第十三話
王子から、ひかりのことを色々と教えて貰った。
飛び降り自殺を図った後は暫く入院していて。退院後、隣県の親戚のところに引き取られたらしい。そして今は、そちらの高校へ元気に通っているとのことだった。
家は高校の近所で、部活はやっていないらしく、放課後はすぐに帰宅しているという情報まで、王子から聞いた。
王子も、ずっとひかりのことは気に掛けていたのか。
綾香さんは、ひかりのその後については聞かされていなかったらしく、王子の話に安堵していた。
放課後に再度集まり、王子からその親戚の家へ電話を入れて貰った。
「ひかり? ああ、僕だよ。元気にしているかい?」
予想通り帰宅していたらしく、親戚からひかりに代わって貰っていた。
「……うん、……そうか。それで、電話した件だけど。僕が通っている学校に、ひかりの幼馴染が居たんだよ。……うん、今目の前にいるから、代わるね」
王子から携帯電話を渡される。
「……もしもし?」
電話を通して、息を呑む気配が伝わって来た。
「俺が誰だか判るか?」
『かっ……カズくん……』
声変わりしてから話をしたのは、二年前のあの時だけだったのだが。それでも、俺だと判ってくれた様子。
「ひかり……無事でいてくれたんだね」
『カズくん……ごめん、なさい……』
ひかりは電話口で泣き出してしまった。
「大丈夫だから……ひかりが生きていてくれただけで、俺は嬉しいよ」
『ぐすっ……………………うん……ありがと……』
暫くして、ひかりはどうにか落ち着いてくれた。
俺の傍で、千夏が焦れったそうにしているのが見えた。
「ちょっと待って」
王子の携帯を千夏に差し出すと、千夏はひったくるようにしてそれを耳に当てた。
「もしもし、ひかり!?」
千夏も、俺たちから聞かされた話で、ひかりの事が心配になっていたのだろう。
「……うん、そう……え? かっきーは二学期からこっちに戻って来たの。あたしも、学校で再会してびっくりしたわ」
……何故かすぐに、俺の話にシフトした様子。
「家? 聞いてないけど……自転車通学してたし……あ、その辺は本人から聞いて」
また、電話を渡される。
「もしもし?」
『カズくん、今は、どこに住んでいるの? 前の家からじゃ、通学大変よね?」
ひかりはこの高校の場所が頭に入っているみたいだな。
「ああ。昔住んでたばーちゃんの家は引き払ったらしくてな。そして、親父たちはまだ暫くこっちに戻って来れない事もあって、今は親戚の家でお世話になってるよ」
『そう、なんだ。……ねぇ、今週末とか、会いに行ってもいいかな?』
「ああ、構わないけど……それなら、俺の方から行くけど?」
『ううん。千夏ちゃんとも会いたいから、私が行った方が手間は少ないし』
「……判った。予定とか、また連絡を取り合おう。夜にでも、俺の方から連絡入れるよ」
『うん。待ってる』
「それじゃ」
そこで、電話を切った。王子に電話を返す。
周囲を見ると。
綾香さんは、目を伏せてため息を吐いて。
萌は、そんな綾香さんに厳しい目を向けていて。
麻友莉は、やれやれという感じで笑みを浮かべていて。
千夏は、新しいおもちゃを見つけた様な目で、俺を見ていた。
「言われてみれば。かっきー、親戚のところに居候してるって、言ってたわね」
「あ、ああ、そうだけど?」
嫌な予感。
「今、目の前に、かっきーの親戚って女の子がいるんだけど、無関係じゃないよね?」
不味い。
今日、俺がひかりの境遇に過剰反応していたことからも、それを疑われているのだろう。
それでも、俺はとぼけようと考えたのだが。
「……ええ。あなたが思っている通りよ」
綾香さんがその事を認めてしまった。
あっさり白状され、千夏は驚いた様子で目を見開いた。
「だけど。それが、何か?」
ひかりの件もあって、俺たちがそのことを秘密にしていたことを、誰も咎めることは出来ない様子。
それでも萌は、何か言いたそうな顔で、潤んだ瞳を俺に向けていた。
「そうだ。週末あたり、ひかりがこっちに来るって言ってるんだが、萌と麻友莉も会わないか? 今の、俺と千夏の友人として紹介したいし」
萌が聞きたいのはそっちの話じゃないだろうけど。ここで感情的になられたら、フォローできる自信はなかった。
その雰囲気を察してか、綾香さんが口を開いた。
「そう、ね。三上さんがこっちに来るのなら、私たちの家に来て貰って、皆で会って話をしたいわ。──それでどう?」
そんなに気になるのなら、見に来れば? とでも言いたげな綾香さんを、萌たちは挑むような目で見返していた。
その間に、俺は自分の携帯を取り出すと、再度王子からひかりが世話になっている家の番号と家主の名前を教えて貰って登録した。ついでに、王子とも番号を交換した。ひかりの件で、連絡を取り合う事になるだろうし。
***
土曜日。
俺は、千夏たちを出迎えに行き、家まで案内した。
ひかりは、王子が家まで連れてくるらしい。早朝から先方の家まで迎えに行くのだと、綾香さんから聞いた。
そうして。
全員が揃った。
祖母と綾乃さんは、ニコニコしながら全員の飲み物を用意してくれた。
俺がこっちに来る以前から、綾香さんは友達を家に連れて来ることがほとんど無かったらしい。
その事を目で問うと、綾香さんは小声で「小さい頃は、お父さんが年寄りなのが恥ずかしかったんだと思う」と教えてくれた。
そして、その事は多分曾祖父も理解しているのだろう。今日はこっちに顔を出さない様子。
今は、綾香さんもそんな風には思っていないみたいなんだが。
そんな事を考えながらぼーっとしていると。
祖母と綾乃さんが出て行き、リビングは俺たちだけになった。
「それでは、改めて。ひかり、来てくれてありがとな」
俺の口上で、会合は始まった。