柴犬のポチ
走る。
白昼の住宅街を、どこまでも。何処かへ行くわけではなく、ただ、走る。
「おい、来ているか!?」
二匹のうちの片方、柴犬のポチは聞く。
「知らないよ!そんな事を考える暇があるなら、走る事に集中しなよ!」
もう片方の黒猫は、半ばイラついた声色で返す。
柴犬は押され気味の相槌をうって走る事に集中した。
それから暫く経ち、二匹は民家のガレージに身を潜めていた。
「流石に、撒けたかな……」
黒猫は息を切らしながら、そう呟く。ポチは鼻で周辺を嗅ぎ、確認した。
「ここから離れたみたいだ。なんとかなったな……」
安堵が混ざったため息が、ポチからもれる。
「しかし、折角の良い食料庫が敵の罠だったとはなぁ……」
「警備、ザルだったけどね。誰かさんがお馬鹿さんなせいでバレたんだけどね。」
「うっ……」
言葉が詰まったポチは話題を変えようとする。
「そういえば、勝手に入ってきて良かったのか……不法進入して悪かったなぁ。」
「こんな状況で、人間なんていないだろう……それより詫びれる相手がいるんじゃないか?」
「……ごめん。」
「いいよ。」
黒猫は立ち上がり、外を見る。
「散々走り回ったから現在地がわからないけど、多分近くに商店があるだろうし、そこで調達すれば良いさ。」
外に誰もいない事を確認した黒猫は、手の甲を下にして手を招く。
「僕を誰だと思ってるんだい?情報なら任せなよ。」
「サンキューな、ノヴェル。」
ポチは、黒猫の名前を呼び立ち上がった。
二匹は、ふたつの後ろ足で歩き出す。まるで人間のように。
元々ただの動物だった自分達が、一体どうしてこうなってしまったのか、ポチはまだ知らなかった。
異変が起きたその日、ポチはご主人と一緒に日課の散歩に出ていた。心地よい天気に心踊っていたポチとご主人の前に、突然禍々しい色を放つナニカが発生した。呆然と立っている一人と一匹の前に、ナニカから鬼のような生物が現れる。
危ないと思い、先制をしかけたポチだったが、返り討ちにあい、気を失ってしまう。
次に目が覚めた時、ご主人の姿は無かった。そして何よりの変化は、自分の行動がまるで人間に近づいていたことだった。それは、ポチだけではない。ノヴェルも、他の動物も、皆が人間に近い立ち振る舞いや、思考を持つようになった。
「っ、ノヴェル。待ってくれ。」
普通とは違う匂いを感じたポチは、ノヴェルの首根っこを掴む。
振り向いたノヴェルは、やや仏頂面だった。
「いくら皮が伸びやすくて掴みやすいからって、首根っこを掴むのはやめてくれないか。」
「あ、あぁ。ごめん……じゃなくてっ」
「わかっている。“鬼”だろう。」
ポチは頷く。
七歩先に突き当たり。柴犬は匂いが強くなる方へゆっくり躙り寄る。
角に隠れながらポチは覗く。予想通り、そこには鬼に似た見た目の何かがいた。
「何人いる?」
「一人……いや、奥にもう二人いるな。」
ポチは恨めしそうに鬼を見つめる。
異変が起きたあの日、今では“世界の割れ目”と言われるあの穴から出てきたあの化け物は、理由はわからないが街中を巡回している事がある。
ご主人はあいつらに連れ去られたのかもしれない……そう思うと、憎くて仕方がなかった。
「…………ノヴェル。」
「全く、しょうがないな……まぁ、もともとそっちに行く予定だったから、構わないよ。」
「……悪い。」
ポチはすぐ近くにあった、おもちゃの刀を手に取った。
「あり合わせしかないけど、しょうがないか。」
「さっきまで持っていたものはどこに?」
「逃げてる途中に落とした。」
「アレをか!?あんなに手に馴染んでると言っていたアレをか!?」
ノヴェルは驚いたあまり、持っていたガスハンドガンのマガジンを落とす。
「君はどこまでドジを踏めば良いんだ……」
「なんか、ごめん……まぁでも、1人ずつやればなんとかなるだろう。」
楽観的だな、とボヤきながらノヴェルは落としたマガジンを拾う。
ふと、ポチを見ると、彼は笑みを浮かべていた。そして、彼はこう返す。
「だって、何かあった時はアンタが助けてくれるんだろ?」
「……やれやれ、信頼されるのも困りものだな。」
互いが頷いたのを確認すると、まずはポチが先陣を切った。
目の前の鬼は、明後日の方向を見ている。素早く、しかし慎重に、ポチは近づいて行く。
五歩手前まで近づいたポチは助走をつけた。
四歩手前、彼は持っていたおもちゃの刀を強く握りしめる。
三歩手前、彼の視線は鬼の後頭部に注目していた。
二歩手前、既に持っていた刀を振り上げていた。
一歩手前、鬼が異変を感じ後ろを振り向こうとする。が、遅かった。
「おおぉぉぉ!!」
ポチは叫ぶ。
大振りのおもちゃの刀は、鬼の両目に直撃した。
両目を抑える鬼の身体に数度、おもちゃの刀を振り当てる。
最後の一撃を受けた鬼は身体を立てることが出来ず、その場に倒れこむ。
遠くにいた仲間が此方に気がつく。2人同時に走り出した、片方の額にBB弾が撃ち抜かれる。
もう片方はポチの猛攻を得物で防いでいる。これでもと、勢いよくおもちゃの刀を当てたポチは、流れるまま後ろを向く。
好機だと思った鬼は、持っていた得物を振り上げる。
「ノヴェル!!」
ポチが呼ぶと同時に、ノヴェルは引き金を引く。
放たれたBB弾は、鬼の手に命中し、痛さのあまり得物を離してしまう。同時に、先ほど額を撃たれた鬼が起き上がり、ノヴェルに向かって走り出した。
隙を見せた鬼の急所に、ポチは力を入れおもちゃの刀を当てた。急所に当てられた鬼が倒れたと同時に、もう一人の鬼が通り過ぎる。すかさずポチは足元にあった鬼の得物を拾い、ノヴェルを狙う鬼めがけて投げた。
「……結構危なかったじゃないか。」
後頭部に当たり、ノヴェルの二歩手前で倒れた鬼を目にしてノヴェルがつぶやいた。
気絶した鬼は黒い靄となり、消失した。
「桜街道だ。」
狭い住宅街を抜け、互いに一車線ずつある通りに出るとノヴェルがそう呟いた。
太陽が出ている方向を指差し、ポチに告げる。
「おそらく南下すればコンビニがあるだろう。」
「そこに行けば食料があるか?」
「あぁ、荒らされていなければね。」
ノヴェルはそう言い、歩き出す。ポチも頭をかきながら後をついていった。
異変が起きてからどれ程の日が経っただろう。
あれから、人間を表で見ることは滅多になくなった。鬼が人間を誘拐してしまうからだろう。多くの人間が誘拐され、残った人間達も迂闊に外に出られない状況となってしまった。
「行こうか。吉と出るか凶と出るかは、行ってみないとわからない。」
「……そうだな。また何かあった時は、頼むぜ相棒。」
笑顔でそういうポチに、ノヴェルは笑って返す。
「君に相棒と言われてるのは、まだ早いような気がするけどな。だがまぁ、よろしく頼むよ。」
二人は軽いハイタッチをして、歩き出す。
その旅路が、長い道のりであることも知らずに。
新名クロです。
生き別れの双子の弟の兄が友人と合同でゲームを作る予定のようで、今回はそのシナリオを使った話を書きました。
これについてはこれからも書き続ける予定ですので、よろしくお願いします。