第四話 先生
三歳になった。
ユーミさんとの鍛錬を続けているおかげで、俺の魔法の腕前は、水を自由自在に操れるまでに成長した。
これでも一応、母さんが出掛けている2、3時間ほどの時間の中でやりくりしていたのだ。
もし一日中鍛錬が出来るのなら、もっと成長してもおかしくはないだろう。
だから俺は母さんに、自分は魔法の鍛錬を積んでいる、と打ち明けようとした。
打ち明けて許しを貰えば、一日中鍛錬ができると考えた。
しかし、しなかった。
止めさせられる可能性もあったからだ。
以前、ユーミさんが言っていた。「魔法は危険だ」と。
しかも俺は前科がある。
その威力を、危険性を、身をもって知っていた。
そして、わざと親を心配させるようなことはしたくない。
子供のちゃちなプライドだった。
そして、母さんが出掛けた後、鍛錬の時間。
俺はそのことをユーミさんに打ち明けた。
我ながら、とんだ親不孝者だ。
するとユーミさんは、笑って答えた。
「そんなに焦ることはありませんよ、坊ちゃま。今のままでいいのです。この短い時間が、坊ちゃまの集中力を上げているのですから」
俺の心の葛藤は、いとも簡単に消え去った。
集中力に着目したことなど、今までで一度もなかったからだ。
素早く的確な返答をしてくれるユーミさんには、本当に頭が上がらない。
俺は既に、この人からいくつもの恩を受けている。
だからこそ、それを仇で返すような真似はしたくない。
もっともっと、強くならなくては。
◇◆◇
二か月後、事件は起きた。
「エル、ユーミさん、……何をしているの?」
そう。ついにバレてしまったのだ。
二人での、魔法の鍛錬が。
この日も、母さんが出掛けたのを見計らって、鍛錬をしていたはずだった。
しかし、母さんは出掛けたフリをしていたのだ。
まんまとしてやられた。
恐らく、薄々気付いていたのだろう。
まさか、こんな形でバレるなんて。
最悪だ。
時は変わって、夜。
「ユーミさん、エルはいつから魔法を使えるようになったんだ?」
……メイドを含めた、家族会議が開かれていた。
「……去年からです」
「そうか、去年からか」
深く考え込む父さん。
事態は相当深刻なようだ。
「父さま、母さま、違うんです。僕が」
「エル、少し黙っていてくれ。これは大人の問題だ」
何とか弁明しようとしたが、制されてしまった。
確かに大人の問題なのかもしれないが、ユーミさんに責任を押し付けるわけにはいかない。
こうなった原因は、俺が魔法を暴発したからなのだ。
すべて俺が悪いのだ。
だが、父の迫力の前に、なす術がない。
「ユーミさん。俺たちは、エルに魔法を教えていたことには怒っていない。だが、メイドには報告義務があるはずだ」
「……申し訳ございません、ユーク様」
深々と頭を下げるユーミさん。
「ち、ちが、ユーミさんは」
耐え切れず言葉が出る。
しかしユーミさんは、一瞬だけ目線をこちらに向けるだけだった。
……あとは任せてください、と言わんばかりの哀しい瞳だった。
「エルはもう寝なさい」
母さんに、静かに言われた。
部屋に連れ戻された俺は、何もできない悔しさで枕を濡らした。
翌日、俺は一人で魔法の鍛錬をしていた。
昨日あんなことがあったばかりなのだが、こればっかりは止めるわけにはいかない。
ただ、ユーミさんが何を言われたかが気がかりだ。
父さんと母さんのことだから、あまりきついことは言わなかっただろうが……。
「坊ちゃま、今日も始めますよ!」
って、ユーミさん!?
「え、あ……。ユーミさん、その、許してもらえたのですか……?」
「はい。鍛錬の許可も頂けたので、心配することはございません」
ドヤ顔をするユーミさん。かわい……じゃなくて。
鍛錬の許可、だと?
ユーミさんが嘘をつくはずはないので、これは本当に許可を取ったと見ていいだろう。
事態がうまく好転してくれたみたいだ。
……昨日なにもできなかったことだけが悔やまれる。
次こそは、そうならないように。
そしてユーミさんは、今日から正式に、俺の先生となった。
◇ユーミ視点◇
私が仕えるエルンバード家には、素晴らしい長男がいる。
エリオル様だ。
エル様は、捨て子だった。
籠の中に入れられ、置き去りにされていたのだ。
それを見たユーク様とノア様の強い希望で、育てることとなった経緯がある。
そんなエル様は一歳で本に興味を持ち、そして魔法を使っていた。
それだけでも異常なことなのだが、それからわずか半年たったある日。二歳という若さで、人を殺められる魔力を有していたのだ。
不気味だった。
しかし、私はメイド。主人を気味悪がることなど許されない
それからは、それは神がエル様に与えた贈り物なのではないか、と考えるようにした。
捨て子だった身を哀れんだ神が、力を与えたのだと。そう考えるしかなかった。
だから私は、エル様がその力の使い道を誤らないように。そして、その力に呑まれないように。
毎日彼に、稽古をつけるようになった。
結論から言うと、エル様は天才だった。
もちろん、年相応な部分もある。
しかしエル様は、私が発した言葉の一つ一つを注意深く汲み取り、それを完璧に自分のものにしてみせた。
長年の経験の果てに行き着いた、魔法理論すらも、既に吸収されてしまった。
……私の理論通りならば、彼は既に魔法の大部分を会得しているはずだ。
私は魔法理論を実行に移すことが出来なかった。……否、実行できるだけの才能がなかった。魔族だというのに。
所謂出来損ないだったのだ。私は。
しかしエル様は、私では行き着くことが出来ない領域へ、足を踏み入れようとしている。
その期待を込めながら、エル様を指導していた。
そんな時だった。
ノア様に、魔法の鍛錬を見られてしまったのは。
案の定、私を含めた四人での家族会議に発展してしまった。
エル様が退出した後、ユーク様とノア様には、「自分が魔族であること」以外は洗いざらい吐いた。
エル様には力が宿っていること、それを制御するための鍛錬だったこと。
そして、魔法の才能があること。
それを伝えた瞬間、お二方はとても嬉しそうな表情をしていた。
「雇ったメイドがあなたでよかった。ユーミさん、明日からもエルを、よろしくお願いします」
それは、今まで生きてきた中で、一番嬉しかった言葉だったのかもしれない。
エリオルは、自身が捨て子であることを知りません。