第二話 出会い
短めです。
笑えない。人を助けようとした結果がこれだ。
自分に失望した。
数えるほどしかないはずの裏切られた記憶が、その絶望が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
「無様だな」
虚しくなった。
この虚無を誰が埋めてくれるのだろうか、などという希望すら湧かなかった。
横たわる自らの身体を見つめ、ただただ虚空に身を任せた。
「人生が終わりそうだ。幸せか?」
自分に問いかけた。
そうだ。こんな腐った世界から去ることが出来るんだ。幸せに違いない。
違いない……、はずなのに。
完全に否定することが出来なかった。
「そうだ。お前が人生を語るのはまだ早い」
意思に反した言葉が漏れる。
「お前が望まなくとも、運命はお前を導く」
何を言っているんだ。疲れたんだ。もうたくさんなんだ。
「そんなお前に朗報だ。お前はまだ生きているぞ」
だめだ。口を閉じろ、俺。
余計なことは聞くな。喋るな。感じるな。
「精神は死んでいるがな」
◇◆◇
「がっ!」
異様なのどの渇きとともに目が覚めた。
幸い所持していた、スポーツドリンクでのどを潤す。
「……どうすればいい」
わからない。何のために何をすれば良いのかが。
俺には、分からない。
とりあえず、山を下りることにした。
ふと、祠が目に入った。
「俺は、何をすれば良いのですか?」
問いかけてみるが、返答はない。
「教えてください」
来るはずもない返答に、ほんのわずかな期待を込めて。
「生きるって、一体なんなのですか?」
祠が揺れ、中型の犬が現れる。
何が起こった!?
状況を理解できないでいると、犬は。
牙をむいて襲い掛かってきた。
そのギラついた瞳には、明らかな殺意が籠っている。
「くっ!」
間一髪、攻撃をいなすことが出来たのだが、腕に違和感を覚えた。
攻撃が掠ってしまったようだ。
血が滲んでいる。
「たかが犬でも油断するな、ってか!」
足元に落ちていた小石を投げつけ、犬目掛けて走り出す。
動物愛護団体に消されかねないが、そんなことを言っている場合ではない。
怯んでいる犬のどてっぱらに、蹴りを入れた。
「クゥッ!」
吹っ飛んでいった犬に、とどめを刺そうと距離を詰める。
怯えた目つきで俺を睨み、震える足でなおも向かってこようとする犬の姿に、少しだけ同情を覚えた。
だが、先ほどまで殺意を剝き出しに攻撃してきたのだ。
かける情けはない。
「ごめんな」
最後はせめてこの手で殺してやろうと、俺は手を振りかざした。
◇◆◇
思ったよりも重傷だったようだ。
中々血が止まらない。
「洗いたい……」
俺の記憶では、この山には川が流れていなかったはずだ。
地下水はあるかもしれないが、それを探すだなんて無謀にもほどがある。
つまり、町に帰る必要があるということだ。
当初の予定通り、山を下りることにした。
……横たわる犬を担いで。
「あれ、こんなところにビワなんて生えてたのか」
まさかビワの木を見つけるとは。
珍しいので少し摘んでいくことにした。
帰ってからゆっくり食べようか。
というか今日、学校無断欠席してるじゃないか。
先生、心配してるかもな。
言いつけ破ったの怒られたくないな。
色々と考えているうちに、視界が開けてきた。
やっと町か、と呟いた。
だが、俺の目に飛び込んできた光景は、見慣れた町ではなく、田んぼに囲まれたのどかな田舎だった。
「……」
絶句した。
ここはどこだ。
道はあるが、町はない。
腕の痛みも忘れ呆然と立ち尽くしていると、怒号が聞こえた。
「お前! そいつをどこで仕留めた!」
どうやら俺に向けて言ったらしい。
男が凄い剣幕で近づいてくる。
疲れからか、足が動かない。
「これ、やめんか!」
またもや怒号が。
お年寄りのしゃがれ声だが、迫力があった。
振り返ると案の定、白髭をはやした仙人のような老人が近づいてきていた。
こちらもまた、すごい剣幕である。
「うるせえじじい! 俺はあいつに用があるんだ!」
お、おう。口が悪いなこいつ。
老人の制止を振り払い、俺に言う。
「おい、お前! もう一度聞くぞ。そのジェムウルフ、どこで仕留めやがった」
ジェムウルフ?
一体何のことだ。
「ジェムウルフ、とは」
「しらばっくれんじゃねえ。お前が担いでるそいつのことだ」
流石にそれはないだろう。そう思いたい。
ただの毛が多くて黒い秋田犬にしか見えないこいつがオオカミ。ないない。
もし、もしもこの話が本当なのであれば、俺はオオカミと戦っていたことになるが……。
何かに使えそうだからって持ってこなければ良かった。またしくじった。
「そこの山で」
「はあ? この山になんかいるわけないだろ。本当のことを言え」
えぇ……。
正直に言ってやったのにこれか。腹立つ。
「はぁ。あの、この近くに川とかありませんか?」
面倒事がさらに面倒になる前に、老人に話しかける。
立派な髭だ。
「すまんの、お騒がせして。川はないが、清水ならそこに」
やはり受け答えが丁寧だ。いきなり怒鳴る短気者とはわけが違うな。
いよっ、御老公。
「ありがとうございます」
そう言って立ち去ろうとする。
「ま、待て、若者」
しかし、呼び止められてしまった。
「お前さん、ケガしとるじゃないか。……お詫びの代わりといっちゃなんだが、うちに寄ってくれ」
……なんだこのよくできた展開は。
「何勝手に決めてんだよ、じいさん!」
こいつ……。水を差すなよ面倒くさい。
「黙っとれ! 春ちゃんに言いつけるぞ」
「う、ぐ……。それだけは勘弁してくれよぉぉぉぉ」
………………。
…………。
……。
かくして俺は、地元……。もとい見知らぬ土地で、奇妙な出会いをしたのであった。