白犬の少女
ポチとノヴェルは、桜街道を進み、隣街の梅市に入っていた。
「梅市自然公園……?」
道を進んだ先左手に見える公園、その入り口にある公園の表札をポチは読み上げる。
「そういえば、ここを通って行った方が近道になるな……」
「なら、こっちから行った方が良いか!」
「そうだね。でも慎重に行こう。何がいるかわかったものじゃないからね……」
ノヴェルの提案にポチは頷き、二人は公園の中へ入った。
公園から入り正面に通路がある。また、右手には少し広めの広場があり、奥には雑木林が見える。公園の中には、一般市民も鬼もいない。
「意外と、いないもんだな……」
公園の通路を歩きながらポチは呟く。
「そうだね。まだ警戒を解くわけにはいかないけれど。」
「なあ、あそこで誰か倒れていないか!?」
ポチは通路の先にある噴水広場へ走る。
ノヴェルは眉間をつまみ、後を追っていった。
「おい、大丈夫か?」
ポチは噴水広場のベンチで横たわっている少女の肩を叩きながら、呼びかける。
「人の話を聞かないかっ」
「あでっ!」
「う、うーん……」
追いついたノヴェルに後頭部を突かれたポチから変な声が出てきたとき、横たわっていた少女も反応する。
その白犬の少女はゆっくりと目を開き、仰向けの状態で辺りを見る。
目があったポチは、彼女に話しかけた。
「大丈夫か?ここでずっと横たわっていたみたいだけど……」
「えっ……?」
思考を巡らせているからか、白犬の少女は口を開いたまま何も喋らない。
自分の現状に整理がついたのか、彼女は目を開き、勢いよく起き上がった。そして彼女は慌てて自分のポケットに手を入れ、中を確認する。
ポケットから取り出したのは、透明な石で覆われた金色の鍵。それはチェーンによって、白犬の少女のベルトに繋がられていた。
鍵を手にした白犬の少女は、安堵の表情を見せる。
「良かった……」
「もしもーし?」
「!??」
ようやくポチとノヴェルの存在に気がついた白犬の少女は、立ち上がり二人を睨む。
「えぇ……」
「あのさ、さっきからここにいたんだけど。君に何もしなかったよね?」
「貴方達は、いったい……!?」
二人を見ることで自分と様子が違う事に白犬の少女は気がつく。二人もまた、彼女の風貌がこの世界で普通ではない、どこかメルヘンは服装である事に気がつく。
「なんか、ご主人の妹さんと似た服着ているな。」
「……もしかして貴方達、ここら辺の人なの?」
「俺たち隣町から来たんだけど……あれっそうなんだよな?」
「あぁ、もうここは桜市じゃないね。」
「そう……」
恐る恐る聞いた問いに返ってきた応えを聞き、白犬の少女は再び安堵する。
「アンタはここら辺の人なのか?」
「ええっと……私、実は」
白犬の少女が何かを言いかけたその時、三人の噴水の中央に禍々しい穴が開かれた。
「あれはっ」
「異界ゲート!!」
ノヴェルが話すよりも先に、白犬の少女がそれの名前を言う。それも、彼女はその穴の名前を知っていたようだ。
何故知っているのか、白犬の少女に問いただそうとするも、先に穴から鬼が現れる。普段に加え、今回は紫色の肌をした4本足の獣も現れた。
「あいつは、君と仲良くなれるんじゃないか?」
「そんなわけないだろ!!」
互いに得物を構えながらそんなやりとりをする。
二人は互いの背中を合わせた。ノヴェルは小さい鬼が二体、ポチは一体の小さい鬼と紫色の獣に向いている。
「もう片方の迎撃、頼むよ。」
「あぁ、そっちは任せた。」
そして二人は互いの正面にいる敵に攻撃を始めた。
確実に二体の鬼へ弾を打ち込むノヴェル。しかし二体の鬼は怯んでしまっても、その場に倒れる事はなかった。
「……硬い!?」
動揺しながらも何発も銃弾を当てるノヴェル。
一方、ポチは一体の鬼は倒したが、紫色の獣に翻弄されていた。獣に対し何度も飛びかかるが、何度も回避される。
「くっそ、早いな……こうなったら!」
そう呟き、ポチは足に力を入れ、更に速く跳びかかる。が、それさえも獣にとっては大したことの無いものだったのだろう。先ほどと変わらず難無く避けてしまう。
右に避けた獣はポチの背中に回り込み、死角を狙う。
「やばっ……!」
振り返った時には獣は既に目前まで来ていた。
口を大きく開き、噛み付かんとする紫色の獣。反射的に両腕を交差し顔を防ぐが、獣がポチを喰らうことはなかった。
鈍い音がした。しかしそれはポチのものではない。ポチの目の前にいた紫色の獣が何かに吹き飛ばされた音だった。
紫色の獣が吹き飛ばされた方向とは真反対の方向を見る。そこに立っていたのは、先ほどの白犬の少女だった。紫色の獣に対し、自分の左手の平をかざすように向けていた。
「今のは……?」
「説明は後で行います!まずは、先に目の前の悪鬼を!!」
「あ、ああ!」
「私が風を出してます!貴方はそれに乗って、あの悪鬼を倒してください!」
先ほど、紫色の獣が当たったものは風だったようだ。
しかしそれでもポチは、彼女の言っていることがわからなかった。現実問題、風に乗ることは可能なのか、そもそもソレは、見えるものなのか、彼の中には疑問が残ったままだった。
しかしまずはあの獣を倒さねばならない。怯んでいる今が、一番勝機が高かった。だからポチは走った。そしてその数秒後、白犬の少女は再び手をかざす。
そこから現れたものは、確かに存在した。不透明な何かが手の前で渦巻いている。ソレこそが、彼女いう風なのだろう。
そして白犬の少女はソレを獣へ向かって放つ。
「さぁ、乗ってください!!」
半ば投げやりにポチはソレに飛び乗った。風の勢いに任せ、先ほどよりも更に速く、ポチは紫色の獣に辿り着く。
雄々しく叫びながら、紫色の獣へ自分の得物を振り当てる。獣は反応出来なかった。
「やった!」
彼女は少し喜ぶ。
打ち上げられた獣はなすがままに地面に叩きつけられ、その後動くことなく消滅していった。
「……すげぇな。アンタ。」
「えっいや、それほどでも……」
白犬の少女は少し照れる。
「そっちもなんとか片付いたようで、何よりだ。」
ノヴェルが左手で右腕を抑えながら二人に近づく。
右腕には切られた傷が左手から少し漏れていた。
「どうしたんだ!?」
「なに、ちょっと強引にやっただけさ……っ」
顔を険しく歪ませるノヴェルに、白犬の少女が近づく。彼女はノヴェルの右腕を両手に取り、目を瞑った。そして、何かを呟いたあと、ノヴェルの右腕を光が包んだ。
「なん……だ……?」
「腕が……治った……?」
驚いた顔のまま、ノヴェルは自分の右腕を振る。
「さっきの風といい、ホントに凄いな……!どんなトリックを使ったんだ?」
「いや、トリックというより、マジックだろ……」
右腕を見ながら、ノヴェルはポチを否定する。
「さっきの穴を知っている発言といい、僕たちが鬼と呼んでいるアレを別の名前でいう……そして、この世界では知られていないその魔法……」
視線を右腕から白犬の少女へ向ける。
「君は、この世界の生き物じゃない。何者なんだ?」