第十二話 勇者パーティの裏話
「僕たちは、四人で旅をしていたんだ」
「旅、ですか」
「そう。とある強大な敵を倒すためにね」
ふむ。
ここまでは俺の予想通りだな。
となると、その『強大な敵』というのは――。
「それは、『魔王』のことですよね」
「え!? なぜ、それを……」
確信して、言った。
そしてこの驚きようである。
間違いない。
ドリスさんは、本物の『勇者パーティの一員』だったんだ。
「父様から聞きました。
勇者様として、パーティとともに魔王を倒したって。
……まさかドリスさんたちが、そのパーティメンバーだとは思いませんでしたけど」
苦笑しながら言った。
ある程度予想通りとはいえ、これはとんでもないことなのだ。
実際に目の当たりにすると、感動とも、興奮ともとれる震えが体を襲う。
(俺はどれだけ恵まれているんだ)
心の底から、この世界に生まれたことに感謝した。
「そ、そうだったのか。はは、じゃあ何を話そうかな……」
……俺は、ドリスさんの言葉を聞き逃さなかった。
そう。
まだまだ聞きたいことが山ほどあるのだ!
「それじゃあ……、父様と母様の馴れ初めを教えてください!」
---
(父さん……。俺はあんたに惚れそうだよ……)
ドリスさん曰く、魔王に挑む際、
「俺……、この戦いが終わったら、ノアに感謝の気持ちを伝えるんだ」
などと言っていたらしい。
完全に死亡フラグである。
しかしそこは、さすが勇者といったところか。
見事魔王を倒し、母さんに交際を申し込んだのだった。
「僕が知ってるのはここまで! あとは本人たちに聞いてね」
ドリスさん、あんた本当にいい人だよ。
こんな小さな子供に真剣に向き合ってくれる人なんて……。
心の中で涙を流しながら、感謝した。
「ありがとうございました!」
「うん。
……さて、今日はここら辺でお開きにしようか。そろそろ帰らないと、ノアが心配するよ?」
俺は窓から外を見る。
空は夕焼け色に染まっていた。
一体何時間話していたのだろうか……。
「そうですねー。今日はもう帰りますね!」
「うん。暗くならないうちに、早く帰るといい」
場所を移動して、玄関。
ドリスさんに見送りをしてもらうところだ。
「セツナとフェイは明日帰ってくるはずだから、明後日また来るといいよ」
「わかりました。じゃあ明後日また来ますね」
「歓迎するよ。……フェイが魔法を教えてくれるかもしれないけど、気をつけてね」
「……え? いや、大歓迎ですよ!」
気をつけろ、というのはよく分からない。
だが、勇者パーティの魔術師から魔法を教えてもらうチャンスだ。
こんなに運がいいのは、普段の行いが良いからだろうか?
いや、単純に恵まれているんだろうな。
本当にありがとうございます。
「来てみれば分かるよ。
じゃあ、ノアとユークにもよろしく伝えといてね。
それと、これ」
渡されたのは、またもや蓋付きのバスケットだった。
かすかにフルーティな香りがする。
「持ってきてくれたお礼に、オーレンの実を入れといたよ。帰ったらみんなで食べてほしい」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「ははは、どういたしまして。……重いから気をつけてね」
「大丈夫です! これくらい、一人で持てます」
「そうかい? じゃあ、気をつけて帰るんだよ!」
「はい! お邪魔しました!」
俺は筋力強化を使い、バスケットを持ち上げる。
確かに重いが、持てなくはない。
俺はドリスさんに軽く会釈をし、自宅に向かって足を踏み出した。
---
「ただいま帰りました」
「エル! 遅かったね」
「ごめんなさい、母様。ドリスさんに飲み物をご馳走になってました」
「あら、そうなの?」
「はい! それと、お礼にこれを」
そう言って俺は、バスケットを母さんに渡す。
「これって……、オーレンの実、だよね。こっちでは手に入りにくいのに……」
母さんは、驚きとうれしさを合わせたような顔をしていた。
オーレンの実は、それだけレアなものらしい。
「……後でドリスに、お礼を言わなくちゃね」
柔らかい微笑みだ。
母さんのこの顔を、大分久しぶりにみた気がする。
「さて、お夕飯の準備をしなくちゃね!」
「か、母様! お体は大丈夫なんですか!?」
「平気だよ。それに、たまにはご飯を作らないと腕がなまっちゃうからね」
……行ってしまった。
母さんはあんなことを言っていたが、体調が悪いという事実は揺るがない。
本当に大丈夫なのだろうか。
「な、お、奥様! しっかりしてください!」
ユーミさんの叫び声が聞こえた。
何かあったのか!?
やっぱり、全然大丈夫なんかじゃなかったんだ!
「奥様! 奥様!」
駆けつけると、倒れている母さんと、母さんを抱きかかえているユーミさんの姿があった。
「ユーミさん! 母様に一体何があったんですか!?」
「わかりません! ですが危険な状態です!」
「い、医者を呼んできます! 確か村の外れでしたよね!?」
「そうです! エル様急いで!」
「はい!」
俺は家を飛び出した。
「発光! 加速!」
日が暮れて、暗黒に飲み込まれた村の中を一人、魔力を全開にして駆け抜ける。
「筋力強化! 感覚強化! 加速! 加速! 加速!!」
魔力消費量なんて関係ない。
大切な家族が苦しんでいるんだ。
一秒でも早く、医者の元へ行かなければならない。
魔力は命に代えられない。
代えられないんだっ……!
「お医者様! 大変です! 母様が!!」
「ん? お前は確か、勇者様のとこの……」
「そんなことはいいんです! 早く来てください! 母様が危ないんです!!」
医者のところについた。
事態は一刻を争う。
無駄な時間は使っていられない。
「ということは、ノベリア様じゃな!?
待っとれ、今すぐ行く。おい、勇者様のお宅に行ってくる! 後は頼んだぞ!」
「早く来てください!」
「なに、一瞬で飛んで行ってやるわい。行くぞ小僧!」
そう言うと医者は、俺の手をつかんだ。
「小僧、わしの手をしっかり握っておれ。
我が魔力を対価とし、空間を操るすべを与えよ。転移」
瞬間、俺の目の前は真っ暗になった。
「エル様! お医者様! こっちです!」
気づけば家の前にいた。
タイミング良く、ユーミさんが家のドアを開けて声をかけてくる。
「うむ。おい小僧、なにをしておる! 早く来んか!」
その言葉にはっとした。
そうだ。
今はぼーっとしている暇なんかない。
「奥様はベッドに寝かせています。大分辛そうなお顔をされていまして……」
「今すぐ診察をする。
ノベリア様は、以前からわしのところに診察を受けに来ていたんじゃ。事情は分かっておる」
そう言うと医者は、寝ている母さんの頭に手をやった。
「熱はない。意識もある。
……おい、女中よ。ノベリア様に変わったところはなかったか?」
「体調を崩してから、魔法の発動ができていません。
普段でしたら、こんなことは絶対にありませんのに……」
「ほう。魔法の発動ができないとな」
「はい。そして、魔力の気配も無くなりました」
医者は目を見開いた。
「魔力の気配が無くなった、じゃと!?」