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蒼の脳  作者: Arpad
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第三章 Underground

 機人とは、何か。

 彼らは元々、国家の枠を超え、人類の発展を促進させるべく国連に招集された科学者集団、先導者たちと呼ばれる存在であった。国連の企画としては珍しく、彼らは我々の生活を豊かにする技術の数々を生み出し、世界を、人類を大いに潤わせた。エネルギー、食糧、環境問題等、人類における永遠の課題と目されていたものでさえ解決可能にしたのだ。

 しかし、蜜月というのはあっという間に過ぎていく。7年前、彼らの造り上げた超量子コンピューターALDA(オルダ)がある問題の結論を導きだした。その問題とは、人類はどこへ行くのか、その答えである。よく覚えていない人も多いかもしれないが、当時の盛り上がりを肌で感じていたはずだ。なんと言っても月面着陸以来の熱狂が世界を覆っていたのだから。ALDAの答え、そこには人類の輝かしい未来が描かれている、皆がそう確信していた。すでに長年の憂いが晴らされていたからね。

 しかし、それは開けてはならないパンドラの箱であった。答えは、10年以内に人類は己がテクノロジーによって絶滅する、それだけだった。世界が絶望と混乱に陥ったその日から2年後、先導者たちは自らの肉体を機械に変え、自動人形と呼称する軍勢を率いて、世界へ宣戦布告した。

 人類は、もう不要だと。



 クラブの件から一週間、天霧は安穏とした日々を過ごしていた。クルミ割りもすっかり現れず、テロリストも動きを臭わせるだけで行動を起こしていない。とはいえ、変化はあった。大まかに3つほど。

 一つは天霧の通う区立高校の雰囲気が変わった。人とAR、水と油のような緊張関係が崩れ去り、本当に見分けが付かないほど混ざり合い始めている。

 二つ目は、他校の内情。どこにも人類クラブのような集まりは存在し、知らず知らず、反AR思想が芽吹く温床となっていた。今回、特務隊はそれらを一斉に摘発し、芽を摘み取った。ここのように混ざり始めたところもあれば、泥沼の混迷を極め出すところも存在している。

 そして、最後は久遠について。護衛すべき白兎を遊びに連れ回し、あまつさえ治安の不安定な第三区へ連れていった。その罰として報酬(おこづかい)を減額した。本当に、しょうもない。

 一週間目の夕刻、天霧は菱形島、特務隊長官室に来ていた。実働部隊ツートップへの情況報告だという。なので、天霧の隣には都流木が立っている。何故か、ヘルメットを被ったまま。

「おい、一応長官の前だぞ、ヘルメットを取ったらどうだ?」

「それは出来ない相談だ。これを取ると支障が出てしまう」

「支障・・・?」

「ああ、この後も任務があるんだ。その前にヘルメットを取ると、気持ちが途切れてしまう。だから、ヘルメットを脱ぐのはオフの時だけ」

「お前も変わったな。蒸れないのか?」

「蒸れは対策してあるが、いかんせん重いからな。首が・・・」

「おいおい、首は大事にしろよ? なんたって・・・」

「そろそろ・・・話を始めても良いかしら?」

 文ならば太字で描写されるであろう、覇気のある彩藤の声が二人の会話を遮った。

『はい、どうぞ』

 あっけらかんと、二人は同時に応答した。

「うわぁ・・・ナメられてる~。はぁ、情況報告を始めますが、まずは鷺塚君の進言について。あれは見事に的中したわ。正直失笑するくらいに」

「我が高校でのクラブ反AR思想化は、他校でも同様に進行している可能性がある・・・危惧していた通りでしたね、その隠匿性や力の入れ様から推察して、これを数か所並列で行うのが一番効果的と考えましたので」

 人類クラブのような集会はどこの学校にも存在している。そこには犯罪検知(エマージェンシーサイン)システムのあるARは入れない為、主導権を握り、教師を脅迫等で黙らせ、後の生徒は恐怖で先導すれば、共犯者に仕立て、テロリストに早変わり。大胆かつ巧妙な手口、稲葉たちのリークが無ければ、天霧も気付かなかったであろう。

「煽動する排斥派の生徒たち、彼らの目的は学校内にシンパを増やし、爆弾によって校舎ごとAR生徒を排除し、その勢いのまま、現社会への反抗デモを展開すること・・・確かに同時多発的に発生すれば、コンノの基盤が揺るがされ兼ねない事件ね」

「それで・・・あいつらから何かわかりましたか?」

「ええ、都流木さんが捕まえてくれた他校の排斥派生徒、17グループ98人に話を聴いたところ、一致して人類解放党の息が掛かっていたわ。そして、計画されていた反抗デモの作戦名が判ったの、風林火山、だそうよ」

「風林火山・・・また中高生が好きそうな言葉ですね。まずは計画が根幹なのか、末端なのか、それを明らかにしないといけませんね」

「でも、学生たちは自分たちの行動こそが計画の中核だと言っている。どうみても彼ら、捨て駒なんだけどねぇ」

「・・・奴らはどこで会っていたのでしょう? 端末ではこちらに筒抜けでしょうし、集まれば嫌でも人目に付く」

「集会場所についてはまだ誰も話してくれてないの。頑なに口を閉ざしているから、しばらく時間が掛かるかも・・・」

「これが隠れ蓑だとするなら、保安局が手を焼いているうちに行動を起こすはず・・・・・・一人、野に放ってみましょうか?」

「なるほど、巣に案内させようというわけね?」

「自らが主役と思い込んでいるのなら、間違いなく報告に戻るでしょう」

「・・・そうね、一人逃がしましょう。そして、それをうちのエースたる都流木さんに追跡してもらうと」

「都流木の空間認識能力からは誰も逃れられない、か」

「ちょっと、照れるじゃないか」

 考え込む天霧、どや顔の彩藤、そして照れる都流木。カオスな空間である。

「そういうわけだから、上手くやってね都流木さん?」

「了解」

「とりあえず、鷺塚君は主に都流木さんのサポートをよろしく。要請があったら、すぐに駆け付けること」

「・・・ん? ああ、了解」



 夜半過ぎ、彩藤からの緊急連絡を受け、天霧は長官室へと駆けつけていた。

「・・・都流木さんとの連絡が途絶えたわ」

「何時からですか?」

「連絡が途絶えたのは一時間前、銃声と共に、よ」

「・・・場所は?」

「再現東京地下・・・コンノ下層部」

「下層部? あそこは確かに人目に付き難いですが、侵入抑止の仕掛けがあるはずでは?」

「機能しているけど、逃がした囮はそこへ入っていったの。そして都流木さんはそれを追跡し、仕掛けを超えた先で連絡が途絶えた」

「しかし、何故都流木だけ? 俺にも要請してくれれば・・・」

「都流木さんが申し出たのよ。AARがあるから自分だけで行なえるって」

「都流木が?」

「君、今は一応学生でしょう? いくら単独行動権を持つエージェントだからって、仕事が回って来なさ過ぎたと思わない?」

「・・・ずっと、気遣われてたわけですか」

「そう、まあ確かに大した仕事は無かったからね」

「・・・迎えに行きます。装備の用意をお願いします」

「出来てるわよ」

 その時、近付いて来るヘリの飛行音が耳に届いた。

「ナイスタイミングね、お迎えが来たわ」

「長官・・・」

「なんとしても、都流木さんを連れて帰ってきなさい」

「長官・・・ナイスタイミングはもう古いかと」

「思ったけど、空気を読みなさい・・・部隊も招集しておいたわ、しっかりやりなさい」

「部隊・・・まさか、あいつらを?」

「ええ・・・都流木さんを救出し、敵のしっぽを掴んできなさい」

「・・・了解」

 天霧は、敬礼もほどほどに長官室を飛び出していった。



「隊長ーーー!!」

 屋上につけた、軍用ヘリの後部ハッチには、右腕に火噴竜のタトゥーを入れた屈強な男が待っていた。

「ベオウルフ! 久し振りだな!!」

「ええ、隊長もご健在で!!」

 ヘリのプロペラ音にも負けず言葉を交わし、天霧が歩み寄ると、ベオウルフはハグを求めてきた。

「やっぱりするのか!」

「ええ、お願いします!」

「ええい、慣れないな!」

 ハグをする二人、するとベオウルフは高笑いし始めた。

「流石、衰えてはいないようですな!」

「当たり前だ!」

「あっはっは! さあ、乗ってください! 奴らも待ってます」

 天霧が乗り込み、目にしたのは、ベオウルフに負けず劣らずの偉丈夫たちであった。数は3人、皆天霧を見るなり、立ち上がり、歩み寄ってくる。そして、ハグを求めてきた。

「隊長、お久しぶりです!」

 まずは顎に特徴的な傷痕がある男、クリス。

「ご来店ありがとうございました、隊長」

 次いで、山羊髭紳士のジェームズ。そう、あの山奥のケーキ店のマスターである。

「恋しかったぜ~大将!」

 最後にパツキンのラファエロ。

「相変わらず暑苦しいな、お前たち!」

 全員で肩を叩き合い、馬鹿みたいに爆笑し合った。

「おい、お前たち、馬鹿やってる暇は無いぞ! 都流木が危ない、助けに行くぞ!!」

「Yes Boss!!」

「ファッカーズ、出動だ!!」

「Go a Hell!!」



 コンノ下層部は、主にライフラインが縦横無尽に走る空間である。昔から、この様な場所には不届き者が溜まる性質があるのは承知しているので、ここには常時、3秒で気絶、15秒で窒息するほどのガスと臭気が充満させられており、関係者以外が立ち入れないようになっていた。そこがテロリストの本拠地となっているというのなら、皮肉としか言い様が無い。

「ガス対策として、ソルジャーキットの使用が許可されました。これで呼吸しながら突破出来るって寸法でさぁ」

 副官ベオウルフに説明を受けながら、天霧はソルジャーキットを身に付けていった。対NBC用エアフィルター付きのヘルメットシステムに、NBC防護など様々な機能を付加された戦闘服とリキッド・ボディーアーマーなどである。

「武器はこいつらを使います」

 手渡されたのは、旧ベルギー製の短機関銃P90のファッカーズカスタムモデル、フェンリルであった。前部が改良され、銃剣が装着出来るようになっている。現在は着剣されていない。もうひとつ手渡されたのは、P90と同社製、弾の互換性のある拳銃、FN57。タクティカルライト付きである。

「・・・いや、結局はお前らの基本装備じゃないか」

「バレましたか! いつもお揃いしてくれないので嬉し涙が止まらないですぜ」

「まあ、俺の銃は置いてきてしまったからな、我慢しよう」

 天霧が拳銃を右大腿部のホルダーに入れていると、次はジェームズが近付いてきた。

「失礼します隊長、ヘルメットシステムを私たちのものと同期させておきましょう」

「わかった・・・なあ、ジェームズ、同期ってどうやるんだ?」

「はい、ヘルメットの左側面に触れてみてください」

「こうか・・・おお、何かでた」

 天霧がヘルメット側面に触れると、ヘルメットフロントディスプレイに文字と矢印が表示された。

「ヘルメット外の音に集中したいならオフライン、無線に接続するならオンライン、そして周囲の仲間と相互間通信をするなら、リンクとなります。今はオフラインになっているはずですので、リンクに、矢印を合わせてください。これで私たちのダミ声がよりクリアに聴こえることでしょう」

「へぇ・・・それで、どうやって矢印を動かすんだ?」

「側面に指を這わせれば変わります。時計回りなら下に、反時計回りは上に矢印が動きます」

「なるほど・・・」

 頷きながら、天霧は矢印をリンクに合わせた。

「いかがです? 変わりましたか?」

「ああ。驚いたな、耳元で喋ってるみたいだ」

「美女では無いのは残念でしょうが、これで距離のある仲間とリアルタイムでの情報交換が可能になります」

「ふむ、便利だな」

 天霧が、ラジオに接続とか出来無いのかと操作をしようとした時、唯一紳士ジェームズと入れ替わりでラファエロが現れた。

「よっ、次はリキッドアーマーの説明だよん」

「原理は知ってる。衝撃を加えると硬化するのだろう?」

「その通り、刺激を与えるとビンビンに硬くなるのさ、黒光りはしないが。ここからが重要なんだが、どこも強度は同じではないんだ。胸や背中みたいに厚みがある場所は対戦車ライフルだろうと防ぐが、腕回りやへそ回りの薄いところは高火力に晒されると貫通の恐れがあるから気を付けな。それと、弾を防ぐといっても衝撃は殺し切れないから油断してると昇天しちまうからな?」

「ああ、俺は効かないと知っていても、銃弾を受けるつもりは無い。装備に傷を付けたくないからな、ランドセルは大事にしていた」

「上出来だぜ、大将!」

 天霧が、リキッドアーマーはどの程度の衝撃から硬化するのか試そうとした時、クリスが現れた。

「来ると思ったぞ、クリス」

「隊長、自分は・・・」

「間もなく目標地点に着きます、着陸しますのでご注意を!」

 クリスが何かを切り出そうとした時、パイロットがそう告げてきた。

『クリス、運の無い男・・・』

 皆でそう呟くのが、クリスへの鎮魂歌である。

「日田~!!」

 クリスは涙目でファッカーズ専属パイロットの日田を睨んだ。

「そういえば、日田さん。目標地点はどこ何です?」

「はい、隊長。第2区の港湾付近です。そこから遠くない場所にメンテナンスアクセスがあるそうです」

「ふむ・・・そんな場所に」

 そうこうしているうちに、ヘリは減速し、ホバリングへ移行した。

「着陸します」

 ヘリはゆっくりと降下し、やがて機体下の車輪が地面に触れた。

「よし、行くぞお前たち」

『Yes、Boss』

 搭乗時と同様に、天霧は後部ハッチから外へ出た。

 すると、外に出た瞬間、ヘルメットディスプレイの隅に更新中の文字が点滅し出し、やがて消えた。

「何だ、今のは?」

 天霧が首を傾げていると、クリスが隣に現れた。

「それを言おうとしたんです、隊長。それは周辺情報の取り込みなんです」

「周辺情報の取り込み?」

「ええ、周辺の地図や地形、目標までのナビゲーションなんかを表示出来るんです。ヘルメットの右側面に触れて、システムリンクと同じ要領で選択できます」

「なるほど・・・」

 天霧は試しにナビゲーションを選択してみた。その直後、ディスプレイの左上隅に矢印が現れた。矢印の指す方を向くと、100mほど先の地点にマーキングがされていた。

「あそこか・・・では、移動する、縦列で行くぞ!」

『Yes Boss!』

 一行は天霧を先頭に、マーキング地点へ進みだした。警戒を怠らず進み、メンテナンスアクセスまで無事に到着することが出来た。

「よし、前進」

 フェンリルを構えると、一行はドアを開け、階段を駆け下りた。辿り着いた場所には真新しい潜水艦の水圧ドアのようなものがあった。これが、下層部への入り口なのだろう。

 水圧ドアに近づくと、けたたましい警戒音が鳴り響いた。音源はラファエロの持っていた臭気センサーである。

「何て数値だ!? 世界一臭い缶詰でもここまではいかないぞ・・・まだ封鎖されているはずじゃあなかったのか?」

「おそらく・・・都流木が入った時に漏れたのだろうな、僅かに」

「僅かでこれかよ!? 行くのが嫌になるぜ」

「行くんだよ・・・俺が開けるから、クリアリングを頼む」

 天霧が水圧ドアのバルブを回し、開放した。ベオウルフたちが銃口をドア内部に向けながら、前方の安全を確認した。

「ふぅ・・・クリア」

 ドアの先は黄色い明りに照らし出されたトンネルになっていた。そして、新たなマーキングがディスプレイに表示される。これは先人の歩んだ道、都流木が通ったルートなのだ。

「先に行く。殿はベオウルフだ、ドアはしっかり閉めてくれ」

「了解」

「ここからは火気厳禁だ、フェンリルは提げておけ」

 フェンリルは左腰に提げ、天霧たちは前後を警戒しながら、移動を開始した。

「そういえば、うるさいな」

 天霧はふと、ラファエロの方を見た。

「へ? ああ、センサーのことですか?」

 ラファエロは臭気センサーを見た。数値は測定不能となり、けたたましい警戒音が絶えず此処は危険だと訴え続けている。

「切っておけ、ここを抜けたらもう一度測るからな」

「うっす、了解」

 ラファエロは臭気センサーの電源を切った。

「そういえば大将、なぜここのガスは抜かないんです? 突入するのに邪魔じゃないですかい?」

「確かにそうだが、このガスを解き放つには専用の機材と膨大な時間を必要とする。ただ単に換気したら、都市中がしばらく便所臭くなるぞ?」

「うわ、それは勘弁だな・・・でも隊長、これって爆弾を腹に抱えているようなものじゃあないですかねぇ?」

「ああ、故意に火を着ければ大惨事だろうな。だが、テロリストが潜んでいるのならそれは無いだろう。これは一種のバリアのようなものだからな。ここでは敵も仕掛けてこないだろう」

 そうこうしているうちに、一行はマーキング地点へとたどり着いた。次のエリアへのアクセスポイント、もちろん普段は封鎖されているが、都流木が先行しているので開放済みである。封鎖の先には階段があり、しばらくは延々と階段を降っていく。この辺りから光源は無くなり、ヘルメットシステムは自然と微光増幅式の暗視モードへと移行する。

 たどり着いたのは、真っ暗な空間。足元が透けて見える目の細かい格子状の通路が伸びている。

「都流木が消息を絶ったのは、まだ先だ。急ぐぞ!」

 小走りで移動を始める一行、しかし、すぐに天霧は足を止めざるをえなかった。前方の通路に動体を捉えたのである。一行はその場にしゃがみ、様子を窺った。

「あれは・・・作業人形か。全員、着剣しろ」

 皆、フェンリルを手に取ると、肉厚なナイフを装着した。これは天霧が持ち歩いているナイフと同じものであり、グリップを強く握るとスイッチが入る仕組みである。

「俺が忍び寄る。ジェームズ、ラファエロは援護を、ベオウルフとクリスは背後を警戒を続けてくれ」

『Yes Boss!』

 天霧は、フェンリルを構えながら、ゆっくりと人間サイズの作業人形の背後へ忍び寄る。やがて、間合いまで接近した天霧は、作業人形を逆袈裟に切り上げた。見事な切れ味で両断される作業人形。力無く崩れた残骸のうち、念のため頭部をさらにスライスしておく。復活されては困るからだ。

「クリア」

 こうしたステルスキルは、隠密行動での基本である。銃声を響かせれば、敵が警戒し、バタフライ効果で都流木をさらなる危険に晒すことにも成りかねないからだ。それに、弾薬も節約できる。

「隊長、これを見てください」

 ベオウルフに呼ばれ、振り返ると、隊員たちが一か所に集まっていた。天霧は駆け寄り、隊員たちが取り巻くものを見た。

「これは・・・」

 それは、鉄屑。バラバラになったAARであった。2体分ある。

「何回目のかは判りませんがねこれはうちので間違いないでしょう」

「ここで、作業人形にやられたのだろうか?」

「おそらくは・・・ただAARを単機が倒したとは思えない。居るのでしょう、AARを袋叩きに出来るほど大量の作業人形が・・・」

「・・・急ごう、一刻も早く都流木を見つけるんだ」

 この後、一行は駆け足で移動を開始した。敵に気付かれるより、ここに長居した方が危険だと判断したのである。マーキング通り進んで行くと、やがて巨大な空間へとたどり着いた。何体もの作業人形が山積みになっているスクラップ場、ARの前身と言える彼らは既に廃棄され、ここで分解されるのを待っているのだ。

「ここの作業人形を違法改造していたのか・・・嫌な予感しかしないな」

 天霧は生唾を呑み、ここも足早に通り抜けようとしたが、スクラップの陰から作業人形が突然、姿を現した。しかも、クリスに襲い掛からんとしている。

「敵だ!」

 気付いた天霧が、銃口を作業人形に向ける。一瞬ながら正確に狙いを定め、頭部に一発、銃弾を放った。貫通力に優れた弾丸は頭部を撃ち抜き、一撃でその機能を停止させる。他の隊員が事態を把握する頃には、作業人形は地面に崩れ落ちていた。

「すまない、発砲した! 駆け抜けろ、ここは見通しが悪い!!」

 全力で走り出す一行。スクラップ場の出口を捉えたが、なんとそこからも作業人形の群れが湧き出してきたのである。

「ちくしょう、何てこった!」

 ラファエロが毒づきながら、個人携行用の回転式グレネードランチャーを構え、撃ち放った。放たれた榴弾は、群れを一撃で爆散させる。

「イィィヤッハァーー!!」

 歓声を挙げるラファエロ、しかしその傍には、巨大な影が迫っていた。体高3メートルはある作業人形である。その剛腕が唸り、ラファエロを軽々と弾き飛ばした。

「ぐはぁっ!?」

 生々しい悲鳴が、ヘルメットから流れる。弾き飛ばされたラファエロは、スクラップの山にぶち当たり、ずるずると地面に転がり落ちた。

「ラファエローー!!」

 ベオウルフの怒号と共に、自動人形の剛腕を銃剣で切り落とす。そのまま、両足、もう片方の腕前と全ての四股を瞬く間に寸断され、身動きの出来ない胴体のみとなる作業人形。ベオウルフが胸部を踏みつけ、頭部に弾丸をこれでもかと御馳走した。

「全員、ラファエロの周りに集まれ、円陣だ!」

 天霧の指示が飛び、すぐに実行される。

「おい、起きろラファエロ! 本当は立てるだろう?」

「うぅ・・・バレたか」

 ひょこりと立ち上がるラファエロ、ソルジャーキットはこの程度では壊れないのだ。

「オマエモバラバラニナリタイカ?」

「ごめんよ、ベオウルフの旦那ぁ!?」

「冗談は止めておけ、団体さんの到着だ」

 天霧の言う通り、入ってきた場所や出口、はたまた天井に空いていた穴に至る、様々な穴という穴から人間大の自動人形がわき出していた。穴という穴から。

「夢に出てきそうだな・・・全員、気合いを入れろ!!」

『Go a Hell!!』

 全員が銃器を構え、ファッカーズと作業人形との激戦の火蓋が切って落とされた。

 ラファエロがグレネードランチャーを連発し、敵を殲滅しつつ、撹乱。足並みの乱れたところをジェームズとクリスの射撃が正確に作業人形の頭部を射抜いていく。しかし、それでも突破してくる作業人形を天霧とベオウルフがシュレッダーばりに切り裂いていく。見事な連携により、倒した数はすぐに50を越え、やがて100に迫る頃、事態は動いた。

 3メートル級の敵が群れを成して迫り、ラファエロのグレネードランチャーの弾が切れたのだ。

「弾幕を張れ!」

 ジェームズ、クリス、そしてラファエロが横列になり、群れ目掛けて、フルオートで撃ち始めた。銃弾の雨が自動人形を確実に削いでいくが、勢いが止まらない。撃ち漏らした敵を天霧が斬り倒すも、押し切られそうになる。すると、ベオウルフが2体同時に相手取り、体勢を崩され、追い込まれている。天霧は、無謀にも銃弾の雨の中を突っ切り、片方の頭部を撃ち抜いた。それにより、体勢を立て直したベオウルフはもう1体を切り払うことが出来た。

 だが、その瞬間を見ていた天霧の視界の端に、影が映り込む。咄嗟に身体を丸めて防御体勢を取った。その次の瞬間、もの凄い衝撃を感じ、視界がグンッと地上高く打ち上がる。スクラップ場の天井に打ち付けられ、そのまま地面に落下する。天霧はよろよろと顔を上げ、影の正体を見据えた。

「こいつは・・・でかいな」

 影の正体は、5メートルの作業人形であった。そして、不運が見舞う。天霧の落ちた床面に亀裂が入り、崩れ始めたのだ。

「隊長ーー!!」

 ベオウルフが手を伸ばしたものの間に合わず、崩れた床と共に、天霧は深い闇へと消えていった。


  

 落下中の体感時間というのは、かなり長く思える。なかなか地面に達しないので、天霧は自身が乗っていた床片にしがみついていた。やがて、終点がやってくる。下にしていた床片が接触、粉砕する瞬間、天霧は横へ転がり出ることで落下エネルギーを軽減し、受ける衝撃を気持ち和らげた。とはいえ、ソルジャーキット無しならば、間違いなく死んでいた衝撃である。

 しばらくは蹲ったまま、受けた衝撃に耐え、苦しみが去ると天霧もふらふらと立ち上がった。上を見ようとしたが、視界が暗い。どうやら、暗視システムが死んだようである。衝撃のせいだろうか。ヘルメットの左側面を触り、無線やリンクを交互に何ども切り替えたが、応答は得られなかった。こちらも死んでいる。

 この時、天霧は知らなかったが、これらのシステムのコアは背部アーマー内に格納されており、それが作業人形に蹴られた時に損傷し、落下時の衝撃で機能停止していたのである。

 天霧は、ホルダーから拳銃を取り出し、装着していたライトを点けた。上方を照らしてはみたものの、見える場所は極僅かであった。そして、無駄だとは思いつつも、ライトの点滅で、撤退しろとモールス信号を放った。ライトを消し、しばらく待ってみたが、やはり応答は無かった

 合流は難しそうである。天霧はひとまず手にしていたはずのフェンリルを探した。フェンリルは案外近くに落ちていたものの、フレームにヒビが入っていた。これでは使用には耐えられない。ナイフを外し、本体は腰に提げておく。

 後は、ここがどの辺りか把握し、都流木を捜さねばならない。だが、ヘルメットの通信システムは壊れ、ジャーニーつまりは久遠と連絡する為の端末はナイトメア等と一緒に置いてきてしまっている。結果、自身の位置もわからないどころか、端から見れば自身が行方不明者なのである。ミイラ盗りがミイラになってしまったのだ。

 臭いがつくのが嫌だからと信頼するアイテム達を置いてきたことを悔やみつつ、天霧は移動を開始した。遭難した場合は、その場から動かない方が良いと言うが、敵地ではそうも言ってはいられない。 急に息苦しさを覚え、天霧はヘルメットを外し、深呼吸した。割りと空気がある。ちなみにヘルメットはフードのように、スーツに繋がったままである。

「・・・よし」

 ライトを頼りに、天霧は通れそうな場所を進んでいく。此処が人工物であるのは確かだが、地面には水が溜まり、ほのかに潮の香りがしている。どこかで海と繋がっているのだろうか。そこならば、脱出も可能かもしれないと天霧は考えた。少なくとも、水深100メートルはあるだろうが。

 天霧は嗅覚を駆使して、海を目指し、壁に沿って進んでいく。だが、とある地点で何かに蹴躓いた。ライトで足元を照らしてみると、それは見覚えのあるものであった。

「これは・・・AARだ」

 酷く損傷していたが、それは間違いなく都流木が従えていたAARであった。この事から、天霧は二つの考えが浮かぶ。近くに敵がいる事、そして都流木が潜んでいる可能性があるということ。

 天霧は辺りを見回し、戦闘の痕跡を探した。するとどうだろう、作業人形の残骸らしきものが道しるべのように続いているではないか。そして、それを辿っていくとまた、AARの残骸を発見した。おそらく、撤退戦を行なっていたのだろう。

 このAARは割と形が残っていたので、都流木には悪いが、使える装備は無いかと調べようとしたその時、天霧の背後で水の跳ねる音がした。心臓がビクンッと脈打つ。天霧は、まずは目線、次に顔、肩、肘、拳の順で振り返り、標的に銃口を向けるはずだった。

 目線の時点で、既にこめかみ辺りに銃口を、アサルトライフルのギザギザしたハイダー部分をグリグリと当てられていた。

「ありゃ・・・」

 ヘルメット、外すんじゃなかった。そんな後悔をしながら、天霧は拳銃を捨て、両手を挙げる。

「私の部下に何をする気だ」

 冷徹だが、聞き覚えのある声。名前が天霧の口から漏れ出た。

「都流木・・・?」

「・・・鷺塚?」

 銃口が外されたので拳銃を拾い、照らしてみると、眩しがる都流木と二体のAARが立っていた。

「助かったぜ、都流木」

「・・・あれ、助けに来たんじゃないのか?」

「ああ・・・一応、な」

「そうか、良かった・・・それで、救援は?」              

「ファッカーズと来たのだが、トラブルが起きてはぐれてしまってな・・・」

「はぁ・・・本当にミイラ盗りがミイラなのか」

 膝を抱え落胆する、ソルジャーキットを纏った都流木。天霧は、その肩に手を置いた。

「まあ、何とかなるさ」

「・・・はぁ、その無駄な自信は、相変わらずのようだ」

「手段が無いわけじゃあないからな。それに昔に比べたら、ハイキングみたいなもんだろう?」

「ふっ、確かにな・・・それで、手段とは? 上には無尽蔵の作業人形が待ち構えてるのに」

「ああ、海から脱出しようかと」

「海?」

「ああ、潮の香りがするだろう?」

「・・・わかんない」

「あぁ? ヘルメットを被っていたら当然だろう? 外してみなさい」

「・・・嫌だ」

「もう変な臭いはしないぞ? まあ、香しくも無いが」

「そうじゃない・・・いつも言っているだろ? ヘルメットを外すのは、オフの時だけって」

「ああ・・・それが?」

「今、気を抜いたら・・・平常心で居られないかもしれない」

「・・・ああ、なるほどな。まあ、そういうもんじゃないのか?」

「そういうもん? それは私が女だからということなら、拳で語り合おう」

「いや、俺だって敵地で孤立していたら、落ち着いていられる自信はない。そうは見えないかもしれないが」

「・・・すまない、気が立っていた」

「気にするな、ずっと一人だったんだ、話し相手が来たら饒舌にもなるだろう」

「・・・そうだな。よし鷺塚、ソルジャーキットを脱げ」

「え、カツアゲ?」

「違う、コアシステムが直せないか診るだけだ」

「コアシステム?」

「ソルジャーキットの背部アーマーの中にあるだろう?」

「それは・・・知らなかった」

 納得した天霧は、ライトを消し、その場でソルジャーキットを脱ぎ始めた。

「いや待て待て、少しは配慮をしろ!」

「ん? 脱いでも下は戦闘服だが?」

「そうだが、そうじゃないだろう!」

「ん? よく判らないが、お前がヘルメットの暗視機能を切れば視界0じゃないか」

「あ・・・なるほどな」

 もともと視界0の天霧には、都流木がヘルメットを外したかどうかわからないので、構わず脱ぎ続けた。

「よし、脱ぎ終わったな。AARに渡してくれ、取りに行かせる」

「はいよ・・・そういえば、何で脱ぎ終わったのが判ったんだ?」

「・・・早く渡せ」

「あ、ああ」

 天霧は手探りでAARにソルジャーキットを手渡した。

「よし、後は待て」

「ああ・・・」

 ややもすると、カチャカチャと何かを弄くっているような音が周囲に響き始めた。

「・・・くしょん」

 パンツ一枚となった天霧が溜まらずくしゃみをした。

「意外と、寒いな・・・」

 脱いでから気付いたが、ここはまるで冷凍庫のように寒い。足首までは水に浸かっているから尚更体温を奪われる。

「まだか?」

「始めたばかりだろう」

「寒い、死にそうだ」

「・・・仕方ないな」

 ふいに、天霧は背後から抱き締められた。

「この逞しさ・・・AARか? 何故こんなに温いんだ・・・」

「排熱」

「そうか・・・なんともシュールな絵面だろうな、真っ暗で良かった」

「ぷっ・・・そうだな」

「・・・なあ、都流木。こっちを見てないよな?」

「まさか・・・記録もしていない」

「そうか・・・ん? 記録?」

「・・・そういえば、どんなトラブルが起きたんだ?」

「ん? ああ、作業人形のスクラップ場らしき場所で襲撃を受けてな・・・その時、床が崩落した」

「ああ・・・私もそこで襲撃にあったな」

「そうなのか・・・いや本当に、一人になった時は震えたよ。あんな感覚は久しぶりだ」

「敵地で孤立する恐怖か」

「ああ、戦場は怖いな。最新式の装備と頼れる仲間に囲まれて、忘れてしまいがちだがな」

「私も・・・機人より怖いものは無いと考えていた。でも違った、あいつらより怖くなくても、怖くないわけじゃない。あれからずいぶん経つのに成長していないんだな、私は」

「自信がいつの間にか慢心になってたわけか・・・お互い気を付けないとな」

「ああ・・・その慢心が、部下を失わせたというわけか」

「まぁ、あの数は反則級だろうさ」

「・・・鷺塚、お前の部下たちも無事かどうか」

「・・・あいつらなら大丈夫さ。根っからの軍人で、間違いなく俺よりしぶとい。そしてなにより、強いからな」

「確かに、それは間違いないな・・・よし、通信はともかく暗視システムはこれで直せたはずだ、着てみてくれ」

 もう1体のAARからソルジャーキットを受け取り、再び身に纏った。ヘルメットを被ると、暗視システムが起動した。

「おお凄いな、直ってる」

「専門じゃないけど、ちょっと弄くるだけで大丈夫そうだったからな」

「それが出来るから凄いのさ」

「そ、そうか・・・照れるな」

「さてと・・・では海を目指して進もうか?」

「ああ・・・鷺塚の嗅覚に賭けるよ」


                  

 都流木の偵察によれば、この辺りには作業人形の生産ラインがあったらしい。だがそれも今では稼働を止め、書類上では解体ラインとなっているはずである。天霧が潮の臭いを嗅ぎ取っている方向には大きな広間があり、都流木はそこが本拠地の可能性があると踏んでいたそうである。

「二人になったとはいえ、敵の心臓部に殴り込もうとは・・・鷺塚、ヘルメットごと頭も故障したか?」

「そう願いたいね。だが脱出手段がこれしかないのだから、行くしかないだろう?」

「はぁ・・・分かった、やってやれないこともないだろう」

「ありがとう・・・あのさ都流木、ファッカーズに入る気は無いか?」

「は? それはつまり、実働部隊を統合するということか?」

「そうなるな、ワンマンアーミーでは危険も多いだろう。操らなくても良い人間の部下も必要じゃないか?」

「確かに、私の同時操作は援護の方が向いてはいるが・・・あの曲者集団とかぁ・・・」

「確かにノリはこの上なく暑苦しいが、慣れると案外気にならなくなるぞ」

「そういう問題か!? 何かとハグしようとしてくるんだぞ!?」

「俺はあいつらとハグすると・・・なんだか安心してくるぞ」

「えぇっ!?」

「戦場でのあいつらなりのリラクゼーションなんだよ。普段は真面目だし」

「あれで全員妻子持ちとは信じられなかったが・・・あれは戦場だけなのか?」

「あいつら、恥ずかしがり屋だからな」

「あれでシャイなのか!? それにしても、まるで売り込むような口調だな、まさか辞める気か?」

「なんだか最近・・・一人の方が気楽でな」

「嫌になったんだろう?」

「違うよ」

「うんざりしたんだろう?」

「違うよ」

「じゃあ、どうしたんだ?」

「俺が居ないところで、死なれては困るからな。お前もあいつらも・・・」

「鷺塚・・・」

「今度、あいつらを率いてみてくれよ。部隊名も変えて良いぞ?」

「はぁ・・・わかった、此処を出たら考えてはみるが・・・おい、そろそろ到着するぞ」

「そうか、いったいどうなっていることやら・・・・・・なあ、あれは何だ?」

 元は完成した作業人形を格納していたであろう空間には、大きな竪穴が開いていた。穴は水で満ちており、そこから天霧が嗅ぎ取っていた潮の香りが漂ってきている。

「確かに、海には通じているようだが・・・」

 都流木はうんざりとした様子で竪穴の周囲を指差した。竪穴の周りには軍港とも呼べそうな施設が建築されていたのである。

「これを・・・テロリストが? あり得ないだろう、これは」

 軍港を一望し、天霧はその規模に唖然としていた。近い感覚としては、自分の家の床下に巨大な白蟻の巣を見つけたようなもの、だろうか。

「天霧、どうやって脱出するんだ・・・これ?」

 脱出するには、白蟻の巣を抜けねばならない。天霧は思わず苦笑した。

「こんな風になっているとはな・・・だが、これならどこかに潜水装備があるだろう。希望が出てきたな」

「出てこないだろ! 見ろ、立派な格納庫まであるんだぞ。きっとあそこには山のように作業人形が・・・」

「ついでに見ていくか?」

「観光気分か!?」

「うだうだ議論していても仕方がないだろう? ほら、潜入するぞ」

「お前・・・何だか嬉しそうじゃないか?」

「そうか? 気のせいだろう」 

 物陰に潜みながら、徐々に施設へと近付いていく。人影はあるが、これといった見張りが見当たらない。すんなりと軍港内へ侵入することが出来た。

「おいおい、さすがに気を抜き過ぎじゃないか?」

 建物の陰から辺りを窺いながら、天霧は怪訝そうに首を傾げた。

「ここに来るまでが、あれだけのトラップだからな。誰かが抜けてくるとは思わないんじゃないか?」

「まあ、好都合ではあるが、怪しいな・・・おっと、誰か来るぞ」

 旗を持った青年を先頭に、数十人もの人間がぞろぞろと列を成してやって来ている。その様子を端的に言い表すと、観光地巡りのツアー団体のようである。皆身に纏っているのは私服であり、銃器や爆発物を持っているようには見えない。

「・・・どういうことだ、これは?」

 この事態に、都流木は呆れを通り越して、もはやキレ始めている。

「シッ・・・何か説明しているみたいだ」

 今にも踏み込みかねない都流木を抑えながら、天霧は耳を傾けた。

「は~い、皆さん。次は格納庫にご案内致しますよ~。遅れずに着いてきてくださいね~」

 やたらまどろっこしい話し方をする青年。天霧は確信した。

「間違いない、ツアーだ」

「何でツアーなんだ? あいつらテロリストなんだよな?」

「わからん・・・なあ都流木、あれに紛れ込むことは出来ないだろうか?」

「可能じゃないか?・・・けど、この格好じゃ目立ち過ぎだ」

「格好か・・・」

 二人がツアー団体に気を取られていると、その背後十数メートル先に人影が飛び込んできた。

「ここら辺が良さそうだ」

「もう、早く済ませてよね」

 若年のカップルらしき二人組である。男の方はチャックを降ろすなり放尿を始めた。女はそれを呆れたように見ていたが、やがて視線がさ迷い、ふと近くに誰かが居ることに気が付いた。着けていたサングラスを外すと、しゃがみながら何かを窺う天霧らを視認した。

「あっ・・・」

 女から漏れた声に気付いた都流木がようやく事態に気が付いた。

「マズイッ・・・!」

 都流木はとっさにAARを操作し、女へ肉薄させた。そして女が防犯ベル宜しくハウリングしようとする寸前、AARの拳がその頬を捉えた。

 いきなりぶん殴られた女は、衝撃で脳が揺れて昏倒してしまった。

「どうかしたか~?」

 物音に気付いた男は、放尿を終わらせてから振り向いた。彼が最後に目をしたのはAARの拳であっただろう。

「ん? 何事だ?」

 天霧が気付いた頃には、昏倒した男女が地面にキスをしている状態であった。

「危なかった、もう少しで潜入がバレるところだった」

 都流木は深呼吸をし、額の冷や汗を手で拭った。

「何なんだ、こいつらは?」 

「ツアー参加者みたいだが・・・どうやら用を足していたみたいだな」

「はぁ・・・トイレは済ませておけって言われてただろうに・・・そうだ、こいつらと入れ換わろう」

「なるほど・・・そうと決まれば善は急げだな」

 天霧らは男女の服やバックを奪うとすぐに着替え始めた。服は戦闘服の上から羽織り、アーマーなどの嵩張る装備は外し、中身を捨てて空にしたバックに詰めた。

「よし、完璧だな」

「おい都流木、ヘルメットは取りなさい」

「・・・やっぱり?」

 そして、準備を終えると、彼らはカップルのように腕を組みながら、ツアーの最後尾に何食わぬ顔で加わった。しばらく様子を見たが、気付いた者はいないようである。そして、一団は巨大な格納庫の前に到着した。

「ど、どうしよう・・・へ、ヘルメットが無いから、ふ、震えが・・・」

「シッ・・・耐えろ、説明が始まるぞ。というか、痛いぞ!」

 必要以上に腕にしがみ付いてくる都流木をいなしながら、天霧はツアーコンダクターの話に耳を傾けた。

「ここが、皆さんに二体ずつ指揮して頂く作業人形の格納庫です。これらは我々人類解放党が戦闘用に改修したもので、操作方法は昨日お話したように・・・」

 都流木の懸念通り、格納庫には5メートル級の作業人形が整然と収まっていた。数は30機ほど、格納庫は五つなので、大体150機が此処にあることになる。この規模は看過出来るものではない。だいたい特務隊の保有するAARの10倍である。

 天霧と都流木は視線を合わせ、互いに頷いた。もう少し、探りを入れる必要がある。その後もツアーが続き、施設各所に案内された。その過程で、このツアー団体は新人テロリストたちであり、近く初陣を果たすことになっているということが判った。また一方で、天霧は酸素ボンベを武器庫で見つけていた。ソルジャーキットは酸素ボンベを付与するだけで潜水服に早変わりする。

 そして、いよいよツアー団体は帰路につくことになり、潜水艇の前で点呼を取る段となった。上手く運べば、これで脱出出来る上、敵の潜伏場所まで判ると天霧がほくそ笑んでいた時である。都流木が、顔を真っ青にしていた。

「・・・どうした?」

 天霧がこっそりと確かめる。

「ど、どうしよう、AARに隠させておいた男女が見つかった。侵入に気付くのは時間の問題だ」

「ふむ・・・では、プランBで行こう」

「ぷ、プランB? ああ、自力での脱出、だな?」

「そう、酸素ボンベを奪い、この穴から脱出を図る。都流木、何かで注意を引けないか?」

「ちょ、ちょうど良かった。格納庫で小さな爆発を起こすから、それに乗じよう」

 すると、格納庫の方から爆発音と煙が立ち上った。全員の視線がそちらへ集まる中、天霧らは団体の列からそっと姿を消した。そして、武器庫に侵入し、保管されていた酸素ボンベを奪取、変装を解き、ボンベを装着した。

「よし、行くぞ鷺塚」

「ああ・・・本当にヘルメットで人が変わるな」

 天霧たちは、爆発現場とは正反対の壁沿いを駆け抜けた。そのまま、敵との遭遇も無く、竪穴の中へと至った。

「そういえば、AARは海中でも使えるのか?」

 天霧の問いに対し、都流木は首を縦に振った。

「ああ、全地形に対応してる」

「それじゃあ、モーター代わりに下から押してもらうことは出来ないか?」

「わかった、やってみよう」

「頼むぞ・・・ちなみに、ソルジャーキット内は1気圧だよな?」

「う~ん・・・確かそのはずだったが?」

「そうか、なら減圧症を気にしないで大丈夫そうだ」

「よし、着いた。これから押すからな?」

 どこからか駆けてきた2機のAARは、海中へ飛び込むと天霧と都流木の足裏を掴んだ。

「脱出だ」

 天霧たちは、手を前方へピンと伸ばし、出来るだけ抵抗の少ない体勢を取った。下手な体勢だと、AARのフルパワーに押し潰されてしまう危険があるからだ。そして、遂にAARが推進し始めた。方向転換などはAARの視点から都流木が行う。

 竪穴を潜ると、計器曰くそこは水深98メートルの海底であった。そこから一気に海面目指して浮上していく。時間にして30秒、AARのフルパワーの賜物である。海面に達すると、呼吸していたのに、プハッと言いたくなった。それはともかく、辺りを見回すと、目と鼻の先に岸があることが判明した。ひとまず岸まで移動し、陸に揚がるなりヘルメットを外し、二人は腰が抜けたように座り込んだ。

「で、出られたぁ~大丈夫か、都流木?」

「あ、ああ・・・さすがに疲れたぞ、精神的に」

 それからしばらく、無言でへたっていたが、天霧はふらふらと立ち上がった。

「早いとこ、戻らないと。侵入者にあの施設を知られたとなれば、敵はすぐに動き出すかもしれない」

「・・・助けを待っている時のことなんだが・・・ふと思い付いたんだ」

「どうした、いきなり?」

「奴らの作戦名は、風林火山だったな?」

「らしいな」

「風林火山と言えば、武田信玄公だよな?」

「まあ、有名だな」

「鷺塚、武田氏の家紋を知ってるか?」

「ん? あれだろ、あの、雛祭りに飾る餅みたいな菱形の・・・菱形?」

「気付いたか、そう武田氏の家紋は菱形だ。そして、テロの標的と菱形が関係しそうなのは・・・」

「菱形島・・・安直だな」

「まあな・・・これも報告すべきだと思うか?」

「言うのは自由だろ、それを有益か判断するのは艦長、いや長官だからな。だから一刻も早く報告しないと」

「とはいえ・・・実は私の通信システムも不調なんだ」

「近くに日田さんのヘリが待機しているはずだ。そこまで行けば通信が出来る」

 天霧は都流木に歩み寄り、手を差し伸べた。

「立てるか?」

「・・・あ、ああ」

 都流木は少し照れ臭そうに天霧の手を取ると、産まれたての子馬のように足をガクガクさせながら、立ち上がった。

「おいおい・・・おぶっていくか?」

「気遣いは無用だ。さあ、行くぞ」

「ああ、走るけど大丈夫か?」

「それも、そうか・・・」

 その後、本当に駆け足で移動を始め、しばらくすると日田のヘリにたどり着いた。

『隊長ー!!』

 ヘリの前には、野太い声を張り上げて、両手を大きく振るベオウルフ達の姿があった。一人も欠けることなく撤退していたようだ。

「お前たち、やはり無事だったか!」

 天霧とファッカーズは駆け寄り、スクラムを組んだ。

「それはこっちのセリフですぜ! 俺たちは隊長の指示通り、撤退してましたから」

「おっ、あのモールス届いてたのか」

「ええ、うっすらと」

「そうか・・・そうだ、長官に通信したいから日田さんの所へ行く。都流木を頼む」

「おお、お嬢も助け出してるとは流石ですぜ」

「お前らの新しい親分になるかもしれないからな。丁重に、品良くだぞ?」

『yes・・・えぇ!?』

 唖然とするファッカーズを尻目に、天霧はヘリに乗り込み、日田に長官へ通信を繋ぐように指示した。

「こちら鷺塚、長官聞こえますか?」

「・・・ええ、聴こえているわ。戦闘中行方不明になったと報告を受けたけど、やっぱり大丈夫だったみたいね」

「はい、都流木も保護しました・・・それと早急に対処すべき事案が、下層部で人類解放党の軍事拠点を発見しました」

「それは・・・穏やかではないわね」

「ええ、違法作業人形だけで少なくとも100機強はありました。すぐに保安局へ連絡し、機先を制しましょう」

「それは・・・出来そうにないわね」

「出来ない? 何故ですか?」

「保安局は、遭遇したクルミ割りと現在パーティー中なの」

「・・・クルミ割りが? それはどこですか?」

「第一区よ・・・ここって君の住んでいる地域よね?」

 クルミ割りが、第一区に。一抹の不安が過ぎり、天霧の顔からスッと表情が消え失せた。

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