第十一話
萌は俺たちを見て、固まっていた。
千夏は、一瞬驚いた顔をした後、剣呑な笑みを浮かべた。
俺が今感じている後ろめたさは、隠し事に対してのモノなんだろうけど。この状況下だと、なんだか浮気現場を目撃されたみたいな気分に錯覚してしまいそうだ。
綾香さんはと言うと、慌てて俺から手を離す様な醜態は晒さない。それでも足を止めてしまうくらいには動揺しているみたいだった。
暫くそのまま固まっていると。
予鈴が鳴った。
「……昼休みが終わってしまうわ。早く戻りましょう」
綾香さんは俺から手を離すと、歩みを進めて萌の肩を叩いた。
「えっ、あ、うん……」
萌はようやく我に返った様子で、困惑しながらも綾香さんと一緒に戻って行った。
「……かっきー? 話は放課後ね」
千夏もそう言い残して、教室に戻って行った。
見過ごしてはくれないか。
俺と綾香さんのことはいい。だけど、千夏にも、ひかりの事を話す気にはならなかった。
「なあ、カズやん。チナから身柄確保する様にってメール来てるんやけど、今度は何やらかしたん?」
放課後。早々に、麻友莉に捕まった。詳しい話は聞いていない様子。
「別に、何かやったって訳じゃないんだけどな」
こうなることは見えていたので、抵抗はしなかった。
麻友莉に腕を取られ、連行される。
目的地は、いつぞやのカラオケボックスだった。
以前と同じ流れで、部屋で飲み物を飲みながら待っていると。同様に、千夏に連れられて萌も来た。
二人の飲み物が届けられたところで、千夏が口を開いた。
「さて。それでは、第二回かっきー尋問会を始めます」
尋問会て。
「今回のネタは何やの?」
「それはね」
千夏はニヤリと口角を上げた。
「ズバリ、かっきーは五組の織幡綾香さんとはどういう関係なの?」
「……へぇ。何やの、それ?」
麻友莉は呆れた様子で目を眇め、萌は不安そうに俺を見ていた。
……なんで、俺は彼女たちから、まるで責められてるみたいな状況になっているのだろう?
「どういう関係って。ただの、親戚だけど?」
疚しいところなど何もないので、さらっと答える。
「へぇ」
「親戚!?」
「……あの人と、腕、組んでた」
最後の呟きは萌だ。それを受けて、麻友莉の目付きが険しくなる。
「腕組んでた訳じゃないよ。昼休みが終わりそうだったのに俺がもたもたしていたから、引きずられてただけで」
「そもそも、どうしてあの人と二人きりで旧校舎裏なんかに居たのよ」
千夏たちの方に行ったのは俺たちだけだったから、誤解されているみたいだな。そもそも、千夏たちがどうしてあの場に居たのかも不明なんだが。
「別に、二人きりだった訳じゃないし。あの時、旧校舎裏には王子もいたし、取り巻き連中は反対側から逃げて行ったから見えなかっただけだぞ」
「王子って……あの件かぁ」
最近話題にしていたこともあって、麻友莉と萌には察しがついた様子。
「アレって?」
千夏は知らないみたいだ。
「王子は判るか?」
「あ、うん。二年のイケメンでしょ。なんか一部の女子が騒いでるのは知ってる」
一応、噂くらいは聞いたことがある様子。
「その王子が、何故か綾香さんにご執心らしくてな。王子の取り巻きの女子連中が嫉妬して、綾香さんに絡んでるんだよ。言葉だけで済んでいるうちは見過ごしていたんだが、今日は旧校舎裏に連行されてるのを目撃したから、追いかけたのさ」
「えっ……」
千夏が眉をしかめる。ただの色ごとだと思っていたら面倒な話になって驚いた、という感じだ。
「……それで。カズやんは、なんで織幡さんと親戚やってこと、隠してたん?」
「別に、言い触らすことでもないしな。それに……」
どこまで説明しようかと、言い淀む。
「それに?」
「麻友莉は、王子がどうして女嫌いみたいな事になってるのか、理由は知ってるかい?」
「……ううん、そこまでは聞いてへん」
わざわざ吹聴とかしないだろうし、ひかりのことは緘口令が敷かれているくらいだから、同中の連中以外は詳しいことは知らないだろうな。
「王子たちが通っていた中学に、王子の親戚の女の子が転校して来て。王子と親しくしていることに嫉妬した取り巻き連中が、その子を虐める様になったんだと。王子が気付いたときには、かなり大事になっていたらしい」
ひかりの事は、口にしなかった。……ひかりの事を思うと胸が苦しくなる。
「かっきー?」
俺の様子がおかしかったのか、千夏が怪訝そうに覗き込んでくる。
俺は、無理に笑ってみせた。
「転校してきた俺が、親戚だからと、綾香さんと親しくしていたら。俺も男どもにタゲられるのが予想出来たから、学校では極力他人の振りをしようって、事前に決めてたんだよ。まぁ、綾香さんに関係なく、俺は男どもにタゲられることになった訳だが」
「うっ……」
千夏は自分の立ち位置も、俺に対してどんな振る舞いをしていたかも理解しているらしく、気まずそうに目を逸らした。
萌も話の流れから、自分がやらかしたことを思い出して、頬を染めて俯いた。
「最近、妙に織幡さんのこと気にしてたんは、そういう理由やった訳ね」
「ああ。俺と無関係の人間ならともかく。親戚の綾香さんが虐められそうになってたんだ、見過ごせる訳がないだろ」
***
その後も、俺は綾香さんのことを注視していた。
さすがに王子も、状況を一応理解したらしい。綾香さんに取り巻き連中が絡んでいかない様に、頻繁に綾香さんのところに足を運んでいた。
そのことで、取り巻き連中が綾香さんへの嫉妬を余計に募らせていくことなど、一顧だにしない様子。
中学でも、こんな風にしていたのだろう。
ひかりが虐められていた時も。
ひかりの件の後、綾香さんが嫉妬されていた時も。
そのことを考えると、沸々と怒りが湧いてくる。
俺自身、周囲の人間に対して細やかな気配りなんて出来てはいないだろうけど。それでも、王子の様な無体な真似はしていないと思う。俺が王子を断罪しても、誰からも非難はされないだろう。
取り巻き連中も、そのうち押さえが効かなくなると思う。
そうなった時。
綾香さんがひかりの二の舞にならない様にしなければ。
俺は、そう、密かに決意した。