東梅駅商店街での誓い
ルトナを仲間に加え、一行は公園を抜け、更に南下する。そして、今までの道よりやや広めな道路へ辿り着いた。
「もうすぐ駅に着くだろう。」
片側二車線の道路を見て、ノヴェルは呟く。
「予想通り、動物達が往来しているな。種類は、犬か猫か雀か……まぁ、こんな所にライオンとか狼とかがいたらほれはそれで恐ろしいけれど。」
「とりあえず、片っ端から話を聞いてみるか?」
すれ違う動物達に手当たり次第、尋ねる。
悪鬼について、異界ゲートについて、今回の異変について、異変が起きてからどんな変化があったかも尋ねた。
しかし、これといった情報はなく、異変についてもあまり気にしていない様子だった。それどころか、殆どの者が異変について受け入れていた。
「人間という、1つの種族に近づいたことで、言葉を話せるようになった……確かに、否定する理由はないだろうね。」
「このままの方が……良いのかな。」
「その人間、という種族とも意思疎通が出来ますもの。いいに決まっているでしょう。」
ルトナはさも当たり前のように、そう答える。そうした世界で生きてきた彼女にとっては、それが常識なのだろう。しかし、ポチはその答えに素直に納得する事はできなかった。
突然、誰かの泣いている声が聞こえる。声に気がついた一行は、聞こえてきた方向を向いた。
「あの子は……」
「はぐれちびっこ、か?」
そこにいた、小さな犬の少女を見てポチがそう呟く。
彼は犬の少女に近づき、尋ねる。
「大丈夫か?お母さんと逸れたのか?」
少女の目の前でしゃがみ、目線を合わせて聞いてみたポチだったが、少女は涙を流しながら首を横に振る。
「違うの。お姉ちゃんから貰ったリボンがどっかいっちゃったの……」
「姉がいるのか……」
「そっか、大事なものなんだね。」
頷く少女の頭をポチがなでる。
「よしわかった。俺達も探すのを手伝うよ。」
「いいの?でも……」
恐る恐るポチの右側を見る犬の少女。
首を傾げ、右側を振り返ると、怪訝な表情をしたノヴェルが、ポチを見ていた。
ノヴェルは、目があったポチに、ちょっとこっち来いと、少し離れた場所まで誘う。
少女とルトナから少し離れた二人は、小さい声で会話をした。
「な、なんだよ……」
「君は少々、他人に優しすぎる……君みたいな性格を人間で例えるならお人よしだ。」
「い、いいだろ別に……困った人間は助けるべきだろ。」
「だとしてもだ、先の胡散臭い白犬と言い、今回の件といい……人の問題に突っ込みすぎるのは良くないぞ。」
胡散臭い白犬、という言葉に反応したルトナが、聞こえてますわよと反応する。が、二人は気にせず話を続ける。
「それに、君だってご主人を探すという目的があるはずだ。あまり複数の事をするのは勧めないぞ。特に君の場合は、そうじゃないか?」
「そ、そりゃあそうだけどさ……いや、でもさ。大丈夫だよ。大丈夫。情報収集も含めて、やってやろうぜ。」
「根拠は?」
「俺と、お前で、なんとかなる。」
どや顔で言うポチの頭を、ノヴェルが軽くたたく。
「なんで叩いた!」
「あ、ごめん。ムカついたからつい……」
「ついって、オイ!」
「君が変な自信を持ちかけたのが悪い。だがまぁ、君は一度決めると曲げないだろうな。」
「あぁ、そうだな。」
肯定するポチを見つめて、ノヴェルはふぅと、息を吐いた。
「これからも、君のそれに付き合うならば、これしきの事、仕方がないんだな……」
そう呟き、ノヴェルはルトナ達へ振り向いた。
「僕とポチで周辺を探してみる。君は暫く、そこのベンチでルトナと休んでいなよ。」
「いいの、黒猫さん?」
少し悪そうに聞く少女に、ノヴェルは微笑みながら答える。
「ずっと探して疲れただろう?あとは僕たちに任せなさい。」
「うん……!」
「よし、そしたらどんな特徴をしたリボンか、教えてくれるか?」
ポチとノヴェルに、犬の少女は自分がなくしたリボンの特徴を伝えた。
「緑色のね、水玉模様で……あとは、紐がついていて、首に巻き付けることが出来るの。」
「ネックレスみたいなタイプか……わかった、探してみよう。」
ノヴェルに対しポチは強くうなずいた。
ノヴェルはハンバーガーショップがある道路沿いを、ポチはその反対側の道路沿いを探すことにした。
「良かったですわね。あのお二方が探している間、あそこで待ちましょうか。」
ルトナの提案に少女は頷き、近くにあったベンチで二人は待つことにした。
「リボンは、お姉ちゃんから貰ったのですわね?」
「うん。いつも遊んでくれたお姉ちゃんから貰ったの……」
少女は膝をぎゅっとつかみ、答える。
「この体になってからも、お姉ちゃんは仲良くしてくれたけど……、お姉ちゃんのお母さんとお父さんは私のことを怖がっていたんだ……」
目を細め、話を続ける。声はだんだんと、か細くなっていた。
「それで、お姉ちゃんと一緒にいづらくなって、今は他の子達と一緒にいるんだけど……」
「たまにお姉さんの事が恋しくなってしまうのですね……それで、頂いたリボンを大切に……」
「うん……」
少女の返事は、今にも泣きそうな、とても弱弱しいものだった。
そんな彼女の頭を、ルトナは優しく撫でた。
「大丈夫。あのお二方が、きっと見つけてくれますわ。」
「白いお姉ちゃん……」
「そうでしょう?」
前を向いて、ルトナは尋ねる。
それに答えたのは、ポチだった。
「あぁ、任せろ!!」
「柴犬のお兄ちゃん……!」
「ついさっき、それっぽい物を持っている悪鬼を見つけた。一緒に来て確かめてくれるか?」
提案するノヴェルに、少女の表情が明るくなり、元気に頷いた。
ノヴェルが案内したのは、大通りから少し離れた小道だった。
「あの悪鬼が持っているのが、そうじゃないのか?」
一行の視線の先にいた一匹の子鬼。その手にあったのは、子犬の少女が言っていた特徴とそっくりのリボンだった。
少女も確信したのか、強くうなずいた。
「さて、じゃああれをどうやって捕まえるか……」
「捕まえるも何も、すぐに倒そうぜっ」
飛び出そうとするポチの服を、ノヴェルがつかむ。
「罠だったらどうするんだい?」
「ぐぅ、そうかもしれないけど。苦しいから一回離してくれ……」
そう言われ、服を放すノヴェル。むせたのか、ポチは軽い咳をした。
「とりあえず、慎重に行こうか。」
「わかったよ……」
一行は子鬼を尾行する。
気のせいか、彼の鬼は少し嬉しそうな足取りをしていた。大方、子犬の少女のリボンを拾い、浮かれているのだろうか。そんな考えを持ちながら、一行は尾行を続ける。
道を曲がり、結果たどり着いた場所は、小さな公園だった。遊具も滑り台やブランコぐらいしかないものといった基本的なものが建てられており、入り口とは対角的な場所に公衆便所が設けられている。
その公園の中心に、鬼とは違う変わった姿をした女性がそこにいた。
「アレは……悪鬼達の仲間か?」
「仲間、というより……女王様かしら?」
物陰から覗きながら、ルトナは答える。
大鷹のような見た目をした女性の周りには小鬼が数匹取り巻いている。
そこに先ほどの小鬼が合流し、小鬼はリボンを女性に渡す。
「あら、見つけたのかしら……?」
リボンを手に取る女性、しかし目的の物とは違ったのか、リボンを捨てる。
「コレじゃないわ。やり直し。」
落ち込む小鬼に、リボンを投げつける女性。
それを見たポチは思わず物陰から飛び出す。
「おい、何するんだ!」
「なに……というより誰よ、あなた?」
隣で頭を抱えるノヴェルをよそに、ポチは女性に訴える。
「それはこの子の大事なものなんだぞ!」
「そんなの知った事ないわ。」
女性は、一行を一人ずつ見る。ルトナが身につけていた金色の鍵を目にした彼女は一驚する。
「その鍵は……!」
女性に言われ、鍵がはみ出していたことに気がついたルトナは、もう一度それを隠す。
「どうしてあんたみたいな汚らしい子犬が持っているのかは知らないけど、思いがけない掘り出し物が見つかったわね。」
「貴方、この鍵を知っておりますの?」
睨みながら聞くルトナに、女性は笑いながら告げる。
「少なくとも、貴方みたいな小汚い輩が持つものではないわ。そうねぇ……それを持ちかえれば、伯爵様から大変お褒めのご褒美をいただけるかも……」
一人、妄想にふけた後、リボンを小鬼から奪い取り、ポチ達に見せつけるように告げた。
「このリボンと引き換えにっていうのはどうかしら?」
「そ、それは……」
「出来るわけありませんわ!卑劣ですわよ!」
まさしく吠えるように、ルトナは女性に答える。
吠えられた女性は少し残念そうに眉をひそめたあと、睨み殺す勢いでポチ達を睨みつけ大きな声で
「ならば、力ずくで奪ってやるわ!やりなさい下僕ども!!」
「しょうがないか……君は下がっていてくれ!」
ポチは犬の少女にそう告げたあと、自分の武器を構えて相手を見る。
相手側も準備万端といった様子でこちらを見ていた。
「やっておしまい!!」
女性の掛け声で鬼達がいっせいに走り出す。
ポチとルトナもそれぞれ応戦しようとしたその時、こちらに走ってきていた鬼の中の数体が、銃声と同時に途中で倒れ伏せる。
銃声は、女性の後ろ側から聞こえてきた。振り返った先には、ノヴェルがリロードを済ませていた。
「なっんですって…………!??」
「少人数だから、力ずくでなんとかなると思った?少こしは頭脳があるかと思ったけど、失望したよ。」
そう言い、ノヴェルは引き金を引いた。しかし直前で女性が左から右へ、大げさに片腕を振り、自身とノヴェルの間に不透明な壁を作る。そして、ポチ達との間にも壁をつくり、逃げ道を作った。
「……なるほど。君もこの世界の動物じゃないと。」
「ガキが、調子に乗るんじゃないわよ!おい、アンタ達、とりあえず撤退よ!」
女性は、小鬼達を連れて逃げていく。ポチ達もすぐにその背中を追いかけて行った。
途中、迎え撃つ悪鬼達を払いつつ、追いかけて行った先は、東梅駅の北側にあるタクシー乗り場だった。
ただ一つそびえ立つ広葉樹の頂点に、女性はいた。
「見つけたぞ!さっさとそれを返せよ!」
ポチは訴える。それに対し、女性は片腕を空に掲げ答えた。
「……アンタ達の下らないヒーロー気取りはこれでおしまい。諦めてお家に帰りなさい。さもなくば……」
女性の手前、空中に黒く禍々しい穴が開く。
「痛い目見るわよ。」
告げたと同時に穴から巨大な象に似た生き物が現れた。
象は、唸るように鳴き叫び、すぐ近くに放置されていたタクシーを踏み潰した。
衝撃が、ポチ達のところまで届く。それだけで吹き飛ばされそうになった。
「まさか、あの穴を使って何かを呼ぶ事が出来るとはね……」
「今までとは比べ物にならない大きさの悪鬼……こんな大きなものが存在していたなんて!!」
驚愕するノヴェルとルトナに、大鷹の女性は高笑いをする。
「このまま為すすべもなく、押し潰されしまいなさい!」
「……なるほどな。お前が、あの鬼達のボスって事なんだな。ご主人達を連れて行くよう命じたのも、お前が命じたことなんだな?」
一つずつ、確認するように聞くポチ。
心理を察した女性は、嘲笑いながら挑発する。
「そうね!その通りだわ!でもそれがなんだっていうの?飼い主がいなくなって寂しい?滑稽だわ!私達は人間を有効活用しようとしてるだけよ。たかだか数年一緒にいただけで生まれた薄っぺらい情があるなら、そんなもの捨ててしまいなさいな!それとも、どうしても気に入らないなら?助けに来れば?まぁ貴方には出来ないでしょうけど!!」
「……あぁ、そうするよ!!」
女性にそう答えたポチは、得物を強く握りしめ、巨大な象に向かって走って行った。
巨大な象が、足踏みをする。それにより生まれた衝撃をポチは躱わし、近くにあった建物をよじ登り、大鷹の女性に近づこうとする。
雄叫びをあげ、彼女に向かって飛びかかるポチ。しかし、先ほどと同じ、不透明の壁がポチを隔て、巨大な象の鼻によりノヴェル達の元まで吹き飛ばされてしまう。
「がっ……!」
一度膝をつくが、持ち直すポチ。息を整えながら睨んでくる彼に、大鷹の女性は疑問を投げかける。
「……僅かな間しか生涯を共にしていない相手に何をそこまでの情をかけることができるの?」
「僅かなんかじゃない。俺にとっては、それが全てなんだ!」
「あぁ、そうだな。だからこそ、それを求める。そうだったな。」
再び両足で立つポチに、ノヴェルが同意する。
「僕にとっては、たいして変わらないことだったが、君やそこの少女にとっては、飼い主と共に暮らすことがなによりの幸せだろう。なら、それを取り戻そうじゃないか。」
ポチの左隣に立ち、そう告げる。
そして、右隣にはルトナが立ち、彼女もポチに思いを告げる。
「私はここの世界の住人ではないので、わかりませんが……あなたが言うのですもの。きっと、それで間違いないのですわね。」
尋ねるルトナに対し、ポチは頷く。そして彼は再び大鷹の女性を睨み答える。
「だからこそ、こんなところで終わるわけにはいかない……!」
今度は、ノヴェルと共に走り出すポチ。ルトナも後から二人について行くように走り出した。
「所詮、ただのエゴに過ぎないわ……そんなもの美しくない、醜いエゴよ!」
大鷹の女性は、黒い穴を幾つも開き、そこから小鬼を呼んだ。それらを一斉に突撃させる女性。
しかし、それらを一行は蹴散らして行く。ポチが先陣を切り目の前の敵を蹴散らし、活路を開く。ノヴェルは、襲いかかる敵達を返り討ちにする。ルトナは、遠方からの追撃に対し魔法で応戦していた。
「たかだか三匹相手に……!」
追い詰められ、苛立ちを見せる大鷹の女性。
巨大な象に、大きな衝撃波を生み出すよう命じる。巨大な象は、左足を大きく垂直に上げ、そして重力に任せるように下ろした。
下ろした場所は地面が割れ、衝撃が周りに伝わる。
上にいる大鷹の女性をどうにかしないといけない。彼女を見上げながらそう思ったポチに、ルトナが声をかける。
「お行きなさい!私が足場を作ります!ノヴェル、貴方も!」
衝撃波により吹き飛ばされる寸前、ルトナが生んだ風に乗り、二人は大鷹の女性へ近づく。
先にポチが上がり、大鷹の女性の気を引いた一瞬をノヴェルは見逃さずに銃弾を放つ。それにより生まれた怯みに、ポチは追撃した。
「おおおおおおおおお!!」
雄叫びを上げ、得物を力強く振り下ろす。
大鷹の女性に壁を作る余裕はなく、下にいた巨大な象諸共、地面に叩きつけられた。
巨大な象が、その場で倒れる。小規模の地震ではないかと思うほどの揺れが発生した。
「こんなところで……終わるはずがない!」
蹌踉めきつつも、立ち上がる大鷹の女性。
彼女は自らの翼を広げ、上空へ飛び上がった。
「貴方達のその醜い姿、覚えたわ!このままで済むと思わないことね!」
「待て!!」
ポチの呼び声を聞かず、大鷹の女性は東へ飛んでいった。
「放っときな。とりあえず、取り返すものは取り返したし、ね。」
そう言い、ポチにリボンを見せる。
「とんでもない馬鹿力だったな……まぁ、そのおかげで取り返したんだけどね。」
お互いに軽く笑い、そして巨大な象を見る。
消滅が始まっており、既に半身以上がその場から消え去っていた。
「悪鬼……か。」
「それよりも、黒幕の集団が操っていたことが重要だろう。奴らにとって、こいつらも人間も、自分の欲望の為の駒に過ぎないってことだね。」
ノヴェルの言葉を聞いたポチは、拳を強く握りしめる。
「伝説通り、あの者たちは自己欲のために動く集団だったのですね……」
「あんた、生きていたのか。」
毒舌を放ったノヴェルに対し、ルトナは酷いですわと答える。
「犬のお兄ちゃん!!」
少女がこちらに駆け寄ってくる。
ノヴェルからリボンを引き渡されたポチは、それを少女に渡す。
手元に戻ってきたそれを見つめ、少女の顔は安堵の表情に満ちた。
「ごめんな、ちょっとボロボロにしちゃった。」
ポチの言葉に、子犬の少女は笑顔で首を横に振る。ポチも思わず笑顔になり、更に告げる。
「兄ちゃん達があいつらをやっつけてやる。そして、あの時のような、ご主人達と笑って暮らせるような日々を取り戻すからな。」
「……うん!」
子犬の少女を、彼女の仲間達のところまで見送り、別れた三人。
「さて、とりあえずあの女が向かった方向に行ってみるか……」
「近くに駅がある。さっきあの子を見送る最中動いているのが見えたよ。」
「メイブリックみたいに、誰かが人の代わりになっているのか?」
「恐らくね。」
「では、早速行きましょう!」
会話するノヴェルとポチの背中を、ルトナが押す。一驚したノヴェルがルトナに聞く。
「なんだ、随分とやる気じゃないか。」
「善は急げ、でしょう?それに、あの婦人がおっしゃっていた伯爵とやらが少々気になりまして……妙な胸騒ぎがしますの……」
「さっきの大きい方の公園で言っていた、漆黒の伯爵ってやつか?」
ルトナは頷く。
もし、大鷹の女性が言っていたことが本当ならば主人の身が危ないかもしれない……そんな不安がポチの心を包む。
「とりあえず、商店街で準備してから出発しよう。この先、何が起こるかわからないからね。」
「あ、あぁ……そうだな。」
ノヴェルの提案に頷くポチ。
無事にいてくれることを願い、そして必ず助けることを再び胸に誓ったポチは二人の後を追って商店街へ入っていった。