コンクリートビルで包まれた街
工事途中だったのか、それともオトナの事情で放置されたか、露出されたままの鉄骨やパイプの数々。
階段や裏道が多く、油断すると迷いそうな通路。
一戸建ては少なく、それまでの街にはなかった高層コンクリートビル。
それらを見たポチのはじめの印象は、まさに別の国だった。
「ここが、躑躅区……なのか?」
「あぁ、そうだよ。」
呆然としていたポチがやっと放った一言は、ノヴェルに呆気なく返される。
「外国に来たようなリアクションだね。」
「いや、俺が今までいたあの街とは全然違うというか……凄いな、ホント。」
「大袈裟だなぁ……さて、というわけで躑躅区に着いたわけだが。」
一つ息を吐き、後ろのベンチで座り項垂れているルトナに声をかける。
「いつまでそこで座りこんでいるんだ?」
「うぅ……もう少しだけ……」
しょうがないな、とノヴェルはため息をつく。彼に吠えるようにルトナか反論した。
「だって!列車に乗ったかと思えば!色々あって!結局さっきまで歩いていたじゃないですか!」
やじを飛ばすルトナを見て、ノヴェルは再度溜息をつき、苦肉の策を提示するように案を切り出す。
「そしたら、僕の知人のところに行こう。そこでならゆっくり休めるはずだから。」
「本当ですか!?」
ルトナの顔が明るくなる。対してノヴェルは苦虫をかみつぶすように、やむを得ないなと呟く。その顔付きを見たポチが、おそるおそるノヴェルに尋ねる。
「因みに、その人とノヴェルの関係は……?」
「仕事仲間だよ。といっても、間接的な関係ではあるけど。」
「ふーん。」
生返事を返しながら、どういった仕事なのか想像するポチ。彼をよそにノヴェルは携帯を取り出し、連絡を連絡する。
ルトナは不思議そうな目で、取り出した携帯を見ていた。そして、ポチに尋ねる。
「あの、薄い板は?」
「え?あぁ、携帯電話のこと?ご主人が使っているのを見たことあるな。耳にあてて会話していたから、遠くにいる誰かと会話できる道具なんじゃないか?」
典型的な質問に感心しながらポチはルトナに説明する。と、同時に彼女が異世界から来た住人であることを思い出した。疑問が浮かんだポチは、ルトナにこの世界のことについて尋ねる。
「珍しいかどうか、ですか?」
「ルトナのいた世界とどう違うのかなぁって。」
聞かれたルトナは、暫く上を見上げビルを見回した。すると次は地面を見つめ、次に街の電柱などを見る。
思わずポチも、ルトナの視線とほぼ同じ方向を見ていた。
考えがまとまったのか、ルトナは急にポチを見つめる。
意表をつかれたようなポチへ、ルトナは答えた。
「なにもかもですわ!」
「そ、そっか。」
「えぇ。この石のような地面も、あのロープが上にかかっている棒も、なにより石のような色をしたこの建物も!どれも私のいた世界にはなかった、新鮮な物ばかりですわ!」
そう答えたルトナは、どこか嬉しそうな表情をしていた。彼女の表情を見たポチもまた、何故だか嬉しく感じた。
誰かとの通話を終えたノヴェルが、二人に話しかける。
「二人とも、ちょっといいかい。これからまた少しだけ徒歩で移動するよ。」
「また移動ですの!?」
「あともう少しだから我慢してくれ。そこまで着いたら一度休憩にしよう。」
そう言い、歩き出すノヴェルとポチ。
ルトナも駄々をこねるもついていく。
すれ違う動物達。彼らとは全く違う方向へ三人は歩いていく。ノヴェルが、ひとつのビルの手前で止まった時、周りには誰もいなかった。
「なんですの?この古いビルは……」
「古そうに見えるけど、中は整備しているよ。」
怪訝な顔をしながら聞くルトナに、ノヴェルはそう答えた。
目の前のビルは、今にも壊れてしまいそうなくらい、老朽化が目に見える。しかし、中を覗いてみると、外の見た目ほど危ういわけではなかった。
ビルの中に入ると、丁度清掃員が廊下を床洗浄機で清掃していた。壁にかかっている装飾も埃ひとつ被っておらず、清潔感が保たれていた。
「おや、お客さんですかな?」
清掃員がポチ達に気がつき、被っていた帽子を取り一礼した。三人もそれぞれお辞儀をする。
そして、ノヴェルが清掃員に尋ねた。
「こちらのビルで待ち合わせをしている。タイマスという雄猫は来ていないか。」
「ということは貴方がノヴェル様……えぇ、来ております。少々お待ちくだされ。今、内線でお呼びいたします。」
そう告げると清掃員は洗浄機をその場に事務室に入り、中にあった電話機の受話器を取った。
ボタンを4回押し、受話器を耳にあてる。
「タイマス様、今しがたノヴェル様が到着いたしました……えぇ、お連れの方もいらっしゃいます……人数ですか?お連れ様は2人いらっしゃいます。……さようですか。かしこまりました。では、こちらにてお待ち頂くよう、お伝えいたします。それでは、失礼いたします。」
話が終わった清掃員は、受話器を元に戻し、事務室から出る。
「こちらまで来るとのことで、ロビーで待っていろとのことです。」
「あぁ、わかった。」
タイマスからの伝言に、ノヴェルが応答する。ほどなくして、エレベーターから一匹のシャム猫が現れる。そしてノヴェルを見るや、うっすらと笑みを浮かべ、こちらに近いてきた。
「久しぶりだねぇ。てっきりここにはもう来ないと思ったよ。」
「そんな馬鹿な。少しばかり休暇を取ると行ったはずさ。」
「あぁ。だから、永久休暇かと。まぁ、元気そうで安心したよ。」
タイマスはそう答えるとポチとルトナを交互に見る。
「君らが付添人か。珍しいね。ノヴェルがパブリック以外の子といるのは。」
「成り行きさ。とりあえず今日は休んでもいいかい?疲れているんだ。特に、そこの白いのがね。」
「構わないよ。情報の共有はまた明日にしよう。」
ノヴェルに親指で指されたルトナはへそを曲げたが、ノヴェルとタイマスは気にせず話を続ける。
「鍵はこれになる。一人一部屋ずつだ。一応同じ階層にしたよ。それと、他の利用客もいるからね。マナーは守ってくれよ。」
「あぁ、助かる。」
タイマスは一人ひとりに鍵を渡した。カード型の鍵に、細長い長方形のアクセサリーがついている。
「今日はもう遅いからね。ゆっくりしよう。」
「やっと休めますのね~!」
両手を挙げ、大喜びするルトナだった。
三人はそれぞれの部屋に入り、翌朝ロビーにて集合することにした。
その日の夜、シャワーを浴びたポチは、部屋にあった寝間着に着替え、ベットに横たわる。
いろいろな事があった、今日の事を振り返る。ただ、自分の主を探し助けたかっただけだったが、異界から来たルトナと名乗る少女に、黒幕と思われる漆黒の伯爵たち……
「見つかるかな……」
小さく、弱音を吐く。このコンクリートに包まれた街のどこかに、自分の主はいるのだろうか。それともまた別の地に運ばれてしまっているのだろうか。
空を掴むかのような目的だと気がついたポチは、突然現れた空虚な不安感に心細さを覚える。しかし、彼は噛み締め、こらえる。
「絶対に見つけると決めたんだ。」
自分に言い聞かせるように、呟く。ポチは目を閉じ、そのまま眠りについた。
同時刻、少し離れた部屋でノヴェルは昼間購入したローカル新聞を読んでいた。三回、扉をたたく音がする。
「誰だ。」
「俺だよノヴェル。」
扉の先から聞こえたのはタイマスの声だった。
扉を開けると、彼はコーヒーを2個持っていた。
「僕もそこそこに疲れていたんだが……」
「昔はもっと過酷だったろう?まぁ、あの化け物や悪魔とは別で積もる話もあるしねぇ。」
笑顔で提案してきたタイマス。ノヴェルはふぅと息を吐き、仕方ないなと呟いた後、彼を部屋の中へ案内した。