第八話
※綾香の苗字間違ってたので修正orz
弁当ミッションは無事に完了したと思っていたのだが。
「今日はお弁当届けてくれてありがとうね。ただ──」
夕食後、また綾香さんが俺の部屋に来て、今日の顛末を俺に教えてくれた。
保健室で弁当を受け取った綾香さんが教室に戻ったとき、萌に声を掛けられたのだ。
普段、萌は自分のクラスでも大人しくしていて、あまり綾香さんとは話をしたことは無いとの事。なのに、それでも気になる事があって、声を掛けたらしい。
弁当を入れたサブバッグが気になった、らしい。
それを聞いて、嫌な予感がした。そしてそれは、正しかった。
俺が使っていたサブバッグは、向こうの中学で学校指定の物なのだが、どうやらそれと同じデザインの物はこっちの中学では全然見かけないらしい。
勿論、萌はこっちに引っ越してきてまだ一年くらいだし、市内の中学で使用されているサブバッグを全て把握しているなんてことは無いのだが、萌も同じ物を持っており、転校時に千夏や麻友莉だけでなく、他のクラスメイトたちからも変わったデザインだと言われた経験があるらしいのだ。
最近は萌も使っていないのだが、久しぶりに見て懐かしく思い、綾香さんに声を掛けたとの事。
それを聞いて綾香さんは、内心冷や汗を流しつつも、
「遠方から遊びに来た親戚が家に忘れて行って、もう使わないからとそのまま貰った物よ」
そう返すと萌はあっさり引き下がったらしい。
俺は自分の迂闊さに眩暈を覚えた。
***
「なぁなぁ、カズやん」
翌朝。登校して自分の席に着いたところで、麻友莉から声を掛けられた。
麻友莉の前の女子──荻というらしい──が、俺に対する麻友莉の呼称が変化していることにちょっと驚いた顔をしていた。
「なんだい?」
麻友莉に顔を向けると、何やら不穏な感じのする笑みを浮かべていた。
「昨日、あんまし見たこと無い感じのバッグ持って来てなかった?」
……そう来たか。
「ん、コレの事か?」
俺はカバンの中から折りたたんだサブバッグを取り出して見せた。
多分、麻友莉には見られていたし、萌から昨日の話は麻友莉や千夏にも伝わっていると考え、今日も持って来ていたのだ。
「それな。昨日、お昼くらいまでは見た覚えあるんやけど、午後からは持ってなかったやん?」
厳しい突っ込み。だけど、言い訳は考えてある。
「ああ。うちの親がまだ向こうにいるから、遅れている提出物があったんだよ。それを入れて持って来てたんだけど、昼休みに提出して中身が空になったから、こうして折りたたんでしまったから気付かなかったんだろ」
若干苦しいが、麻友莉も昨日の時点ではそれほど注視してはいまい。だから、折りたたんで持って戻ったところを見ていなかったとしても、不自然じゃない筈。
「麻友莉は中学でサブバッグとか使ってなかったのかい?」
微妙に話を逸らしてみる。大きく逸らすと不自然なので、あくまで話題はサブバッグだ。
俺が麻友莉を下の名前で呼んだのを聞いて、前の席の麻生が驚いて振り向いた。
「……使ってたけど、ウチらのとそれはデザインが結構違うかな」
麻友莉はちょっと照れた感じで目を逸らした。
それで、今の話は終わった。うまく誤魔化せた様だ。
自分の席で弁当を食べた後。
ぼーっと窓の外を眺めていると、中庭を歩く綾香さんの姿が見えた。
「おいおい、今度は織幡さんに目を付けたのか?」
俺の視線を辿ったのか、麻生も外を見て綾香さんに気付いたらしい。二つ隣のクラスなのに、やはり綾香さんも有名人なんだな。
麻生の発言で、教室に不穏な空気が漂い始めた。
「えっ、何々?」
麻友莉は面白そうに、俺の席に身を乗り出して窓の外を見た。……火に油を注ぐのは止めて欲しいんだけど。
気にしたら負けだと思い、再び外に目を向けると。
一人の男子が綾香さんを追いかける様にして近付くのが見えた。
「あー……また『王子』がちょっかい掛けてんのね。織幡さんも迷惑やろうに。それでも邪険にしてないとこ見ると、満更でも無いんかな」
「王子?」
「そっ。一個上のイケメンで、織幡さんの中学の先輩やって。織幡さん以外眼中にないみたいやけど、それならそれで、アレをどうにかせんと、織幡さんも迷惑やん」
麻友莉は言いながら、王子が来た方向を指さす。
そこには、女子が三人。王子と綾香さんの方を見ている様子。
距離があるのでその表情は確認出来ないが、麻友莉の言い方から察するに、そういう事なのだろう。
俺の予想を麻友莉は肯定した。
「ウチも詳しいことは聞いてへんけど、中学でもあんな感じやってね。嫉妬って怖いわ」
……マジかよ。
放課後。
ちょっと気になったので、麻生に王子の話題を振ってみると、有名人らしく色々教えてくれた。
王子というのはあだ名で、本名は喜屋武というらしく、どうやら父親が沖縄出身らしい。
中学では生徒会長を務めており、今以上に女子から囲まれていたらしい。
だけど何やら事件があって、それ以来女子を遠ざける様にしているしているらしい。何故か綾香さんだけは例外みたいだが。多分、事件絡みで何かあったのだろう。
高校に入っても女子を遠ざけており、女に興味が無いのかと迫った女子もいたらしいが、それは明確に否定して見せ、孤高の王子様扱いされていた。
だが、今年綾香さんが入学してからは状況が一変。孤高の王子様が唯一親し気に接する女子として、綾香さんは悪い意味で注目を集めてしまう。
綾香さんに負けじと積極的になる女子が続出するも、相手にされず。それでいて綾香さんには自分から近付くものだから、綾香さんへのヘイトが天井知らずらしい。
夕食の食卓では、綾香さんはいつも通りにしていた。
綾香さんのことが心配なったが、それでも直接本人に聴くことは憚られた。
俺自身、同性からヘイトを集めていると自覚しているが、綾香さんの場合は俺どころでは無い気がする。
そんな状況でも、綾香さんはそれをどうにかしようとはしていない様子。
それが、相手への好意によるものか、それとも何か事情があって相手を思いやっているのか判らないが、このまま放置しておくのは危険な気がする。
学校では接触しない様にお願いされていたし、俺もそのつもりは無かったのだが。
それでも、綾香さんに危害が加えられそうな場面を目撃してしまったら。その時は、遠慮するつもりは無かった。
***
翌日、麻生に王子と同じ中学のヤツがいないか聞いてみたら、麻生と同じ部活──アニ研らしい──の村崎という男子を紹介してくれた。
放課後、アニ研の部室で話を聴いた。
それは、以前綾香さんが言っていた事柄だった。
『一つ上の男子生徒の家に、家の事情で女子生徒が同居することになって……虐めにまで発展した』
その男子生徒というのが、王子だったのだ。
同居した親戚の女子が、自分の取り巻きたちに虐められていたと知って、女性不信になったのか。そして恐らく綾香さんは、その女子の側に立っていたのだろう。
その虐められていた女子がその後どうなったかについては、緘口令が敷かれているとのことで詳しくは教えて貰えなかった。
村崎から話を聴いた時点では、「そうなんだ」くらいにしか思わなかったのだが。
風呂に入っている時、頭の中で、他の事柄と結びつけて考えてしまった。
心拍が跳ね上がる。
確証は、無い。
綾香さんに聴いても、教えてはくれないだろう。
村崎なら、迂遠な聞き方をすれば確認したい事柄を漏らしてくれるかもしれない。
だけど。
俺は、それを確認したいのだろうかと、自問する。
緘口令が敷かれるくらいだから、真っ当な結末であるとは思えない。
風呂の湯に浸かりながら、それでも寒気が止まらなかった。