甲冑を着た動物達 - 2
躑躅区の役所通り。ポチ達が泊まったホテルから、行けるわき道を進んでいる。
酒が好きな連中が、街中を歩いていた。この周辺はそういった店が多いらしい。酒の魅力に溺れた酔っぱらいが道端で居眠りしていたり、酔っぱらい同士の喧嘩が起きている。
「こえー……」
「ここら辺は、いつもこんなもんだよ。」
「そうなのか……って、そういえばノヴェルって、ここら辺に住んでいたのか?」
ポチの問いに、ノヴェルは頷く。
「といっても、正確には花菖蒲区になるんだけどね。ここから近かったから、話を聞いていたりしていたんだよ。」
ポチにそう話すと、ノヴェルは座り込んでいるひとりの老猫に話しかけた。
老猫はノヴェルの顔を見るとにやけ顔を見せ、彼に久方ぶりだなと言った。
「相変わらず生意気な面をしとるわい。」
「あんたこそ、辛気臭い顔をしながら今日日生きながらえていたとはね。」
「ふん、生意気なのは面だけじゃあなかったとはの。ともかく、元気そうで良かったわい。」
互いに皮肉を言いながら会話をする二人。だが、最近知り合ったポチにとってあの老猫が何者なのかはしらない。
「知り合いですの?」
そう尋ねてきたルトナに対し、ポチは曖昧な返答しか出来なかった。
わずかな見える空を中心に、周りの景色を見ながらポチは呟く。
「俺は今まで体験したことのなかった世界だ。同じ世界なのに、こんな場所があるだなんて……知りもしなかった。」
泥のような臭いが充満している。激臭のあまり、ポチは自分の鼻が曲がりそうな錯覚に陥る。
ビルの配管や配線が剥き出しのまま放置されている。
壁には、謎の模様が子供の落書きかのようにところどころに描かれている。地面には駆除されなかった雑草がところどころ放置されており、路面は一部が欠けたまま舗装されないでいた。
「不思議な気分だ。家から決して遠くはないはずなのに……こんなにも景色が違うなんて。」
呟いているポチとそれを聞いていたルトナの前にノヴェルか戻ってくる。
「どうだった?」
「あぁ……捜索は、思ったよりも早くに終わりそうだ。」
ノヴェルはどうだと言いそうな笑みを浮かべながらポチに答える。そして彼は二人に対し布切れを見せた。
「なんだそれ?」
「僕らが探している甲冑の集団が身につけていた装飾らしい。爺さんの知り合いが奪い取ったらしい。」
赤い布地に黄色の刺繍が入ったそれをルトナはじっと凝視し続ける。
「身に覚えがあるのか?」
「い、いえ……まさかそんなはずが」
「おいおい、今更隠し事なんてやめてくれよ。こっちは少しでも情報が欲しいんだ」
告げたノヴェルに、ルトナは浮かない顔で答えた。
「その装飾にある紋章……それは、私たちの宮廷騎士が背負う紋章なんです」
「なんだって?」
「てことは、ルトナと同じ世界からきたのか!?」
ポチが驚愕する横で、ノヴェルは静かに納得していた。
昨晩、タイマスと話してきた内容が、現実味を帯びてきたのだ。
「目撃情報も、異質な雰囲気を漂わせていたというものがあった。十分に可能性はあるな」
「でも、彼らはどうしてこの世界に!?」
「君と同じ境遇なんじゃないか?気がついたらこの場にいた。ひとつ違うのは、彼らは偶然にも集団でこの場に来たということだ」
慌てふためくルトナに、ノヴェルは冷静に返す。しかしそれでも落ち着かない様子の彼女に、ノヴェルは小さな疑心を抱いた。
彼女は、自分とポチに話していないことがまだある。しかしそれを明かさない理由がわからない。強いて言うなら、彼女が漆黒の伯爵たちの仲間であるから……とも考えたが、東梅駅で出会った大鷹の女性に対してはこれでもかと言うくらいの敵対心を向けていた。
ルトナの真意を推測していたその時だった。
カラン……と、僅かに金属物が転がる音がした。ノヴェルは彼が生きてきた経験の中で、それが決して良い音ではないと、本能的に音がした方向へ銃弾を放った。
銃弾は激しい金属音を立てただけだった。だが、たしかにその場には怪しい何者かがいたようだ。
「誰だ!?」
「誰かが僕らを覗き見していたみたいだ」
「お待ちなさい!」
突如追いかけ始めたルトナを先頭に、三人は犯人を追いかける。
分かれ道で犯人は、細い隙間へ入っていった。
道にすらなっていない、ビルとビルの間に生まれた隙間を、障害物を避けながら通っていく。幸いにも、別れ道はなかった。ひたすら、目の前の犯人を追いかける。
普通の道ではなく、この隙間を通ることを選んだのは何故なのか、ノヴェルは走りながら考える。
「ちょっと待て!罠の可能性がある!」
ノヴェルは前方にいるルトナに対し、そう呼びかける。しかしルトナはそれに、耳を傾けようとはしなかった。
目の前のいるはずがないその者に問うために。その背中を追い続けた。
「…………はぁ……はぁ……」
ビルの隙間を抜けた先で、走る必要のなくなったルトナは立ち止まり呼吸を整える。
「見失ってしまいましたわ……」
歯を食いしばり悔やむルトナ。彼女の後頭部を、後から追いついたノヴェルが叩く。
「痛っ!何をするんですか!」
「それはこっちの台詞だ大間抜け!」
「お、大間抜け……!?」
今まで言われた事ない罵倒にショックを受けているルトナに、ノヴェルは構わず説教を続けた。
「状況もわからない中で無闇矢鱈と相手を追うんじゃない!飛び出した先で敵が待ち構えていたらどうするんだ!」
「そ、それは……」
ルトナは頭を押さえながら周りを見渡す。
今、彼女達がいる場所は周りから見れば障害物のない場所だった。それに対し、今彼女たちが出てきたビルの隙間は一本道でとても狭い場所である。逃げ道として使うには難しい。
「理解できたかい?」
静かに頷くルトナを見てノヴェルはため息をついた。
「理解したか?じゃあ戻るぞ」
「えっ、今来た道をですか?」
嫌がるルトナに対し、ノヴェルはビルの隙間を指差す。
中を覗いてみると、ビルと障害物の隙間に挟まってしまったポチが助けを求めていた。
「出してくれー……」
「……なんですの、あれ?」
「そうは言うが、君にもあいつが無様になった一因があるんだからな」
「そ、それとこれは関係ないでしょう!」
一人奮闘しているポチを、少し離れた場所から見ながら二人は口喧嘩を始めた。
「原因とかどうでもいいから、早く助けてくれーーーー!!!」
叫ぶポチの声が、ビルの隙間を通りどこまでも遠く響いた。
場所は躑躅駅周辺のとある地下街に変わる。
異変が起きる前は洋服店などが並べられていた場所だったが、今ではここも荒れた場所となっている。
迷路のようになっている地下道を一人の兵士が急ぐように走る。
「ロナルド隊長!」
突き当たりでもう一人の兵士と話している男を呼びかける。
「どうした、何かあったのか?」
ロナルド隊長と呼ばれた男は、片方しか見えない目で、走って来た兵士に聞く。兵士は呼吸を整え、深呼吸を二回してから彼に告げた。
「それが、遂に王女が……王女が見つかりました!」
「なにっ!」
先ほどまで冷静でいたロナルドの表情が一変し、切羽詰まる形相で兵士に聞く。
「どこだ、どこにいた!?」
「こ、ここから北東へ進んだ場所です!裏通りで、ここの世界の奴らと同じ姿をしながら、犬と猫それぞれ一匹ずつ従えて、……ぐるしい」
「あ、あぁ。すまない」
ロナルドは思わず掴んだ兵士の首元を離し、一言謝った。
「この世界と同じ姿をしている……?王女の身に何が」
「犬の方は茶色い毛並みで、猫は黒かったです。どちらとも、我々の国にはいなかった住民かと……」
「もしや、誰かに操られているのか……?」
口元に手を当てながら、ロナルドは考察する。しばらくしてから、ロナルドは兵士に命令を下した。
「わかった。ひとまずこの件はイグナシオ殿に話してみる。お前は引き続き、王女の目撃情報を集め、普段どこにおられるのか、場所を絞ってくれ」
「はっ!」
兵士は早急に走り去っていく。
ロナルドは先ほどまで話していた兵士とともに、すぐ近くの階段をのぼっていった。