01 奄美剣星 著 変身 『送り狼伝説』
挿図/Ⓒ奄美剣星「おくり狼さん」
週末、わが町の無人駅を蒸気機関車が通過する。鉄道ファンが押しかけ、駅前にあるシャッター商店街では、〈炎竜洋菓子店〉以外の店にも少しは人が入るし、駅から少し外れた山際にある温泉街にまで脚を運ぶ観光客もやってくる。僕は妹の学資を稼ぐため、正職のほかに、週末祝祭日限定で、個人タクシー業を始めた。
――学校では問題児だが、僕にとって被保護者たる妹は家族だ。できれば短大くらいには行かせてやりたい。
SL列車が復活する前、採算が採れないのでタクシー会社は廃業している。初冬である先日、そこで働いていた元ドラバーたちが集まってきて、温泉街でOB会を開くことになった。僕は、関係者に誘われて、同席することになった。
SL列車は百二十六キロある区間を一日一往復する。下り列車が着くのは午後六時あたりだ。夕方、SL列車に乗ってやってきた御一行様を駅から宿まで送るとき、元ドライバーの一人から、こんな話がでた。
「――ときに、お兄さん、〈送り狼〉っていうのを知っているかい?」
「女の子を引っ掛けて山道にゆき襲っちゃう悪い男のことですか? え、皆さん、そういうことをなさったことがある?」
「お兄さん、タクシー・ドライバーは紳士だよ、冗談でもそんなことをいっちゃいけない。――儂がその若い女に出会ったのも、別な意味での〈送り狼〉じゃった」
「〈送り狼〉?」
話をしてくれた元タクシー運転手の名前を仮に源三さんと呼ぶことにしておこう。源三さんが若かったころの話だ。
季節と時分もちょうどいまごろだった。長い黒髪、革のトレンチコートにパンツ、ロングブーツといった都会風のお嬢さんだった。サングラスをしていて売れっ子芸能人が雑誌記者の突撃インタビューを避けるような格好にも見えた……。
駅から出てきたその美女が、駅前広場で待機していた源三さんのタクシーに乗った。美女の行き先は、温泉街からさらに奥に行ったところだった。
道路は山崩れで寸断され、赤茶けた土砂がなまめかしく、木々をなぎ倒していた。周辺には、自衛隊所属のカーキ色をしたトラックや重機群が置いてあり、テント群が設営されていた。ちょうど作業を終えたところらしく、厨房と思われるところから煙が上がっていた。
「これから先は進めませんよ、お客さん。狼沢集落の縁者ですかい?」
「そんなところです……」
――狼沢集落。
戸数十戸弱。もともとはマタギと木こりの集落だったのだが、高度経済成長期以降、住民の高齢化が進んでいた。
美女が現れたころ、超大型地震直後の台風で地滑りが起き、集落は壊滅した。行方不明者捜索のため、自衛隊が派遣されたのだが、未だに住民の遺体を一つとして回収できないでいた。県は集落跡地に、防災ダム建設を検討していた。
源三さんは、美女が線香をあげたら、また駅に引き返すのだろうと待っていたのだが、一時間待っても戻ってこなかったので、捜索キャンプの自衛隊員に、その旨を話して引き揚げた。
被災した狼沢集落の住民は少し変わっていて、他の集落との交流を嫌っていた。噂だが、昔から、狼沢集落の住民が亡くなるとき、どこからともなく狼が集まってきて遠吠えしたものだという。
日本狼は昭和時代の初めに絶滅したはずだ。それだというのに、〈送り狼〉は、つい最近まで現れていたらしい。……村人が被災して全滅したときも、どこからともなく狼が現れて遠吠えしているのを自衛隊員が報告している。収録した録音機器を再生して専門家に聴いてもらうと、それは紛れもなく狼だったとコメントした。――そんな都市伝説もあった。
*
源三さんたちを温泉街で降ろした僕は、駅に引き返そうとした。そのとき、宿の女将が、「ちょうどお帰りのお客さんがいらっしゃるから、乗せてやってくださいな」というので送ることになった。
僕の心臓がバクバク鳴りだした。というのも、客というのは女性で、長い黒髪、革のトレンチコートにパンツ、ロングブーツといった装いでサングラスをしていたからだ。――さっき源三さんの話と同じじゃないか!
何のかんのと理屈をつけて乗車拒否をしようとも考えたのだが、そんなことをすれば、これまで、旅館女将と築いてきた信頼関係が壊れてしまうので、仕方なく乗せた。
旅館から遠ざかった峠のところにさしかかったとき満月が見えた。
「満月ですね」
「え、え、え……ま、ま、まんげつです。すてき、です」
「さっき、ちらっと、元タクシー・ドライバーの源三さんをお見かけしました。――君、私の正体を察しているわね。ちょっと、停めて下さらない?」
麓にある駅前商店街にある駐在所前に乗りつけようとしたが、美女は僕の頬に自分の頬を寄せてきた。息が荒くなっている。――間違いない、この女は〈人狼〉だ。もしかして今宵〈送り〉にきたのは僕だろうか? 僕は狼沢集落の人間じゃないぞ。
……いや、待て、そうでもない。
僕の両親はしばらく前に事故死している。生前、父が、「おまえの婆様は狼沢集落の出で、爺様と結婚して里に出てきたんだと。――狼沢集落の住民は見かけこそ容姿端麗だが、〈人外〉の集落だったって噂がある」と言っていた。
当時の僕は話半分で聞き流していたのだが、話はここにきて急に現実味をおびてきた。
「つれないわね、わざわざ〈お見合い相手〉が訪ねて来てやったのにさあ」
「送り〈狼〉」ではないところの「送られ〈娘〉」がサングラスを外した。まつ毛の長い、パッチリした双眸をしていた。中世と呼ばれていた時代に、〈あっち〉の世界からやってきた一族が狼沢集落に定住した。今でこそ全国に散っているのだが、僕らは数少ない同族・身内だ。
「今夜は泊めて下さらない?」
断る理由も特にない。
「妹の部屋でよかったら」
〈魔法少女〉を自称する妹は、学校の問題児だが野性的なカンが鋭い。この女性が義理の姉になることを瞬時にして悟り、〈炎竜洋菓子店〉に嫁いだ元暴走族〈クィーン〉である実の姉以上によく懐いた。
*
それから半年後、僕は幼馴染が牧師をやっている教会で結婚式を挙げた。
〈ヨメ〉は、喜怒哀楽がはっきりしていて、感極まると、長い髪の生え際二箇所がピョンと立つ。ケモ耳が隠れているのだ。その習性……いや〈癖〉にも最近はだいぶ馴れてきて、今ではチャームポイントにさえ思えるほどだ。はっきりいって、可愛い!
――だからさあ、夫婦喧嘩のときに、鹿にとどめを刺すかのごとく、〈家長〉たる僕の喉に噛みつくことだけは止めてくれないか。
そういうわけで、満月の夜は水入らずのドライブさ。
ノート20180929
シリーズ
『ドワーフ親爺の自転車屋』 ncode.syosetu.com/n4889dc/1/
『エルフ先生の診療所』 ncode.syosetu.com/n4889dc/5/
『炎竜洋菓子店』 ncode.syosetu.com/n4889dc/10/
『県立高校のホビット先生』 ncode.syosetu.com/n4814ex/7/




