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自作小説倶楽部 第17冊/2018年下半期(第97-102集)  作者: 自作小説倶楽部
第98集(2018年8月)/「扇子」&「鏡」
10/27

04 らてぃあ 著  扇子 『ある夫人の肖像』

挿絵(By みてみん)

   挿絵/Ⓒ奄美剣星「画商」




 これが『Y夫人の肖像』です。私の若い頃の作品です。まだ20代の売り出し中の画家でした。避暑地で金持ちの肖像を描いて日銭を稼いでいました。あの頃は写真など無粋で絵画に家族の姿を残すことが金持ちのステータスのようになっていました。わずかな金を払って芸術家のパトロン気取りです。金を手っ取り早く稼ぐには良かったのですが、成金に芸術の価値はわかりません。やれ鼻はもっと高いだの、もっと肌の色が白いだの注文をつけて来るのです。仕方なしに3割くらいは美男美女に描くようにしました。芸術もなにもあったものじゃありません。私の望む画風で描くことは難しくもありました。

 そんな中、描いたのがこの肖像です。ええ、私の初期の代表作です。

 夫人はありのままです。手心を加える必要なんてありませんでした。見てください。夜明けの空のような青い瞳、白い肌、扇子を持つ右手のたおやかさ。本当に美しい。それだけでなく聡明な女性でした。

 夫人は珍しく、自由に描いて良いと言ってくれました。自身も画家になりたいと勉強したことがあったと伺いました。実際夫人の知識は中々のもので絵を描きながら大いに芸術論を戦わせたものです。私の人生でも屈指の幸福なひとときでした。

 その絵がどうして私の手元に残ったのか、今更説明する必要もないでしょう。そう、夫人の夫のY氏はひどいぼんくらでした。夫人とは20近く歳が離れていた。もともと成り上がり者なんですよ。夫人の父親の破産の危機を救った恩人と言われていますが、金で娘を買ったようなものです。よく挨拶よりも先に鼻をふん、と鳴らして私を睨みつけたものです。夫人はそんな夫にもよく仕えていました。

 すいません。昔の事を思い出して興奮するなんて私もまだまだ修行が足りませんな。

 あの時、Y氏に苦言を呈するだけの勇気があればといまだに思います。

 Y氏は私と夫人の不倫を疑ったのです。ひどい野蛮人でしたよ。「今すぐ屋敷を出て行け。さもなければお前の頭に風穴が開くぞ」と言われたんです。完成したばかりの絵を抱えて退散するしかありませんでした。

 有名になってから何度も夫人との恋愛の噂をささやかれましたが、実際そんなことはありませんでした。私たちは芸術で結ばれていただけです。扇子? 男物だと言うんですね。たまたまですよ。本当に、

          *

 え、? 私がわざとそれを男物として描いたって言うんですか? 夫人と私の不倫の噂を広めるために? そんな、邪推ですよ。Y氏と夫人はおしどり夫婦だったと言うんですか? ああ、そう見えた時期があったかもしれません。何せ夫人は博愛主義の女性でしたからね。え? 晩年は貧乏になっても病気の夫を献身的に看病したって?まあ、そういうこともあったかも知れません。私が夫人に無理に言いよってY氏に叩き出された?

 絵を返せ? 何の権利があってそんなことを言うんですか? え、夫人の絵を描く時の前金の小切手の控え? どうして、あなたが、そんなものを持っているのですか? あなたが夫人の息子?

          *

 やれやれ、上手くいった。

 大切に梱包された絵を二人の従者に運び出させると紳士は画家の屋敷を見上げた。画家の自室のカーテンが揺れた。歯噛みしながら我々の様子を伺っているのだろう。

 業突く張りめ。

 ある時期までは優れた画家だったが、社会的な地位と金を手に入れるにつれて芸術の女神から見放され、今はただの老人だ。

 古い小切手の控えは本物のY夫妻の息子から小切手帳を手に入れ、偽造した。老画家は期限切れの小切手すら己の名に傷が付くのではないかと恐れて、あっさり絵を手放した。

 貴女をもっと貴女に相応しい場所に連れて行ってあげましょう。

 紳士は車のトランクに入れた絵に話しかける。

          了

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