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第二話

 「ちょ、ちょっと、姉さん!?」

 綾香さんもようやく再起動したらしく、慌てて祖母に詰め寄った。

 「あら、何かしら?」

 祖母はニヤニヤしながら、綾香さんに返事をした。……どうやら、何か仕掛けて綾香さんをハメたらしい。祖母は割と悪戯好きで、お茶目な性格だった。

 「何かじゃないわよ! この前見せてくれた写真、どう見ても小学生くらいだったじゃない!?」

 どうやら俺が引っ越してくるにあたって、俺のことを紹介するのに昔祖母が撮った写真を見せたらしい。こっちに居たのは小学校卒業までだから、当然写真は小学生時代の俺である。

 「あらあら、誤解させてしまった様ね。ごめんなさい」

 祖母はしれっと頭を下げた。

 そんなことをされては、綾香さんも強くは言えなくなる。横から見ていた俺には、祖母が舌を出しているのも丸見えなのだが。

 「……って、母さんも知っていたのなら、どうして教えてくれなかったの!?」

 綾香さんは矛先を母親である綾乃さんに向けた。

 「何のこと? 一樹さんが小学生だろうが高校生だろうが、一緒に暮らすことに変わりはないもの。それとも高校生だったら出ていけと?」

 「そっ、そんなことは言わないけれど。……心の準備とか、色々あるでしょう?」

 まぁ、確かに親族とは言え、兄弟姉妹でもない同い年の異性が同居するとなれば、色々と気を遣うだろうし、悪意は抱かなくとも生理的に嫌悪されても仕方が無いだろう。

 「綾香さん、すみません。やっぱりご迷惑ですよね……」

 そう思い至ったところで、慌てて頭を下げる。

 「いえ、そうでは無くて……って、同じ高校に通うの!?」

 綾乃さんの台詞を思い出して、そこに思い至ったらしい。俺も、その部分については確認しておきたかった。

 「ええ、そうよ。一樹さんも、編入試験のときには学校に行ったと思うけど、まだ詳しくは知らないと思うのよね。だから、綾香が色々と教えてあげなさい」

 綾香さんは口をパクパクしていたが、言葉が出ないらしい。

 やがて。

 がっくりと肩を落とすと、俺に向けて「後で」と言い残して、リビングから出て行ってしまった。



 祖母から、家のことを色々説明して貰った。

 設備と時間について、ルールを決めていく。

 祖母や綾乃さんは気にしないでいいと言っているが、さすがに綾香さんには配慮する必要があった。

 部屋数が多いため、現在住人は全員一階の部屋を使用しており、俺には二階の部屋が与えられた。幸い二階にもトイレがあったため、俺はそっちだけ使うことにした。

 風呂については、遅くても全員二十二時くらいまでに入ってしまうらしく、俺は二十二時以降に入らせて貰うことになった。

 俺のことは『家族』として受け入れていると言われてはいるものの、やはり思春期の女性には難しい話だろう。親しき仲にも礼儀あり、まして、まだそこまで親しくなっていないのだから、尚更の話だ。



 夕食の席で、曾祖父と綾乃さんから事情を聴いた。

 曾祖父が再婚したのは、俺が生まれるより少し前とのこと。

 ただ、曾祖父も当時既に高齢であったから、綾乃さんは子供をつくろうとは思っていなかったらしい。

 だけど、母が正月の挨拶に来た時、お腹に俺がいる母を見て、綾乃さんが少し羨ましそうにしていたのに気付いた曾祖父が、また子供が欲しくなったと言い張ったらしい。綾乃さんには、それは自分のために言ってくれているのだとバレバレだったみたいだが。とにかく、曾祖父も頑張ったらしい。

 その後も、俺が二歳になるくらいまでは時々ここには連れて来られていたとのこと。ということは、綾香さんとは既に出会っており、今回は『再会』なのか。記憶には無いし、これを『運命的な再会』と呼べるのかは疑問だが。

 それらの話をしている間も、綾香さんは一言も話さなかった。



 夕食後、先に送っていた荷物を部屋で広げていると、扉をノックされた。

 「はい」

 返事をすると、綾香さんが入って来た。

 「えっと……」

 祖母との話の中で、俺はむやみに綾香さんの部屋に行かない様にすると約束していたのだが、逆は想定していなかった。

 「大事な話があります。ただ、母に聞かれると誤解されそうなので、ここで話をさせてください」

 何か妙な迫力があり、俺は黙って頷いた。

 だが綾香さんは、言い難い話なのか、続く言葉が出てこない。

 「……綾香さんの生活を脅かすつもりはありませんが、やはりご迷惑ですよね。すみません。家の中では極力部屋に閉じ籠っていますので……」

 俺はまた頭を下げた。

 「ちょっ、それはもういいんだってば。あなたはもう家族の一員なのだから、家では普通にしていいのよ」

 家では。それはつまり──

 「学校のことよ。親戚であり、家族として一緒に暮らしていることは、別に疚しいことなど何もないので隠す様なことではないのでしょう。けれど、思春期の男女が大勢いる中で、そんな話が広まったらどうなると思う?」

 やはり、学校のことか。

 そして綾香さんの懸念は、俺にでも想像出来た。

 「無用な冷やかしや揶揄いに晒されるでしょうね」

 「ええ。いえ、それがエスカレートして、もっと酷いことになるかもしれないわ。……実は、中学のとき、似たような事例があったのよ。一つ上の男子生徒の家に、家の事情で女子生徒が同居することになって……虐めにまで発展したのよ」

 それは、綾香さんにとっても苦い思い出なのだろう。辛そうな顔をしていた。

 今の話も、理解は出来る。例えば、その男子生徒が女子に人気があったとしたら。嫉妬は容易に虐めへと発展するだろう。

 それを俺たちに当てはめて、想像してみる。

 ……虐められるのは俺じゃん。

 綾香さんはご覧の通りの美少女、他の男子生徒からヘイト稼ぎ放題だろう。

 「とはいえ、嘘を吐いてまで隠し通そうとは思ってはいないわ。露見したとき、余計に面倒なことになりかねないし。だから、学校では極力接触を避けて欲しいの。不自然になり過ぎない程度に、だけど」

 綾香さんの懸念はもっともだと思ったので、俺は深く考えずに首肯して見せた。


 ***


 家から学校までの距離はそこまで無く、またバスでの通学はルートの関係で結構時間が掛かることもあって、俺は自転車で通学することにした。

 ただ、地理に不案内であることから、休みの間に色々と確認しておく必要があった。

 ルートの把握と所要時間算出のために、朝から実際に自転車で行って見ることにした。夏休み期間ということもあり、通学路の混雑具合は参考にならないだろうけど、信号の待ち時間は時間帯でも変わるらしいので、通学時間帯に行ってみる意味はあるだろう。

 綾香さんの話では、学校には八時半までに登校できれば大丈夫らしい。地図を眺めて、余裕をもって四十分と見積もり、七時五十分に家を出る。

 判り易く、なるべく大きな道を選択した。



 路面電車の通りに出たところで信号待ちしていると、不審な行動をしている女の子を見かけた。

 何やら探し物をしているらしく、足元をキョロキョロ見ながら、俺がいる方へと歩いて来る。

 信号は青に変わったが、俺はその少女のことが気になり、渡らずに声を掛けることにした。

 「何か、探し物?」

 少女は突然声を掛けられたことに驚いた様子で、俺の方を見た。俺の存在自体に気付いていなかったらしい。

 「あ、うん……ウチの携帯電話が無くなっててね。さっき時間を見たときまではあったから、多分このあたりに落としたんじゃないかって当たりをつけて探してるんよ」

 少女は俺と同年代っぽい。こっちの育ちではなさそうな言葉遣い。旅行者だろうか?

 旅行者なら携帯電話を無くすのは尚更大変だろうなと思い、俺は自転車を降りて自分の携帯電話を差し出した。

 「えっ……?」

 少女は差し出された物を見て首を傾げる。

 「番号を覚えているならだけど、鳴らしてみた方が探し易いだろ。ロックは掛かってないから、そのまま使えるよ」

 遠慮している少女の手に携帯電話を乗せる。

 「あ、ありがと……」

 少女はうろ覚えなのかゆっくり番号を入力していた。

 やがて、近くから電子音が響いた。

 少女と二人、発信源を特定しようと周囲を見回す。俺は街路樹の植え込みに当たりをつけ、潅木の中にそれを見つけた。

 それを手に取り、画面を見る。着信番号が表示されているが、あいにく俺はまだ自分の携帯番号を覚えていない。

 「あっ、それ、ウチの」

 少女が俺の携帯電話を操作すると、手元の携帯電話が静かになった。

 「ありがとね、助かったわ」

 お互いに携帯電話を交換。

 「お礼にお茶でも──ってこんな時間、この辺に開いてるお店あるかな?」

 「いや、いいよ。俺、行くとこあるし」

 少女の言葉に、慌ててそう返事をしてしまった。別に、女性と話をしたりすることを苦手としている訳ではないが、見ず知らずの人を相手にすることが得意な訳でもなかった。

 少女は俺の言葉に少しだけ不満そうな顔をしたが、携帯電話を見てなにやら思いついた様子で笑顔を俺に向けた。

 「そう、ね。時間取らせて悪かったわ。それじゃ」

 少女はウィンクをすると、携帯電話を振って見せながら、そのまま歩いて行った。

 『その気になったら電話してね』ということだろうか。俺の携帯電話には、彼女の携帯電話への発信履歴がそのまま残っていた。


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