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蒼の脳  作者: Arpad
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終章 Where are we going?

「・・・ッ!?」

 意識を取り戻した天霧は、コントロールポッドから腕を引き抜き、コックピットハッチを手動で開放した。

 軋む身体を酷使して、コックピットから這い出し、天霧は仰向けに寝転んだ。

 まだ、照明弾は辺りを照らし続けている。ナイトヘロンは、両腕突き出した形で、地面に突き刺さっていた。ちょうど、うつ伏せの状態から、腕だけで上半身を起こした姿である。ちなみに、これは、排熱を行なった時、落下に備えて取る姿勢である。これなら、変な態勢で墜ちることもなく、コックピットを降り易い位置に持ってこれる。

「わ~床ドン・・・」

 そんなふざけた事を、ナイトヘロンを見上げながら、呟く天霧。5年経っても、やっていることが変わらないせいか、前進なんてしてないのではないかと落ち込んでしまうのを防ぐ為だ。

「・・・うわっ」

 声のした方を向くと、久遠が立っていた。どうやら、聴かれてしまったらしい。

「・・・あ、頭とか打った?」

「ああ、残念ながらな・・・」

 天霧は、穴とかに入りたい、けっこうブルーな気分になった。

「なんというか・・・ホントに鷺塚明来だったんだね」

「ああ、残念ながらな・・・」

「・・・あのさ、お願いがあるんだけど」

「ああ、残念ながらな・・・」

「・・・ウチって、ペット飼えるかな?」

「ああ、残念ながらな・・・」

「残念ながらって・・・それは、残念ながら飼えるってこと?」

「いや、駄目ってこと」

「復活した!?」

「ペットって・・・何を飼う気なんだ?」

「そ、そこで拾ったやつ」

「そこでって・・・こんなところ、野犬かタヌキくらいしかいないんじゃないか?」

「え、えっと・・・カンガルーの一種かな?」

「カンガルー・・・パンチ・・・カンガルー!?」

 天霧は飛び起きて、久遠をの方をしっかりと見た。久遠はあるものに肩を貸していた、それは沙田であった。

「また会ったわね・・・変態さん」

「誰が変態だ。そんな狂犬、元の場所に捨ててきなさい」

「ねぇ、捕縛しに部屋へ行った時に襲おうとしてってホント?」

「いや、考えるまでもなく嘘だろ・・・そうだった、こいつ捕縛するんだったな」

「行くところ無いんだって」

「いや、大学があるだろう? むしろ、俺たちが帰る家を失ったぞ、そいつのせいで」

「ちゃんと私のセクシーコマンドーで躾るから」

「おい、何を教え込む気だ」

「ふふ、面白いわねお二人さん。でも、そろそろ本題に入ってもらっても良いかしら?」

「そうだった! あのさ、傷口を布で縛ったのは良いんだけど、出血が止まらないみたいなの」

「そういうことは早く言え」

 確かに、沙田の右手は久遠の上着らしき布で巻かれており、そこから血が滴っていた。

「とりあえず、巻き直すか・・・」

 布を解き、傷口を確認すると出血のわりには、傷は浅かった。義手技術の痕跡が見られることから、神経の接続箇所からの出血なのだろう。ずいぶん切れる刃物で寸断されたらしい。

「少し圧迫が足らなかったみたいだな。大丈夫、動脈が傷付いているワケじゃない」

 清潔な布が無いので、最初に巻いていた布で患部をしっかりと巻き直し、心臓より高くしたいので、天霧は自身の上着を使い、右腕を吊るしてやった。

「っ・・・痛いじゃない、もう少し優しくできないの?」

「図々しい敵だな、優しく介添えてやろうか?」

「痛くし過ぎると嫌われるわよ」

「口も減らないか・・・それにしてもよく機人を敵に回して死ななかったな。ケミカルアーミーだとしても、素人だろうに」

「気付かれていたのね」

「力任せだったからな」

「否定出来ないわね・・・彼は私の事を友達だと思っているのよ、いえ、思っていただったわね。だから、致命傷は避けていた」

「友達? なら、何故裏切ったんだ?」

「友達というのは、彼の勝手な思い込みであって、私はそれに乗っかっただけ」

「・・・よくわからんが、事情は後で聴こう。帰還が何時になるのか分からないのだからな」

 天霧の言葉に驚いたのは、久遠であった。

「ええ!? 救助呼んで無いの!?」

「・・・緊急事態だったからな」

「え、じゃあ、どうするの? 端末じゃあ電波届かないし」

「ふむ、助けが来るとしても、二次災害を警戒して日の出くらいになるだろう。ナイトヘロンのエンジンが暖まるのもそのくらいだ」

「えぇ・・・それまでこのままってこと?」

「そうなるな・・・朝まで持てば良いが」

「え、それって生きてられるかってこと?」

「そうだ、例えば俺とジャーニー、お前は上着を提供しただろう? この時期は冷えるからな、そんな薄着では低体温症の恐れがある」

「確かに、寒くなってきた!? さっきまで何ともなかったのに!?」

「アドレナリンが切れたのだろう。それと、このクルミ割りも持つかわからん」

「えぇ!? でも、血は止まりそうだって・・・」

「ああ・・・だが、けっこう血は失っているようだし、機人にやられた傷がどんな状態かは俺には判らない。容態が急変する可能性がある」

「そんな、霞・・・」

「悲しまないで、久遠さん。覚悟は出来ているわ・・・美人薄命ということね」

 労り合う二人に、天霧は怪訝な顔をした。

「仲良くなってる・・・というか、自分で言うか」

「あら、じゃあ言ってくれるのかしら?」

「大丈夫、お前は長生きしそうだ・・・それと、もうひとつ危険がある」

 天霧は、ホルダーからハンドレールガンを取りだし、明後日の方向へ発射した。するとその後、何処からか遠吠えのようなものが響いてきた。

「いきなり、何!?」

 久遠が耳を押さえながら、抗議する。

「野犬だ、近くまで来てきたな。血の臭いを嗅ぎ付けてきたのだろう」

「や、野犬!?」

「ああ・・・一先ずコックピットへ入ろう。狭いが寒さや野犬からは守ってく・・・ちょっと静かにしてくれるか?」

「どうしたの?」

「ヘリの音がする・・・近付いてくるな」

「・・・・・・ホントだ、救助かな?」

「判らない。もしかしら、ナイトヘロンやあの進化骨格を回収に来た敵性勢力かもしれないかもな」

「それってヤバくない?」

「ヤバイさ・・・しばらく様子を見よう」

 ナイトヘロンの陰に隠れながら、天霧は照らし出された夜空を見張った。すると一基のヘリが現れ、ナイトヘロンの真上でホバリングした。

「ん、あれは・・・」

 天霧が何かに気付いた時、スピーカー特有のハウリングが轟いた。

「隊長ー!! いらっしゃいましたら、誘導おねがいします」

 この言葉を受けて、天霧は出ていくことを躊躇った。彼らに助けを求めては、かなり厄介なことになる。しかし、背に腹は変えられないだろう。

 天霧は諦めたように、ナイトヘロンの陰から姿を見せ、大きく手を振ってみせた。すると、近くにヘリは着陸し、ハッチが開くと、ソルジャーキットを纏った者らが降り立った。御察しの通り、ファッカーズである。

 ヘルメットを取り、ベオウルフが顔を見せた。

「Yo man! 隊長、無事で・・・あっ、ご無事でしたか、隊長殿」

 天霧一人ではないことに気付いたベオウルフは、急に背筋を正した。

「手遅れだろ」

「ギリギリかと。我々は長官殿に貴方を連れてくるようにと命令を受けております、隊長」

「見逃せ・・・と言ったらどうする?」

「貴方がそう仰るなら、我々は盲目になるでしょう。しかし、それが得策ではないことは貴方ならよくお分かりのはずです」

「・・・そう言えと長官に言われたな?」

「バレましたか! 我々は馬鹿な犬ですからな、主人を追うことしか出来ない」

「猟犬か・・・お前たちは敵に回したくないな」

「でしたら、勝手に居なくならならず、手懐けておくのがよろしいかと?」

「悪かったよ」

「皆も喜ぶでしょう。では、参りましょうか」

「ああ、それなんだが・・・怪我人が居るんだが、寄り道は可能か?」

「はい、短時間なら。でも、長官は伝えてくださいよ。記録に残っていますので」

「まあ、お前たちが知らぬ存ぜぬで通すことで十分だよ」

「喜んで、ナイトヘロンとかはどうします?」

「回収機が来るまで、全員で見張っていてくれないか?」

「良いですけど・・・ヘリを奪って逃げないでくださいよ?」

「そこまで子供じゃあないさ。向き合う時は向き合うのが男だろう?」

「そう在りたいものですな。では、搭乗お願いします。あ、知らぬ存ぜぬは一つ貸しということでお願いします」

「分かったよ、戻ってあいつらにも伝えてくれ」

「アイサー、ボス」

 

      

 天霧、久遠、沙田を乗せたヘリは、一旦、紺野研究所へ寄り道した。

 久遠と沙田を紺野博士に預けて、天霧は再び白み始めた空へと飛び立った。操縦者の日田に、どこへ向かうのかと問うと、古巣と答えられた。

 ヘリは東京を越え、菱形島を越え、大海原にポツンと浮かぶ、よく判らないものに近付いていった。それはE-リアス、まさしく古巣である。よく判らないものと評したのは、E-リアスは上空からでは正しく認識出来ない視覚的ステルス構造をしているのだ。ヘリもガイドビーコンが無ければ、彼の船を正しく知覚する術が無い。

 ヘリはE-リアスの広い前部甲板へ降下した。天霧が降り立つと、ヘリは再び上昇し、後部甲板へ向かった。給油するのだという。前部甲板には、先客が居た。旧海上自衛隊の制服、そして制帽を纏った彩藤である。

「お呼びですか、長官殿。いえ、ここでは艦長殿でしょうか?」

「何だか、前にもそんなことを言われた気がするわね」

 彩藤はくすりと笑い、制帽を取り、胸元に抱いた。

「どこぞの海兵隊みたいな格好ね、寒くないの?」

 天霧は、自身の格好を確かめた。黒シャツにズボンとは、確かにそう言えなくもない。

「気にならないくらいですから、大丈夫でしょう」

「そう、なら本題に入りましょうか・・・今回の事件の、デブリーフィングを」

「・・・今回の事件とは?」

「貴方の住居周辺で起きた、2件の怪事件。AR住宅にあった、外骨格とAARの残骸。そして、貴方の住居を破壊した人型兵器、そしてナイトヘロンの出動。実働部隊を抜けた途端に起きた騒動、どういうことか説明してもらいましょうか?」

「・・・長い話になりますよ?」

「望むところ。だから、先に説明しておくわね」

「・・・はい?」

「貴方がおかしな行動を取った場合、レーダーを起動するように命令してあるの」

「レーダー・・・なるほど、だからこの場所なんですね」

「さすが、察しが良い。レーダーを使用する時は、甲板には立ち入り禁止。なぜなら、発生する電磁波によって、ここは電子レンジになるから」

「大海原なら逃げ場も無く、貴方を人質に取ってもアウト。自白させるには完璧な環境ですね」

「貴方から真相を聞き出す為に、私は命を賭けているってこと。安心して、ここはマイクで音も拾えないから、何でも言えるわよ?」

「・・・質問があります」

「はい、鷺塚君」

「キスしたらどうなりますか?」

「う~ん、艦橋の誰かが嫉妬して、レーダーを起動させちゃうかもしれないわね」

「へぇ、逆に見てみたいっす」

「それ、馬鹿にしてるわね?」

「さて、冗談はここまでにして、話を始めましょうか?」

「・・・ええ、お願いするわ」

「・・・最近の騒動、クルミ割りにテロ、その黒幕はYALという機人でした」

「機人・・・貴方の予測が当たっていたと?」

「ええ、思った以上に。そして、騒動の原因が自分であります」

「機人が、貴方の命を狙っていたということ?」

「いえ、自分では無く、自分が管理していたモノがターゲットだったようです」

「それは?」

「円環エンジン、そして・・・紺野蒼の脳です」

「紺野蒼の脳って!? 貴方、あの時は完全に消滅させたって」

「はい、嘘をつきました。自分は蒼の脳を密かに回収し、紺野清光氏と蘇生を試みてきました」

「・・・なるほど、それなら貴方の戦後の行動も説明がつく」

「はい、大戦終結時は、蒼を蘇生させようとは考えていませんでした。ただ、遺族の元へ帰してやりたかった、それが動機です」

「変化の理由は?」

「大戦から一年が経った頃、清光氏から連絡が入りました。蒼はまだ生きていると」

「・・・ちょうど、再現が一段落して、主権をコンノへ移譲した頃。特務隊が組織化される前に、貴方は姿を消した」

「清光氏の元を訪ね、自分は蒼の生存とALDAの新たな予測を知りました」

「超量子コンピュータALDA!? あれもラボと一緒に破壊したんじゃなかったの?」

「いえ、こちらは清光氏が秘密裏に回収していたようです。事前に蒼から頼まれていたらしく」

「何故、わざわざあんなものを?」

「絶望の日から、蒼はALDAを使って人類の延命を探っていました。その続きを頼んでいたらしいです」

「紺野蒼は機人化を推していたのに、どうして人類の延命まで探っていたの?」

「蒼は、一つの物事に縛られない。機人化プランが頓挫した場合の、別プランを模索していたのでしょう。あいつはバタフライ効果まで加味して、世界を数値として捉えていた。あいつには、世界の動きが詰み将棋の様に見えていたそうですよ」

「にわかには信じがたいことよね」

「でも、あいつのプランは的確です。世界的な大事件の成否をAとBにするなら、成功したAのルートでは、起こる事象を予測し、A2、A3というようにルートが分岐していき、また大事件にぶつかる。プランは、そんな風に計算される。清光氏は、機人に人類が勝った後のプランを渡されていたそうです」

「そのプランの行く末は?」

「人類が機人に勝ち、自分が蒼の脳を持ち帰り、清光氏がALDAの回収に成功し、脳の蘇生に目処が立った、ルートB 2aβの結末は、自分と清光氏が協力してAR社会を築き、蒼が目覚めるまで脳を護る、というところまででした。蒼の永遠を計算する方程式を邪魔するのは時間です。限られた時間では、限られた範囲しかわからない。あいつの計算は波紋の様に展開するので尚更です」

「続きは目覚めてからか・・・いつ目覚めるかは判るの?」

「まったく予測がつきません。今かもしれないし、何十年後かもしれない。おそらく、蒼自身には予測出来ていたのでしょうが」

「・・・近々でALDAが予測する人類滅亡まではどのくらい?」

「あと・・・4年です」

「4年・・・当時よりも一年延びてるわね」

「機人が人口を激減させたのが原因と考えています」

「79億の命を費やしても、たった一年だなんて・・・ALDAの予測が間違っている可能性は?」

「蒼はALDAが計算を間違えるという前提のプランを予測していませんでした。開発に携わっていたからというのもあるでしょうが、その精度には自信があるようです」

「・・・難しいわね」

「はい・・・悔しいですが、この予測を切り抜けるには蒼の頭脳に頼るしかない。それでも、機人化という絶対回避の方法を捨てての計算ですから、望みは薄いですけど」

「だから、紺野蒼の脳を護ることにした、というわけね?」

「はい。早急な生活水準の回復、永続性のある労働力を求めていた人々にAR計画を売り込み、二年で今の社会の実現に至りました」

「当時私も驚いたわ、あの政策には・・・まさか、貴方も一枚噛んでいたとはね」

「これも、プランの一部ですから。蒼の奴が、人間を少しでも良い存在に近付ける為に考えた計画。性善的なARを人口以上に配備することで、善行を行なう事を斜に見る風潮を排し、人が非報酬的、日常的、普遍的に行なえるようにする。そのテストケースが、AR計画の真の目的なのです」

「テストケース・・・こんな大それた計画が実験だというの?」

「あいつのプランの大抵はふざけた実験ですので・・・」

「笑えないわね」

「まったくです。ともかく、ちょうど良いので、我々は大量のARの中に脳を隠すことにしました。脳を格納したARを造り出したのです」

「学生復帰して、常にとあるARと行動を共にしているとの報告は、そういうことだったのね」

「やっぱり、探られていましたか」

「そりゃ、2年も姿を消していた最重要人物ですもの・・・半年前、貴方は突然特務隊へ志願してきた。そこにも関係が?」

「ええ、ずっと機人が蒼の脳を捜すことを警戒してきましたが、クルミ割りという怪しい輩が出てきました。でも、こいつが神出鬼没過ぎて個人では追いきれないと考え、肩書きを得ようと・・・」

「特務隊なら、何処だろうと嫌でも情報を提供しないといけないからね」

「さて、ここからがようやく最近の話です。クルミ割りの視点から、今回の出来事を説明しましょう」

「コーヒーでも用意しておくべきだったわ・・・」

「クルミ割りの正体は、我々が脱出した後の本土の生き残り。かなり大きな共同体があったようです」

「そう・・・やはり助けられなかった人はたくさんいたのね」

「当時も言いましたが、一隻の戦艦で一万の人間を守れた方が異常なんですよ・・・彼女はその共同体におけるただ一人の生き残り、機人に拉致され、今回の作戦の為にケミカルアーミー化と右手の義手化手術を施されたそうです」

「ケミカルアーミーって、貴方と・・・」

「そう、自分と同じです。首謀者である機人は、我々が紺野蒼のラボを破壊する前に、各種データを回収していたようです」

「なるほど、そこにケミカルアーミー化の方法も」

「おそらくは・・・その後沙田は、多数の自動人形と共にコンノへ送り込まれてきました。既にコンノについてだいぶ探られていたようで、認識データを改竄して沙田は学生となり、それから半年後、行動を開始しました」

「それが、クルミ割り・・・なるほどね、では、一番気になる貴方絡みの方の聞かせてもらいましょうか?」

「わかってますよ・・・沙田は当初、最重要人物である鷺塚明来の事を探りながら、AR狩りをしていたようですが、もちろんプロテクトは厳重なので、居場所どころか生きているのかすら掴めなかったそうです。ですから、手掛かりはなんと、5年前の自分のデータから、現在の姿をシミュレートした画像で探していたそうです」

「ずいぶん、アバウトだったのね・・・」

「自分が初めて遭遇した時も、顔を隠していたので気付いてなかったとか」

「意外と抜けてるのかしら・・・」

「正直諦めかけて、保安局と自動人形でドンパチするという奇策に打って出たところ、奇跡が起きたとか。シミュレート画像とそっくりの人物と脳を保持していると思われるARを見つけた」

「・・・嫌な奇跡ね」

「まあ、それで自分と脳の在り処の情報を得た沙田は、主任務である蒼の脳奪取を試みた。わざわざ正体がバレるように自分を襲撃し、発信機を秘密裏に埋め込んでおく。そして、沙田を捕まえに自分がやって来るタイミングで、蒼の脳を保持するARの住居を外骨格に襲わせた。自分がその救出に急行するのを尻目に沙田は自分の部屋へ先回り、避難してきたARを奪う作戦でしたが、間違えて自分の協力者を拐っていきました」

「ふふ、まんまとしてやられてるわね」

「笑わないでください・・・ここからはご存知と思いますが、自分はそれを追跡しました。そして、追い付いた先では奇妙な事が起きていたのです」

「段々、饒舌になってきたわね」

「沙田が黒幕の機人に反旗を翻したらしく、ボロボロにやられていたのです」

「それは・・・唐突ね」

「最初から機人に一矢報いるのが目的だったらしく。用心深い機人を誘い出すには、任務を遂行するフリが一番だったそうです。また、自分を誘い出すことで沙田が殺られたとしても確実に機人を倒せる状況に下手上げられていたみたいです」

「そして、機人を倒した貴方は、ここへ来ているわけね」

「途中、自分の協力者と負傷した沙田を清光氏に預けてきました」

「ふぅ・・・報告ご苦労様、ホントに長かったわね」

 彩藤が一息ついた時、ちょうど水平線から日が登り始めた。もう、夜明けである。

「ホントに長かったわね」

「はい、疲れてます・・・」

「まったく、とんでもないことをひた隠しにしていたものね。これこそ、話して欲しかったわ」

「リスクを最小限に抑えたかったので」

「その結果、かなり揉み消しが面倒なことになっているのだけど?」

「・・・すみません」

「はぁ・・・まあ、素直に話してくれたのは良かったわ。変に隠されたら、私たちが対立する恐れもあったもの」

「・・・やはり、破棄でしょうか」

「・・・共犯になるわ」

「・・・え?」

「私も共犯になると言ったのよ。紺野蒼を目覚めさせようじゃない」

「・・・意外です」

「私も成長しているってこと。貴方と袂を別った時とは違うのよ?」

「老いではなく?」

「レーダーを起動させちゃおうかな~?」

「申しわけございません!」

「よろしい・・・さて鷺塚君、揉み消しと共犯の対価を払ってもらおうかしら?」

「・・・何が目的ですか?」

「貴方の要望を取り消し、今後とも実働部隊として働いてもらおうかしら」

「えぇ、面倒臭い・・・」

「四の五の言わないの、紺野博士だって研究に集中させた方が良いでしょう? それに揉み消しや戦闘は私たちの専売特許。暗躍したいなら、然るべき場所に頼りなさい?」

「・・・はぁ、分かりました。今後とも、御指導、御鞭撻のほど宜しくお願いします」

「よろしい、学校生活は最大限配慮してあげるから安心して」

「わー嬉しい・・・」

「心こもって無いわねぇ・・・まあ、何はともあれ、人類が新たな道を見出だすその日まで共に戦いましょう。鷺塚明来?」

「・・・よろしくお願いします、彩藤艦長」

 二人はしっかりと握手を交わした。


               

 プラン通り、彩藤の理解を獲られた天霧は、行きと同じヘリで紺野研究所へと送ってもらった。

 休耕地がスライドし、その下の格納庫が開いていた。ここにナイトヘロンと進化骨格残骸の収容が為されているのだ。ヘリは、それを横目に牧草地へと降下した。日田に礼を述べ、天霧が降り立つとヘリは瞬く間に上昇していった。以前、白兎のメンテナンスに来た時と同様に研究所内へ入ると、ロビーで久遠を見つけた。ソファに横になり、寝息を発てている。身体には毛布が掛けられ、ARナースが傍に控えていた。

 そのARナースが天霧に気付き、歩み寄ってきた。

「鷺塚様、所長は現在、ナイトヘロン等の収容作業へ、久遠様はこちらで御休みに、それと沙田様は、現在手術中です」

「了解した・・・すまないが、白兎がどこに居るのか知ってるか?」

「白兎様は、奥の部屋に。損耗部は直したのですが、意識が起動しない状況にあります」

「そうか・・・ありがとう。久遠を頼む」

「かしこまりました」

 ARナースは一礼すると、先程と同じ場所に戻っていった。紺野研究所では、あのような作業に特化したARが働いている。ここには、紺野博士以外に生身の人間はいないのだ。

 天霧はロビーを抜け、扉を開けて、隣のブロックへと移動した。そこは、病棟のような造りになっていた。白兎が寝かされるのは、決まって最奥の、左側の部屋である。一応、ノックする。返事は無い。ドアを開けると陽光が目に射し込んだ。

 これは殺風景にならないようにとの紺野博士の計らいであり、外界の景色をほぼ現実と遜色無く再現している。今は、秋の夕方に設定されていた。病室でこのシチュエーションは縁起でも無いと、天霧は肩を竦める。

 中心に置かれたベットでは、白兎が寝息を発てていた。ARが寝息を発てるというのも、不思議な光景である。もちろん、ARに酸素供給の必要は無い。呼吸は、肺では無く、電子を運ぶ疑似血液を、身体中へ循環させるポンプを動かしているのだ。ポンプの稼働エネルギー節約にもなるが、より人間らしくを表現する為の機能なのである。

「身体は動いているのに、意識だけが戻らないのか・・・」

 ARにとって、意識と身体機能は同時に作用するものであって、どちらかということはありえないはずである。天霧は、首を傾げながら、ベットの傍にある丸椅子に腰掛けた。

 紺野蒼の脳があるからなのだろうか。白兎はよく、ARでは発生する筈の無い事が起きたりする。夢を見たり、分不相応な知的欲求とハッキング、謎の徘徊に、日を重ねるごとに増していく人間味。果たして、これにはどのような意味があるのか、そんな事を考えていると天霧は睡魔に襲われてしまった。ここ数日、ろくに寝ていないせいもあるが、正直疲れてしまう。常人も頑丈で力強いケミカルアーミーだが、常人離れした能力を行使した分、多大な疲労が蓄積するのだ。連日連夜戦い抜けたのは、天霧の精神力の賜物であり、肉体は当に限界を超えていたのである。

 天霧は一瞬だけ瞼を閉じたつもりであったが、次に目を開けた時には、室内は暗くなっていた。夜が更けてしまうほど、眠ってしまったらしい。顔を上げ、天霧は度肝を抜かれた。対面するように、白兎がベッドに腰掛けていたからである。

「意識が戻っていたのか、大丈夫か、白兎?」

「・・・・・・」

「・・・白兎?」

 呼び掛けに反応しない。というよりか、白兎の感覚がしない、天霧はそう直感した。

「・・・お前、まさか」

「・・・あぁ、やはり明来なんだね。ずいぶん大人びたね、でも童顔だ」

 白兎は今までと異なる口調で語り、口元だけの笑みを浮かべた。しかし、天霧は違和感を感じなかった。むしろ、この姿本来の仕草である。

「・・・蒼、なのか?」

「そうだよ、明来。久しぶりだね、言葉を交わすのは4年と20日ぶりだ」

「本当に、脳は機能していたというわけか」

「そうらしいね、ここで君と会話しているのが証拠かな。いや、もしかしたらこれは、胡蝶よろしく、君の夢なのかもしれないよ?」

「あ、鳥肌が立った。夢では無いな、この嫌悪感は」

「酷いな、この時、この場所で君と話している未来は、君が私怨を水に流して、私と向き合うと決めていた場合のはずなのだけれど?」

「ああ、気味が悪いが、その通りだ。だが、この何でも見透かされるような感覚への嫌悪感は消せないのさ」

「心外だな、これでも君を計算するのは難しいのだよ? 君が私を理解し切れないように、私にも君を理解し切れていない。君の癖を知っているから何とかなるが、それでも殆ど賭けに近いのだから」

「癖・・・だと?」

「習性と言っても良い。君は無意識に、多数派でありたいと願っている。自分の行いが不特定多数の答えでありますように、とね。だから君は、多数派出ないと思われることは秘密裏に行おうとする。だから君は表舞台に出ることを嫌う」

「否定はしないが、肯定する気もない。お前とまともに話すと酔いそうだ」

「それは、固定観念が崩されることで生じる浮遊感や所在の無さのことだね? 人は固定観念という重力で己を保っているからね。でも、私は嬉しいよ、そこまで君が私の言葉に重きを置いてくれているとは」

「まったく、お前の話は2センテンスくらい余計なんだよ。手短に話せ」

「おや、成長しているね。昔ならぶちギレていたところなのに」

「ああ、そうだった。手短にさせるとただの嫌味になるんだった」

「そうなんだ、なにぶん人が己の気持ちを他人に伝えるには多くの言葉が必要になる。短ければ短いほど、齟齬は発生するものなんだ、残念ながらね。とはいえ、私が君への想いを表そうとした場合、軽い研究論文になってしまう・・・軽くA4で354頁くらいだね」

「・・・こんなくだらないお喋りをする為に起きたわけじゃあないのだろう? さっさと本題に入ろうじゃないか」

「ツレないね、袖にされるとは言いえて妙だね。さてと、まず伝えておくべきなのは、これは一時的な覚醒に過ぎないということだ」

「どのくらいだ?」

「持って十数分というところかな。だから、言葉数が多いわけなのだよ。ああ、それと時間が無いから予測の全てを伝えることが出来ない。だから、気を付けておいても損は無いであろう事柄だけ伝えておく。世の中には、無駄になることが成功という職もあるのだからね」

「待て、録音しておこう」

 天霧は、端末を取りだし、録音機能を起動させた。

「良いぞ」

「よし、まずはYALという機人と戦ったことだろう。君がここに居るからには勝ったのだろうが、彼女は生きているぞ?」

「馬鹿な、確かに排熱で蒸発させた。というか、彼女?」

「ああ、彼女は私がギリギリで造りあげた、脳を完全に再現した新たなる液体金属を備えた機人なんだよ」

「まさか、あれが・・・」

「そう、彼女こそが私の求めた新たなる種、次世代、肉の檻から逃れし者、何とでも呼べるが、“次の人”とでも評しておこうか」

「貴様、そんなものを・・・」

「そう気張らないでくれ。あれは脳という弱点を持たない。マスターデータを他に移しておけば、身体などただ歩くUSBに過ぎないのだよ」

「つまり、奴がまたお前を狙ってくる可能性があると?」

「あるよ、それ以外の理由もありえるけど。再び姿を現すのは間違いない」

「そうか、気を付けよう」

「ちなみに、彼女と形容したのは、私が個人的に創造主も女性が良いなと思っているだけで、あれにちゃんとしたジェンダーは無いからね。彼女は新人類の祖となる存在なのだよ」

「良いから、早く次を話せ」

「むぅ、刺々しさが増してないか? それじゃあ次は、君も気になっているであろう、人類の滅亡についてだ」

「いきなり核心だな」

「君たちが、忘却銀行として使っているであろうALDAは、あと4年が期限だと予測しているね?」

「あ、ああ・・・」

「ならば、近々その予測を大きく変動させる事が起きるはずだ。計算し尽くせてなくてね、前述の事柄と関係があるのかも証明出来ていないけど、分岐点が今の期限の内に訪れるのは間違いない」

「分岐点・・・また、5年前のような波乱が起きるのか?」

「そうかもしれない・・・人はどこへ行くのか、その答えは、次の種へとバトンを渡すことだった。人が取り憑かれたように高めてきたテクノロジー、それは人よりも優れた機械を生み出す為の行為なのさ。いずれ人は己が生み出した怪物に喰われる運命だった。皆、勘違いしているよ、私は機械の統べる未来から人類を救いたかった。機人は人だ、機械じゃない・・・でも、世界は、君はそれを否定した」

 天霧は突然、紺野蒼の胸ぐらを絞め上げ、ハンドレールガンをその眉間に押し当てた。

「お前はいつだって唐突すぎるんだ! 確かに人類は停滞し、破滅に向かっていたのかもしれない・・・それでも・・・見捨てることはなかったろうに」

「ならば見せておくれよ、破滅でも進化でもない第三の道、永遠なる人の道を・・・すまない・・・もう、終わりらしい・・・予想よりずっと早かった」

「おい、どうした?」

「また眠るのだよ、次に目覚める時は・・・」

「いつなんだ!!」

 天霧が詰め寄ると、紺野蒼は虚ろな瞳で顔を上げ、サッと天霧の唇を奪った。

「なっ!? お前、こんな時にふざけるな!!」

「ふざけてはいないさ・・・これは良い夢を見る為の・・・おまじないなのだ・・・よ」

 蒼はのそのそとベッドに横になり、天霧に微笑みかけた。

「〇〇も・・・所詮迷える子羊なのだよ、決して神ではない。間違っていないと信じていても・・・ifを想うは人の性。しばらく醒めない悪夢は嫌じゃないか・・・?」

「・・・」

 天霧は、嘆息すると、蒼の額にデコピンをかました。

「・・・何、してるのかな?」

「いや、衝撃を与えたら、まだ起きるかなって」

「昔の電子機器じゃあないのだから・・・それにこの娘、ARだよ? 痛覚無いでしょうに・・・」

「そうか・・・まあ、しばらく起きてくるな。俺も出来ればお前の頭を撃ち抜きたくはない」

「あはは・・・酷いな。私が目を覚ました時点で、次の試練は始まっている・・・の・・・だから・・・本当は・・・眠る・・・暇など・・・」

 蒼の瞳はゆっくりと閉じていく。少しでも、この時に居たいのだろう。

「後悔なんてされて堪るものか・・・お前はもう引き返せないんだ」

 天霧は、目を閉じた蒼の額にデコピンを打ち込んだ。

 すると、瞳がぱっちりと開かれた。天霧は驚いたが、すぐに雰囲気の違いに気が付いた。

「おはよう・・・白兎」

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