桜街道の茶羽鳩と老いた鼠
桜街道道中をポチとノヴェルは歩き続ける。その途中で二人は、鬼に襲われている鳩を見つけた。
何かを大事に抱えながら、袋叩きされる鳩。このままでは彼が危ない。そう思った二人は助けに向かった。
幸い、鬼は少数だった為、難なく退治することが出来た。
「やぁやぁ、助けてくれてありがとう。とても助かったよ。」
助けられた鳩は二人にそう伝える。
ポチは、膝の汚れを払いながら答えた。
「いいって。俺はポチ。ご主人を探している。」
「僕はノヴェル。まぁ、こいつの付き添いみたいなものだ。」
「君達は名前があるのか……そうか、飼われてたんだね。」
アンタの名前は、とポチが聞く前にノヴェルが察する。
「なるほど、君は野生の鳩か。」
「そういうこと。まぁ、私の羽は見ての通り茶色くてね……ここいらじゃ珍しい種類だから、メイブリックと言われている。まぁ、詳しい由来は知らないし興味がないがね」
「メイブリック、ねぇ……僕たちもそう呼んで平気かい?」
「あぁ、構わないよ。」
その鳩、メイブリックにポチは尋ねる。
「そもそも、なんで襲われていたんだ?」
「あぁ、これを返して欲しくて勝負を挑んだんだが……囲まれてしまってね。」
そして、メイブリックは持っていた郵便袋を掲げて二人にみせる。
ポチは首を傾げていたが、ノヴェルはその袋がどんな用途かすぐに思い出した。
「あぁ、手紙を送るための……か。」
「手紙?」
「人間が情報や用件を伝える為の道具だよ。なんだ、君はそんな事も知らないのか。」
「あーはいはい、なるほど。それならご主人がまだ小さかった頃に貰ったことがあったな。」
ポチは頭をかきながら明後日の方向をみてそう答える。おそらく、想像は出来ているが、理解はしていないだろう。そう思ったノヴェルだが、言及したところでこれ以上の発展はないと判断し、口には出さなかった。
代わりにノヴェルは、メイブリックに聞いた。
「それで、君がそれに拘った理由は、さながら人間どもの伝書鳩になるためにかい?」
「あぁ、そうさ。今までの恩返しも含めてね。」
「恩返し?」
聞き返すノヴェルに、メイブリックは頷く。
「公園で毎日食料を分け与えてくれた人がいてな、その人は、いつもひとりぼっちだった……夫は先に遠くへ旅立ち、息子家族は仕事の都合上、こちらには帰ってこれないらしい。」
「だから、いつも公園にいたってことか。それで、なんで手紙に繋がるんだ?」
「あぁ、それはね…………人の繋がりを断ちたくなかったんだ。」
メイブリックは思い出を語りだす。
「私がまだ普通の鳩だった頃、公園によく来ていたご老体がいた。そのご老体は、昔こそ家族と住んでいたようだが、今は一人でくらしていたらしい。」
「家族は?一緒に住まなかったのか?」
「妻が、先に遠い離れた場所へ旅立ったと、彼は話していたよ。息子家族もやや離れていたところで生活しているらしい。」
「そうなのか……それは、一人で寂しいんだろうな。」
「いや、彼はそのようには見えなかったな。」
メイブリックはポチの考えを笑顔で否定する。
「公園には他の人達もいて、彼は仲良くしていた。それに、家族からの手紙もあったらしい。手紙が来るたび、彼は嬉しそうに私達に話してくれていたよ。」
「手紙。」
「あぁ、彼にとって手紙というのは、相当大切だったに違いない。それに、今の状況だと人はなかなか外に出にくいだろう。それでも、連絡手段は必要だと思ってね。」
「だから、君が郵便屋となるってことか。」
「あぁ。私の他にも協力してくれる者がいてな。これから、皆のところに行くところだ。」
メイブリックは、ポチ達が歩いてきた方向を指す。
「そうか、そうなると俺達とはここでお別れだな。」
「あぁ、元気でな。」
そういってメイブリックは去っていった。
「僕達もいこうか。」
「あぁ。」
ポチ達は、メイブリックとは反対方向に歩きだす。
ここから先、目指すは桜市の隣にある梅市。現在地点からだと、梅市にある商店街の方が近かったからだ。
二人は桜街道をさらに南下する。異変が起きる前は車が往来していたこの道も、今では通るものが少なくない、過疎地のひとつとなってしまった。異変が起きてから数日経ち、人間が外に出ることは殆どなくなってしまった。
「なぁ、あいつらってなんで人を襲うんだろうな。」
唐突に、ポチはそう呟く。
ノヴェルは少し鬱蒼な表情で答える。
「知らないよ。それに、そんなこと知ってどうするんだい?」
「いや、まぁどうするかとかは考えてないけど……気になっただけだよ。」
ノヴェルの様子にポチは戸惑う。
頭をかいて、他所を見るポチを見て、ノヴェルは溜息をついた。
「……君が自分の主を心配しているのはわかるが、そんな事気にしたって不安を煽るだけだ。忘れなよ。」
「あぁ……そうだよな。」
更に進んだ先で、黄色い看板のコンビニエンスストアが見える。
「見えた!あれが目的地だ。」
「ようやくか。腹が減ったぜ。」
二人は安心し、近づいていく。
意外にも鬼達の姿はなく、平常に動いているように見えた。電気も通っているようだ。自動ドアも正常に動いている。
中に入ると、人の気配はなかった。軽快な音楽とともに、中で売っているホットスナックの宣伝が流れている。
「やぁ、やぁ、やぁ。お客さんだねぇ。」
何処からか声がする。辺りを見回すが、見当たらない。するとカウンターで広げられていた新聞紙が音を出す。
「ここだよ。幾らあたしが小さいとはいえ、気がつかないのは酷くないかい?」
「あ、あぁ……すまない。」
ポチはそこにいた、老いた鼠に謝る。一方ノヴェルは御構い無しに店の中を歩き回っていた。
「弁当や食料の賞味期限が過ぎていない……」
「うちのお店は、知り合いのつてで仕入れているのさ。なぁに、危険なものは入れてないよ。」
「そこまでして、なにが目的なんだ?」
「目的だって?そうさねぇ……ただ単に、退屈だから始めたに過ぎないんだけれどねぇ。」
そんなものか、とノヴェルは捉える。
「ところで、お前さん達は何用だったかね?」
「あぁ、食料を調達しに来た。」
ノヴェルはレジカウンター越しに老いた鼠に告げる。
「旅の者でね、僕らは今からこいつの飼い主を探しに行かねばならない。出来れば保存がきくものがいいんだが……」
ポチを指差しながら、ノヴェルは老いた鼠に説明する。老いた鼠は、少し考えたあと、商品棚からいくつかの携帯食料等を持ってきた。
「人間の食べ物やが、ここらへんの物が長持ちするねぇ。」
「加工食品か……まあ確かに3年はもつかもしれないが……」
「あ、これ知ってるパサパサしてるんだよな。」
「君は食べたことあるのか」
ノヴェルの問いにポチは頷く。
「美味そうだから、一回だけ。ご主人に怒られてそれ以降食べてないけど。」
「……どれを食べたんだ?」
「これだったような。」
ポチが選んだ箱には茶色い文字でチョコレート味と書いてあった。
「よく生きていたね。」
「???」
他に商品を選び、買い物を済ませた二人は、コンビニのなかにある休憩所で休む。
「金なんてよく持ってたな。」
購入したサンドイッチを食べながらポチに、ノヴェルは答える。
「こんな事もあろうかと、用意していたんだ。鬼達が落とすから金もまだある。」
「なんでアイツらが持ってたんだ……?」
「さぁね。珍しいから持っていたんじゃないか?」
アイスコーヒーを飲みながらノヴェルは答えた。
「しかしまぁ、まさか他の動物達が人がやっていた仕事をするなんてな。」
先ほどのメイブラック然り、この店の店主然り、昨今では動物だった者が、表に出れない人々の代わりに仕事をこなしているようになっていた。
「交通機関も普及しそうだってね。電車も動きそうだ。」
「それを使うとどうなるんだ?」
「遠くまで行けるのさ。それも、座ったままね。」
「便利だなぁ……って、何見てるんだ?」
ポチは、ノヴェルが手に持っていた広報誌を指して聞く。ノヴェルはそれをポチに渡して答えた。
「新聞だよ。これも他の動物が発行したんだろうね。」
「ふぅーん、みんなよく、使い方とか仕事のやり方がわかるよな。」
「君みたいに単細胞じゃないからね。」
「なんだとっ」
ノヴェルは笑いながら冗談だよと言う。
「元々その仕事に興味があったんだろうね。興味があったから、その仕事をずっと夢中に見ていて、真似したいと思っていた。だから、人間に近い姿となった今、人間の代わりに出来るんだろう。」
「そんなもんかねぇ……」
「そんなものだよ。」
ノヴェルはそう答え、アイスコーヒーを飲み干した。
「人間に近い身体になったおかげで、こういったものも飲めるようになったし、そういった意味ではこの姿になって正解だったよ。」
「ふぅん。」
ポチもサンドイッチを食べ終える。
「さぁ、そろそろ行こうか。」
「あぁ。お婆さん、ご馳走様。」
「気をつけてねぇ。また来なよ。」
老いた鼠に頷いて答えたポチと、ノヴェルはコンビニを出る。
「それで、次はどこに行くんだ?」
そう聞いたポチにノヴェルは背中を向けながら答える。
「あぁ、目的は決めてあるんだ。次は駅を目指そう。そこで、人間の情報を集めるんだ。」
「良いな、それ。賛成!」
再び二人は歩き出す。
目的地は、ここから南下した先、梅市になる。
彼らの旅は始まったばかりだ。