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第三話 ジェムウルフ

「おかえりなさい、おじいさま。あ、お客さんですか?」


 御老公の家で出迎えてくれたのは、浴衣を着た長髪の、綺麗な少女だった。

 あれ、あのやかましい男はどこへ行った? まあいいだろう。


「うむ。じゃが、怪我を負っているみたいでの」

「あら、それは大変」


 上がってください、と手を引かれる。

 ということは勿論、担いでいたジェムウルフを見せることになる訳で。


「お邪魔します」

「……っ」

「大丈夫だよ、春ちゃん」

「あ……。す、すみません」


 ジェムウルフを目にした瞬間、春ちゃん、と呼ばれた少女は少しだけおびえていた。

 幸い、御老公に助けられたが……。

 ジェムウルフ、一体何をした。


 落ち着きを取り戻した春ちゃんは、腕の手当てをしてくれた。

 見渡してみると、小奇麗で広い一部屋の真ん中に、囲炉裏がある。

 都会に慣れた俺にとって、古民家はかなり新鮮に思えた。


「これで良し、と」


 手当てが終わる。


「申し遅れました。春、と申します。先ほどは取り乱してしまい、申し訳ありませんでした……」


 春さんが挨拶をしてくれる。大人びた振る舞いに、少しだけ違和感を感じた。


「椎名、です。傷の手当、ありがとうございました」

「シーナさん、いい名前ですね」


 そう言いながらも、彼女の視線は時折ジェムウルフへと向いている。

 流石に気になるので、単刀直入に聞いてみた。


「あの。これってそんなに珍しいんですか?」


 その言葉に、彼女の目が泳ぐ。


「え、いや、あの……。すみません!」


 別に謝って欲しいわけではないのだが……。

 まあいいか、御老公に聞いてみよう。


「教えてください、お爺さん。ジェムウルフっていったい何なのですか」


 無礼を承知で聞いた。

 これから先ずっとこの調子では、時間の無駄であるから。


太蔵(たいぞう)だ」

「え、あ……。

 すみません、太蔵さん、ジェムウルフって何なのですか?

 先ほどの男といい春さんといい、取り乱しすぎでは」


 こればっかりは本当にわからない。ただの犬にしか見えない狼に、どんな需要があるのか。疫病神なのか、あるいは守り神なのか……。


「ジェムウルフの正体、か」

「はい」


 一抹の不安がよぎる。


 ……。


 なんだこの間は。もったいぶらずに早く言ってくれ。

 ドクン、ドクンと心臓が高鳴る。



「わしらもよくわからんのじゃ」


 あー。あーはい。うん。

 もったいぶった割には随分と中身のない回答だこと。

 まあいいや。どうせこいつ犬だし。うん。

 犬だし。


「ジェムウルフなぞ滅多に見ないものでな。すまぬ」

「いえいえ、いいんです。こちらこそ無理を言ってすみませんでした」


 ジェムウルフ、野良犬説。

 だから怯えていたのか、春さん。


「して、そのジェムウルフは生きておるのか?」

「はい、まだ生きてます」


 驚く太蔵さん。

 実はあのとき、気絶させるだけにとどめておいたのだ。

 流石に罪悪感があったからな。地味にかわいいし。


「もうすぐすれば目覚めると思います。……狂暴だったりしますか?」

「いや、前に見たときはおとなしかったぞ。じゃが、暴れないと言えば噓になるかもしれん」


 笑う太蔵さん。

 う、うわ。なんだか不気味だ。

 この話はもうやめておこう。


「あ、すいません。もう一ついいですか」

「なんじゃ」

「寝床を貸していただけないでしょうか……。なんだか眠くて」


 目を合わせる太蔵さんと春さん。

 図々しいのは分かっているが……。


「もちろんじゃ。疲れておるのじゃろう、十分休むといい」

「あ、ありがとうございます……」


 ありがたい。まだ状況が呑み込めていないが、詳しいことは明日太蔵さんから聞くことにしよう。


「どうぞこちらへ」


 春さんが布団を用意してくれていた。

 早くて助かります、本当に。


「……そこにおいてある木の実は、ジェムウルフが目覚めたときに食べさせてやって下さい」

 そう言い残し、俺は目を閉じた。



 ◇◆◇



 椎名が眠りについた後、太蔵と春は頭を抱えていた。


「驚きましたね、おじいさま」

「うむ。まさか、この若さでジェムウルフを連れてくるとは」


 椎名が持ってきた、もとい連れてきたジェムウルフを眺め、呟いた。


「島流し、じゃな」

「そうするしかなさそうですね」


 その言葉は、椎名へと向けて言っていた。

 島流し。

 それは、本来存在するはずのない村へたどり着いたものの末路。

 創られた村の、生者への(とむら)い。

 生者の精神状態を表す(・・・・・・・・・・)ジェムウルフが横たわっていれば、そうする他にない。

 創られた世界では、死んだ精神は亡者と同じことを意味するのだ。


「椎名の言動は、別段おかしいというわけではない。が……」

「目に見えてわかりますよね……」


 そこに青年の姿はなく、代わりに少年が寝ていた。

 椎名の場合内面ではなく、外面に変化が生じていたのだ。


「危険な状態じゃな……。このままだと、消えてなくなってしまう」


 しかし太蔵は、あることに気付いた。


「……春ちゃん、確か椎名は『ジェムウルフはまだ生きている』と言っておったな」

「は、はい。……あっ!」

「そうじゃ! まだ死んでなどおらん!」


 確かに生きている。それは、椎名の心の叫びにも似たものだった。


「七瀬……」


 不意に、椎名が言葉を漏らした。

 寝言だろう。

 しかし、その声を発した椎名は。


 ――涙を流していた。


「……心は生きておる」

「おじいさま」

「みなまでいうな」


 心が死んでいないのならば、島流しはできない。

 かといって、元の場所に戻すこともできない。

 このままだと、自殺してしまう可能性すらあった。


「……島流しは、強制的に記憶を整えさせてしまう。心が残っとったら、間違いなく廃人になるだろうな」


 太蔵は、決心せざるをえなくなったのだ。


「椎名には、一度だけ別の人生を歩んでもらう」

「……そうするのですね」

「ああ。彼はまだ知らないことが山ほどあるだろう」


 生と死の間で彷徨う彼は、一体どんな人生を歩むのだろうか。


「身体はこのまま残しておく。次に椎名が目覚めるときは、元の世界に戻っているだろう」


 果たしてそんな日は来るのだろうか。

 そんな不安を覚えた太蔵だったが、それは椎名に失礼だと思い、心の中で謝罪した。


「春ちゃん、あとは頼んだ」


 椎名とその想い人に、未来を託して。


「はい。……椎名さん、良い人生を、歩めるといいですね」




 春の言葉が、響いた。

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