中
僕は朝起きて、テレビニュースの内容を聞いて眠気が吹き飛んだ。
ニュースキャスターが淡々と読み上げている。
――都内在住の古垣玲夢さん、23歳女性が昨夜23時頃、目黒区の路上にて背後から刺殺され、病院に運ばれたのち、死亡が確認されました。警察は金銭類は取られた形跡がなく、凶器のナイフが荒川区、中野区での殺人事件と同一の物から連続通り魔事件として現在、犯人を追っています。目撃者の証言によると犯人は黒いパーカーにジーンズ姿の2,30代の男性との事です。
僕は朝食のトースト食べている手が止まり、しばらく椅子に座ってボオッとしていた。どうしていいのかよくわかんない。体のずうっと奥のほうから心臓を激しく叩く音が体の中で響き、手足がいやに重くて、口が蛾でも食べたみたいにカサカサした。
まさか昨日、会っていた子が死んだなんて信じられない。
通知音が鳴った。
携帯を見ると、林と大江とのグループチャットの通知だ。
二人もニュースを見たらしく、驚いている様子だった。
あぁ、本当に気分が悪い。
とりかえしのつかない事をしてしまった気がする。
昨日は僕らしくなかった。
あれくらいの事で取り乱して、あんな小さな女の子を泣かせてしまった。
泣いている姿を見た時は流石に怒りが冷めて、動揺した。
僕はそんなに酷い事を言ってしまったのか…?
まさか大人があれくらいで泣くなんて思いもしなかった。
いや、それ程の事を言っていたのかもしれない。
もう、取り返しのつかない事だけど
せめて最後は笑顔でいさせて上げたかった。
…くそ…くそ…くそだ。
後悔の思いがあふれ出してくる。
せめて、昨日に戻れるなら
そう強く思ったとき
激しい頭痛と胸が締め付けられる感覚に襲われ僕は床にうずくまった。
息が苦しくなり、視界が閉じていき、目の前が真っ暗になった。
「おい、須山!」
僕はハッと目を見開いた。
ここはどこだ。
「大丈夫かお前、いくら初合コンだからって緊張しすぎだろ」
林が僕の顔をのぞき込んでいた。
「ハハ!さてはお前、童貞だな」
大江がニヤニヤしながら言っている。
「…童貞じゃねーよ」
不思議とさっきまでの頭痛はすっかり消えていた。
周りを見渡すと、昨日の合コンの居酒屋だ。
僕の前に大江が座っていて、左には林がいる。
『Go! Go! Muscle!~♪』大音量で大江の携帯に着信が入った。
キン肉マンのオープニング曲だ。
電話に出ると、親しげに話している。
これってもしかして…
「女の子、道間違っちゃったらしくて、後10分くらいかかるってさ!」
「それじゃあ、来る前に何か作戦考えとこうか!」
大江が嬉しそうに言ったのに対して、林が即答で
「んじゃ、俺は親が地主設定で頼むわ」としたり顔でまた言った。
林と大江があれやこれやと作り話を考えている横で
僕はあわてて携帯を取り出す。
日付は13日の金曜日、時刻は19:55。
ありえない。どういう訳か僕は昨日の合コン直前に戻ってきている。
これは『未来予知』か『タイムリープ』だ。
アニメやラノベで何度も見た事がある。
もしこれが夢じゃないなら、僕はこれから起こる未来を変えたい。
玲夢の死をなかった事にしたい。
「おい須山は設定はどうするよ?ってお前は必要ないか」
笑いながら大江が聞いてきた。
「いや、一つお願いなんだけど俺の親の事は内緒にしてもらえないかな」
大江が意外そうな顔をした。
「マジかよ!言ったら絶対モテるじゃん!お持ち帰りし放題だよ!」
林が食いついてきた。
「あーいや、今回お持ち帰りはNGで頼むわ!向こうの女幹事そういうの厳しい人なんだよね」
「え!そうなの!」おちゃらけて落ち込む林。
お持ち帰り禁止については僕も知らなかった。
僕の知らない情報が出てきたって事は未来予知とは違うのか。
今回も結局、設定については林が「嘘は良くない」といってなしになった。
「でも須山の親については、俺にチャンスが回って来そうだから、黙っていよう」
と言ってくれて、それに大江も同意した。
これで前回の様な失敗は回避できる筈だ。
そんな話をしていたら「ごめ~ん」と言いながら千帆達が近寄ってきた。
そして一番後ろに玲夢がいる!
やっぱり過去に戻ってきているんだ。
女性陣が来たことで大江が移動して、男子は横並びになった。
僕から向かって左から千帆、彩花が座り、正面には玲夢が座った。
間違いなく本人だ。心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
軽く挨拶をして、ドリンクを注文した。
幹事同士が和やかな雰囲気で会話をしている中
一人、前回とは”違う緊張感”に襲われていた。
そして乾杯をした後に大江の仕切りで僕から自己紹介をしていく事になり
前回同様の自己紹介を皆繰り広げて、談笑が始まった。
前回は合コン前にどんな相手が来るかを
考えてドキドキして、手汗も凄かったけど
今回、僕からしたら皆二回目だ。
流石に前回みたいなお地蔵さんではなく
だいぶ自然に話す事ができた。
ただ玲夢を除いての話だ。
どうしても彼女をまっすぐ見られない。
彼女を見るとさっきのニュースを思い出して、悲しい気持ちになる。
そんな僕の気持ちとは裏腹に彼女はニコニコとして皆の話を楽しそうに聞いている。
今は最近見た映画の話題で盛り上がっている。
状況を整理すると僕はどういう訳か、僕の願いが通じて
未来から記憶だけ、過去に戻ってくる『タイムリープ』をしている様だ。
そして、このままの未来だと23時に玲夢は駅から自宅までの帰り道を歩いている所を背後から通り魔に刺されて、殺されてしまう。
それだけは、なんとか今回食い止めよう。
でも、どうすれば食い止められるだろうか。
とりあえず帰宅する時間を変えられたら未来は変わるかもしれないな。
そんな事を考えていたのも合って
会話に参加していなかった僕に玲夢が話しかけてきた。
「須山さんってお休みの日は何をされているんですか?」
「休みかーなんどろうな~」
正直に言うと休みの日は撮りためていたアニメを見たり、ラノベの続きを読んだりしている。
でも正直に言って、引かれるのもなんとなく嫌だなと思い
「日によって色々だけど、カラオケとかダーツとかドライブしてるかな」
「いいですね!私なんてインドア派だからお家でだらだらばっかりですよ。カラオケは何の曲歌うんですかー?」
今回も彼女が僕に気を使ってか色々話しかけてくれた。
正直に言うと、前回も答えたから二度手間な気は少ししたが、仕方がない。
それにしても可愛いな、と思ってしまった。
こんなにも僕の話に興味を持って、楽しそうに聞いてくれるなんて。
きっとモテるんだろうな。
そんな他愛もない話をしていたら、あっという間に時間が過ぎていた。
前回とは違って今回はとても楽しい気分のまま終われた。
それは僕だけじゃなくて皆も同じ様だ。
というのも今度、またこのメンバーでBBQに行くことになった。
口約束ではなくて、店を出る前に、既に6人のLineグループを作って予定を決めようという本気っぷりだ。
ただ問題はここからだ。このまま解散されたら玲夢を引き留めるのは難しい。
一体、どうすれば自然に時間を稼げるだろうか。
そんなことを考えていると、一番最後に店から出てきた大江が時計を見てから言った。
「まだ時間あるし、この後もう一軒飲みに行くのと、カラオケどっちがいい?」
帰るという選択肢がないという、最高の提案をしてきた。
もちろん僕も林も行く気満々だ。
それに釣られて女性陣も終電まで、また時間あるし…ということで
二次会には参加してくれることになった!
その際に二次会への参加を少し迷っている玲夢に対して、このまま返す訳にはいかないと思い
僕が必死にお願いしたら、来てくれる事になった。
周りから見たら、まるで僕が玲夢を狙ってる様に見えたと思う。
でもこの時間で帰って、通り魔に会うよりは全然マシだ。
多数決で結果的にカラオケに行くことになった。
現在の時刻は22時20分。
これから最低でも40分でも時間を稼げれば、たぶん大丈夫だろう。
カラオケに来ると玲夢は僕の隣に座っていた。
僕は玲夢に思いきってあの事を聞いてみた。
「ねー僕らって、昔に会った事なかったけ?」
僕の質問に対しては驚きの表情を一瞬、見せて答えた。
「気のせいじゃないですか?須山さん、それってどこで会ったか覚えていますか?」
「え?あれ?あははー…いや、気のせいだったかな」
あれれ、前回は『前に会った事ある』って言ってたのに
なんで、今回はとぼけるのだろう。
横からその会話を聞いた林がニヤニヤしながら
「なにそれ?運命的な再会を装ったナンパか!とりあえずほら、須山達も曲入れな」
そう言って僕にデンモクを押しつけて歌うように促してきた。
正直、今は歌なんてどうでもいいんだけど
空気を悪くするのも良くない。
とりあえず一曲だけと思い歌った。
僕の十八番、ゆずの『栄光の架け橋』
これが想像以上に好反応だった。
次々に曲の歌って欲しいリクエストされる程に。
喜んで貰えると嬉しいので僕もそれに答えたりして、カラオケは大変盛り上がった。
今日程、高校の時に合唱部に入って良かったと思った日はない。
そうしているうちにあっという間に時間は過ぎた。
12時手前でそろそろ解散しようかという事になり、それぞれの電車へ向かい別れた。
玲夢とは同じ電車に乗り、運良く座る事ができた。
腕時計を見ると00:04分。日付が変わっていた。
「玲夢ってお家、どこなの?」
「渋谷駅から歩いて10分ちょっとのところに住んでますよ」
「それじゃあ、もう時間遅いし、よかったらお家まで送っていこうか」
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。たまに会社の飲み会とかでもこのくらいの時間に帰ったりしますから、大丈夫ですよ」
「でもやっぱり心配だな、ほら最近通り魔のニュースあったしさ」
「あはは、大丈夫ですよ!私身長は小さいですけど、こう見えて以外と脚は速いんですよ!だから変な人がいたら、叫びながら走って逃げるんで大丈夫ですよ」
「それをやったら、玲夢の方が変な人に見られそうだけどな」
二人で笑いあった。
僕の降りる駅が近づき、電車がゆるやかにスピードを落としていく。
「今度さ、二人で水族館行かない?玲夢、ペンギン好きって言ってたし、僕も水族館好きなんだけど一人じゃ中々行きにくくてさ」
「いいんですか!?是非お願いします!やった!」
こんなに喜んでくれると思わなかった。
本当に可愛いな、玲夢
「それじゃあ、俺ここだから。気をつけて帰るんだよ。お家ついたらLINEしてね」
「はい!」
僕は立ち上がって電車から降りた。
振り返ると玲夢が笑顔手を振っているのが見える。
僕もそれに笑顔で振り返した。
やがてルルルとホームの乗客を急がすベルが鳴り、駆け込み乗車を一人二人受け入れる寛容さでドアが閉まる。
そして電車がホームを滑り出し、玲夢を連れて行った。
今回は笑顔で別れる事ができて良かった。
後は無事に帰れる事を祈る事しかできない。
僕は自宅に帰ってシャワーを浴びた。出てきて携帯を見ると合コンメンバーのグループチャットが盛り上がっているのとは別に、玲夢からのメッセージが来ていた。
『須山さん、今日はとっても楽しかったです!今度の水族館も今からドキドキして楽しみにしています。それではおやすみなさい』
良かった無事に帰れたみたいだ。
僕は返信して、すぐ眠りについた。
翌朝、目が覚めて、テレビをつけると、恐ろしいニュースが流れていた。