表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/25

第四話 先生

 三歳になった。


 ユーミさんとの鍛錬を続けているおかげで、俺の魔法の腕前は、水を自由自在に操れるまでに成長した。

 これでも一応、母さんが出掛けている2、3時間ほどの時間の中でやりくりしていたのだ。

 もし一日中鍛錬が出来るのなら、もっと成長してもおかしくはないだろう。

 だから俺は母さんに、自分は魔法の鍛錬を積んでいる、と打ち明けようとした。

 打ち明けて許しを貰えば、一日中鍛錬ができると考えた。


 しかし、しなかった。

 止めさせられる可能性もあったからだ。

 以前、ユーミさんが言っていた。「魔法は危険だ」と。

 しかも俺は前科がある。

 その威力を、危険性を、身をもって知っていた。


 そして、わざと親を心配させるようなことはしたくない。

 子供のちゃちなプライドだった。


 そして、母さんが出掛けた後、鍛錬の時間。

 俺はそのことをユーミさんに打ち明けた。

 我ながら、とんだ親不孝者だ。


 するとユーミさんは、笑って答えた。


「そんなに焦ることはありませんよ、坊ちゃま。今のままでいいのです。この短い時間が、坊ちゃまの集中力を上げているのですから」


 俺の心の葛藤は、いとも簡単に消え去った。

 集中力に着目したことなど、今までで一度もなかったからだ。

 素早く的確な返答をしてくれるユーミさんには、本当に頭が上がらない。


 俺は既に、この人からいくつもの恩を受けている。

 だからこそ、それを仇で返すような真似はしたくない。


 もっともっと、強くならなくては。



◇◆◇



 二か月後、事件は起きた。


「エル、ユーミさん、……何をしているの?」


 そう。ついにバレてしまったのだ。

 二人での、魔法の鍛錬が。


 この日も、母さんが出掛けたのを見計らって、鍛錬をしていたはずだった。

 しかし、母さんは出掛けたフリをしていたのだ。

 まんまとしてやられた。

 恐らく、薄々気付いていたのだろう。


 まさか、こんな形でバレるなんて。

 最悪だ。




 時は変わって、夜。


「ユーミさん、エルはいつから魔法を使えるようになったんだ?」


 ……メイドを含めた、家族会議が開かれていた。


「……去年からです」

「そうか、去年からか」


 深く考え込む父さん。

 事態は相当深刻なようだ。


「父さま、母さま、違うんです。僕が」

「エル、少し黙っていてくれ。これは大人の問題だ」


 何とか弁明しようとしたが、制されてしまった。

 確かに大人の問題なのかもしれないが、ユーミさんに責任を押し付けるわけにはいかない。

 こうなった原因は、俺が魔法を暴発したからなのだ。

 すべて俺が悪いのだ。

 だが、父の迫力の前に、なす術がない。


「ユーミさん。俺たちは、エルに魔法を教えていたことには怒っていない。だが、メイドには報告義務があるはずだ」

「……申し訳ございません、ユーク様」


 深々と頭を下げるユーミさん。


「ち、ちが、ユーミさんは」


 耐え切れず言葉が出る。

 しかしユーミさんは、一瞬だけ目線をこちらに向けるだけだった。


 ……あとは任せてください、と言わんばかりの哀しい瞳だった。


「エルはもう寝なさい」


 母さんに、静かに言われた。

 部屋に連れ戻された俺は、何もできない悔しさで枕を濡らした。




 翌日、俺は一人で魔法の鍛錬をしていた。

 昨日あんなことがあったばかりなのだが、こればっかりは止めるわけにはいかない。

 ただ、ユーミさんが何を言われたかが気がかりだ。

 父さんと母さんのことだから、あまりきついことは言わなかっただろうが……。


「坊ちゃま、今日も始めますよ!」


 って、ユーミさん!?


「え、あ……。ユーミさん、その、許してもらえたのですか……?」

「はい。鍛錬の許可も頂けたので、心配することはございません」


 ドヤ顔をするユーミさん。かわい……じゃなくて。

 鍛錬の許可、だと?

 ユーミさんが嘘をつくはずはないので、これは本当に許可を取ったと見ていいだろう。

 事態がうまく好転してくれたみたいだ。

 ……昨日なにもできなかったことだけが悔やまれる。

 次こそは、そうならないように。


 そしてユーミさんは、今日から正式に、俺の先生となった。





◇ユーミ視点◇



 私が仕えるエルンバード家には、素晴らしい長男がいる。

 エリオル様だ。

 エル様は、捨て子(・・・)だった。

 籠の中に入れられ、置き去りにされていたのだ。

 それを見たユーク様とノア様の強い希望で、育てることとなった経緯(いきさつ)がある。


 そんなエル様は一歳で本に興味を持ち、そして魔法を使っていた。

 それだけでも異常なことなのだが、それからわずか半年たったある日。二歳という若さで、人を殺められる魔力を有していたのだ。

 不気味だった。

 しかし、私はメイド。主人を気味悪がることなど許されない

 それからは、それは神がエル様に与えた贈り物(ギフト)なのではないか、と考えるようにした。

 捨て子だった身を哀れんだ神が、力を与えたのだと。そう考えるしかなかった。

 だから私は、エル様がその力の使い道を誤らないように。そして、その力に呑まれないように。

 毎日彼に、稽古をつけるようになった。


 結論から言うと、エル様は天才だった。


 もちろん、年相応な部分もある。

 しかしエル様は、私が発した言葉の一つ一つを注意深く汲み取り、それを完璧に自分のものにしてみせた。

 長年の経験の果てに行き着いた、魔法理論(オリジナル)すらも、既に吸収されてしまった。

 ……私の理論通りならば、彼は既に魔法の大部分を会得しているはずだ。


 私は魔法理論(オリジナル)を実行に移すことが出来なかった。……否、実行できるだけの才能がなかった。魔族だというのに。

 所謂(いわゆる)出来損ないだったのだ。私は。

 しかしエル様は、私では行き着くことが出来ない領域へ、足を踏み入れようとしている。

 その期待を込めながら、エル様を指導していた。


 そんな時だった。

 ノア様に、魔法の鍛錬を見られてしまったのは。

 案の定、私を含めた四人での家族会議に発展してしまった。


 エル様が退出した後、ユーク様とノア様には、「自分が魔族であること」以外は洗いざらい吐いた。


 エル様には力が宿っていること、それを制御するための鍛錬だったこと。

 そして、魔法の才能がある(・・・・・・・・)こと。


 それを伝えた瞬間、お二方はとても嬉しそうな表情をしていた。


「雇ったメイドがあなたでよかった。ユーミさん、明日からもエルを、よろしくお願いします」



 それは、今まで生きてきた中で、一番嬉しかった言葉だったのかもしれない。


エリオルは、自身が捨て子であることを知りません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ