第八話 来客
その日の晩、親子三人水入らずで過ごしていた時のことだった。
「父さま。僕は、父さまと母さまが二人で旅をしていたときのお話を聞きたいです」
俺は、かねてから気になっていたことを聞いた。
こんなことを聞いてどうするのかって?
決まっているじゃないか。
単なる好奇心だ。
「いいよ。えーと、勇者として旅をしていたことは言ったよね」
その瞬間、母さんの表情筋が固まった。
「え、え? ユーク君、それ、エルに言っちゃったの……?」
「あ、うん」
その態度を見て、母さんは頭を抱えていた。
「そうだよね。いつかは言わなきゃいけないことだもんね……」
「の、ノア? 俺、何か不味いことしたかな……?」
「ち、違うよ! ただ、エルはどう感じたのかなって」
……この夫婦を見続けて早五年。
落ち着いてくるどころか、いつまでも新婚みたいな雰囲気なのは面白いな。
って、違う。そうじゃない。
「勇者と呼ばれるような凄い人にも、苦悩や葛藤はあるんだって思いました。勇者という存在に、凄く親近感を覚えたんです。……だから僕は、父さんのような強い人になりたい。自分を乗り越えられるような、強い人に」
母さんは驚いた顔をした。
驚いた理由がなんであれ、俺は正直な気持ちを話しただけだ。
胸を張っていよう。
「ははは。言うようになったな、エル」
突然、父さんに頭を撫でられた。
最高にまぶしい笑顔だったので嬉しかったのだろう。
「ちょ、やめ、やめてください父さまぁあぁあぁあ」
……結構乱暴な撫で方だったが。
一方、母さんは――。
「そっか。もうそんなに考えていたんだね」
笑っていた。
「話してくれてありがとう。……旅のお話は、私がするね」
……母さんは一時間ほど、旅の話をしてくれた。
まとめると、こうだ。
・ユーク君と食べたお団子がおいしかった
・ユーク君と行ったお祭りが楽しかった
・ユーク君のドジがかわいかった
・各地のダンジョンを二人で回った
・そのボスである双頭龍を二人で仕留めた
・ユーク君がかっこよかった
あれえ?
あんなにミステリアスだった雰囲気はどこへ行った。
いや、母さんが父さんラブだってことは知っていたけど、まさかここまでとは思わなかった……。
そのせいで、凄いことまでサラッと言ってしまうし。
ダンジョンボスの双頭龍を二人で倒すなんて、ギャグとしか思えない強さだ。
……突っ込みどころが多すぎて、訳が分からなくなる。
とにかく、喋りだしてからは完全に『恋する乙女』状態で、止まらなかった。
喋る顔は幸せそうで、惚けていたように見えたし、父さんは父さんで満足そうに頷きながら聞いているし……。
危うく父さんに「おい色男、母さん何とかしろよ」と言いそうになったが、何とかこらえたのは黙っておこう。
まとめると、二人の旅は『新婚旅行』だったようだ。
それにしても、ダンジョンを『二人で』攻略するというのは、強さの次元が違う。
……いや、勇者とその仲間、しかも回復職なら当たり前、か。
ちなみに、一通り喋った後は二人そろって寝室に向かっていった。
一体ナニやっているのでしょうか。
ナニをやっているのでしょうね。
こんなとき、前世の記憶がなければ、プロレスごっこで済ませられたのに!
……ま、ここは素直に喜ぶことにしよう。
弟か、妹。一体どちらができるのだろうか。
「寝るか……」
そんなくだらないことを考えながら、俺は眠りについた。
――――――。
――――。
――。
◇◆◇
「ようこそおいでくださいました。フェイ・ランクウェート様、セツナ・ランクウェート様、ドリス・カルバ様でございますね。どうぞこちらへ」
「「お邪魔します」」
朝食を済ませ、書斎で本を読んでいた時に聞こえたのは、ユーミさんの声と、聞きなれない声だった。
(……今日は来客があるんだったな)
俺は本を閉じ、書斎を後にしようとした。
「うわっ!」
驚いて声を出してしまった。
なぜなら、書斎の入り口に人形のような少女が立っていたからだ。
少女は、俺の方へと歩み寄ってきて、言った。
「……本」
少女の声は、今にも消えてしまいそうなほど、弱々しかった。
「……本、好き、なの?」
だが、言葉いっぱいに感情が詰まっている。そう思える声だった。
「う、うん」
「……どんな本、読むの?」
「ま、魔法の教本とか」
「……魔法!」
「魔法」という言葉を聞いた瞬間、目を見開く少女。
まるで、昔の自分を見ているような、そんな気分になった。
「見たい?」
「……使えるの?」
「もちろんさ」
「……見たい!」
とても透き通った、綺麗な声だった。
「じゃあ、簡単なものを。『女神よ、汝あるところに希望の光を照らしたまえ』」
俺の右の手のひらに、淡い光の花が咲いた。
ユーミさんとの鍛錬のおかげで、イメージを自由に出力することが出来るようになったからな。
触ることができるし、これくらいの物ならいくらでも創り出すことができる。
「綺麗……」
少女は微笑んでいた。
俺が使った魔法を見て、だ。
その事実に、俺は嬉しくなった。
「……この魔法には、名前がないんだ。もし君がよければ、名前を付けてくれないかな?」
そう。俺が使った魔法には、名前がない
詠唱は日照のものなのだが、ユーミさん曰く、日照ではなくなっているらしい。
また、他に『光を実体化』できる魔法もないため、俺だけのオリジナル魔法になった、というわけだ。
なおも淡く光り続ける花を見ながら、言葉を続ける。
「ほ、ほら。こうやって会ったのも、何かの縁だしさ」
「……いいの?」
「うん」
「……ありがとう」
少女は快く引き受けてくれた。
そして、少し悩む素振りをしてから、言った。
「……『鏡の花』」
「鏡の花……。何故その名前にしたのか、聞いてもいい?」
「……花、光でできてる。でも、消えない。……まるで、生きているかのように。そして、消えることを拒むかのように」
……少女の言う通りだ。
この花は、魔力供給を止めても数分間は消えないのだ。
しかも不思議なことに、この魔法で創った『花ではない形』はすぐに消えてしまう。オブジェも、ミニチュアも、光も、何もかも――。魔力供給を止めれば、消滅してしまう。
鳥肌が立った。
「……でもそれは、単なるやせ我慢だと思う」
その瞬間、花は消えた。
今まで淡い光を放ちながら形を保っていた花が、一瞬にして。
「す、すごいね。そんな事まで分かるなんて」
「……声が、聞こえたの」
「声?」
「……ええ。……さっきの、花の声が」
言葉が出なかった。
あの観察力に加えて、花の声が聞こえるのだ
「君は一体……」
「あー! こんなところにいた!」
俺の声は、大声によって掻き消された。
声の方に目をやると、真っ白なローブを身にまとった、白髪紅眼の小柄な女性がいた。
「駄目じゃないセツナ! 勝手にいなくなったりして!」
「フェイー。セツナちゃん見つかったー?」
その後ろから母さんが現れた。
この子を探していたようだ。
「うん。エリオル君と遊んでたみたい」
「そっか。ありがとう、エル。さ、二人も見つかったし、戻りましょう?」
「そうね。行くわよセツナ」
「ほら、エルも行くよ」
俺と『セツナ』と呼ばれる少女は、二人に手を引かれて歩いて行った。
◇◆◇
「え、エリオル・エルンバードです。歳は五つです」
場所は変わって、客間。
俺は目の前にいる三人の客人に、お辞儀を交えて挨拶をしていた。
真っ白いローブで白髪の紅い瞳をした女性、黒髪ロングのお人形みたいな少女、筋肉ムキムキでスキンヘッドのおっさんというラインナップは、なかなか破壊力がある。
「ユークとノアの息子、なかなか立派じゃない」
そう言ったのは、真っ白いローブの女性だ。
「私はフェイ・ランクウェート。この子が私の娘で、セツナ・ランクウェート。そしてこの筋肉ダルマがドリス・カルバよ」
「フェイっていつも言い方きついんだよなぁ……。エリオル君、初めまして。ドリスです」
「……セツナ。……五歳」
「フェイさん、セツナさん、ドリスさんですね、よろしくお願いします。それと、僕のことはエルって呼んでいただければ嬉しいです」
言葉を交わし、椅子に座る。
俺の席は一番左側で、テーブルをはさんだ正面には、例の少女……、もといセツナ・ランクウェートが座っている。
「いきなりこんなこと言うのは悪いけど……。ユーク! ノア!」
フェイさんは勢いよく立ち上がった。
「私たち、この村で住むことにしたわ!」
……え?
それって……。
……同年代の友達が一人、できるかもしれない。