甲冑を着た動物達
翌朝、ノヴェルは入口でポチとルトナの起床を待つ。
近くの自動販売機で買った、缶コーヒーを飲みながら空を見上げる。昨日までの青空は一切見えず、見える箇所全てを灰色の雲が多い尽くしていた。
「早いな。」
先に降りて来たのはポチだった。彼はあくびをした後、腕を後ろに回したりして身体を温めている。
ポチは、タイマスと話をするのかとノヴェルに聞いたが、彼は首を横に振った。
「実は昨晩、僕の部屋で少しばかり話をした。その中で、今日の目的が定まったんだ。」
「目的?」
聞き返すと、ノヴェルはうなずく。その目的は、どうやら漆黒の伯爵達とはまた別の事らしい。
そもそも、ノヴェルがタイマスに漆黒の伯爵達の話を聞いたところ、タイマスはまだ漆黒の伯爵達の話を知らなかった。どうやらこの街、躑躅区には別の集団が荒らしているようだった。
特徴として、その集団は皆が西洋甲冑のような装いをしているとのことだ。異変が起きて数日後、その集団は突然現れた。
「ちょうど、君がこの街から出て行った直後だったかな……確かに異変が起きた直後、この街でも混乱が生じていた。その混乱は収まりつつあったんだ。ただ、その後やつらは現れた。」
まるで、異界から来たような言い方だと、ノヴェルは笑う。が、タイマスは真剣なまなざしでノヴェルを見つめていた。そしてタイマスは答える。少なくとも、この街に元々いたとは思えない、と。
そして、彼はノヴェルに対し、ひとつの質問を投げかける。
「君は、この異変が起きてからの動物の特徴がわかるかい?」
「特徴……しいて言うなら、人間と同じ行動や立ち振る舞いをするようになったことかな。」
「あぁ、そうだ。俺も君も含め、人と似たようなことをしている。それは、俺たちが人という模範対象をずっと見てきたからじゃないかな?」
「甲冑を着ている連中は違うというのか?」
タイマスは頷く。どうやら、その集団は友好的ではなく、乱暴狼籍を働くような集団らしい。
現に、甲冑を着た動物に暴行を加えられた住民がいる情報を、タイマスはもらっている。そして、彼の仲間もまた甲冑集団の被害者の一人と、彼はいう。
「後ろから頭を打たれて、気を失った隙に金目のものを奪われたようだ。非道な連中だよ、まったく。」
タイマスは、苦虫を噛み潰したような表情をして、そうはき捨てた。
この街の現状を聞いたノヴェルは、話を本題へ戻す。
「それで、僕らへの頼み事は甲冑集団の調査という事でいいのかい?」
「うん、そういう事でいいよ。あわよくば、彼らを懲らしめてほしい。」
「懲らしめるって……僕たちは正義の味方ってわけじゃないんだ。」
「そうかい?いや、君はそう思っているが、結果が物語っている。特に、君の“現”相棒は正義感溢れる子みたいだし、ね。」
告げられたノヴェルは、タイマスを睨みながらコーヒーを飲む。対しタイマスは笑いながら弁解をする。
「だってそうだろう?君達がやっている行いは、結果として元々この街にいた俺達にとって有益な方向へ導いている。それを正義側といわず、何といえばいい?」
そう言い放ったタイマスには、決して悪意はなかった。この躑躅区に来るまでに、ポチたちは様々な困難を乗り越えてきた。それは、東梅駅から列車に乗ってからも、決して楽な道のりではなかった。
彼らが実行したことは、ほかの動物達にとって良い影響を起こしているのかもしれない。しかし、ノヴェルはそれを快く受け止められなかった。ノヴェルは、少しの間のあとため息をつき、タイマスに告げる。
「それ、当人には言うなよ。あいつは今、悩んでいるんだからな。」
理由を先に説明する。タイマスの元まで届いた、噂では伝わらない事実があるようにノヴェルは言う。しかし、具体的な説明はない。その説明を拒んでいるようにも見えた。
「君は隠し事が好きだねぇ。」
「今は言うべき時じゃないさ。いずれ伝えるよ。」
告げたノヴェルは甲冑を着た集団の話を聞き、それからその晩は昔話をして終わった。
ノヴェルはポチとルトナには、タイマスから依頼された甲冑を着た集団の事のみを告げる。
「今日、僕らがやることは、その甲冑を着た動物達の調査だ。」
「けど、そんなわかりやすい格好を着たやつらなんていたか?少なくとも、昨日はそんなやつら見かけなかったけどな。」
「恐らく、普段は表に出ず、どこかで隠れているのかもしれない。被害者の殆どが、誰も通らないような裏道や、地下路地で被害にあっているらしいからね。」
それを聞いたポチの眉間にシワが寄る。人通りならぬ動物通りのない場所で、弱者を後ろから不意打ち。ポチは卑怯者のような手口が気に入らなかった。
リーダーはいるのか、とポチがいると、一応とノヴェルは答えた。タイマスから与えられた情報によると、リーダーは紺と白が混ざった毛色の狼らしい。片方の目には縦に斬られた傷がついており、初めて彼らと接触した時、彼を中心に周りにいた兵隊が彼からの指示を待っていたらしい。おそらく、彼がリーダーなのだろう。
「すぐには見つからないだろう。街の住民に話を聞きながら出現場所を絞っていこう。あわよくば、誰かが奴らの所有物を持っていればいいんだが……」
何故所有物があるといいのか、聞いたポチにノヴェルは平然とした顔で答える。
「君の鼻で追跡できるだろう。君はなんの為に犬に生まれたんだ?」
「別に今日、不審者を追う為に生まれてきたわけじゃねーよ。」
「なんだ、違うのか。まあ、とりあえず人に聞かないとね。」
ふと、先程から何も喋らないルトナが気になり、ポチが声をかける。
「どうかしたのか?」
「いえ、なんでも……」
なんでもなくはないだろうと、ノヴェルが否定する。おそらく甲冑の動物は異界から来た動物だと予測される。場合によっては、ルトナが今回の一件の鍵となるかもしれない。
「それなのに頭が留守になっていられては困るよ。」
「わ、わかっていますわ!」
「なにか心辺りでもあるのか?」
「いえ、なにも。とにかく捜索しましょ!」
そう言い先陣を切ることで、半ば無理矢理に話を終わらせたルトナ。その中で、ある疑惑が浮かぶが、そんなわけない心の中で否定していた。
彼女のそんな心に気づくわけなく、ポチとノヴェルは一度顏をあわせ互いに首を傾げたあと、ルトナの後をついて行った。