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第四話

 千夏の家は、俺の通学ルート上、先日麻友莉と出合った交差点から反対側に一キロくらいのところだった。

 「ただいま。お母さん、懐かしい人連れて来たよ」

 千夏は慌しく家の中に飛び込んでいく。

 俺はおとなしく玄関先で待つことにした。

 「そうぞうしいわね、何事ですか」

 千夏に引っ張られて、奥から千夏の母、美夏さんが顔を出した。俺と目が合う。

 「ごぶさたしてます」

 「え?」

 ペコリと頭を下げる俺に、美夏さんは暫し固まっていたが、

 「もしかして、一樹君?」

 すぐに俺のことを思い出したらしく、俺の傍まで駆け寄って来た。

 「はい。お久しぶ──」

 挨拶の最中、いきなり抱きしめられてしまった。身長はもう俺の方が高くなっていたが、土間に立っている俺を廊下にいる美夏さんが抱きしめたものだから、彼女の胸に顔を埋めた形になってしまった。

 「ちょっ、お母さん!?」

 千夏が慌てて間に割って入り、引き離された。

 「いきなり何やって……って、お母さん?」

 訝し気な千夏につられて美夏さんを見ると。穏やかな笑みをたたえながら──涙を流していた。

 「どうしたのよ?」

 「えっ……ああ、元気そうにしている一樹君の姿を見て、なんだか泣けてきちゃったみたい」

 彼女はハンカチを取り出すと、目じりを押さえて涙を拭った。



 千夏に促され、千夏の部屋に入る。

 普段から、いつでも友達を連れて来れるくらいには片付けをしているのだろう。さすがに高校生になってまで昔の様な体たらくではないみたいだ。

 「飲み物持ってくるからちょっと待ってて」

 千夏はカバンを机に投げ出し、エアコンのスイッチを入れるとそのまま出て行った。

 俺に対する気安さは昔のまま、か。別に、何か悪戯とかするつもりは無いが、男子を自分の部屋に放置するとか不用心すぎる。

 女子の部屋をジロジロと観察するのも憚られるが、ぼーっとしているのもアレなので、机の上にある物くらいは見ても大丈夫だろうと近付く。

 飾ってある写真立てを目にして──心臓が撥ねた。

 写真には、小学生が三人ならんで写っている。俺と、千夏と、もう一人の幼馴染である三上ひかり。二年前、電話で話したのを最後に音信不通のまま放置してしまった相手だ。

 彼女の家の事情は、いくらか聞いてはいる。

 俺と千夏が引っ越した後、暫くは連絡を取り合っていたのだ。だけど、中一の冬、彼女から引っ越すと電話があった後、連絡が途絶えた。その時は、どういう事情で引っ越したとか、何処に引っ越したのかも教えてくれなかった。

 その後。

 中二の秋ごろ、彼女から電話があった。

 日曜日のことで、俺は外出しており、帰宅したのが遅かったことと、電話を受けた母から「また電話するって」、そう言付かったことから、直ぐに折り返し電話をすることをしなかった。

 そして、その次の日──

 「お待たせ」

 千夏が戻って来て、思惟が中断された。

 お盆にコップ二つと、麦茶が入っていると思しき冷水筒を乗せて運んできて、壁際のローテーブルの上に置いた。

 「何見て……ああ、それ。懐かしいでしょ。ひかり、今頃どうしてるかなぁ」

 千夏は俺が見ていた写真を見て、懐かしむ様に目を細めた。

 俺は、何も言葉を発せられなかった。

 恐らく。

 千夏は、ひかりの身に何があったのか、知らないのだろう。

 俺も、正確には、知らない。

 怖くて確かめる気になれなかった。

 ひかりが、まだ生きているのか、ということを。

 俺が把握していることが正しければ、生きていたとしても、無事とは言えない状態かもしれないのだ。

 恐らく、美夏さんはそのことを知っている。だから、俺が無事であることに安堵して、涙を流したのだろう。

 そんなことを考えていると。

 唐突に、電子音が鳴った。

 千夏の携帯電話の着信音だった。

 「誰だろ? って、マユか。ちょっとごめんね……もしもし?」

 千夏は笑みを浮かべながら電話に出る。

 「……うん、もう家に着いてる。そっちの用事は? ……ああ、これからなのね。……え? かっきー?」

 話しながら俺を見て、ニヤニヤしている。

 「今、部屋に居るよ。代わろうか──ちょっ!?」

 相手の声が漏れ聞こえたところで、千夏は携帯を耳から離した。多分、麻友莉が驚いて大声を出したのだろう。

 「……ありゃ。切れちゃった」

 向こうから切られたのか、千夏が間違って操作したのか。

 千夏が折り返し電話を掛けようと操作をしていると、今度は俺の携帯が鳴った。

 見ると、麻友莉からだった。切れた後、こっちに掛けなおしたのか。

 「……もしもし?」

 『ちょっと森君! いきなり部屋に連れ込まれるなんて、いったいどういう関係なん!?』

 元々知り合いであることは察しているだろうが、具体的な説明もせずに出て来たから気になったのだろう。彼女がどういう観点で気にしているのかは知らないが。

 「ああ。俺と千夏は幼馴染なんだよ。幼稚園に入る前から、小学校卒業までずっと一緒だった」

 『そっ、そうなの? なんや、ウチよりずっと運命的やん。くっ……ヒロイン力の差をまざまざと見せつけられた気分やわ』

 麻友莉は何か訳がわからないことを言い出した。

 まぁ、たまたま知り合った遠くから来た筈の男が、実は友達と旧知の間柄だったと知って、ちょっと混乱したのかもしれない。

 『はぁ……まぁええわ。明日、詳しいこと教えてな』

 言い残して、電話を切られた。

 明日は問い詰められそうだな。なんだか間男みたいな気分になる。

 携帯をポケットに戻して。千夏を見ると、何故か目を眇めていた。

 「かっきー? なんで転校初日にクラスの女子と番号交換してるの?」

 ……こっちはこっちで面倒な状況になっていた。


 その後は、転校後のことを報告し合った。

 麻友莉からの電話のおかげでうやむやになったひかりのことは、口にしなかった。千夏も、すっかり忘れているみたいで助かった。

 途中でお腹が空いたと、千夏がチャーハンを作って、一緒に食べた。美夏さんはあの後出かけたらしく、居なかった。

 中学のこと、向こうの高校のこと、向こうでの生活などを話すと、千夏は満足した様子。色々と言ってないこともあるけど、プライベートなことはいいだろう。

 千夏の方も、転校した先で同じく転校生だった麻友莉と出会い仲良くなったこと、更に三年の夏ごろ転校してきたメグという女子とも仲良くなったことなどを俺に報告できて満足そうだった。



 帰宅した後も、俺は部屋で昔のことを思い返していた。

 ひかりのことを。

 当時はショックが大きかったことと、遠隔地であり、調べることも大変そうだからと自分に言い訳して、何もしなかった。だけど今は、こっちに戻って来ているのだ。二年が経ち、今なら俺も冷静に受け止められると思う。ここまで来て調べない、なんて、友達甲斐がなさすぎだろう。

 そう、思うのに。それでも、まだ決断出来ずにいる。我ながら情けない。



 「それで、一樹ちゃん、学校はどうだった?」

 夕食の席で、祖母が聴いてくる。

 味噌汁を啜っていた俺は、嚥下してから口を開こうとしたのだが。

 「大丈夫みたいよ? 転校初日から他所のクラスの女子をお持ち帰りしてたし」

 隣の綾香さんがそんなことを言い出して、思わず口の中の物を噴き出すところだった。

 「あらあらまあまあ」

 祖母と綾乃さんはニヤニヤ俺を見る。綾香さんはツンとすまし顔だ。

 どうにか吐き出さずに口の中の物を嚥下する。

 「お持ち帰りって。向こうの家まで送って行っただけだし」

 「あら、失礼。お持ち帰られたんだったわね」

 更に追い打ちを掛けてくる。

 ……別に、綾香さんと関係がある訳でもなく、千夏は綾香さんのクラスですらないので、彼女からのお願い事は破っていないのに。そう思うと、ちょっと腹も立ってくる。もちろん、彼女が千夏に嫉妬している、なんて露程も思わない。

 「それで、いつ紹介してくれるのかい?」

 祖母も追い打ちしてくる。

 「ばあちゃんも知っている相手だよ。向こうで仲良くしてた、大善千夏。クラスは別だけど、うちのクラスに千夏と仲がいい子がいて、その伝手で再会したんだよ」

 俺の説明に、綾香さんは驚いた様子で目を見開いた。

 「あらまあ、そうかい。千夏ちゃん、元気にしていたかい?」

 「うん、元気も元気。美夏さんとも会ったけど、変わりなかったよ」


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