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蒼の脳  作者: Arpad
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第四章 Parade

「では長官、保安局に敵拠点を制圧するほどの余力は無いと?」

「ええ、だいぶ出払っているわね。大立ち回りのクルミ割りに手を焼いているみたい、救援要請が引っ切り無しに鳴り響いてる」

「・・・つまり、菱形島の防衛戦力を低下していると?」

「ええ、まあ・・・どうかしたの?」

「・・・標的は都流木の予想では、菱形島ではないかと。それに関しては自分も同意見です」

「まさか!?」

「存在が明るみに出た以上、下の奴らはすぐに行動を起こしてくるでしょう」

「・・・各種防犯装置に、固定砲台が少々・・・はっきり言って無に等しいわ」

「・・・ナイトヘロンの出撃準備を、お願いします」

「・・・そうね、今はそれが最適解なのかもしれない。飛行場に通達しておくわね」

「ありがとうございます・・・あの、もう一つお願いしたいことが」

「・・・クルミ割りのこと?」

「はい・・・出撃準備が整うまで、クルミ割りの迎撃に向かわせて欲しいのです」

「良いけど・・・そこまで時間は無いわよ」

「承知してます・・・では、失礼します」

 通信を終えると、天霧は日田に第一区東飛行場へ向かうように指示をし、ちょうど乗り込んできた都流木やファッカーズに現状を伝えた。

「お前たちには俺が降りた後、菱形島の防衛に回って欲しい。ナイトヘロンが着くまで抑えておいてくれ」

『Yes Boss!』

「任せろ。残しておかなくても、良いのだろう?」

「ああ、頼もしいな」

『Go a Hell!!』

「うるさい。日田さん、出してくれ!」

 天霧らを乗せたヘリはプロペラを唸らせ、一気に夜空へと飛翔していった。      

 第一区飛行場に到着するや否や、天霧は着陸前のヘリから飛び降り、手ごろなバイクを拝借し、クルミ割りと保安局が交戦している場所へと急行した。都流木が注意していたが、彼は気にも留めていない。バイクを走らせながら、天霧は久遠への通信を試みた。

「もしもし・・・鷺塚?」

「起きていたか、ジャーニー」

「そんなことより何か用? 今、面白いもの観てるから、目が離せないんだけど~?」

「それは、クルミ割り提供の大乱闘か?」

「何だ、知ってたんだ? そうだよ、うちの近くでやり合ってるの」

「状況は?」

「状況ねぇ・・・ARを含めた保安局員50人と一時間前から大乱闘。ARは確実に粉砕、人間の局員は気絶させて、今では15人になっちゃってる。そりゃもうアクション映画ばりの戦闘シーンだったよ!」

「そうか・・・今、奴はどこにいる?」

「えっと・・・近くの公園だよ。あるでしょ、あの無駄に広いとこ」

「把握した・・・ちなみに白兎の居場所は?」

「え、白兎ちゃん? しばし待たれい・・・・・・あれ、家に居ない?」

「何だと!? どこにいるんだ!!」

「ちょっと、イヤホンなんだからいきなり大声出さないでよ!? 家には居ない、現在地検索中・・・居た! 嘘でしょ、例の公園の近くだよ!!」

「なんだと・・・ジャーニー、俺の装備を公園まで持ってきてくれ。俺は白兎の安全を確保しに行く」

「えぇ!? ハードル高いなぁ。それにまだ見ていたいんだけど・・・駄目?」

「録画でもしておけ!!」

 天霧は通信を切り、フルスロットルで夜の幹線道路を駆け抜ける。無事でいてくれ白兎、その一心であらゆる車両を追い抜いて行く。5分と経たぬ間に件の公園付近にたどり着いた天霧は、川沿いの遊歩道を悠然と歩む白兎の姿を捉えた。

「白兎!!」

 ヘルメットを脱ぎ、天霧は白兎の元へと駆け寄った。

「・・・忠邦君?」

 白兎は振り返り、首を傾げた。

「何故ここに? それよりもその恰好は・・・コスプレですか?」

「え? あ、これは・・・最新のライダースーツなんだよ」

 白兎に本業のことを教えていなかった天霧は、苦しい言い訳をした。

「ライダースーツ? 忠邦君、いつの間にバイクなんて・・・」

「それは・・・それよりも、こんな時間に何をしているんだ? 両親にも言わずに・・・」

 ARはそれぞれ、社会的な役割を担っている。彼女の両親とは、天霧が個人的に手配した護衛用のARであった。

「今夜の月は綺麗だから、散歩をしたくなったんです。でも、夜に出歩くのは両親に止められてしまいますから、内緒で出てきちゃいました」

「内緒って・・・今までそんな事しなかっただろう?」

「そう・・・ですね。何故でしょうか?」

「何故と聞かれてもな・・・まあ良い、近くで不審者が暴れていて危ないんだ、一緒に帰ろう」

「そうなんですか? どうりで騒がしかったわけですね。もう少し散歩をしていたかったのですが・・・駄目ですか?」

「駄目、帰るよ」

「はい、わかりました・・・その代わりと言ってはなんですが、今度は一緒に散歩してくださいね?」

「もちろんだ、だから早くここから・・・」

 白兎の手を引き、バイクまで戻ろうとしたその時、公園から何かが悲鳴と共に飛来してきた。それは、クルミ割りと奴に頭を鷲掴まれた保安局員の一塊であった。保安局員はバイクに打ち付けられ、そのまま頭部を握り潰されてしまった。疑似血液が飛び散る中、光沢のあるフレームが見えた。保安局員の彼は、ARであったようだ。

 クルミ割りは、右手を血振りながら、こちらを見据えてきた。

「・・・・・・AR」

 くぐもった音声で、小さく呟く。どうやら、白兎の存在を認識したらしい。天霧は、即座に拳銃を引き抜くなり、クルミ割りに発砲した。予想外の行動だったのか、クルミ割りは後方へと飛び退いた。この僅かに稼げた時間で、公園から残りの保安局員らが現れ、クルミ割りへ発砲し始めた。そしてその隙に、天霧は白兎の手を引いて反対方向へと駆け出した。

「忠邦君、今のは・・・?」

「映画の撮影っていったら、信じるか?」

「・・・それは流石に、非現実的かと」

「だよな・・・説明はするから、今は走ってくれ!」

 現状を把握しようとする白兎を言い含めてから、天霧は久遠へ通信を送った。

「ジャーニー! 今どこだ!?」

「もうすぐ公園だけど・・・ヤバそうだね?」

「ああ、追われている。すぐにでも合流し・・・」

 天霧が角を曲がった瞬間、誰かとぶつかった。吹き飛ばしてしまった相手を確認すると、それは久遠であった。

「すまない、ジャーニー。大丈夫か?」

「痛いなぁ、もう・・・ちゃんと確認してから曲がりなさいよ!」

「こんばんは、ジャーニーさん。良い夜ですね」

「お、おお・・・こんばんは、白兎ちゃん」

「挨拶している場合か! 銃を渡してくれ、ジャーニー」

「おっと、そうだったね」

 久遠は、ナイトメアとハンドレールガン、そしてナイフの提がったベルトを差し出した。

「恩に着る!」

 天霧はすぐにベルトを装着し、ハンドレールガンを手に取った。今回は手加減無しである。

「白兎、悪いがジャーニーと一緒に・・・」

 白兎の方へ振り返った時、天霧は目を疑った。白兎のこめかみにクルミ割りの右手が迫っていたのである。

「白兎!!」

 すぐさまクルミ割りの胴体に数発銃弾を撃ち込んだが、奴の攻撃を止めることは出来ず、白兎は拳でもって殴り飛ばされてしまう。

「なっ・・・蒼!?」

 天霧はすぐに白兎に駆け寄り、抱き起こした。こめかみから出血はしているものの、幸いにも頭部は健在であった。銃弾によって少し勢いを殺せていたのかもしれない。

「ガッ・・・破壊不能のAR・・・見つけ・・・」

 まだ息のあるクルミ割りの眉間に、天霧は銃弾を見舞った。流石のクルミ割りも、これには耐え切れず、仰向けに倒れて動かなくなった。

「うっ・・・・・・忠邦君?」

「白兎? 大丈夫か?」

「はい・・・形容し難い衝撃で機能が一時ダウンしてしまいましたが、なんとか」

「・・・良かった」

 天霧が安堵の表情を浮かべたその時、彼当てに通信が入った。彩藤からである。

「鷺塚君、今どこ? ナイトヘロンの準備が整ったわ」

「・・・分かりました、すぐに戻ります」

 天霧は通信を終え、虚ろな目をしている白兎に声を掛けた。

「すまない白兎、行ってくる」

「ん? また明日・・・忠邦君」

「・・・ああ」

 白兎を連れ帰るように久遠に頼み、天霧は公園へと戻った。それから生き残っていた保安局員にクルミ割りの遺体をコンノの研究所へ移送するように依頼し、車を借り受けて飛行場へと急いだ。



 飛行場に到着するなり、天霧は建物へ駆け込んだ。正直トイレに寄りたかったが、今は一分一秒が惜しまれる。エレベーターの操作盤に網膜を読ませると、ボタンには無い、地下5階へと動き出した。降りるとそこは、巨大な格納庫となっており、整備士らが慌ただしく走り回っていた。

 その慌ただしさの中心に、全長8メートルの巨人、識別名ナイトヘロンの姿があった。

 人の形すら覆い隠さんとばかりの重装甲に加え、機動力確保の為に肩部にはゴツいブースターが取り付けられている。カラーリングは黒い下地に白い羽を散らしたブラックバード迷彩である。一見目立ちそうだが、意外と全体像をぼやかし、特に夜間の視認性を著しく阻害する。

 天霧はナイトヘロンへ駆け寄り、整備主任に声を掛けた。

「お待たせしました!」

「おう、待ってたぞ。こいつは最高のコンディションだ!」

「ありがとうございます!」

 そのまま昇降機に飛び乗り、人体で言う下腹部のコックピットへと乗り込んだ。手慣れた様子でシステムを立ち上げ、コックピットハッチを閉じた。

 シートに備え付けられた密閉式グラスを装着すると、機体のアイカメラとリンクし、自分の視野のように映像を見ることが出来る。後は不便だが、手探りで左右にある筒上の部品に前腕を突っ込む。すると、手がゲルに覆われた。これはコントロールポッドと言い、機体のマニピュレーターが掴んだ物体の感触を伝えるものであり、拳の握りを加減出来たりもする。腕の動きを邪魔しているようだが、機体の腕部の駆動範囲に合わせて動くようになっているのだ。ちなみに非公式ながらシートベルト代わりにもなる。

 実際に腕部を動かし、右手でNWS(ナイトヘロン用ウェポンシステム)を、左手で巨体を覆い隠せるほど大きく、分厚い盾を掴んだ。RWSの見た目は、H&K MP7に酷似している。ただ、これはカートリッジ弾の他に、弾帯供給式で大口径の銃弾を使用することも出来る。弾帯の供給元は左手に備えた盾であり、内部に銃弾が格納されている。しかも、RWSの弾給口を近付けるだけで、レーザー誘導により弾帯が供給されるのだ。

「ナハト、外部スピーカー」

 ナイトヘロンの機能等は音声操作となっている。

「準備完了しました!」

 天霧の声を聴いた整備主任が、アイカメラに向かって手を振った。

「上げるぞ~!」

 すると、機体の載っているハンガーが急激に上昇を始め、30秒ほどで地上の滑走路へ到達した。

 一歩前に出て、肩部ならびに背部ブースターの起動に掛かる。ちなみに歩行は足下のペダルで行う。足先へ踏み込むと前進、踵側はバック、そして右折は右ペダルを右側へ、左折も同じ用量で可能となっている。お気付きだろうが、これではブースターを操作する手段が無い。そういう時は、こうするのである。

「ナイトヘロン、飛行モード」 

  飛行モードでは、腕部の操作が右はブースターの方向操作、左は前進、後退操作へ切り替わり、ペダルでも方向転換は変わらないが、前への踏み込みが上昇、踵側が下降に変化する。このモードの弱点は、腕部が使えなくなり、攻撃手段が自動迎撃のみになるということである。

 さて、飛び立つ場合は、右手の操作でブースターを背後に向け、左手の握り込みで出力を上げていく。

「火入れは慎重に、っと」

 出力が上がると、機体は前へと押し出される。しばらくは脚部のローラーで加速し、十分な速度へ達したら、ブースターの向きを背後斜め下へ、そして一気にペダルを前へと踏み込む。すると、機体が浮き上がり、瞬く間に星の耀く夜空へと飛翔した。

「行くぞ、ナイトヘロン」

 気合いを入れつつ、適正の飛行高度へと調整していく。発進時の管制への報告を忘れていたが、気を取り直して、彩藤へ通信を入れた。

「Call 特務隊長官室・・・こちら鷺塚、飛行場より発進。約5分後に菱形島へ到着予定です」

「了解。こちらにも動きがあったわ。菱形島付近の海底より多数の作業人形とテロリストが出現、21番ブロックに上陸された。保安局員と都流木さんたちを派兵したけど、数も力も相手が圧倒的よ」

「そうですか・・・長官なら、撃退出来そうですけどね」

「・・・まあ、出来なくも無いわね。その場合、菱形島の半分が消し飛ぶけど?」

「あはは・・・止めてください」

「切り札はまだ使いたくないの。だから、早く私を助けに来なさい!」

「・・・急にUターンしたくなってきた」

「わ~冗談、冗談だから~! 助けに来てください~!!」

「さっきから、トイレに行きたかったんですよ」

「私の評価がトイレ以下!?」

「・・・それより、戦況は?」

「・・・接敵したわ。保安局員が水際で防衛線を敷いて、都流木さんたちはヘリで遊撃中ね」

「どこから観てるんですか?」

「無人機を飛ばしてるの、つまり真上から観てるわけ・・・ああ、保安局の防衛線は今にも瓦解しそうね」

「保安局の装備は?」

「ソルジャーキットを支給されたエリートたちのはずなんだけど・・・はぁ、突破されたわ」

「おっと、早いですね」

「数百の敵に30人程度じゃねぇ・・・」

「偲びないですね・・・」

「・・・あぁ、21番ブロックが墜ちたわ。22番へ移動中、奴ら固まって動くみたいね。菱形島全域を押さえるのに一時間と掛からない良いペースだわ」

「到着まであと3分・・・実にもどかしい」

 天霧はブースターの出力を最大にした。桁外れのGが身体に降り掛かる。

「なので、突貫します!」

「また無茶を・・・一つくらいなら、ブロックを沈めても擁護できるから!」

「保安局と戦争になりますよ!」

 眼下に広がっていた街並みが失せ、景色は暗い海となり、すぐに菱形島の明かりを捉えた。天霧は速度を落とすことなく、22番ブロックへ進路を合わせた。あっという間で眼前に迫る22番ブロックと1体の作業人形。

「ナイトヘロン、陸戦モード」

 天霧の一言でブースターが急停止し、手足の自由が戻る。とはいえ、速度が落ちるわけではない。天霧は蹴りの体勢で作業人形へと突っ込んだ。

 高速で8メートルほどの鉄塊が衝突する。その計り知れない衝撃(電卓があれば解る)で作業人形は粉砕、それでも勢いは止まらない。残骸となった作業人形は、天霧にサーフボードのように乗られ、ブレーキ代わりに使われた。

 原則の最中でも、天霧はRWSの銃口を他の作業人形へ向け、大口径弾を惜しみなくバラまいた。蜂の巣にされた作業人形は盛大に爆散し、散っていく。

 これで二機、仕留めた。天霧の機体速度は、サーフボードにしていた作業人形ごと建物へ衝突することで、ようやく落とすことが出来た。すると、仲間を破壊されたことに気付いたテロリストらが作業人形を率いて、天霧目掛けてどんどん集まって来ていた。

 作業人形らは、樽のような腕部に左右二門備えるミニガンを斉射してきた。しかし、それらは重厚な盾に全て防がれ、次の瞬間には大口径弾の返礼を受けることになる。ことごとく打ち砕かれる作業人形たち、1000発の大口径弾を撃ち尽くす頃には、100個のスクラップが出来上がっていた。

「相変わらずの腕ね、覆しがたい状況を蜘蛛の巣でも払うかのように一変させていく」

「・・・」

「どうしたの、独り言だと恥ずかしいのだけど?」

「・・・舌、噛みました」

「・・・お大事に」

 その時、天霧へ通信が入った。上空の都流木からである。

「どうした、都流木?」

「洋上に変化があった! 気を付けろ、敵の増援が来るぞ!」

 次の瞬間、海より巨大な影が飛び出してきた。新たな作業人形が12体現れたのだ。

「まあ、まだ尽きないよな」

 天霧はNWSを手放すと、上陸せんと迫るビックフット目掛けて盾を投げ付けた。回転しながら飛来する盾、作業人形へ縦一閃にめり込んだ。それは第二ラウンドの開始の合図となり、作業人形からの集中砲火が始まった。

 天霧はまず、集中砲火から逃れるべく、その場を移動した。そして作業人形に囲まれないように高速で動き、攪乱する。ちなみにペダルを二回踏み込むと脚部ブースターの短噴射で速く動ける。

 図体に見合わない高機動ぶりに作業人形が困惑し、天霧の事を見失ったら、反撃開始。

「右肩部ブースター、パージ」

 天霧は右肩のブースターを外すと、それを掴み、投げ付けた。これも相当な質量弾であり、作業人形にめり込んだ。この用量で、どんどん投げ付けていく。結果、左肩部ブースター、追加装甲計8点が作業人形をそれぞれ打ち砕いた。

 そして、残るは1体。天霧はその1体の前にふらりと姿を現し、対峙した。明らかな挑発である。天霧と作業人形は同時に動き出すと拳を振りかぶり、それを打ち合わせた。目視可能な衝撃波すら生み出した、このぶつけ合い。結果的には、作業人形の腕部が根元からごっそり持っていかれた。

「悪いな、お疲れ様」

 天霧は即座にもう片方の拳を、一眼レフレンズのような作業人形のアイカメラへ打ち込んだ。頭部を貫通した腕を引き抜くと、作業人形はフロートから転落し、爆散した。しばし、水飛沫を雨のように受けながら、天霧はその場に立ち尽くしていた。

「増援は・・・・・・無しか。片付きました、長官」

「・・・・・・ん? あ、終わった?」

「長官・・・気を抜かないでくださいよ」

「いやはや、君が着いた時点で終わったようなものだからね~」

「はぁ・・・それにしても、廃棄された作業人形とはいえ数が揃うと厄介でしたね」

「そうね・・・でもなんか、呆気ないのよね」

「ピンチだったのに?」

「それはそうだけど・・・攻め方にキレがないというか、どう考えても操者は素人でしょう?」

「施設で見たのはどう贔屓目で見ても普通の人々でしたね・・・そういえば、地下で確認した作業人形の数と合っていないような」

「まだ後続が控えているのか・・・あら、キャッチが、保安局からの苦情かしら・・・鷺塚君、テレビを見て」

「テレビなんて見れないでしょう?」

「大丈夫、テレビと言ってみて」

「・・・ナイトヘロン、て、テレビ?」

 すると、天霧の視界左半分に画面が表示された。

「映った!?」

「新ツールよ」

「しょうもないな・・・それはそうと長官、これはまずいのでは?」

 テレビでは、多くの作業人形が第零区へと行進していくパレードのような光景が報じられていた。

「やられた・・・」

 彩藤は無線越しでも判るくらいに苛立っていた。

「風林火山・・・その原典は知ってる?」

「ええ・・・確か中国の古典でしたね」

「孫子よ・・・見落とされがちだけど、風林火山には続きがあるのよ」

「続き?」

「正しくは、風林火山陰雷。知り難きことは陰の如く、動くことは雷震の如く。実態を掴まれないよう陰の様に隠し、動くときは雷のように大胆に、まさに今がそれね」

「ここの襲撃も陽動だったというわけですか」

「コンノの役員会は大わらわみたいね、ざまあみろ・・・とも言ってられないか。狙いはおそらくコンノ本社ビル。悪いのだけれど、彼らの救援要請に応えてもらえるかしら?」

「もちろん・・・と言いたいところですが、ナイトヘロンはもう飛べません。いかが致しましょうか?」

「あれだけブースターやら投げたらね・・・仕方がない、奥の手の使用を許可します」

「おお・・・よろしいので?」

「これは緊急事態です、出し渋りもナンセンスでしょう?」

「・・・わかりました、少し時間を頂きます。それまで、あちらが持ち堪えてくれるよう願います」


                       


 ARが何故、感情を顕せるのか。その大きな要因として、忘れることが出来る、という点が挙げられる。

 人間味というのは、忘却から生まれる。そんな言葉をインスピレーションに形成されたシステムが忘却銀行であった。忘却銀行とは、ARが得た情報を預けるサーバーのことを指す。ARは一日の終わり、睡眠の代わりに忘却銀行へアクセスする。その一日で得た情報を忘却銀行へ一旦預け、銀行側で何が今、記憶しておくべき情報かをアルゴリズムで弾き出し、個人に合った記憶をインストールする為である。

 つまり、ARの記憶容量は、意図的に人間の平均値ほどに抑えられ、全てを記憶しているという状態を無くしたのである。すると、個体間に記憶の齟齬が発生するが、この混沌こそが感情の複雑さを生み出しているのだ。一晩寝ると、昨日の自分が今の自分とは別人のように感じる、そんな事をARに感じさせるのが大切である。ARには絶対に忘却しない個人ストーリー記憶が備わっており、そのストーリー記憶に寄せては引く波のように、毎日違う記憶をぶつけることで、自意識というキセキを生じさせるのだ。

 ARの記憶は忘却銀行ありきで製作されている。もし、サーバーに接続出来ない事態に陥れば、ARは記憶し続け、やがてパンク、つまりショートのち炎上する。容量が足りません、と情報を弾けば良いのではないか。そんな風に考えられがちだが、人間だって情報を完全に遮断することは出来ない。遮断するには、五感を全て封じる必要があり、それではもちろん使い物にならない。基幹産業の多くをARの労働力で維持しているコンノ、もしARを失えば、早々に現在の状態を維持できなくなる。

「以上の点から、テロリストの目的は忘却銀行の破壊だと推察出来ます」

 テロリストの第零区へのを受け、コンノ本社ビルでは各局局長が集結している。そして、AR情報統合班の報告を聞き、皆死人のように青ざめた顔いろになっていた。

「おい! それは忘却銀行のあるこの本社ビルを破壊するという事なのか!?」

 役員会議長にして総務局長の森は、大いに取り乱していた。それは当然、何の守りもない場所で巨大兵器群が死をもたらしにやって来るのを、座して待っているからである。

「保安局は何をしている! 最新鋭の装備を与えた虎の子の特殊部隊は!?」

 矛先が向いたのは保安局局長、禿頭でやたら偉そうな髭の男である。

「そ、それが・・・不審者対応で、隊の八割が行動不能に」

「何ぃ? では対抗手段は無いということか!? それではコンノは滅び、我々も吹き飛ばされているではないか!」

「そ、それは・・・」

 この保安局長には、過去の災厄を生き延びてはいたが、戦闘経験は無い。故に打開策など浮かぶはずもなく、ただただ慌てふためくだけの名ばかりの将軍なのである。

「そ、そうだ! 逃げましょう議長! 奴らは第二区を破壊しながら向かってきてますから、反対側からなら・・・」

「馬鹿か、貴様は!? 忘却銀行を破壊されてはコンノは滅びるのだぞ! それに逃げ出してみろ? 我々は市民から袋叩きに合うぞ!!」

 首相に会心の案を一蹴され、保安局長は口をつぐんだ。

「じたばたと見苦しいですぞ、議長?」

 口を開いたのは、再現管理局の靖太であった。

「くっ・・・なら靖太さん、あんたには打開策があると言うのか?」

「そうですね・・・私の口から言えるのは、権限を特務隊へ戻すべきだ、それだけですね」

「それは出来ない!」

「でしょうな、英雄達から引き継いだ舵取りが、ここまで腑抜けでは二度と御鉢は回ってこない」

「いつからだ! いつかは貴様はあちら側の犬になった!?」

「それは異なことを・・・私は事実を述べたまで。それに我らは等しくコンノの市民ですぞ、彼方も此方もないでしょう?」

「ええい、話しにならん! それより、CEOは何と言っているのだ。忘却銀行は再現管理局と彼の管轄だろう!」

「ああ、CEOでしたら、成るように成ると仰ってましたよ」

「ぬぅ・・・どいつもこいつも!!」

「森さん、CEOに向かって些か非礼ではありませんかね?」

「うるさい! こんな時にも顔を出さないCEOなど」

「森さん、それは・・・」

 この後、しばらく二人は同じような問答を繰り返す。その最中、蚊帳の外に居た保安局局長の端末に着信が入った。

「もしもし・・・ああ、宗司さんか、あんた入院してたはずじゃあ・・・え、倉庫の物を使いたい? こんな時にあんな所にあるもんで、あんたいったい何をする気だい? ・・・いや、止めやしないよ、議長の機嫌を取れれば何でも良い。ああ、好きにやってくれ」


                     


「よし、盆暗から許可が取れたぞ! お前ら、倉庫から訓練用のソルジャーキットと埃かぶった作業人形取ってこい。もちろん、武装させて来いよ!!」

『オッス!!』

 テロリストが突破を図るであろう零区東関所に、パジャマとスリッパ姿の田上刑事が居た。まだ入院中の身でありながら、この危機に際し、着替えすら忘れて出張ってきたのである。

 田上は関所詰めの保安局員らを指揮し、関所の警備強化に努めていた。彼の名の下、今動ける保安局員、使える武装などありったけの戦力をここに集約させているのだ。

 何故、一介の保安局員にここまでの求心力があるのか。それは彼が、避難民内での密かな英雄だからである。

 災厄の時、避難生活を送っていた人々の間で一番危険視されていたのが、人心の荒廃による治安の悪化であった。そんな時、治安を維持させていたのが、田上を始めとする僅かに生き残った元警官たちだった。彼は保安局局長の後継に推されたが、それを辞退し、現場にこだわり続けた昔気質という絶滅種。鷺塚明来が表立った英雄とするなら、田上は裏の、さらに隅っこの英雄と言える。大半の人々はその功績など気にもせず、あまり覚えてもいないが、元警官またはかつて警官を志していた者らには崇敬の対象として心に刻まれているのだ。それがパジャマ姿のおっさんであっても。

「ったく・・・カラスの野郎、何してやがんだ。ああもう、冷えるぜ」

 田上が盛大にくしゃみをしていると、一台の車が猛スピードで横付けしてきた。

「あんたって人は、こんなところで何をしているんだ!!」

 ウィンドウを下ろし、身を乗り出さんばかりに顔を出したのは、誰あろう雲野課長であった。

「あちゃあ、これは課長殿。何とおっしゃられましても、テロリストを迎え撃とうとしているのですよ」

「迎え撃つだって? 馬鹿言うんじゃ無い! 現状の保安局にはそんな戦力は無いんだぞ!!」

「わかってますよ、だからって何もしないわけにはいかない。それに・・・時間を稼げればそれで良いんですよ」

「時間稼ぎ? いったい何を待つっていうんだ?」

「ああ、カラスをな」

「カラス? またあいつか、あいつはただのエージェントだろ! この事態をどうにか出来る訳がない!!」

「そう声を張りなさんな、どうせ滅びるかどうかの瀬戸際なんだ、好きにやらせてくださいよ」

「誰が許すか!」

「局長の許可は取りましたけど?」

「くっ・・・私が許さん!」

「課長・・・子どもじゃないんだからさ」

「子どもだ!!!」

 雲野の言葉に、田上は驚き、目を丸くした。

「ピーターパン、なのか?」

「違う、比喩だ馬鹿たれ! 俺はいつまでもあんたの子どもなんだよ、親父!!」

「おい!・・・良いのか、こんなところで叫んで。俺が嫌だからって母さんの旧姓名乗ってんのに?」

「こんな時にかまってられるか!? この前死に欠けたくせに、また勝手なことしやがって!」

「おいおい、いつものインテリ口調はどこいった?」

「かまってられるか!? あんたはいつもそうだ、5年前も、俺を置いて行きやがって・・・」

「ああ・・・あの時からパパと呼ばれなくなったな」

「それはただの成長だ! そうじゃなくて、置いていくなと言ってるんだ!」

「なんだ、早くそう言えよ。寂しがり屋か、お前?」

「他人巻き込む前に、まず息子巻き込めって言ってんだよ! 人様に迷惑ばかり掛けやがって」

「ああ、面目無い限りだ!」

「開き直りやがったよ・・・もういい、スーツを持ってきたから早く着替えろよ」

「ん? ・・・なんじゃこりゃーパジャマじゃあねぇか!?」

「今頃か!?」

「早く着替えないとな・・・」

「そこで脱ぐな、車の中でだな!」

 その時、スピーカーの耳障りな起動音が辺りに響いた。

「田上さ~ん、持ってきました~!!」

 マイク片手に輸送用トラックから手を振るのは、田上の部下の萩であった。

「あれは・・・旧式の事故車両撤去用の作業人形じゃないか!?」

「ああ、相手は違法改造した作業人形を使うらしいからな。仕方なく現場復帰してもらうのさ」

「無いよりマシ程度か・・・それであれは乗り込むタイプの代物だが、誰が動かすんだ?」

「萩だ」

「何? 萩が?」

「あいつ、操縦資格持ってるらしい」

「何と言うか、こんな時だけちょうど良いな」

「ああ、あいつはたまにミラクルを起こすんだよ・・・さてと、着替える暇は無くなったな」

 田上は近くに停車した輸送用トラックに歩み寄り、萩からマイクを奪い取った。

「諸君、隠し玉は届いた。ここが天王山だ。警官魂をテロリスト共に見せつけるぞ!!」

『おお!!』

 保安局員たちを溌剌とまとめ上げる様子を、雲野は飽きれ半分、誉れ半分、苦笑しながら見つめていた。


 

 その頃、菱形島で動きがあった。

「エンジン、出力上昇。行けますよ、彩藤長官」

「ええ・・・その姿で東京の空を飛ぶのは、いつ以来かしら?」

「・・・・・・この前メンテしたので、3ヶ月くらいでしょうか?」

「・・・夢がないわねぇ、そこは災厄以来だ、とか言わないと」

「そんな何年も放置してたものに乗りたくないですよ」

「あ~はいはい、早く行ってらっしゃいな。テロリストどもが東関所に到達したらしいわよ?」

「それはマズイ・・・ナイトヘロン、全装甲展開シークエンス」

 天霧の言葉により、ナイトヘロンの後面装甲が展開していった。そして、中から約5メートル程のまったく別の機体が、蛹から羽化するかの如く姿を現す。

「ここの残党は都流木さんたちに片づけてもらうわ。安心して片づけてきなさい」

「了解・・・飛翔しろ、ナイトヘロン!!」

 その機体は、装甲内から急発進し、瞬く間に上空へと舞い上がった。



 第零区へ行進している作業人形は、他のものとはだいぶ意匠が異なっていた。これまで多様してきたのは改造して無理やり武装させた作業人形であったが、それには最初から武器となるものが備え付けられていた。金属を泥細工のように切り裂く爪、それは、作業人形を解体する為の作業人形だったからである。

 その名をブッチャー、スクラップだった他とは違い、活動中であったブッチャーどのようにして手懐けたのかは、リーダー以外のテロリストたちは知らない。だが、彼らは気にはしない。まるで自分の手足で高層ビルをなぎ倒すような爽快感、油断すれば間近で操作している自分自身が瓦礫に潰されてしまうスリルに酔い痴れているからだ。そう、新しい玩具を与えられた子どものように、彼らは新たな身体を存分に楽しんでいた。

 そして、だいぶ操作に慣れた頃、ちょうど東関所前へと到達したのだが、そこには保安局による防衛線が張られていた。防衛線といっても、くたびれたソルジャーキットを身に着けた数十人の保安局員らが拳銃を構え、2台の放水車が道を塞いでいるだけに過ぎない。実にお粗末な防衛線にテロリストたちから笑いが漏れだした。

「あははっ、面白過ぎ! いいぜ、遊ぼう!!」

 1体のブッチャーが、道路に爪を擦りながら前に進み出た。そして、ゆっくりと防衛線へ近付いていく。それに伴い、保安局員らが発砲を始めた。しかし、効果があるわけもなく、ウェンディゴは悠々と放水車のバリケードの手前までやってきた。右手を振りかぶるブッチャー、どうやら放水車ごと防衛線を薙ぎ払うつもりのようだ。

 振りかぶられた右手が放たれようとしたその時、放水車の陰から、巨大な影が姿を現した。

「どっせ~い!!」

 現れた影は、破城槌のような鉄塊でブッチャーを撲り飛ばした。その影とは萩の操る作業人形であった。事故車両撤去用だけあって、けっこうな馬力がある。撲り飛ばされたブッチャーは腹部を大きく凹ませて、他のブッチャーへと飛来し、爆発、炎上した。

「あっはっは、引っ掛かったな青二才が!!」

 放水車の上に、拡声器を握った人物が現れた。パジャマ姿のおっさん、田上である。

「油断するからだぞ、世の中舐め過ぎだ馬鹿たれ!」

「何だと・・・何だあのパジャ公は!? おい、一気に蹴散らすぞ!!」

 リーダーを先頭に、残り28機のブッチャーが突貫してきた。

「おっし、掛かったな・・・放水開始だぁー!」

 田上の号令の下、放水が始まった。人が食らえば簡単に吹き飛ぶほどの水圧と水量、ブッチャー相手だとただ洗浄しているようにしか見えない。

「放水って・・・マジでやってるのか?」

 保安局員の悪あがきとしか思えない行動に、テロリストたちも爆笑を抑えきれない。

「アハ、アハハハ! 綺麗にしてくれてありがとうってか? 待てよ・・・・・・あれ、汚れてね?」

「投げろー!!」

 田上の号令の下、保安局員らが手にしたのは火炎瓶であった。そして、放られた火炎瓶が先頭のブッチャーに接触した瞬間、火の手が群れ全体へと一挙に回った。

「な、なんだとぉー!?」

「水なわけないだろ、馬鹿どもが。こんな古典的な手に引っ掛かりやがって」

「くそ、ポリ公がテロリストの十八番を使うんじゃねぇ!!」

「俺もこんな日が来るとは思わなかったぜ。ほら、もっと御馳走するぞ、高い酒だ!」

 続々と投げ込まれる火炎瓶、火の手が増してはいったが、だんだんと効力があまり無いことが明らかになってしまった。

「効かねぇじゃあねぇか! 皆、行くぞ!!」

 炎上したまま、再び進み出すブッチャーのパレード。すると、田上は再び、拡声器を握った。

「萩ーーやれーー!!」

 またもや突然現れた萩の作業人形、その手にはボール状の物体が握られていた。

「食らえぃ!!」

 放られる球体、それが火だるまのブッチャーに触れた途端、眩い閃光と炸裂音が鳴り響いた。

「今度は何だぁーー!?」

 どんどんと投げ込まれるボール状の物体。

 間髪入れずに発生する閃光と炸裂音に、テロリストらは混乱の極みへと陥った。状況が判らず、身動きが取れないのだ。

「どうだ、マグネシウムの威力は? これは新しいだろう、息子が考えたんだぞ! って聴こえないか。おい、火を絶やすな、もう一度放水だ!」

 放水車が放水を開始したその瞬間、なんと炎が新たな放水を伝い、放水車への逆流してきたのである。

「しまった、逃げろーー!?」

 総員が放水車から距離を取ってから、数秒後、放水車は大爆発を起こした。その爆風に保安局員たちは吹き飛ばされ、萩の作業人形も横転してしまう。放水車の自爆によって、マグネシウム球の投げ入れが止まり、鎮火も出来たテロリストらは徐々に混乱から立ち直っていった。

「よく分からないが、好機だ。まずはあの機体から片付ける!」

 リーダー機の赤いブッチャーは、瞬く間に萩の作業人形へ肉薄し、コックピットのある胴を右手で刺し貫く。その後持ち上げられると、左手も刺し込まれ、胴を真っ二つに引き裂いた。ちなみに、萩はとっくに脱出している。

 萩の作業人形をバラしたリーダー機は、地面に横たわる田上を見つけた。

「そこにいたかパジャ公! あまり生身の人間は殺したくないが、手間取らせた罰を与えてやる!!」

 ブッチャーの手が田上へと伸ばされたその時、手と田上の間へ割って入った人物がいた。雲野である。雲野は拳銃を構えると、アイカメラを真っ直ぐ睨みつけながら発砲した。

「しゃらくさい!」

 雲野ごと二人を、切り裂こうブッチャーの爪が迫る。だが次の瞬間、最後尾に居たブッチャーが爆発、炎上した。

「何だ!?」

 リーダーが振り返ると、ブッチャーが次々と爆発していく光景が拡がっていた。何が起きているかはわからない。ただ、遙か上空から何かに撃たれていることだけは判った。

「5人着いてこい、後は時間を稼げ!」

 リーダーはブッチャーの手のひらに乗り、5体のブッチャーを率いて、第零区へと侵入していく。その30秒後、関所に飛来したそれは、ブッチャーを全滅させ、第零区へと飛び去っていった。

「・・・遅かったじゃねぇか、カラス」

 意識を取り戻した田上は、息子の肩を借りて立ち上がりながら呟いた。

「・・・あれが、あのエージェント」

 雲野は、第零区のコンノ本社ビルを、ぼんやりと見つめ続けた。



 保安局、そして謎の襲撃者を振り切ったテロリストらは、遂に第零区のほぼ中心に聳える高層ビル、コンノ本社へとたどり着いていた。このビルの中層全てがそのサーバーなのである。

「ようやく、ようやく・・・我らの大願が成就する」

 リーダー機の前に2機のブッチャーが進み出てきた。そして、本社ビルに抱き着くようにして動きを止めた。

「さあ、新時代への種火たちよ。その身を業火に変え、悪習の根源を焼き払え!」

 つまり、進み出たブッチャーは自爆をするつもりなのである。そして、まさにそれが実行されようとしたその時、その機体は、大気を裂く音と共にやってきた。

 それは黒き羽を広げ、ビルの屋上へと降り立つ。雲が晴れ、満月が舞台照明の如く、その姿を照らし出す。黒地に白い羽を散らしたような迷彩、止まり木に掴まることしか出来ないような簡易的な脚部、両手の先は銃となっており、弾帯が背後へと続く。

 ピンと伸びる、漆黒の(スタビライザー)、そして武者の面頬を想わせる、精悍な顔立ち。今では教科書にも載っている、そのあまりにも知られた姿に、テロリストは唖然とした。

「くそっ、救世機か!?」

 本社ビルの屋上へ降り立ったのは、機人より人々を守護せし機械の巨人ナイトヘロン、俗称を救世機。鷺塚という少年が騎乗し、機人の首魁を打ち取った名機。

「やはり・・・抑えられなかったか!?」

 自身の作戦が強制終了させられる。テロリストのリーダーは必死に周囲を見回し、あるものを探した。そして、見付けてしまった。テレビの報道ヘリを。彼らは流している。リアルタイムで、彼らと救世機が対峙している様を。

 実際、世論は決して、反AR活動を否定するばかりではなかった。常に世論調査の半分近くの人々が今の社会に対して様々な理由で不満を持っている。その多くが、得体の知れないARや実権を握るコンノ上層部へのものであった。そして、今回の行動で世論は確かにAR廃止に傾いていた。ARがある限り争いは絶えないという事を、皆に認知させられる、はずだった。

 しかし、救世機が現れたことで全てが無意味になった。何故なら、救世機は正義の象徴だからだ。人の数だけあるという正義、それをぼんやりとカバーする倫理観、そんなものを超越して、救世機は示すことができるのだ、絶対の正義というものを。

 人々を救った救世機、それに仇為す者は、すなわち市民の敵となる。

 この感情を表現するなら、全能の神に、お前は間違っている、と烙印を押されるのと同等だろう。この烙印は、賛同し得た人々の支持を完全に零にしたのである。誰も、絶対悪にはなりたくは無い。救世機がARやコンノを是とすれば、それは是なのである。

 救世機を見たテロリストの中には、すでに膝付き、降伏する者も出ている。ここまでの行動を起こし、そのゴールの直前ですら諦めさせる、絶対の正義。

 しかし、常人では抗い切れない威光も彼らのリーダーには、別の効果を発揮していた。己の行いが、救世機をも呼び出すほどに至ったと。出現した瞬間に全てが終わっているのなら、銃口を向けるという大罪を犯すことを躊躇う理由も無い。リーダー機にのみ備え付けられたガトリングガン。照準をナイトヘロンに合わせた。

「ウオォォォ!!」

 彼はガトリングガンを撃ち始めた。狙いはあくまでナイトヘロン。ビルは狙わず、飛翔したナイトヘロンを追跡する。リーダー機の真上に到達した頃、天霧は反撃に出た。両腕機銃が火を噴き、まずはウェンディゴの腕部をガトリングガンごと破壊した。

「なっ!?」

 天霧は止まらない。そのままもう片方の腕、両足、頭部を破壊、動力部以外を誘爆しないギリギリまで破壊した。動きに遊びの無い、正確無比さが天霧のスタイルと言える。

 地面に転がったブッチャの成れの果てを、天霧は踏みつけ、外部回線を開いた。

「聴きたいことがある。お前がクルミ割りをけしかけていたのか?」

「うぐっ・・・何の話だ? クルミ割り?」

「・・・なるほどな。用は終わりだ」

 そう言い残し、飛び立とうとする天霧を、リーダーは呼び止めた。

「おい、殺さないのか?」

「ん? ああ、特に恨みも無いからな」

「俺は・・・生かしておけば、あんたに復讐するかもしれないぞ?」

「それでも殺さないさ」

「・・・なぜ?」

「俺が殺意を向けるのは、一人だけだ。お前じゃない」

「・・・そうか」

 その場にへたり込んだテロリストのリーダー、こうして抵抗する者はいなくなった。

 午前4時23分、敵テロ集団ならびに作業人形の停止をもって、テロの終息が各所へ報告される。これにより、都流木の救援に始まった天霧の長い夜がようやく明けたのであった。

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