第十四話 修羅場?
ひかりは、見知らぬ人間の存在が気になっているらしく、麻友莉と萌をチラチラと見ていた。
麻友莉はなんだかニヤニヤしていて。
萌は、不安気に俺の方を窺っていた。
「ひかり、初顔合わせの二人を紹介するね。俺と同じクラスで仲良くして貰っている田中麻友莉と、向こうの中学でずっと同じクラスだった染谷萌。二人とも、千夏とは友達で、萌は綾香さんと同じクラスなんだ」
俺の紹介に合わせて、麻友莉と萌が頭を下げる。
ひかりも彼女らに合わせて頭を下げているが、どうしてここで紹介されているのか不思議そうにしていた。
「転校してあまり日が経っていないこともあって、今の俺の交友関係は、この二人と千夏だけなんだ。綾香さんとは、世話になってはいるけど、学校では他人の振りをしていたんだ。理由は、判るだろ?」
ひかりは俺と綾香さんを見て、それから王子を見て。自分のことを思い出した様子で、悲し気に頷いた。
「ひかりは、今はどんな風に過ごしてるんだい?」
こっちでの事は話題にせず、今の生活と交友関係を聞いたつもりだったのだが。
「………………………………罰が当たったんだと思う」
ひかりは、暫く沈黙した後。これまでの事を話し始めた。
「カズくんと千夏ちゃんが引っ越して行った後。二人から連絡を貰ったのに……その連絡先を教えなかった。私を抜きにして、カズくんと千夏ちゃんが連絡し合うのが怖かった。私がそんなんだから……家が火事になって、両親を死なせてしまったんだと、納得してた」
そんな訳、ある筈も無く。
それでもひかりは、そんな風に思ってしまっていたらしい。
「そして……傑兄さんの家に引き取られて……喜んでしまったの。ずっと、カズくんのことを想っていたのに……傑兄さんと同居して、同じ学校に通えることを、嬉しいと思ってしまった。これまで引っ込み思案で告白すら出来ずにいた私が、物語の主人公にでもなったみたいに錯覚してしまった。多分、それが態度にも出てたんだと思う。だから、あんな目に遭っても仕方が無いよね」
傑というのは、王子の名前か。
両親を亡くし、親戚に引き取られるという不幸の中。そこに、一目惚れしてしまう様なイケメンがいる事に喜びを見出しても、罰は当たらないと思う。
だけど、周囲の女性たちは、ひかりの事情など頭に無く。ただ突然現れた邪魔者でしかなかったのだろう。
その時の、ひかりの態度がどんな風だったのか判らないから、その事について俺からは何も言えない。
だけど。
対処すべき人間は、居たのだ。
そう思いながら、王子の方に目をやると。
王子は暫く目を瞑ったまま俯いていたのだが、そのままひかりに向かって頭を下げた。
「ごめん」
謝る王子を、ひかりは不思議そうに見ていた。
「……傑兄さんが謝ることじゃないわ」
「いいや、違う。僕は、自分が周囲に与える影響を、何も考えていなかった。それに、僕はひかりの従兄で、ひかりはうちの庇護下にあったんだ。なのに……僕は、ひかりがあんな目に遭っていたことを、直前まで知らなかった。知ろうともしなかったんだ。だから、ひかりがどうこうとか言う以前に、あれは僕の罪なんだ」
どうやら王子も、この前俺が言った事を、真摯に受け止めてくれたみたいだ。
……かなり手遅れな状況だが。
それでも、ひかりは無事でいてくれたから。綾香さんも、まだ大丈夫だと思うから。やり直すことは出来るだろう。
「この前電話した時も。あの日僕は、綾香をひかりと同じ様な目に遭わせていたんだ。そして、その事を森君に諭されたんだよ。僕がこんな風だから、ひかりがあんな目に遭ったんだ、と。そこで初めて、あの時ひかりに電話してくれたのが森君だと知ったんだよ」
王子は俺の方を向いて。また、頭を下げた。
「森君。改めて、お礼を言わせてくれ。あの時、ひかりに電話をしてくれて。ひかりの救助を間に合わせてくれて。綾香を同じような目に遭わせようとしていた事を気付かせてくれて。ありがとう。そして、綾香、ごめん。僕のせいで不愉快な思いをさせてしまった」
「……謝罪を受け入れます。先輩だけのせいじゃありませんし」
綾香さんは、元から王子に対して怒ってはいなかった。ただ、取り巻き連中のことを迷惑に思っていただけで。
「喜屋武先輩。あの取り巻きの女性たちのことも、ひかりや綾香さんと同じくらい、真摯に対応してあげてください。彼女たちも、意固地になっているだけで、元はそんな悪い人たちじゃないかもしれませんので」
初心な感じの上級生もいたし。それに、あの中には綾香さんと同じクラスの子もいた。蟠りとか残したままでは、綾香さんも落ち着けないだろう。
「……ああ。あの後、彼女たちとは誠実に話をさせて貰っているよ。僕のせいで、彼女たちにも嫌な思いをさせてしまったと思うし、そのことが綾香への迷惑に繋がっているからね」
既に動いていたと聞いて、ホッとした。
俺との関係も一部には知られてしまっていたし、これ以上綾香さんに迷惑を掛けたくなかった。
「それで、だ。僕たちの話は一先ず置いといて」
王子は顔を上げて。皆に目配せの様なことをした。
嫌な予感。
「これは、僕だけじゃなくて。ひかりも、君の友人たちも気になっていることだと思うので、質問させて欲しい。君と、綾香は、具体的にはどういう関係なんだい?」
やはり、そう来たか。
下世話な部分も含めての話なんだろうけど、俺と綾香さんの関係が知りたいのか。
そこへ。
「やあ、皆さん、こんにちは」
曾祖父が顔を出して来た。
「じーちゃん?」
「父さん?」
何事かと、俺と綾香さんが問う。
恐らくだが。曾祖父は俺たちの話を聞いていたのだろう。そして、俺と綾香さんの関係が話題に出たタイミングで、顔を出したのだ。
曾祖父は皆の顔を一通り眺めて。
「娘が珍しく友達を連れて来たと聞いて、挨拶しようと思って、ね。皆さん、綾香と一樹のこと、よろしくお願いしますね」
そう言い残して、すぐに出て行った。
曾祖父が出て行った後。
皆、ため息を漏らしていた。特にひかりと萌は、何やら安堵した様子だった。
「……どうしたの?」
萌に尋ねる。
「……へっ? ううん、別に……」
萌はそう返事しながらも、笑みを浮かべている。
「叔母と甥の関係なんやね。そっか……」
麻友莉は、どこか残念そうな、それでいてやはり安堵した様な、妙な顔をして呟いた。
俺が、曾祖父の事を『じーちゃん』と呼んだことで、そう誤解したのか。
その方が面倒じゃなくて助かるな、などと考えていると。
「甥と叔母の関係じゃないわよ」
綾香さんがそれを否定してしまった。
「一樹君は、父の孫ではなく、ひ孫。私とは、大叔母と又甥の関係よ。そして、四親等だから──結婚も出来るわ」
綾香さんの言葉に、皆固まってしまった。
「綾香さん……その誤解は、解く必要なかったんじゃないかな」
ため息交じりにそう漏らすと、綾香さんはニヤリと笑って、俺にウィンクして見せた。
ここで一旦〆させていただきます。
(続きを書くかどうかは、まだ不明です)
読んでいただきありがとうございました。