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第十一話 おつかい

『おい、宿題見せろよ』


 朝の会直前の教室に響いた声。

 太った少年と背の高い少年が、一人の少女へ近づいていく。


 ……またか。

 あいつらも懲りないな。

 この前先生に注意されたばかりだというのに。


 太っている方はタカシ、背の高い方はマモルという名前だったか。

 クラスのリーダー的存在……というより、力に物を言わせて、無理やりいうことを聞かせる最低な奴だ。


 奴らが注意された原因は、宿題を写しているからだった。

 被害者は、毎日休み時間に読書をしている、物静かな女の子。

 名前は知らないが、地味で目立たない奴だということは知っていた。


 タカシとマモルは先生の注意を無視し、今日も少女の宿題を写そうとしている。


 しかし今日は、少女の様子が違った。


『……い、いや! 自分でやってよ!』


 普段静かな彼女が見せた、まさに必死とも言える抵抗。

 教室にいる誰もが、その様子に注目した。


『ぁんだと!? つべこべ言わずに見せろ!』

『やめて!』


 乱暴に少女の宿題を奪おうとするタカシ。

 それを振り払おうとした少女の左手が、タカシの顔に当たった。


 当たってしまった。


『いたっ』

『あっ! ご、ごめんなさ……』

『許さねえ』


 一瞬で、不味い状況だと理解できた。

 しかし、俺を含めたクラスメイト全員が動かない。

 その様子をただ見ているだけだった。


『お前、調子に乗るなよ』


 その言葉と同時に、タカシの拳が、少女の顔面を襲った。



 ガスッ。



 ……鈍い音と共に、少女の顔が右を向く。


 突然の出来事に、俺はこの状況を理解できなかった。


『少女が殴られた』


 我に返った俺は、教室を飛び出そうとした。

 この状況を先生に伝えるためだ。


『おい、チクったらどうなるか分かってんだろうな』


 ……その言葉を聞いた途端、俺は動けなくなった。

 どうなるか、なんて言うまでもない。

 暴力を振るわれるのだろうと、容易に想像できた。


 そのとき俺は、恐怖に支配された。


『お前らもだ。この場にいる全員、チクったらぶっ殺す』


 それは、俺だけではなかった。

 クラスメイト全員が、この恐怖を共有していた。


 殴られた少女は、下を向いている。

 どんな表情をしていたのかは、俺には分からない。




◇◆◇




「何だったんだ……」


 いやな夢を見た。

 知らない場所で、知らない少女が殴られていた。

 俺はそれを止めることもできず、呆然としていた。


 ……前世の記憶なのか?

 まさか。

 あんな胸くそ悪い夢が現実にあってたまるものか。


「前世か……」


 思い返せば俺は、日本の記憶はあれど、自分の情報をほとんど覚えていない。

 もしかしたら、あの夢は……。


「いや、やめよう」


 自分でもわからなかった。

 問題から目をそらしているようで、罪悪感を感じた。

 ただの夢であるはずなのに、こんなにも胸に引っかかるのはなぜだろう。

 触れたくないのはなぜだろう。


 いやな予感がする。




---




「エルー? ちょっといいー?」

「はーい」


 昼食を終え教本を読んでいると、母さんに呼び出された。

 何の用事だろうか。

 今までに何度かこんなかんじで呼び出されたが、庭の草むしりや、火をつける手伝いだった。


 母さんは最近、体の具合がよくないのだという。

 なので家事はユーミさんに任せているが、ユーミさんは魔力が少ないため、俺も手伝っているというわけだ。


 というか、ユーミさんの魔力量が少ないことは知らなかった。

 確かに鍛錬の時、あまり魔法を打つことはなかったけど……。


 どちらにせよ、少しでも家族に貢献できるならうれしいんだけどな。


「これをフェイの家に届けてほしいんだけど……」

「わかりました」


 渡されたのは、蓋付きのバスケットだった。

 持ってみると、なかなか重い。


「フェイは家にいないと思うから、ドリスに渡してね。頼まれてたものですって言えばいいから」

「は、はい」

「じゃあ、よろしくね」

「はい。行ってきます」


 よし。



 初めてのおつかい、行きますか。




---




 フェイさんの家に着いた。

 うちに負けない程の立派な家だ。


「ごめんくださーい」


 ドアをノックしながら、大声で言う。

 すると、ドアが開き、中からスキンヘッドの筋肉マンが顔を出す。


「はいはい、どちら様……って、エリオル君じゃないか。どうしたんだい?」


 彼の名はドリス・カルバ。

 勇者パーティのうちの一人だ。


 ……多分。


「こんにちはドリスさん。これ、母さんからです。頼まれていたものだって言ってました」

「頼まれていた、か」


 ドリスさんは、考えるそぶりを見せた。

 ちなみに俺は、中身を見ていない。


「あ、あれかぁ。ありがとうエリオル君。せっかく来てくれたんだし、上がってってよ」

「いいんですか? それじゃあお言葉に甘えて」

「うん。いらっしゃいエリオル君」

「エルでいいですよ」

「……分かった。これからはエル君って呼ぶよ」

「ありがとうございます」


 もののついでということで、俺はランクウェート家にお邪魔することになった。

 客間に案内され、座るように促される。


「飲み物持ってくるよ」

「あ、すみません」


 待っている間は暇なので、部屋を見渡す。

 地味目な色の壁紙に、木造家屋特有の木の香りがする。

 そして、和室を連想させる床の間には、何かの掛け軸がかけてあった。

 暗くくすんだ世界に一筋の光が差している、といった絵だろうか?

 絶望を感じさせられる絵だった。


「おまたせ。口に合うか分からないけど……」


 戻ってきたドリスさんに木製のコップを差し出された。

 中に入っていた飲み物は夕焼け空のような朱色をしており、ほのかにオレンジの香りがする。

 一口飲むと、その香りが口の中に広がった。


 甘い。

 それでいて、後味がさっぱりとしている。

 例えるなら、お高いオレンジジュースだろうか?

 とても飲みやすく、上品な味わいだ。


「……これは、なんという飲み物なんですか?」

「これはね、オーレンという実から絞った、『オーレンジュース』というんだ」


 オーレンの実というのか。

 というかこっちの世界でもジュースという呼び方なんだな。


「気に入ってくれたかい?」

「はい! とっても美味しいです!」

「よかった、安心したよ」


 本当に美味しい。

 実は、この世界に生まれてから、果物の類い(たぐ)を口にしたことがなかった。

 俺はこのみずみずしい甘味、そして懐かしい味に、感動してしまったのだ。


 ……ん?

 よく考えれば、今まで食べてきた野菜、肉、穀物、全然名前知らないな……。

 というか気にしたこともなかった。


 知りたいことがまた一つ増えたな。



「ところで、エル君は魔法を使えるらしいね」


 オーレンジュースを味わっていると、ドリスさんから訪ねられた。


 確かにその通りだ。

 俺は魔法が使える。


(どうする、教えるか……?

 いや、いくら知人とはいえ、手の内をさらけ出すのはまずいのでは……?)


 実際、父さんと母さんは魔法をあまり使わない。

 使うとしても、生活魔法程度だ。


 ……あれ?

 生活魔法?


(ああ、そうか。魔法は攻撃魔法だけじゃないんだもんな)


 まだ前世の固定観念が抜けきっていないらしい。

 郷に入っては郷に従え、ってな。


(まあ生活魔法程度なら見せてもよさげだな……。

 『少しだけ魔法ができる』と思ってくれたら都合がいいんだけどな)


「エルくん?」

「あ、すみません。生活魔法なら、少しだけ」


 そう言って俺は、残っていたオーレンジュースを一気に飲み干す。

 少しもったいない気がするが、まあいい。


「エルくん、一体何を……?」

「美しき水の巫女よ、我に命の源(いのちのみなもと)を与えたまえ。『恵みの水(ウォーター)』」


 空のコップに、魔法により発生した水が注がれる。

 はい、これが生活魔法です。


「すごいじゃないか! その年でもう魔法を使えるなんて!」

「でも、これしか使えないんですよね」

「違うんだよ!

 その年でもう魔法が使える、ということがすごいんだよ!

 エルくんって、まだ五歳だったよね?」

「え? まあ、はい」

「そうだよね! これは、本当にすごいことだよ」


 ……。

 あれ、これもしかして、やばい?

 王都に連れて行かれて一生国に仕えさせられるパターン?

 有望株だからって教育を受けさせられるパターンですか!?


「いやあ、セツナが『すごいものを見た』ってはしゃいでたのも納得だよ!」

「……え?」


 セツナが?

 あの感情をあまり表に出さない(という印象の)セツナが?

 王都云々(うんぬん)より気になるんですが……。


「エル君の家で、エルくんに魔法を見せてもらったのかな? それで、帰りにそわそわしてたんだ」

「……続けてください」

「うん。

 それで、どうしたのかセツナに聞いたら、一言『すごいものを見た』って。

 あんなセツナは初めて見たよ」

「な、なるほど」


 セツナらしいはしゃぎ方だった。

 ……というか、それって、絶対あれだよな。

 鏡の花リフレクションフラワーのことだよな。


 いや、ドリスさんがそれに気づいてるとは思えないし、結果オーライだよな……?

 ……そう思っとこ。

 うん。絶対その方がいい。


「ところで、セツナ本人は……?」

「セツナなら、フェイと一緒に王都に行っているよ」

「王都に?」

「詳しくは言えないんだ。すまないね」

「え、あ、はい。わかりました」


 言えないことなのか。

 ……余計な模索(もさく)はしないでおこう。


「そういえば、ドリスさんとフェイさんは、僕の両親とどんな関係なんですか?」

「ん? どういうことだい?」

「あ、いえ。母様が、昔一緒に戦った仲間だ、と言っていたので」


 話題も切れかけたところで、俺はずっと気になっていたことを切り出す。

 聞けるときに聞いておかないと、一生聞けずに終わるからな。


 俺はドリスさんの顔を見つめる。




「ああ、そういうことか。

 ……僕たちは、四人で旅をしていたんだ」

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