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蒼の脳  作者: Arpad
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第六章 Machinery Human

 時刻はPM 20:21 国立大学第一区キャンパス正門前、天霧はそこで端末片手に佇んでいた。

「おい、何だかキャンパス内が騒がしいんだが?」

「う~ん・・・どうやら今日は大学のハロウィーンパーティーだったみたい」

「ハロウィーン? まだ先じゃあなかったか?」

「騒ぎたい口実が欲しいんじゃない? ほら、12月のパーティーは全部クリスマスパーティみたいな」

「祭りの意味もあったもんじゃないな・・・それで、目標も参加しているのか?」

「いや、まだ部屋にいるみたい。あんまり社交的ではないのかもね」

「好都合だ。では、潜入を開始する。ナビゲートを頼む」

 天霧はフードを目深に被り、キャンパス内へと足を踏み入れた。

「寄宿舎へは、その通りの先の十字路を右に曲がれば着けるはず」

 人混みを上手くすり抜け、十字路へ至ることが出来た。

「それにしても、人が多いな」

「頭はともかく、生徒数ならコンノ随一らしいよ、そこ」

「・・・酷い言われようだな」

「幅が広いってこと。さあ、そこを右折して、曲がったら後は道なりに進めば大丈夫」

「ああ、わかった」

 天霧は予定通り、右へ曲がり、人の流れに乗った。歩調を周囲と同化させて歩いていると、天霧はあるものに目が留まった。

「あれは・・・屋台まであるのか」

「日本は何でも縁日化するのよね・・・あ、焼きそば買ってきて」

「なんだって?」

「屋台の焼きそばって、ネームバリューがあるのよね」

「駄目だ」

「ああ、ごめん。たこ焼きが良かった?」

「そこじゃない、遊びに来たわけじゃないんだぞ?」

「わかってる、言っただけだから」

「どうだかな・・・あ、リンゴ飴」

「鷺塚さん? 遊びに来たわけじゃあ?」

「当たり前だ・・・帰りに買う」

「買うんかい!」

 しばらく歩くと、屋台も無くなり、ジャック・オ・ランタンの灯る林道になってきた。

「もうすぐ寄宿舎だよ」

「ああ、近くにMHSを待機させておいてくれ」

「はいよ」

 林道が切れ、視界が開けると突然、煉瓦造りの洋館が出現した。

「これで古ければ、完璧なんだが・・・」

「最高でも築5年だろうからね~」

「さてと、セキュリティーはどうなっている?」

「基本はそろってるかなぁ・・・なるほど、一ヶ所を覗いて楽勝だ」

「何だ? ドーベルマンでも飼ってるのか?」

「あんたなら、ドーベルマンも楽勝の部類でしょ? ガードマンがいるの」

「ガードマン?」

「お爺さんだけど、これは厄介ね。ハッキング出来ないし、無力化したら死んじゃうかもしれないし」

「確かに、厄介だな・・・」

「う~ん、何とか気を引いてみるけど、突破出来るかはそっち次第なんで」

「善処しよう」

「じゃ、武運を!」

 ここで通話を切り、天霧は端末をボストンバッグの中へ入れた。

 そして、潜入のマストアイテムたる面頬を装着し、寄宿舎の入り口へと足を向けた。第一の関門、オートロックドア。ドアの前に立つと、勝手にコードが打たれ、勝手に開かれた。久遠のハッキングである。

 第二の関門、監視カメラ。既にダミー映像のループ地獄に陥っている。

 そして、第三の関門、ガードマン・ジジイ。詰所は通路に面し、殆ど死角は存在しない。天霧は、詰所手前の死角で、久遠の援護を待った。すると程なくして、詰所の内線が鳴り出した。

「はい、寄宿舎・・・はい? いえ、そう言われましても、たるとたたん? なるものはここには・・・」 

「・・・たると、たたん?」

 電話の内容に興味はあるが、ここを早く抜けなければならない。幸い、ガードマンは背を向けている。天霧はあえて堂々と、とはいえ物音は発てずに歩いて突破した。

 しばらく進むと、通路の左右にドアがいくつも見えるようになってきた。これが、それぞれの学生の部屋なのだろう。天霧は通路を抜けた先の階段を登り、2階へと上がった。その途中、久遠から着信を受け、最後の関門をクリアする方法を告げられた。

 2階に至ると通路を進み、天霧は、202号室の前で足を留めた。ここが、目標の部屋である。ここで、最後の関門、来訪者確認システム。従来の覗き穴を止めて、完全に中からしか見えないカメラに据え換えたものである。一見、手強そうなシステムだが、落とし穴がある。

 天霧はボストンバッグから、愛銃のハンドレールガンを取り出すと、部屋のインターホンを鳴らした。すると、来訪者確認システムが作動する。そこへ、久遠がハッキングを行い、天霧が映し出される寸前、その姿を下のガードマンへとすり替えた。これが、システムの落とし穴である。

「沙田さん、少しよろしいでしょうか?」

 さらに、先ほどの電話で採取しておいたガードマンの声を使って、インターホン越しに目標へ声を掛ける。目標からすれば、見慣れた顔。多少訝しまれるだろうが、この相手で居留守は使わないだろう。なにせ、詰所で顔を合わせているだろうから。

 すると、ドアのロックが解除される音がした。そして、ドアがゆっくりと開かれ、沙田霞が顔を出した。天霧は、待ってましたとばかりに、消音器付きの銃口を彼女の額に当てた。

「メリークリスマス、クルミ割り」

「・・・あら、今日はハロウィーンのはずだけど」

「・・・中に入れてもらおうか?」

「・・・流すのね。私が拳銃程度で従うとでも?」

「肉体が常人よりも頑丈だからといって、銃弾が効かない訳じゃない。俺たちはスーパーマンじゃあ無いからな」

「・・・手の内を知られている相手というのはやり難いものね」

「お互い様だ」

「いいわ、入って」

 天霧は、銃口を向けたまま、ドアを開くと、沙田に奥へ行くように指示した。学生には嬉しい、2Kの間取り。ほぼキッチンの廊下を抜け、居間として使われているであろう部屋の中心で止まらせ、背を向けた状態で膝立ちになり、頭の後ろで手を組むように指示をする。

「助けてくれた人が、その日に襲いに来るなんて、世知辛い世の中ね」

「それは少し違うな、俺は助けた奴に襲われて、そのお礼参りに来ただけさ」

 天霧は、沙田の態度に違和感を覚えていた。あまりにも余裕があり、軽口すら叩いてくる。何か仕組んでいるのは間違いないだろう。

「それで、私を捕まえに来たのかしら?」

「それも違うな、俺はお前を片付けに来た」

「なら何故、まだ殺さないのかしら。矛盾が生じているわ」

「葬る前に色々と聞きたいことがあってね」

「何かしら?」

「お前の犯行について、目的は何だ?」

「義憤・・・とは違うみたいね。浅はかな理由での行動ではない」

「何だ、読心術か?」

「別に・・・強いて言うなら声色かしら。荒い言葉の割りには落ち着いている。いえ、落ち着き払っている」

「恐ろしい奴だ、普通ならこういうのはすぐに始末すべきだが・・・」

「あら、襲い掛かってふざけた欲求でも満たす気?」

「それは、死亡フラグだろう。なにより、俺は酒、煙草、女に手を出す気はない。控えろと養生訓にも書いてある」

「・・・何?」

「・・・あれ、知らない、養生訓?」

「残念ながら、生き残れたら読ませてもらうわ」

「悪くない答えだ。それじゃあ、そろそろ教えてもらえるか?」

「教えろと言われても、切り口は一つじゃないから」

「なんだか、煙に巻かれている気分だ。そうだな・・・お前の行動、それは想いが先か、力が先か?」

「なるほど、核心から突いてくるのね・・・もちろん、想いが先。そこへ力がやって来た」

「やって来たか、か。その口ぶり、力の方からお前の元へ来たことになる。機人がお前に力を与えたんだな?」

「そうね・・・でも、あの人はただの機人ではない」

「どういうことだ?」

「・・・そろそろかしら」

 その時、ボストンバッグが震えた。端末に着信が入ったのだ。天霧は右手で銃を向けたまま、左手でボストンバッグを探り、端末を取り出した。久遠からの着信である。

「・・・どうした?」

「ちょっと、大変なの! 白兎家が襲撃されてる!!」

「何だと!?」

 この時、天霧の意識は完全に端末へ向いてしまった。そして次の瞬間、ガラスの砕ける音で天霧はそのミスを悔いることになる。沙田が窓ガラスを突き破り、逃走を図ったのである。

「くそっ・・・!?」

 天霧もすぐに後を追い、窓ガラスを抜け、ベランダの柵を踏み台に跳び上がる。少し離れたところに、沙田の背中を見つけた。

 銃口を向け、躊躇いなく発砲した。しかし、タッチの差で林へ入られ、銃弾は枝葉や幹に阻まれてしまう。天霧が着地する頃には、沙田の姿を見失ってしまった。

「やられた・・・ッ」

 天霧は再び、端末を耳に当てた。

「ジャーニー、クルミ割りに逃げられた」

「それよりも、こっち! 白兎父母と隠しておいたAARで迎撃してるけど、持ちそうに無いの!!」

「くっ・・・白兎を裏から逃がせ。マンションまで避難させるんだ、頼むぞジャーニー」

「わかった、やってみる!」

「俺もすぐに向かうからな」

 天霧は通話を切り、また違うところへかけ直した。すると、どこからともなく、天霧の前にMHSが姿を現した。MHSの前面が展開し、天霧はそこへ収まった。MHSが閉じ、コントロールが天霧の動作へと移行する。天霧は一踏み切りで、天高く跳び上がった。ボストンバッグを忘れずに携えて。 

                 


「やってみるって、言ったものの・・・」

 久遠はPCの画面を観ながら、嘆息した。

 白兎家は、二階建ての一軒家。襲撃者は玄関方面から侵入、同宅廊下にて銃撃戦の真っ最中。ここは、AR用の住宅であり、町並みを再現するための施設である。ARが忘却銀行と接続する為の設備以外はフェイクとなっている。ただし、白兎家には白兎琴音を護る為の仕掛けが施されていた。例えば、両親役のARは通常よりも頑丈に、戦闘用の自律プロトコルを搭載させたカスタムタイプであり、他にも遠隔操作用のAAR が6体秘密裏に配備されていた。並み大抵の敵ならば、両親役だけで、AARを使えば、小隊程度までなら余裕で撃退可能である。

 白兎家の警備指揮は、久遠の仕事であり、AARは彼女が動かすことになっている。とはいえ、デジタル技術一般を手足のように操る久遠でも、同時に動かせるAARは、2体が限度である。しかも、常用のPCでは、1体しか操れない。つまり、実働は両親役と1体のAARのみ。それでも、クルミ割りの恰好をした自動人形を既に数体撃退している。しかし、新たに現れた襲撃者の影が、勝利の二文字を覆い隠した。

 見た目は自動人形とそう大差は無いが、設計思想が違うものであるのは、すぐに見てとれた。あまりにも攻撃的な、突起の多いフォルム、携えた大きな鉈のような刃物、小口径の銃弾なら弾いてしまう装甲。その姿に、久遠は見覚えがあった。機人との大戦の際、生き残った人々を狩るべく放たれた、機人の尖兵、外骨格である。その姿は、大戦を生き残った皆の脳裏に刻まれている、悪夢の象徴であった。

「これは、本気で掛からないとね」

 久遠は、共に迎撃にあたっていた父親役に、時間稼ぎを要請し、その間に自室へと駆け込んだ。久遠の部屋には、三面鏡のような大型スクリーンとキーボードが備え付けてあった。そこへ常用のPC を接続し、画面を大型スクリーンへ移行し、新たなAAR操作プログラムを開く。

 両手でそれぞれキーボードを操り、2体のAARを操作する。これが左右の画面である。両親役に白兎琴音を護衛しながら、天霧の自宅、つまりは久遠の元へ連れてくるように指示を出した。そうしてから、久遠はAARを駆使し、外骨格へと挑み掛かった。とはいえ、小銃による射撃と手榴弾による足留めがせいぜいだ。効果が薄い射撃でも撃ち続ける事で進行速度を遅らせ、片方のAARが射撃している内に手榴弾を投げ、その爆発でやや後退させる。この繰り返しで、白兎の脱出する時間を稼ぐのだ

 久遠は足下のキーボードを足先で操作し、中央の画面を映した。ここには、上空に放った偵察機の映像が映し出される。三画面別の操作、久遠がPC、通信端末、ゲーム機を同時に扱う時に編み出した秘技である。

 白兎家の玄関先には、中に居る1体の他に3体の外骨格が待機している。一方、白兎家の裏手からは両親役に連れられて、白兎琴音が脱出している。久遠は何故、彼女を護るのか理由を知らない。気になったので、本人を連れ回して探ってみたが、良い娘であることしか判らなかった。ただ今は、良き友人となった白兎琴音を護る、それだけの理解で十分であった。

 白兎たちが近くの大通りに出たのを確認した頃、AARの方では弾切れを起こしていた。久遠は武装をナイフに変え、2体を外骨格へ突貫させた。狭い廊下、縦列での突貫となり、まず先頭を行くAARが頭から鉈で両断された。その次の瞬間、後ろに付いていたAARが、床にめり込んでいる鉈を踏み台にして肉薄し、外骨格の頭部下方、人で言うところの顎下にナイフを突き刺した。

 ここが外骨格の数少ない弱点、ウィークポイントである。機能が停止し、崩れ落ちる外骨格。ただ、それを受けて、新たな外骨格が侵入を試みて来た。

 久遠な丸腰となったAARを奥へ後退させる。すると、外骨格はどんどん中へ進んでくる。しかし、廊下も中程辺りへ至った瞬間、横のドアが開き、3体目のAARが現れ、外骨格の脚の付け根辺りにナイフを突き刺した。ここも弱点、駆動系に異常を感知し、一時的に動きが止まる。その隙に、後退させていたAARが頭部へ飛び掛かり、それを捻切ると、3体目のAARから受け取った手榴弾を頭部を失った胴体へ入れ込んだ。すぐに2体は外骨格から離れ、その直後に外骨格は内側から爆散した。落ち着いたところで、再び丸腰のAARを前に出した。すると、後2体の外骨格が侵入せずに様子を窺い始めた。同じ手を食いかねないと警戒しているのだろう。

 膠着状態へ陥った隙に、久遠は真ん中の画面に集中した。大通りを駆けていく白兎たち、爆音でも聞き付けたのか、大通りだというのに、人が少ない。すると、後方からクルミ割りタイプの自動人形が3体ほど追いすがってきた。新たな刺客に、両親役の二人が拳銃で牽制を行なったが、あまり効果的ではなかった。白兎たちが十字路に差し掛かった時、クルミ割りタイプはさらに、接近してくる。

「おっとっと・・・これだぁ」

 久遠は画面上に映る、信号待ちをしていたトラックをジャックし、アクセル全開で急発進させた。昨今のトラック輸送は、自動運転で行われている。物流に人の手はリスクとの判断からであり、流れの調整と荷の積み降ろしにのみ人の手が入る。だから、ぶつけても大丈夫。

「どっか~ん!!」

 白兎たちを追い、クルミ割りタイプが十字路に差し掛かった瞬間、トラックが横から追突させたのである。1体を鉄塊に変えたものの、残る2体には華麗に乗り越えられてしまう。だが、白兎たちから引き離すことが出来た。

「まだまだ!!」

 十字路の先、建設中の高層マンションに設置されていた資材昇降用のクレーンのシステムへ侵入、吊るしたままの鉄骨を道路の真上へ移動させた。

「それそれ~!」

 クルミ割りタイプが直下へ差し掛かる寸前、鉄骨を吊るしていたワイヤーを解除、無数の鉄骨を直下へと降り注がせた。降り注ぐ柱をクルミ割りタイプは軽快に避けて見せたが、1体が押し潰された。しかし、これは久遠には誤算であった。ここで、2体を仕留めるはずだったのである。

 この先はしばらくジャック出来そうなリソースが見当たらない。だから、ここでケリを着けたかったのだ。とはいえ、距離はだいぶ離れている。これなら撒けると久遠が考えたその時、クルミ割りタイプはレインコートの中からグレネードランチャーを取り出し、白兎たちに照準を合わせた。

「ヤバッ!? 避けて!!」

 久遠の叫びも虚しく、砲弾が撃ち出され、白兎たちの近くに着弾した。その爆風で吹き飛ばされ、倒れ込む3人、そこへクルミ割りタイプが一気に距離を詰める。いち早く起き上がった白兎父が拳銃で応戦するも、素早い動きに翻弄され、終いには拳で打たれて横転、動かなくなってしまった。

 白兎を白兎母が庇いながら、応戦するもやはり弾は当たらない。やがて弾も切れると、クルミ割りタイプは回避を止め、ゆっくりと2人に迫ってきた。

 絶体絶命、久遠は必死に打開策を探した。そして、とある場所がジャック出来ることに気が付いた。

「やるっきゃない!!」

 そこは2人との間にあるマンホール。上下水道は電子制御になっており、道内の気圧はプログラムで管理されている。ガス漏れや気化ガスの発生を抑制する為である。

 そこで、久遠は水道関連のプログラムへ侵入し、件のマンホール下の道内にガスを意図的に集中、その気圧をどんどん高めていった。それと並行してマンホールの減圧弁を作動しないようにしておく。つまり、マンホールに掛かる圧力も増していく一方となる。

 クルミ割りタイプがマンホールの上に差し掛かり、白兎母と睨み合う。動きが止まった。

「今っ!?」

 圧力が限界近くまで高まったのを確認し、マンホールの電子ロックを外した。すると、事は一瞬で起きた。マンホールの蓋は高速で射出され、直上にあったクルミ割りタイプの胴を縦に寸断、それでも勢いは止まらず、ビル8階相当の高さまで射ち上がった。

「よっし! これは鷺塚にも見せないと!!」

 あまりに上手くいったので、舞い上がる久遠。白兎たちが再び移動し始めたのを確認したその時、左右スクリーンで動きがあった。睨み合いを続けていた外骨格が、移動を開始したのである。方向は白兎たちの逃走したもので、クルミ割りタイプの失敗を受けて、こちらを派遣するつもりなのだろう。

 久遠はちらりと中央スクリーンを見た。白兎たちは既に、このマンションのエントランスに到達している。

「もう少しで上手く行くのに!」

 どうやって追跡しているのか判らないが、このままマンションに来られては防衛する手段が無い。久遠はAARを動員し、組み付くなどの足留めに掛かったが、簡単にあしらわれ、鉈で撫で斬りにされていく。屋外では大型の外骨格も動きやすい。AARでは虚を突く他に倒す術は無いが、これでは隙などありもしない。5体のAARを捨て駒にしても、稼げたのは数分程度。しかし、その数分が好機を生むことになる。

 天霧が到着したのである。

 ハンドレールガンの弾が殿の外骨格の頭部を穿つ。撃たれた外骨格は反撃に転じ、両者は駆け足で接近した。外骨格の鉈が横薙ぎに振られ、天霧はそれを棒高跳びのように回避しつつ、頭部への銃撃を続けた。

 弾倉を射ち尽くす頃には、外骨格の頭部がもげていた。天霧はその部分にナイフを食い込ませ、股下まで切り裂いてみせた。久遠は勝利を確信し、自室を出て、玄関まで白兎の迎えに出ることにした。

 玄関から顔を出すと、ちょうど白兎たちがエレベーターホールから姿を見せていた。

「さあ、こっち、こっち!」

 白兎たちを招き入れ、すぐに扉を施錠した。

「無事に来れて良かったよ、白兎ちゃん」

「はい、なんとか・・・家から此処まで護ってくださったのは、ジャーニーさんですよね?」

「あはは、びっくりさせちゃったかな? それより鷺塚じゃなかった・・・天霧に無事を報せてやろうよ」

「はい」

 あのような逃走劇の後でも、落ち着き払う白兎。それはARゆえなのか、久遠には少し不思議に思えた。久遠は白兎そして白兎母をリビングへ通し、久遠は天霧に伝えるべく自室へ向かった。

「鷺塚!!」

「ああ、外骨格を片付けたところだ。白兎は?」

「着いてるよ、ドヤ!!」

「ああ、良い仕事だ」

「よっし・・・きゃあ!?」

 その時、高層マンション全体が大きく揺れた。天霧の部屋だけは、それだけに留まらず、リビングの外壁が吹き飛んでいた。

「・・・何事ッ!?」

 久遠はデリンジャーを構え、リビングへと飛び込んだ。舞い上がる粉塵の中、ぼんやりと巨大な手の輪郭が見えた。そう、巨大な手が外壁を突き破り、リビングに侵入してきているのである。

「うそっ・・・15階だよ!?」

 そう、ここは15階の角部屋、並の人型兵器が到達出来ない場所ではないのだ。眼球を駆使して、必死に白兎を捜すと、白兎母に庇われたまま、破壊された外壁にのし掛かられていた。

「白兎ちゃん!?」

 駆け寄ろうとした瞬間、巨大な手の上に人影が現れた。緑色に光る一つ眼、久遠は反射的にそれを撃ち抜いていた。何かが砕ける音の後、人影は久遠に肉薄し、首を鷲掴むとグンと掴み上げた。もがきながら久遠が見たのは、沙田の顔である。

「識別装置が壊れたじゃない・・・あなたね、紺野蒼の脳を持つっていうARは?」

 紺野蒼、機人の生みの親と言われる研究者。久遠はすぐに、目的のARが白兎であると理解した。思わず、瓦礫の下敷きになっている白兎の方を窺ってしまう。虚ろな目でこちらを見ている、久遠にはそう思えた。

「だと・・・したら?」

 何故か、久遠はそう口にしていた。自然と白兎を庇っていたのだ。

「一緒に来てもらいましょうか」

 それは疑問形ではなく、命令形の言葉。沙田は冷めた笑みを浮かべていた。



「なんだ、あれは・・・!?」

 突然、久遠と連絡が取れなくなり、天霧は急ぎ自宅へと急いだ。そして、自宅手前まで来た時、高層マンションに腕を突っ込んでいる人型兵器を視認した。天霧が驚いたのは、おそらく自宅に腕を突っ込まれていること、そしてヘルメットシステムで拡大したところ、人型兵器の見た目がナイトヘロンに酷似していることであった。

 程なくして、人型兵器は腕を引き抜き、上空へと飛び去って行った。天霧は事態を悟った、白兎が連れていかれたのだと。一刻も早く後を追いたいが、ナイトヘロンでないと追い付けないのと、ジャーニーの安否が気になる為、一先ず自宅の様子を窺うことにした。

 通信システムを起動し、紺野博士へコンタクトを取った。

「どうした、明来君?」

「自宅が襲われました。白兎が連れていかれたかもしれません。ナイトヘロンを自動運転で俺の自宅まで翔ばしてください」

「何っ、連れていかれた!?」

「ええ、敵はナイトヘロンに似た人型兵器でした。上に行きました、急がないと」

「う、うむ。すぐに向かわせよう。こちらでそのナイトヘロンに似た機体の反応を探索してみよう」

「お願いします」

 天霧は通信を終えるや否や、ベランダを足場に外壁を登りだした。非常事態で中の昇降手段は混み合っている可能性があり、エレベーターよりも早く着けると踏んだからである。登りながら、天霧は思考した。あの機体は間違いなくクルミ割り、沙田霞が関わっている。そして、白兎家を襲撃した外骨格。彼らの背後には間違いなく機人が控えている。

 その機人は、おそらく4年前に紺野蒼のラボから研究データを盗み出していた。そして、沙田霞と何らかの協力関係となり、彼女をケミカルアーミーにし、少なくとも半年前にはコンノへ潜り込ませた。潜伏期間を経て、沙田はクルミ割りとして活動を開始した。おそらく、最初から目的は蒼の脳であり、ARを機人の存在を仄めかす方法で壊すことで、脳を持つと思われる鷺塚明来、つまり天霧を誘き出そうとしたのだろう。

 白兎を、蒼の脳を取り返さねば、この計画を操る狡猾な機人の手に渡ってしまう。

 蒼の能力を、拘束無しで解き放つのは非常に危険だ。それは二回目の人類滅亡を引き起こすトリガーに成りかねない、いや成るからである。非常事態とはいえ、特務隊の力を借りるわけにはいかない。蒼の脳を保有していることは知らせていないからだ。彼らは間違いなく、脳を破壊するだろう、理由は前述の通り、トリガーに成るからだ。

 しかし、蒼の脳を破壊させるわけにはいかない。幼馴染みだからではなく、例え諸刃の剣であろうとも、あれは人類が人類として生き残る為に必要なものだからである。皆はもう気にもしていないであろう、ALDAの予測。人類滅亡のタイマーは未だ止まっていないのである。

 登り始めて2分後、天霧は自宅に開いた大穴から中へ入った。室内は酷い有り様であったが、それはリビングに留まり、久遠の部屋は綺麗に残っていた。しかし、久遠の姿は見当たらない。通信時、自室に居たとしたら、瓦礫の下敷きにはなっていないはず。では、何処にいるのか。

 移動しようとして、爪先に何かが触れた。暗視ゴーグルのような機器、クルミ割りが着けていたものに似ている。やはり、沙田は来ていたのだ。壊れているようで、拾い上げてみるとレンズ部分からゴム弾が転がりでてきた。あれは、デリンジャー用のゴム弾である。つまり、久遠は沙田と対峙していたことになる。

「・・・だ・・・くに・・・」

 不意に、微かな声をヘルメットシステムが拾った。天霧は声の聴こえる方へ近付いた。それは瓦礫の下から聴こえている。天霧は瓦礫を退かし、驚愕した。

「白兎!?」

「忠邦・・・君?」

 天霧はヘルメットを脱ぎ、彼女の傍らにしゃがみ込んだ。

「ああ、そうだ。大丈夫か?」

「なんとか・・・お義母さんが守ってくれました」

 白兎は既に機能停止している白兎母の身体をしっかりと抱き締めていた。

「忠邦・・・君、ジャーニーさんが連れていかれてしまいました」

「ジャーニーが?」

「わ、たしを・・・庇っ・・・紺・・・脳・・・」

 白兎はゆっくりと目を閉じた。機能低下に伴い、自動で脳の保全に余力が回されたのだろう。天霧は、眉をひそめた。奴らがジャーニーを狙う理由は、まして連れ去る理由は無いはず。天霧は動揺しながらも、推論を建て始めた。

 久遠は、人型兵器が外壁を突き破ったのに気付き、リビングへ来たはずだ。そこで乗り込んできた沙田と遭遇し、久遠が発砲。暗視ゴーグルを破壊した。おそらく、あのゴーグルは人とARを見分ける為の機器なのだろう。今にして思えば、当初から蒼の脳の隠し場所がARだと予想されていたのかもしれない。ゴーグルを破壊された沙田は、久遠に問うたはず、お前に紺野蒼の脳が隠されているのか、と。おそらく、久遠はそれにイエスと答えた。だから、連れていかれたのだ。

「・・・あいつ」

 正直、そこまで身体を張るとは、天霧は考えていなかった。久遠には、何も教えていなかったからである。脳の保全の為には、身体を破壊するのはリスクのはず。それなら久遠は、まだ生きている。

 その時、部屋の外に巨大な影が現れた。ナイトヘロンが到着したのである。天霧はMHSを脱ぎ、自律モードにし、白兎を紺野研究所へ運ぶように指示を出した。

 そうしてから、天霧はナイトヘロンのコックピットへと跳び移った。

「・・・さて、返してもらいに行くか」

 天霧は準備を整え、コントロールを直接操縦に切り換えた。

「Call 紺野研究所へ」

 音声認識で、紺野博士の元へ通信が繋げられる。

「無事に届いたようだね?」

「はい・・・博士、白兎は無事でした。MHSにそちらへ送らせています」

「なんと、良かった!? ・・・では、何故君は奴を追おうとしているんだい?」

「仲間が、身代わりに捕らわれてしまったようで・・・助けないと」

「なんということだ・・・・・・例のアンノウンは現在、コンノの上層を破ろうとしているようだ。外に出られてはやっかいだな」

「・・・全速力ならまだ追い付けそうですね」

「そんな、MHS無しでの全速力は、君の身体でも耐えられるかどうか・・・」

「俺は大丈夫です。無茶には慣れてますから」

「わかった、気を付けてくれ・・・酔わないように」

「はい、行きます」

 天霧はブースターの出力を一気に最高まで引き上げ、ロケットスタート、急加速を敢行した。一瞬で音速へ達し、突然何倍ものGが天霧の身体にのし掛かった。常人なら、既にぺしゃんこになっているレベルである。

 それでも、天霧は顔色一つ変えず、ただ上方を睨んでいた。


         

「ちょっと、あんまり動かないでくれる?」

「いやぁ、まさかこんな密着・・・お姫様抱っこ状態が続くとは思ってなくて」

 天霧の自宅を破壊したアンノウンのコックピットでは、操縦する沙田と彼女の膝に乗り、その首に手を回す久遠との奇妙なやりとりが繰り広げられていた。

「誘拐だから、もう少し狭くて暗~いところに押し込まれるのかと思いきや、こんな柔らかい場所とは」

「仕方ないわ、私は操縦しなくてはならないし。かといって下手なところに置いておいて無茶な脱出なんてされたら堪らないし。それなら膝の上に乗せておけば、監視も楽だと思ったのだけど・・・後悔してる、身の危険を感じるわ」

「べ、別になにもしないって。ただ、長時間モフモフにさらされていると・・・えへへ」

「そういう趣味は無いのだけれど」

「大丈夫、目覚めていないだけだから!」

「・・・あなた、やっぱりARじゃあないでしょう?」

「え、あ、その・・・心はARのつもりであって・・・バレてたの?」

「首根っこ掴んだ時には、なんとなく違和感が・・・それに」

「それに?」

「生臭いしね」

「私、生臭いの!?」

「ああ、語弊があったわね。生物臭がするの、あなたに息づく生き物たちのね。しばらく傍に居て確信したわ」

「そっか・・・でも、じわじわ効いてくるよ、生臭いは」

「へぇ・・・まあ、ここまで来てしまっては、あなたが何であれ、利用させてもらうわ」

「利用って・・・あんたの目的はその・・・紺野蒼の脳なんじゃ?」

「それは、彼らの目的であって、私のではない」

「え?」

「彼らはあなたを受け取りに来るから。だから品良く、ね?」

「りょ、了解です・・・よく判らないけど」

 なかなかの厚待遇で忘れ欠けていたことを、久遠は再確認した。自分は今、死地にいるのだと。些細なきっかけで、自分の命など蝋燭の火のように吹き消されてしまう。その心許なさに、久遠は胆を冷やしていた。

「さあ、天井を破るわよ」

 沙田の操る機体は拳を振りかぶり、コンノ上空のそれを殴りつけた。そして、けたたましい音と共に空が割れる。それもそのはず、それは途方もなく大きなスクリーンであった。道を阻むものを粉砕すること数分、ついに外壁を破壊し、機体は本物の海中へと至った。

 コンノ、それは宇宙での生活を目標に造られた海底試験都市船。未確認飛行物体のような流線型で楕円形の船舶なのである。それを内側から食い破った沙田の機体は、海上へと一挙に浮上していく。

 海上に出ると、そこは月と星以外に光源の無い、大海原の只中であった。

「良い夜に、なりそうね」

 沙田は満月を見つめながら、妖しく微笑んだ。



「明来君、外壁が破られた奴は外へ逃げたぞ!」

「・・・そのようですね」

 天霧の進む先では、空に穴が開き、大量の海水が流れ込んで来ていた。

「すぐに穴を塞がねばならん、急いで出てくれ!」

「了解」

 天霧は、出力を最大限に上げ、凄まじい水圧の中を押し通った。そして、海上まで突き進み、レーダーで沙田の位置を探った。

「北、か・・・少し離されてしまったな」

 すぐさま進路を北に定め、天霧は再び急加速しながら、後を追った。



 コンノを出て、北へ6キロ地点、小さな孤島で沙田はここで移動を止めた。

「来たわよ、YAL(ヤル)

 呼び掛けると、地上に広がる森林から、2メートルほどの小さな人影が浮かび上がってきた。

「・・・ソクサイカ、カスミ?」

 鉄骨が軋むような電子音声が人影から発せられる。月を覆っていた雲が去り、月光が人影をぼんやりと照らし出す。滑らかに耀く金属特有の光沢、フルプレートアーマーを思わせる姿は、一枚の鉄塊から掘り出されたように繋ぎ目が無く、美しい。月光を受け、初めて明るみに出るその冷徹なる美しさは、まるで月下の亡霊騎士というタイトルの絵画を見ているかのようである。

「あれは・・・機人」

 久遠の顔色が青く染まった。甦る幼き日の記憶、あの日、天上からの使徒の如く、醜い外骨格を空から指揮する姿。脳裏に焼き付く、初めて目にした明確な死のイメージ。久遠は思わず、沙田にしがみついていた。これにだけは引き渡さないで欲しいと、全力でアピールするかのように。

「ノウハ、テニハイッタカ?」

「ええ、ちゃんと。あそこの草原に降りましょう、引き渡すわ」

 久遠のアピールも虚しく、沙田は機体を草原へと降ろした。続いて機人も草原へと降り立った。

「・・・さっき言った通りに、よろしくね・・・」

 沙田は久遠の耳元で、そう呟くとコックピットハッチを開いた。

「ほら、お望みの品よ!」

 沙田は機体の外へ出るなり、抱えていた久遠を機人へと放り投げた。機人は弧を描いて飛んできた久遠を両手でキャッチすると、借りてきた猫のように大人しい久遠の事をジッと注視した。

「コレハ・・・ドウイウコトダ?」

 機人が顔を上げ、再び沙田に視線を向けようとした時には、沙田の右拳が眼前に迫っていた。大型のタンカー同士がぶつかったような、けたたましくも鈍い衝撃音と共に、沙田の拳が機人の頭部を捉えた。

 それを合図に、久遠は機人の腕から必死に転がり落ちて脱出。その次の瞬間、機人は沙田の一撃に堪え切れず、大きく吹き飛ばされてしまった。

 50メートルほど先に土煙を舞い上げ、機人が落下する。確かな手応えに、沙田は冷たい笑みを浮かべた。

「やっと、あなたを殴ることが出来たわね、YAL」

「・・・ラツワン、ワタシガダゲキリョクヲサイダイゲンハッキスルベクトリツケタ、ギシュ。ソレヲ、ソウテイチイジョウニマデタカメタカ、カスミ」

 土煙の中、機人は何事も無かったかのように、平然と立ち上がった。

「さすが、噂の23界装甲。一撃じゃ、その程度か」

 機人の身体は、機械というよりも、金属である。どういうことかというと、機人の身体は固体金属と液体金属でのみ構成されているのだ。

 機人の形である装甲は、23個の異なる性質を持った金属をミルフィーユのように折り重ねたものであり、一発の銃弾で撃ち貫くのはまず不可能である。

「ムダダ、オマエノコウゲキハ、ムリョクダ」

「あら、そうでもないみたいよ?」

 機人の顔面にヒビが走り、表層が大きく剥がれ落ちた。

「イッソウメヲクダイタカ。ダガ、ソレガドウシタトイウノダ」

「あと22回食らっても、同じことが言えるかしら?」

 沙田は構え直し、機人へ肉薄した。


                      

「これは・・・どうしたものかなぁ」

 久遠は沙田と機人の戦闘を少し離れた場所から、伏せの姿勢で見守っていた。

 不意打ちを食らわせる為の囮、その役目を終えた久遠は用済みであり、逃げても良いのだが、陸路で帰るのは不可能なため、とりあえずこうして待機しているのである。

 沙田はこの瞬間の為に、生き永らえてきたと言っていた。それが復讐を指しているのかは語らなかったが、久遠に自分の端末を託していった。何でも、天霧が接近すると反応が出るらしい。歓楽街で彼を襲った時、左の掌に発信器を埋め込んでいたそうである。これを知ったら、天霧は猛省することだろう。その姿を想像すると笑えてくる。

 そんな時、沙田の端末に反応があった。信号が高速接近中である。天霧が助けに来た、久遠はホッと胸を撫で下ろした。反応があれば、端末の通信が届く範囲だと教えられていたからだ。自身の端末を取り出し、久遠は天霧へのコンタクトを試みた。

                 

           

「誰だ・・・ジャーニー? 無事なのか?」

 沙田の操るアンノウンの反応が消失した場所を目指している時、ナイトヘロンに久遠から通信が入った。無事を確認し、状況を聞くうちに、天霧はその奇妙な状況に首が徐々に傾いでいった。

「つまり、同士討ちが始まったと?」

「うん、それも激しくね・・・どうしようか、これ?」

「どうするもこうするも・・・クルミ割りは拘束し、機人は討滅する」

「ですよねぇ・・・私はどうしようか?」

「俺が突入したら、さらに距離を取ってくれ。危険だからな」

「はいよ・・・早く来てよね」

 通信を切り、天霧は機人と沙田が戦っているという地点へ急行した。


          

 沙田と機人の戦いは、文字どおりデスマッチの様相を呈してきた。

 機人は空を飛べる、反重力による作用らしいが、とりあえず空を飛べる。もちろん、空を飛べない沙田は苦戦すると思われたが、彼女は意外な方法で対抗していた。飛翔しようとした機人にチェーンを巻き付け、引き落としたのである。

 その後はチェーンで引き寄せては右拳で殴り付けるを繰り返す沙田、機人の顔面を徐々に剥いでいくが、優勢はいつまでも続かなかった。機人は引き寄せられたタイミングで、チェーンを手刀で断ち切ると、沙田の右拳をするりと避け、お返しとばかりに鳩尾へ拳を叩き込む。浮き上がる沙田の身体に更なるラッシュが続く。人体が浮き上がったままにされるほどの威力の応酬である。機人はトドメとばかりに沙田の顎を蹴り上げ、返す刀で踵落とし、沙田が打ち落とされたことで砂煙が立ち上った。常人なら、身体の中身が衝撃で液化しているであろう攻撃の嵐、しかし沙田にはまだ息があった。

「オマエガウラギルコトハ、ヒキコンダトキカラ、ソウテイシテハイタヨ」

 機人は沙田の右手首を掴み、持ち上げた。だらりとして動かない沙田に機人は語りかけ続ける。

「オシカッタナ、10ソウ、モッテイカレタ」

 機人は手首を掴む手とは逆の手で手刀を作った。

「マズハ、キボウヲツミトロウ」

 手刀は、沙田の右手を切り落とした。これには沙田も呻き声を発した。

「・・・ン? ライヒンガキタヨウダ。シマツハアトデツケヨウ」

 機人は沙田を放り上げると、まったく軸のブレない、回転蹴りを打ち込み、盛大に蹴り飛ばす。沙田は距離を取っていた久遠の近くまで飛ばされ、彼女を大いにビビらせた。

 機人は、南の空を見据えていた。やがて、その方向でキラリと明滅が起きた。次の瞬間、機人付近の地面がめくれ上がるほどの銃弾の雨が降り注ぐ。天霧の、ナイトヘロンの制圧射撃である。しかし、機人は平然と佇んでいた。

「ムダダ」

 ナイトヘロンの銃弾といえども、機人の23界装甲は貫けない。

 機人は、左手で銃弾の一つを摘まみ取ると、右手を突き出し、まるで矢を引き絞るかのような動作を左手で行った。

 すると、この右手と左手の間で磁界が形成される。これは機人の遠距離攻撃手段、ローレンツ力を利用したレールガンの簡易再現砲である。こちらは、ナイトヘロンの装甲を撃ち貫くことが可能であった。

「オワリダ」

 機人が弾丸を放とうとしたその時、その身体が大きく揺れた。電磁場が消え、弾丸が地面に転げ落ちる。

「ナ・・・ニ?」

 機人の頭部には、円形の穴が穿たれていた。背後には、金属の粒子が舞っている。何かが機人の頭を撃ち貫いたのだ。次の瞬間、貫通した穴から液体金属が勢いよく噴出する。

「オオォォォ!?」

 液体金属は血液のように多様な役割を担っていることから、機人にとってのまさに命と言える存在であり、これの流失は死に直結する。

 機人が穴の両端を手で塞ぐと、液体金属が凝固し、かさぶたのように蓋をした。とはいえ息つく間もなく、第二、第三の金属棒が飛来する。機人は、堪らず回避に専念した。

「・・・ふむ、頭を貫いたはずだが」

 天霧は、機人に攻撃を続けたまま、眉をひそめていた。対界装甲弾、機人の23界装甲を撃ち貫くのは為の弾丸である。各装甲の配合に合わせた、23個の弾頭が重ね合わされており、それぞれが対消滅することで界装甲を貫くようになっている。ちなみにこれは、ナイトヘロンの口部が展開し、撃ち出されている。

 天霧が頭を狙っていたのは、そこに生身の脳があるからだ。機人の唯一の弱点は、頭部に生身の脳を有していることである。かつての技術では、脳を完璧に模倣することは出来ず、完成までの代替案として、脳を移植していた。紺野蒼の脳が残っていたのも、その為である。この脳を破壊すれば、もちろん機人は生き絶える。身体が機能し続けたとしても、意識が無くなれば、ただの入れ物に過ぎないからだ。

 しかし、この機人は頭を貫かれても、生き絶えるどころか、穴を塞いでみせた。これまで幾多の機人を葬ってきた天霧でも、初めての経験である。

「お前は・・・何だ?」

 天霧は、対界装甲弾の装填の合間に機人へ問い掛けた。

「・・・ワガナハ、YAL。シソニソウゾウサレシ、アラタナル、シュ」

「・・・ん? 何だって?」

 天霧は、機人の言葉を聞き取れなかった。そもそも、機人には肉声があり、このような機械音声ではなかったのだ。この機人、YALに底知れない恐怖を感じた天霧は、再び攻撃を加えようとした。

 だが、その前に機人が動いた。沙田の乗ってきたアンノウンに接近したのだ。すると、アンノウンの胸部が展開し、機人はそこへ納まった。まるで、天霧がMHSを纏った時のようである。

「しまった・・・あれは進化骨格だったのか」

 進化骨格とは、言うなれば機人のパワードスーツである。大戦時、ナイトヘロンで機人を倒し始めた以降に登場した、簡単に言えば巨大化する為のシステムであった。もちろん、ただ大きくなるだけでなく、ほぼ丸腰である機人の火力強化の意味合いもあるのだ。

「カクゴシロ、ナイトヘロン。コレハキサマノホンライノセッケイデータヲモトニツクリアゲタ・・・」

「何言ってるのか、聴こえん!」

 天霧はすかさず、進化骨格へ腕部機関銃による銃撃を加えた。

「・・・サホウヲシラヌヤツ」

 進化骨格は、両掌をナイトヘロンへ向けた。すると、その掌から強力な熱エネルギーが放出された。天霧は辛くも回避したが、スタビライザーと脚部の一部が融解してしまった。

「5000℃ノネッセンダ、キサマニハフセゲマイ」

「聴き取り辛いというのに、よく喋るヤツだ」

 天霧は照明弾を発射し、まず視界を確保した。次いで急速下降し、地表すれすれの低空飛行で進化骨格へと突貫した。その際も銃撃は加えている。機人自体とは違い、通常弾でも通用しているようであった。機人も熱線の短射で応戦してくるが、天霧はそれを巧みに回避していく。それと同時に、確実に射撃を当てることで、進化骨格には消耗が蓄積されていた。 

「コザカシイ」

 機人が熱線の高出力放射を行おうとすると、天霧はナイトヘロンをぶつけて阻止に掛かった。無減速での強烈な突進で、進化骨格も体勢を崩し欠けたものの、なんと受け止められてしまった。

「モエロ」

 ナイトヘロンを鷲掴み、零距離で熱線を放射しようとする機人。まさにその時、ナイトヘロンから何かが転げ落ちた。突進のせいで部品が破損したのかと思われたが、様子が違う。ソフトボールのように跳ねている。その違和感で、機人はそのボールを注視してしまった。

 次の瞬間、ボールが破裂し、それに伴い、劇烈な閃光と異音が発生した。

「センコウシュリュウダン、カ」

 視界と音を奪われた機人は、一先ず熱線を放射した。やがて、視界が回復するとナイトヘロンは姿を消していたことがわかった。周囲を見回すと、進化骨格の上空で旋回しているのを見つけた。

「自動射撃、目標進化骨格」

 天霧は旋回の速度、機体角度の調整に従事し、機体正面を進化骨格に向けたままでの高速旋回を実現した。そして、射撃が開始された。止むことの無い、銃弾の嵐が吹き荒れる。

 腕部機関銃の他にも、背部飛行ユニットに据え付けられた多連装ミサイルや実は足先に隠されていた三連機関銃なども惜しみ無く振る舞われた。

 これが、天霧必勝のスタイルなのである。止まない銃撃で敵はその場に留め置かれ、面白いほど攻撃が命中していく。遂に、脆弱な脚部が爆発を起こし、その場に倒れ込む進化骨格。

「ソンモウリツ85%・・・ゲンカイカ」

「ああ、年貢の納め時だ」

「コンノアオノノウ、ソシテ、オリジナルノエンジンノカクホハシッパイカ」

 機人は、蒼の脳だけで無く、ナイトヘロンのエンジンも狙っていたらしい。

「ダガ、ダイサンノモクテキハカナイソウダ」

「何?」

「キサマラノトシノカイメツ。スデニガイコッカクブタイハ、ガイヘキニアイタアナカラ、ナイブヘシンニュウシタ」

「なんだと・・・ずいぶんと手の込んだ真似をしてくれたな」

「ゲンザイノキサマラニガイコッカクブタイヲシリゾケルセンリョクハ、ナイ」

「・・・いや」

「・・・ナンダ?」

「戦力なら・・ある」


        

「議長、御存知の通り外骨格の編隊がコンノ内部へ侵入しました。一刻の猶予もありません」

 菱形島、第33ユニット特務隊本部、彩藤はエレベーターにて階下へと降りていく。

「・・・はい、御裁可ありがとうございます。損はさせませんので御安心を」

 通信を切ると同時に、目的階へ達した。設計図には載っていない階層、それもそのはず、ここはもう建物の中では無い。

「役立たずがようやく許可したわ、出られるわね?」

 狭く薄暗い室内では、8人程の職員がモニターに向かっていた。

 その内の女性オペレーターが、彩藤の問い掛けに応答した。

「はい、いつでも行けます!」

「よろしい」

 彩藤は、室内の真ん中に位置するシートに深々と腰掛けた。

「はぁ・・・ようやく帰ってこれた・・・・・・機関始動、一先ず照明を点けましょう。目に悪いわ」

「了解、機関始動」

 女性オペレーターが復唱すると、どこからか鯨の鳴き声にも似た音が響いてきた。すると、途端に室内が照らし出され、ただの壁だと思われたスクリーンに映像が映し出された。それは水中、眼下にはかつての町並みが広がっている。

「全搭乗口との接続を解除」

「了解、解除します」

 これまた復唱した途端、室全体が揺れ、浮遊感にも似た感覚を覚えた。

「よろしい・・・機関最大、まずは菱形島の下からでるぞ。E-リアス、発進せよ」

「E-リアス発進!」

「松形さん、後よろしく」

「相変わらず丸投げですね艦長、懐かしいです」

 E-リアスの舵を取る男性は苦笑した。

「私は組織の舵取りで忙しかったの。船の舵は任せたわ」

「アイマム、艦長殿」

 松形の的確な操舵で、いち早く菱形島の陰から脱したE-リアス、ようやくその姿を確認することが出来た。ズムウォルト級をベースに国内ライセンスで造船されたE-リアス。通常の船舶を逆さにし、艦橋部を上に持ってきたようなフォルムをしている。また、見ての通り安定的な潜水能力も付与され、浅深両用となっている。

 海上へ浮上し、通常航行へ移行する。目標は空の穴から侵入してきた侵入者である。

「ターゲットとの距離は?」

「約5000メートル!」

「映像は?」

「出せます!」

 中央スクリーンに映し出されたのは、飛行ユニットを備えた外骨格群とその奥にひかえる巨大輸送機であった。本隊はあの輸送機であり、周りの羽虫はその護衛である。これが機人勢における侵略スタイルである。

「主砲、用意」

「了解、主砲レールガンシステム起動します」

 復唱後、E-リアスの広い甲板のハッチが開き、巨大な砲身がせり上がってきた。

「急速チャージ開始、約15秒・・・・・・チャージ完了」

 このような急速チャージを可能にしているのは、大量の電力を生み出す機関に秘密がある。構造を簡単に説明すると、機関は核廃棄物と放射線を喰らうナノ金属で出来ており、ナノ金属が放射線を吸収し、電力に変換しているのだ。これがまた変換率が優秀な為、多方面で利用されている。

 艦橋スクリーンに映し出されていた外骨格群の映像にカーソルが現れ、中央の輸送機にロックされた。これは、砲手の行なっている作業を映しているのである。

「おかえり願いましょうか・・・発射」

 彩藤の号により、質量弾が光速で射出される。瞬く間に質量弾は輸送機を撃ち貫き、その余波で護衛の外骨格をも撃破した。それに加えて、輸送機を撃ち貫いた質量弾は穴から外部へ抜けていったので、コンノに新たな損傷も出さずに済んだ。

「目標群の消滅を確認」

「流石ね、見事だったわ・・・我々はしばらく、現海域にて哨戒の任に就く。警戒を怠らぬように」

「了解、全船員に告ぐ、これよりE-リアスは・・・」

 女性オペレーターの復唱を聞き流しながら、彩藤は実に神妙な表情を浮かべていた。

「さて、あっちはどうなったのやら・・・」


       

「バカナ、ゼンメツダト!?」

 自軍の消失を受け、機人は大いに動揺していた。

「その様子だと、全滅したようだな。言っただろう、戦力はあると」

 E-リアスこそ、彩藤の奥の手。こういう時の為に、沈没したとデマを流してまで、4年間も秘匿してきたのである。

「アマリニモ、テギワガヨスギル」

「・・・手際? ああ、あれの目はコンノのレーダーと比べ物にならないからな」

 E-リアスには、旧列島全土をカバーする程に強大過ぎるレーダーが完備されている。コンノに近づいた時点で簡単に察知されてしまう。E-リアスは、かつて日本が秘密裏に準備していた防衛プランの中核だった船舶。圧倒的な迎撃能力が売りの、紺野蒼小学五年生の夏休みの自由研究である。(諸事情により、非公開)

「さて次は、お前の番だな?」

「・・・オノレ!」

 機人は進化骨格から飛び出すと、簡易電磁砲の構えを取った。

「排熱開始!!」

 突然、ナイトヘロンの鳩尾辺りが展開し、激烈な熱エネルギーが放出された。排熱口の仕様により、極太の光線のように指向性を与えられた熱エネルギー。ナイトヘロンは、種火の熱エネルギーを延々と加速させることで恒久的かつ高出力のエネルギーを得られる、円環エンジンで機能している。つまり、放出されたのは、エンジン内で増幅されたものなのだ。

 光線は機人や進化骨格を呑み込み、一瞬で原子レベルにまで分解した。機人の23界装甲には太陽表面でも耐えられる耐熱装甲が織り込まれているが、この排熱は10000℃を超えており、無意味である。これが、ナイトヘロンの奥の手であり、多くの機人をこれで大地に還してきた。奥の手だけに、排熱をすると発電が出来なくなり、機体は機能停止に陥ってしまう。

 つまり、落下してしまうのだ。

「ここを改善してほしいんだよな・・・」

 嘆く天霧を乗せたまま、ナイトヘロンは地面へ真っ逆さまに墜ちて入った。ちなみに脱出装置は搭載していない。

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