の表情はわからない。

 白木さんは悪くありません。とは言えなかった。横領の主犯が元恋人の専務だとはいえ彼女は手を貸して、不正の発覚を遅らせていたのだから。

 幸い偽の領収書はすべて専務が用意したものだと証明できた。奴は道楽息子の性格を捨てられず遊興の金をねん出していたのだ。

「・・とう」

「え?」

「ありがとう」

 白木さんは顔を上げ、俺を見てはっきり言った。

「ずっと会社を辞めるきっかけが欲しかったのよ。一度だけの不正のはずがそれをネタに何度もたかられて辛かったのよ」

 課長が大声で叫んだ。

「よおっし。今日は残業は無しだ。飲むぞ。牧村君に白木さん。とことん付き合えよ」

「でも、わたし、」

「暗い顔のまま別れたら後味が悪い。本当に申し訳ないと思うんなら少しは付き合えや」

「そうですよ」

 慌てて俺は課長に追従する。

 白木さんは俺と課長の顔を交互に見ると泣き笑いの表情を浮かべた。

          了

第99集(2018年10月号)はここまで。

ご高覧戴き誠にありがとうございました。

次回、来月初旬にまたお会いしましょう。

(管理人)

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