第十二話
暫くは、取り巻き連中も我慢していたみたいだったのだが。
彼女らを嘲笑うかの様な王子の態度に、とうとう限界に達したらしい。
「どうしてその女なの? どうして私たちじゃダメなの!?」
先日の、リーダーっぽい上級生の女子が、王子に詰め寄っている場面に出くわした。
王子は綾香さんのことを庇うようにしていて、そのことが余計にヘイトを稼いでいるみたいだ。
「綾香は……君たちの様に、嫉妬を露わにしたりしない。自分の願望を押し付けたりしない。自分の都合で他人を傷つけたりしない。だからさ」
王子に煽られ、目の前の女子は、顔を真っ赤にして、綾香さんを睨んだ。
ここまで王子におちょくられても、その怒りの矛先を綾香さんに向けるのか。
思わず吹き出してしまった。
俺の方に注目が集まる。
「何がおかしい!?」
王子が切れた様子で怒鳴った。
「何がって。この状況も、あなたの台詞も、全部笑えるじゃないですか」
全部、という台詞に取り巻き連中も怒りの目を向けて来た。
「ちょっと、かっきー、やめなよ」
隣で千夏が止めようと袖を引くが、もうダメだ。
一緒にいた萌と麻友莉は、俺の不機嫌さを察した様子で、黙っていた。
「喜屋武先輩、あんた、自分が何を言っているのか判ってますか? あんたは、嫉妬を露わにして、周囲に願望を押し付け、自分の都合でこんなにも他人を傷つけているじゃないですか」
俺は手を広げて、周囲の取り巻きたちを示して見せる。
つられて王子が周囲を窺うと、取り巻きたちは悔しそうな顔で王子を見つめていた。
「自分には出来ないことでも、周囲には求めるのが当たり前だとでも? そして、そんな身勝手な事を言われているのに、その怒りの矛先を当人ではなく綾香さんに向けるあなたたちも、大概だと思いますよ」
途中から、取り巻きたちを見やる。
「あんたには関係ないでしょ!」
リーダーっぽい女子が、脊髄反射的に切れた。
「そっ、そうだよ。これは僕たちの問題だ。君が綾香の親戚だからって、口を挟まないでくれ」
王子も、便乗した感じで文句を言ってくる。ただ、その反論も弱々しい。
「ええ、関係ありませんよ。あんたらが綾香さんに迷惑を掛けていることに、俺が綾香さんと関係あるかどうかなんて、それこそ関係ない!」
いい加減、俺も切れていいよね?
「喜屋武先輩、どうしてあんたはそんなに無神経でいられるんだ? あんたが綾香さんに惚れていようが、常識の範囲でなら綾香さんに粉をかけようが、俺が気にする話じゃないけどな。あんたを慕う女子たちを無碍にし過ぎだろ。それとも、彼女らの怒りの矛先が綾香さんへ向くように、わざとやってるのか?」
「そっ、そんな訳あるか! 僕は、綾香しか求めていないだけだ! こいつらは関係ない!!」
またそうやって煽る。
「別に、その人たちを受け入れろだなんて、言わないけどさ。ただ、どうしてそこまで、その人たちを傷つける様な言動をするんだ? 彼女らだって、初めからそんな風じゃなかったんだろ? あんたがそんな風に煽り、無神経に傷つけるから、彼女らも言いたくない様な事を言い、やりたくない様な事までやってるんじゃないのか?」
「一樹君、止めなさい」
綾香さんが止めに入る。
「いいや、言わせて貰うよ。あんた、周囲にどれだけ迷惑をかけて来たか、理解しているか? 中学の頃から、ずっとそんな風にして周囲を傷つけていたんだろ!?」
「もう止めて!」
綾香さんは俺に近付き、平手打ちを仕掛けて来た。
だけど俺は、彼女の手を掴んで、止めた。最早、綾香さんの事だけじゃないから、喰らってはあげない。
「あんたがそんなんだから……三上ひかりは追い詰められたんじゃないのか!?」
「……えっ?」
綾香さんが驚きの声を漏らす。
王子も、唐突にひかりの名を出されて、固まっていた。
「ちょっ、なんで、ここでひかりの話になるの?」
千夏も、話の展開に驚いた様子。千夏は、ひかりの事情を大して知らないみたいだから、当然か。
「ひかりは……自宅が火事になって両親を亡くして……親戚の喜屋武先輩の家に引き取られることになったんだ」
「うそっ……おばさんたち、亡くなってたの?」
ひかりが引っ越した理由すら、知らなかったのだろう。
「本当だ。そして、引っ越した先が、あの先輩の家で。あの先輩と同じ中学に通う事になって、ひかりがどんな目に遭ったか。──今の光景を見れば、判るだろ?」
正しく、今見ている状況が、中学でも繰り広げられていたことだろう。
「そして、そうなった後。ひかりの性格からして、どうなったか。──想像出来るだろ?」
千夏はどういう結末に至るか、容易に想像出来た様子で真っ青になった。
真っ青なのは、綾香さんも同じだった。俺たちがひかりと知己であることなど、思いもよらなかっただろう。
「かっきーはどうして、そのことを知ってるの?」
その事を問われ、動揺してしまう。
「……電話したんだ」
「電話?」
「ひかりから電話があったんだけど、俺、その時居なくてさ。翌日、学校から戻ってすぐ、俺の方から掛けなおしたんだ。そうしたら……今から自殺するって言われたんだ」
「自殺!?」
綾香さんの反対側から、千夏に掴みかかられた。
綾香さんは、目を見開いて俺を見つめていた。
「ああ。どこかの屋上から、飛び降りるところだって。そう、言ってた。俺は、なんとか思いとどまる様に、必至になって説得しようとしたよ。事情も聞いて、俺に出来ることは無いか探ったんだが……止められなかった」
当時のことを思い出して、胸が締め付けられた。
「……君が、あの時ひかりに電話して来た相手だったのか」
王子は呆然とした様子で、俺の前まで歩いて来て。唐突に、俺の腕を両手で抱える様に掴まれた。
そして。
「ありがとうっ!」
王子は涙を流しながら、何故かそんな言葉を口にした。
「君が……ひかりに電話してくれたおかげで……エアマットが間に合ったんだ!」
「……えっ?」
間に合った?
「あの時……僕が引き留めようとしても、全然聞き入れてくれなくて……だけど、携帯に電話が掛かって来て……暫く話し込んでくれたおかげで、消防のエアマットが間に合って……ひかりを死なせずに済んだ」
……助かった、のか?
「ひかりは……生きているのか?」
「ああ。マットから少し逸れて、大怪我はしたけど、命は助かったんだよ。今は……他の親戚の所にいるんだ」
生きていて、くれたのか。
俺は、怖くて確かめられなかったけど。
死なないでいてくれたのか。
「そう、か……」
全身から力が抜ける。
「ちょっ、かっきー?」
千夏が抱えて、支えてくれた。
「よかった……俺、電話の後、どうなったか、怖くて確かめられなかった……ひかりを死なせてしまったんじゃないかって、ずっと、怯えていたんだ……」
思わず涙がこぼれ落ちた。
「うん……かっきー、ずっとそんなことを抱えていたんだね……」
千夏はその事も理解してくれた様子で、俺を抱きしめてくれた。
王子の取り巻き連中は、興を削がれた様子で、その場から離れて行った。