序章 Where do we come from? What are we?
「午後5時現在のニュースをお届けします。本日未明に発見されました、頭部が粉砕されたARの身元が、消防局員、安賀多康成さん役の個体と、保安当局の分析で明らかになりました。安賀多さんは数日前から行方不明になっており、犯行の手口から、この半年の間に多発しているAR連続損壊事件の犯人と同様との見方を・・・」
不意に男が倒れ込み、ニュースを流していた有機ELモニターを破壊した。倒れた男の背後には、黒いパーカーを纏い、顔全体をフードと面頬で覆い隠した怪人物が立っていた。右手にはフラッシュライトを着けた、真っ黒な拳銃が握られている。
「・・・ふぅ」
怪人物は、左手に握っていた端末を耳に当てた。
「ジャーニー、侵入出来たぞ。ターゲットの位置を教えてくれ」
応答したのは、若い女性の声であった。
「はいよ・・・ターゲットは・・・その建物の最奥の部屋で、パソコンをいじってる」
「パソコンか、それも押さえよう・・・というか、ここで行き止まりなのだが、その部屋へはどうやって行けば良いんだ?」
「目の前にある本棚が隠し扉になっているみたい、今開けるから待ってて」
次の瞬間、本棚がスライドし、地下へと続く真っ暗な通路が出現した。
「上出来だ」
怪人物は臆することなく、通路へと足を踏み入れる。薄暗く、薄汚く、薄気味悪い道を、10mほど進むと通路は右に折れていた。
「ジャーニー、ここは一本道なのか?」
「監視カメラ、ジャック中・・・そうだね、だけど曲がった先に見張りがいる。拳銃で武装してる、気を付けて」
「了解」
怪人物は、隠れもせず、ふらりと角を曲がった。驚いた見張りは、固まってしまっている。その一瞬で、怪人物は銃口を向け、躊躇いなくトリガーを引いた。
吐き出された物体が、見張りの眉間へ食い込む。間を置かず、見張りの膝がガクリと折れ、糸の切れた操り人形の様に、その場に崩れていった。一連の出来事には銃声も、マズルフラッシュも無く、見張りの倒れる音だけが通路に響いた。倒れた見張りにスタスタと歩み寄る怪人物。見張りの眉間に針の様な物が刺さっているのを確認すると、満足そうに頷いた。
「よし、ど真ん中」
「うわぁ・・・いつもながら、それで撃たれるとえげつないわぁ・・・なんでそうなるんだっけ?」
「ああ、特殊な音波を利用して、命中した相手の脳神経を圧迫、平衡感覚を狂わせるんだよ。この眉間に刺さったアンテナを抜くまでは、あらゆる方向に自由落下するような感覚に襲われ、目を回し続けているって代物だ」
「音波って拳銃から出してるんでしょ?」
「ああ、こいつのフラッシュライト型のスピーカーからな」
「有効範囲は?」
「2kmぐらいだったかな・・・」
「まさに悪夢・・・うん、チートだ」
「重宝している、あまり殺人はしたくないからな・・・さあ、先に進むぞ」
この先2回ほど、角を曲がる度に同じ方法で見張りを撃ち倒していった。そして、たどり着いた扉の前で、怪人物は足を止めていた。
「その向こうは、溜まり場になっているみたい。中にひい、ふう・・・5人おりまする」
「ふむ・・・ターゲットの居る部屋以外、照明を落とせるか?」
「えっと・・・ああ、出来そう」
「やってくれ」
「ラジャ~」
端末を右上腕のホルダーに提げ、怪人物はその時を待った。やや置いて、照明が落とされる。すると、怪人物はすぐさま扉を開き、音波拳銃ナイトメアを構えた。面頬の、眼孔に嵌まるグラスの暗視機能により、敵影を捉えていた怪人物は、的確に敵対者へアンテナを撃ち込んでいった。5つの人影が倒れているのを確認し、怪人物は照明を戻すように指示を出す。照明が戻った次の瞬間、怪人物は視界の端に動体を捕捉した。もう一人、敵が残っていたのだ。
「ウラァァ!!」
ナイフを構え、男が左から肉薄してくる。ナイトメアを向けようにも近過ぎる。怪人物は、咄嗟にナイトメアを手放した。すると、男の意識が落ちていくナイトメアに向けられ、勢いが僅かに削がれた。その間隙を生かし、怪人物はまず左手でナイフをいなし、次いで右拳を男の鳩尾にアッパーカットの要領で打ち込んだ。衝撃で顔を歪ませる男、だがまだ倒れない。
怪人物は、息を吐くと同時に右腕に力を込め、さらなる衝撃を打ち込んだ。身体の内へ浸透するような衝撃であり、顔色が、みるみる青ざめていく。男は、よろめきながら後退すると、胃の内容物を吐き出し、そのまま昏倒した。怪人物はナイトメアを拾い、自身の吐瀉物にダイブした男に、アンテナを撃ち込んだ。
「ふぅ、危なかった・・・」
一息ついた怪人物は、端末を耳に当てた。
「どういうことだ、ジャーニー。なぜ見逃した?」
「いやぁ・・・ほら、カメラにだって死角はあるし・・・それより接近戦なんて初めて見たけど、何あれ、太極拳?」
「ん? あれはただの喧嘩殺法だよ。そんな高尚なものじゃない」
「つまり、我流ってこと?」
「ああ、昔は今ので、よく機人の自動人形と殴り合ってたな。衝撃を装甲内へ浸透させて基盤を叩き割る技で・・・」
「そんなのを、人に使ったの・・・」
「・・・まあ、手加減はした。死にはしない」
「うわぁ・・・・・・あっ、ターゲットが動いた。物音で気付かれたのかも、銃を持ってそっちに行くよ」
「なに・・・あのドアか」
怪人物は、ゆっくりと押し開かれていく扉の陰に飛び込み、気配を出来るだけ殺した。やがて、部屋の惨状を目にしたのか、小さな悲鳴が聞こえてきた。つまり、扉一枚挟んだ先にターゲットが居るということである。怪人物は、渾身の力で扉を蹴った。するともちろん、蹴られた扉は勢い良くターゲットにぶち当たる。覗き込み、怪人物が目にしたのは、手にしていた散弾銃を取り落とし、顔面を手で押さえながらのたうち回るターゲットの姿であった。
「ジャーニー、ターゲットを押さえた。これより尋問に移る。例のパソコンの中を洗っておいてくれ」
「ラジャ~」
怪人物は、散弾銃を蹴り飛ばし、ターゲットの襟首を掴むと、奥の部屋へと奥の部屋へと引きずり込んでいった。
「くそっ・・・な、何なんだ、お前は!?」
「人に尋ねる時は自分から、まだ浸透してないのか?」
「・・・会長の島田です」
「そうか、俺は秘密だ」
「汚ねぇ!?」
怪人物は、島田を壁に放ると、その額に銃口を押し当てた。
「黙れ恩知らず、質問には答えてもらうぞ。クルミ割りを知っているな?」
「・・・」
「黙りか・・・これは拷問しか無いかな」
「・・・無駄だ」
「ん?」
「お前は終わりだ」
次の瞬間、怪人物の背後に重量感のある何が着地した。反射的に、怪人物は上半身を90°、前へ倒した。するとその直後、巨大な丸太の様な何かが、寸前まで上半身のあった空間を薙いでいく。
この後、怪人物は三つの動作をした。まず、左手で左腿のホルダーからナイトメアとは別の拳銃を引き抜く。次いで、振り向き様に島田の横っ面を蹴り飛ばし、そして、半身の状態で拳銃をその何かに向け、3回トリガーを引いた。
ズガンッ、ズガンッ、ズガンッと金属が金属を抉る感じの音が響き、重量感のある何かは仰向けに転倒した。それは、金属製の人体模型の様な姿をしていた。3発とも頭部を穿っており、その人型は痙攣のような動作を繰り返していた。
「旧式の作業人形か・・・」
怪人物は、左手の拳銃を、改めて自動人形の頭部に向けた。引き金が引かれ、2発の銃弾が、念押しで撃ち込まれた。その拳銃は、不思議な形をしていた。旧式のモーゼル拳銃のようだが、細部が違う。これはハンドレールガン、つまり拳銃サイズのレールガンである。拳銃前部の弾倉らしきものがバッテリーで、銃弾はグリップ内に収まっており、銃弾といっても小さな金属だけなので薬莢やその排出口も無い。必要な部品を合わせたらモーゼル拳銃に似てしまったというだけで、特に意図はない。
作業人形の機能が完全に停止を確認してから、怪人物は島田に目を向けた。蹴られた箇所を手で押さえながら、息を荒立てている。どうやら、暴力に晒され慣れていないらしい。
怪人物は、ハンドレールガンをしまい、それから空いた左手で横倒しになっていた島田の胸ぐらを掴んで、起こしてやった。
「さて、後が無くなったところで、話してもらおうか?」
ナイトメアの銃口を眉間に当てられ、怪人物に問われた島田は、震えながら口を開いた。
「っ・・・し、知らない! 確かに我々はAR排斥運動を掲げているが、あの連続損壊魔とは無関係だ!」
「だろうな。こんな骨董品が奥の手の奴らじゃあ、頑丈なARの頭部を粉砕するなんて芸当は出来ない・・・用済みだな」
「い、命だけは!!」
「・・・そのセリフ、嫌いなんだ」
怪人物は、ナイトメアのトリガーを引いた。アンテナを受け、硬直する島田。怪人物は島田を投げ捨て、ナイトメアを右腿のホルダーにしまうと、パソコンの置かれたデスクへと歩み寄った。
「中は洗ったか?」
「う~ん、いくつかのテロ計画とか、クッキングプリンターの改造方法とか、家族へのほんわかメールしか無いみたい」
「やはり、奴の情報は無いか・・・後処理は保安局に任せよう」
「はぁ、やっと終わった・・・アイス食べたい」
「ありがとうジャーニー、助かった」
「変なところで素直だよねぇ・・・じゃあ、落ちるよ」
怪人物は、端末を操作し、警察へ通信を入れた。
「・・・もしもし、田上さん? 俺です、特務の。ああ、番号は毎回変わるんですよ。反AR団体、落実会を押さえました。ええ、銃器の不法所持で・・・ええ、代表も捕らえました。はい、これまでのように後処理を御願いしたく・・・」