第三話 魔法理論
「気が付かれましたか、坊ちゃま」
目が覚めると、ユーミさんにのぞき込まれていた。相変わらず美人だ。
……って違う。確か俺は、気絶して――。
まさか、ここまで運んでくれたのか?
「驚きました。どこにおられるのかと思えば、庭で倒れていらっしゃるのですから」
やっぱり。
となると、懸念材料が一つ。
ここまで運んでくれたのはありがたいが……。
「……疲れているのでしょう。ゆっくりお休みになってください」
ユーミさんはそれだけ言い残して、部屋を出ていった。
……。
気付いて、ないのか?
いや、そんなはずはない。近くに魔法教本があったはずだ。
……知ったうえで、触れないでくれた?
い、いや。そう考えるのはまだ早い。
母さんか父さんに告げ口されるかもしれない。
そんな不安を覚えながら一日を過ごしたが、そんな素振りはなかった。
秘密にしてくれた、と見ていいだろう。
ユーミさんには頭が上がらない。
そして疑ってすみませんでした。
◇◆◇
二歳になった。
あれから毎日親に隠れて、魔法の練習をしている。
今では力の籠め方や、効率の良い魔力の使い方をマスターするくらいに成長した。
……ちなみにユーミさんは黙認してくれているので、ありがたい話だ。
「エルー、お昼よー」
「はーい!」
……言葉はまだ練習中だ。
まだ上手く舌が回らないが、これくらいのことは喋れるようになった。
今は母乳を卒業し、離乳食を食べている。
ユーミさんの寂しそうな顔が目に入る時があるが……。そっとしておこう。
「はい、エル。あーん」
おいしい。
最初はこの世界にも離乳食があることには驚いていたのだが、意外とすんなり受けいれることが出来た。
感受性も豊かになっているのは、子供だからだろうか?
見た目も味も、卵がゆに似ている。程よい温かさで美味だ。
食事を終えると、寝かしつけられる。お昼寝タイムだ。
「じゃあエル、私は少し町に出るから。いい子にしててね」
母さんの声。
出掛けるということは、魔法を練習するチャンスだということを意味する。
父さんも、仕事かなにかで家にはいない。
「じゃあユーミさん、エルをお願いします。エル、行ってくるねー!」
……。
…………。
行ったか。
よし。
俺は魔法教本を持ち出し、庭に出る。
今日も「水鉄砲」の練習をすることにした。
えーと。
まず、手の中に水を発生させる。
……突き出した右腕に、血液が集まっていく感覚がする。
そしてそれを、勢いよく押し出す!
ピュッ。
よし。成功だ。
この調子でどんどん行こう。
水を、押し出す!
ピュッ。
水を、押し出す!
ピュッ。
水を、押し出す!
……。
あれ? 出ない。
魔力切れか?
そう思った次の瞬間。
ドババババァッッ!!!!
「うわああああ!」
勢いよく飛び出した大量の水。
な、なんだよこれ。どうなってるんだ。
そんなに魔力を籠めたつもりはないのに……。
「坊ちゃま! 大丈夫です……か……?」
家の中から、ユーミさんが勢いよく飛び出してきた。
……と思ったら今度は、口を大きく開けて呆然としている。
安心してくださいユーミさん、俺も何が何だかわかりません。
ボーっとユーミさんの顔を見ていたら、見る見るうちに怒気を含んだ表情になった。
「いいですか坊ちゃま。魔法というものはとても危険なのです」
場所は変わって、家の中。
俺はユーミさんの部屋で、こっぴどく叱られていた。
いつも笑っているユーミさんは、ここにはいない。
「今までは黙認していましたが、もう見過ごすわけにはいきません。先ほどの威力は、人を殺しかねないものです」
「……ごめんなさい」
人を殺す威力。
それを聞いて、俺は我に返った。
力を欲するどころか、力に吞まれているじゃないか。
自分の愚かさに失望した。
後悔の念を含めた、謝罪の言葉だった。
「……はあ。ノア様とユーク様には黙っておきますから、魔法の鍛錬を積むときは私を呼んでくださいね。その方が安全ですし」
知っていることは教えられますから、とユーミさん。
……申し訳ない。本当に申し訳ない。
「よろしくお願いします」
この日から俺は、ユーミさんに師事することとなった。
◇◆◇
半年が経った。
この頃になると、既に言葉も喋れるようになっていた。
そして、魔法の鍛錬。
結論から言うと、魔法をうまく制御できるレベルになった。
毎日ユーミさんの授業を受けている賜物だろう。
今のところ、生活魔法しかやらせて貰っていないが。
「さあ坊ちゃま、今日もやりますよ!」
何より、俺よりもユーミさんの方が乗り気なのだ。
普段の彼女からは想像できない無邪気な姿に、ギャップを感じる。
「ところでユーミさん、なぜ生活魔法しかやらないのですか?」
鍛錬を始める前に、その理由を聞いてみた。
いくら前科があるとはいえ、何の説明もされていないのだ。
「……いいですか坊ちゃま。生活魔法は、魔法の全てと言っても過言ではない程に多くの要素が詰まっています。その教本にも書いてあるはずです」
持っていた魔法教本を示された。
ここで俺は、本の内容を思い出す。
「生活魔法は、攻撃魔法の威力を極限まで下げたもの……」
「そうです。つまり、生活魔法を完璧に操ることが出来れば、それを攻撃魔法に生かすことが出来るということです。また、魔法の威力、形などの微調整が容易になります。……坊ちゃまが実践しようとして失敗したアレ、と言えば分かりやすいでしょうか」
アレか。あのハイド〇ポンプか。
思い返せばあの時は、威力の制御ができていなかった。
自分の魔力を把握できていなかったのもそうだが、そういった技術不足も原因の一つらしい。
イメージだけでは補えない、感覚的なものなのだろうか。
「形の調整をすれば、防御魔法にも応用することができます。攻撃は最大の防御、それを体現する魔法なのです」
ドヤ顔のユーミさん。かわいい。
基本を応用する。
……これを知っているのは、ほんの一握りの実力者のみらしい。
ユーミさん、一体何者?
しかし、攻撃は最大の防御、か。まさかその言葉をこの世界で聞くことになるとは。
小手先の魔法では強くなれない。
強くなるためには、根本から『魔法』を理解しなければならない、ということか。
これは、ユーミさんがたどり着いた理論らしい。
この理論とは、知識として一生付き合っていくことになるだろう。
「ちなみにですが、召喚魔法はこの限りではありません。籠める魔力量ではなく、術者の魔力総量で出る魔獣が決まります。その点では、私の理論の例外にあたりますね」
……ん?
教本には魔力量と書かれていたが、正しくは「魔力総量」なのか。
出せる魔獣の強さは決められないのだろうか?
「ユーミさん。教本には、使用者の魔力量と書いてありますよ」
「……正しくは、魔力総量なのです。最近の人間は魔力が少ないので、そう書かれているのかもしれません」
どうやら教本は間違っているらしい。
しかも、最近の人間って……。
ユーミさん、あんた本当に何者なんだ。
「はい! では今日も始めますよ!」
無理やりごまかされた気がした。